第37話 おっさん、ザイオンに向かう①
「何はともあれ、これで目的は達成したな」
洋一は皆に振り返り、終わったし帰ろうかと切り出した。
しかしそれに対して不満の声を上げるものがいた。
「俺、お好み焼きを作ってた記憶しかないんだけど?」
シルファスである。
ザイオンの第三王子であり、勇者。聖剣の担い手である彼がこのダンジョンにきてやったことは攻略でも討伐でもなく、ゲーム知識をひけらかしたことくらいだった。
今やこの世界がゲーム世界と同様であることは疑いようもないけど、洋一のようなゲームには存在しない人物の登場でシルファスは「実は俺、主人公じゃないんじゃね?」と思い始めている。
何せミンドレイのダンジョンはそれなりに難易度の高いブレイク型ダンジョン。
聖剣の力で雑魚敵を寄せ付けないチートこそあるものの、ダンジョン内に入ったら逃げるか戦うのかの指示出しをするつもりでいたシルファス。
しかし蓋を開けたらとっくの昔にダンジョンは攻略されていて、今回に至ってはダンジョン内のモンスターはポップせず、勝手にストーリーが進行して何もしてないのに妖精が聖剣の力を解放したのだ。
もう、何が何だかわからない。
攻略してない。戦闘してない。討伐してない。
それで全て終わって帰るか、となれないのはそれなりにこのゲームに打ち込んできたプレイヤーであるからだ。
「ダンジョンなんて本来そんなものさ。正直俺だってダンジョンに入っても飯を作ってた記憶しかないぞ」
それは流石に嘘だろ?
シルファスの疑うような視線は、しかしヨルダやティルネが頷くことで瓦解する。
「え、まさか洋一さんは今までずっとご飯作ってただけでダンジョン踏破をしてるのか?」
「してるんだよなー。概ね、師匠の飯食いたさで勝手に元気になった護衛がはしゃいだ結果が踏破に繋がってる。ジーパの時はなんだっけ? あの冒険者」
「エメラルドスプラッシュのお三方ですな。ゼスターさん、もみじさん、カエデさんです」
「ゼスター!? 弟が急にやる気を出した原因て洋一さんだったのか!」
やはり兄弟だったか。
「うん、ジーパに赴く時に船を動かせるのが彼しかいなくてね。そしてパーティメンバーのお二人がジーパ出身だったんだ」
「おかしいと思ったんだよ。あの王位継承権とは対極にいる弟が急に王位が欲しいなんて言い出したから。あいつ、いったいなんで王位を欲しがったか知ってます?」
「ジーパの鬼人を嫁に貰い受けるために誠意を見せるんだって張り切ってましたよ。鬼人というのはパーティメンバーのお二人のことですけどね。出会った当時は少し尻に敷かれてたんですが、一緒にダンジョンに潜ってから別人のように戦闘狂になりましてね」
「その戦闘狂になるきっかけが、師匠の飯だったんだよね。基本的に何を捕まえてきても美味しく料理しちゃうから、普段は見つけても逃げるような相手にも果敢に立ち向かって打ち倒すうちにね?」
「俺も腕の振るい甲斐があったよ。彼らはなんでも美味しくいただいてくれたからさ。やっぱり料理人としては美味しく食べてもらいたいからさ。張り切っちゃうんだよな」
「それで、ボスを誘拐しては料理にするという恩師殿の裏技でダンジョンに篭ること五ヶ月」
「一週間くらいのつもりだったんだけどさー」
「一度も表に出ることなく、ボス部屋前で宴開いてたって聞いた時は笑ったよな」
「私どもは心配しておりませんでしたが、外で待つのはこれきりにして、次は一緒に潜ろうと思い技術を磨いてたんですよね?」
「うんうん。オレは農業を。おっちゃんはジーパ菓子なんかをね」
「そんな経緯があったんですね」
ジーパの姫である紀伊が洋一達がジーパで何をしてきたのかを察した。
アンドールで味わったジーパ菓子の数々が、そんな短い期間で取得したものだとは信じ難いというのもある。
「しっかし、どこかの誰かさんは無粋なことするよねー。クリアしてそのまま放置だなんてさ」
話の腰を折るかのように、ヨーダが脱線しつつある話を元に戻した。
洋一を咎めるような視線を絡めて。
なんでここに来なかったんだ? と詰る。
「俺がここがダンジョンだと知らなかったのと、ティルネさんが騎士団に報酬を支払う都合で一度街に向かう話が持ち上がったんだ。すっかり調味料関連でティルネさんに頼ってた俺たちも旅に同行することになったんだよ」
「あ、じゃああの時ミンドレイに来てたのって?」
「うん、街にいるのは一時的にですぐ森に帰るつもりだった。でもヨッちゃんがジーパにオリンがいるかもしれないって情報をくれたじゃない?」
「あー、そんなこともあったな」
ヨーダは視線を泳がせながら、洋一がダンジョンのクリアを確かめにいかなかった原因は自分にあるのだと察した。
そしてそれ以上追求すると矛先が自分に向かうと判断してこの話を締めくくる。
「ヨシ、この話はこれでおしまいだな。シルファス様、聖剣の力が解放されてよかったですわね?」
「非常に納得いかないが、まずはヨシとしようか」
溜飲を下げる。
そもそも今回の遠征もシルファスの無茶振りから始まったようなものだ。
たとえゲーム知識があったとしても、低レベル縛りでメンバーを現地調達でクリアするなんて普通は土台無理な話なのだ。ゲームの時のRTAでだってやりたくない。
それが誰一人も脱落なく終われたのだからこれ以上を求める方がどうかしている。
気持ち釈然としないのは、シルファス本人が全く活躍した覚えがないからか。
「シルファス殿下がそうであるように、今回私たちはついてきただけですからね? 活躍どころかいい思いをさせていただいただけです。シルファス殿下がこの程度で落ち込もうものなら、私共はどんな顔をすれば良いのでしょう?」
役に立ってない具合なら、自分たちも負けてないぞと、マールが主張する。
それに賛同するようにヒルダ、紀伊が頷いた。
なんあら活躍してない具合ではヨーダも同様だが、演技に力を入れていたのもあって、自分は働いた気持ちでいた。
この女、自分に対してだけ評価が甘々である。
本人が聖女だの言われても全くピンとこない代表。それがマールであるからだ。
今回はヨーダが「オレオレ。オレ聖女!」と胡散臭いアピールで、マールの身代わりになってくれたが、本来ならマールがその任をまっとうしなければならないのである。
しかし今回に至っては聖女のせの字も出てこず、消化不良のままここにいる。
本当に踏んだり蹴ったりだった。
「ダンジョン、それが魔王の手先だなんて初めて聞きました。皆は知っておられたか?」
ジーパを代表して、紀伊が尋ねる。
ダンジョンを持つ国家は数あれど、ダンジョンが災いを引き起こすものという認識がなかったのだ。
ジーパには怪生と呼ばれるモンスターがいる。
しかし鬼人の隣人として接してきた歴史が、紀伊の記憶に連綿と綴られていた。
母親である華から、そう教わったのもある。
代々契約者である此山家。継承者の紀伊も、当然モンスターから襲われない性質を持っていた。
屋敷がダンジョンの中にあるというのもあるだろう、幼い時の遊び相手を開くの、それも魔王の手先だと言われて少し複雑な気持ちを抱く紀伊であった。
「ミンドレイには深く知られてるよな、ヨルダは詳しかったし。でも、ジーパにはそれに関するものが一切ないと言うのもおかしな話だ。勇者に魔王。彼らは一体どこからきて、どこに行ってしまったのか」
洋一が漠然とした情報から答えを導き出そうとする。
まず根幹にいるのはオリン。
そのドールが関わっているのは確かだ。
今の所ジーパとアンドールに関わりはないが、それがミンドレイとザイオンにのみ伝承されているというのもいずれ分かるのだろうか?
「俺も世話係に聞いた話だけど」
シルファスが思い出すように話し始める。
魔王と勇者、聖女の伝承を。
それは物語風の絵本のようで。
伝説の剣と鏡をもち、全てのダンジョンを踏破した者に富と栄誉が得られる黄金狂が開ける。そういった伝承だ。
魔王はそれを阻止すべく勇者の前に立ち塞がるという。
物語の悪役が勇者のために存在してるのが本当に不思議だが、シルファスは子供ながらに深く考えずに飲み込んだという。
封じられた聖剣の力は、魔王の手下の討伐と共に力強く光出すらしい。
全ての部下を倒した先、魔王の住む城に行くのに鏡が使われるそうなのだ。
その鏡こそ、代々聖女の家系に継承されるらしい。
ティルネは実家にそんなものがあったかと悩み始めてしまった。
そしてマールも必死に思い出そうとするも、全く心当たりがないということを言い出した。
どうもマールは自分が聖女であることを誰かに言われただけらしい。
その聖女に任命したものこそが、キーマン。
もう一人の転生者。彼女に一度話を聞いた方が良さそうだった。
そこで話は一旦締切、一同はベアキチグルマに乗っかり一路ミンドレイに向かう。
聖剣の力が解放されたというのもあるが、本当に道中で襲われることはなかった。
どう考えてもダンジョン契約者の効果のように思うが……
そんな矢先、ヨーダが話題に上げたのが例の勇者伝説。
ミンドレイ国民でもないヨーダだからこそ、そのツッコミどころ満載の物語に指摘する…
「そういやさ、勇者の仲間って聖女しかいないの?」
「世話係にはそう聞いてるな。ゲーム的には
案の方というか、転生者にとってはツッコミどころの方が多かったらしい。
ヨーダは「だよなぁ」と納得しつつ水羊羹を口に運んだ。
「物語って必要な部分省く傾向にあるから。単純に継承者ならそれだけ知っとけばいいとかって感じじゃない? あとは現地調達で」
「そんな都合よく仲間になってくれる人材がいるのかっていっつも疑問視してたぞ?」
「仲間ならここにいるじゃないか」
洋一が胸を叩いて答える。
「洋一さんが来てくれるんなら、俺も心強いですけど」
「ポンちゃんなら戦士と魔法使いの両方を賄えるしな」
「ヨッちゃん、褒めてくれるのは嬉しいが俺のメインはコックだぞ? それ以外もできるにはできるが、不要な殺生をするつもりはない」
非難めいた口調の洋一であるが、食うためだったらいくらでも無茶をするつもりである。そういう時の非常識っぷりを目の当たりにしてきたヨーダだからこそ、頼りにしてるのだ。
「師匠がついていくなら当然オレたちもセットでついてくんだけどな」
「左様です」
「ほら、便利な一次産業者と二次産業者の魔法使いがついてきた」
「これで表向きがコック、農家、学者じゃなければなぁ……」
箔がついたのにとぼやくシルファス。
「勇者に聖女だけで魔王討伐の旅に出るつもりなのに、今更愉快な仲間がついてきただけで細かいこと気にすんなよ」
ヨルダが農家であることを疑問視されてることに噛みついた。
農家舐めんな! の精神である。
「民を説得させるための材料を用意するのも王族の勤めなんだよ。特にザイオンは成果を尊重するからな」
「気は進みませんが、対人戦で格の違いを見せて差し上げるしかないようですね」
気は進まない、と言いつつも満更でもない様子で居住まいを正す。
一度戦闘したシルファスは悪夢を思い出したかのように血の気を引かせた。
一見して温厚そうなティルネほど、怒らせたら怖い相手なのだ。
「オレも、気は進まないけど」
ヨルダもまた、血気盛んに鍬を拾い上げる。
襲いかかって来るんなら土壌の肥やしにしてやるぜ、鍬を振るうモーションをしてみせた。
「俺はどうしようかな」
「ポンちゃんの場合は試合にならないと思うぞ。基本的に目視で対応できないから」
「師匠は一番敵に回しちゃいけないよな」
「然り。それ以前に料理で胃袋を掴むのが先でしょう。まず喧嘩になってるのを見たことがありません。気がついたら即座に料理を振る舞いますからね」
「まぁ、それにオレたちが付き合ってるからなんだけど」
「むしろそれをしたくて私どもが手を貸してますからな」
ヨルダの回答にティルネが乗っかる。
「と、まぁそう言うことで、俺たちの次の目的地はザイオンということになっている。名残惜しいが、ヨッちゃんとはここでお別れになるな」
禁忌の森は遥か遠く。
ミンドレイの中央年まではまだあるが、ヨーダたちを送り届けたらその足でザイオンに向かうことを告げる洋一。
「ん、まぁそこは仕方ないな。けど、いつまでも待ってるだけのオレたちじゃねーぜ?」
「要望があれば料理は送るしな」
「そういうんじゃねーっての! 学園にダンジョンができた。エネルギーが稼ぎ放題になる。なんせ今度から授業にダンジョンアタックの科目が増えたからな」
その宣言に対し、シルファスがヨーダを疑うように見つめた。
「え、ゲームではミンドレイのダンジョンはデフォルトだったけど、実は違うのか?」
「シルファス殿下風に言えば、もとよりミンドレイにダンジョンの類はありませんでしたわ」
ヨーダとシルファスの会話にマールが割って入る。
「そうなのか?」
「ええ、ダンジョンの発生はとあるダンジョンマスターがミンドレイに目をつけたが故に発生したのが発端です」
「ダンジョンマスター。ゲームでも聞くが、その存在はいまだに謎が多いんだ」
ヨーダ曰く、下級生にそのダンジョンマスターがいるらしい。
どうもアンドールの全契約者の子供がそれを継承したらしい。
らしい、らしいで済ませてるのは契約者に本当にそんな力が解放できるのか?
という不確証な情報しかないからだった。
そこで洋一が新情報の中で聖剣の特性がダンジョンの契約者特典と酷似していることに気がついた。
「ところでシルファスさん」
「何かな?」
「その聖剣はダンジョン内でしか効力を発揮しない系ですか?」
「ええ、よくお分かりで」
なるほど、それそのものが契約の媒体。
血統を重視するのは、単純に継承者としての受諾が関わっているのかもしれない。
アンドールの件然り、ジーパの件然り。
もしかしたら聖剣そのものが擬似ダンジョンを発生させる装置で、ダンジョン情報を上書きしている可能性も高い。
だとしたら、洋一の食事バフの効果を政権も受けるのか?
食事バフの恩恵は契約したダンジョンの中で、モンスターを加工して調理、食すことで発動する。
もしそれが可能だった場合、気持ち早く現代に戻ることができるかもしれない。
全ては憶測、机上の空論でしかないが。試してみるのも面白いだろう。
どうせダメ元だ。
「この聖剣に何か?」
じっと聖剣のことを考えていたのがいけなかったのか、シルファスから疑いの声をかけられてしまった。
「ああ、いや。単純にモンスター特攻と雑魚避けだけの効果にしては勇者の定義が重すぎると思ってさ。それで命をかけて魔王討伐するなんて」
「そうですね。でもこれ、扱うのに血統が必要だったりするので、あながち誰でも扱えるというわけじゃ……」
やはり契約者特典と深い結びつきがあるようだ。
「なるほど、シルファス殿は選ばれた存在だったと」
「洋一さんほどじゃないっすけどね。なんか何もしないままじっとしてるの落ち着かないんで、鉄板触らせてもらっていいですか?」
「またお好み焼きを?」
「いえ、女性陣が多いのでホットケーキなんかを」
「いいですねぇ」
「オレたち舌は超えてるから、ちょっとやそっとのものじゃ靡かないよ?」
ニッと微笑むヨーダに、シルファスは「善処しよう」と鉄板に火を入れた。
ここから先は勇者ではなく、一人の男の鉄板の上での物語。
洋一はお手並み拝見とばかりにシルファスに席を譲り、後方腕組みモブおじさんと化した。
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