第36話 おっさん、依頼を受ける④
すっかり師匠と弟子の立場になったザイオン王子とティルネを見守りつつ、一行は禁忌の森へと再びたどり着いた。
「以前より、蒸し暑さ上がってるかな?」
御者台から降りた洋一が肌でその蒸し暑さを感じ取って述べた。
「カラッと晴れたアンドールに長居していたせいもあるでしょう。しかし我々はあの時より一層腕を磨いてきた」
「負ける気はしないが、油断はならねぇ場所だよ」
ここで暮らした三人が気合を入れ直す。
「師匠、ここはそんなに危険な場所なのですか?」
「危険、可動かは実際に目で見てみないとわからないことだ。シルファス殿下、貴殿の情報、転生者特有の知識がありますでしょう? それを説明してみてください」
「そうですね。推奨レベル80以上、パーティ6人。しかしとある武器を持ってる時は低レベルでも攻略可能。その武器こそがこの聖剣、エクスカリバーなんです。これを持ってるだけでランダムエンカウントが撤廃、無傷でダンジョン前まで到着可能。ただしダンジョン内はモンスターが無限ポップする関係上、指示に従ってもらえればって感じです、ハイ」
曰く、道中はこの武器の有無で難易度が果てしなく上がるんだそうだ。
ランダムエンカウントというのがよくわからないが、要はそのゲーム? の中でのモンスターは突然現れるのだそうだ。
姿が見えずにいきなり戦闘に入る。
ダンジョン内では姿が見えるのでそれをみて対処、がセオリーらしい。
その説明を受けて理解しているのは一人もいない点を除けば、何も間違ったことは言ってないのかもしれない。
「ごめんなさい、何を言ってるのかさっぱりわかりませんわ」
「お姉様の謎言語もさっぱりですが、こちらの方の言語はそれ以上ですわね」
「要点を言いなさいな、要点を」
「なんだかすごそうな武器ってことはわかりましたー」
「師匠、今の説明で何かわかった?」
「あいにくとゲームはさっぱりなんだよ。俺は料理一本で生きてきたからな。ヨッちゃんも知らないとなるとお手上げだ」
「とのことです、シルファス殿下。あなたはまさか自国でもこのように自分が知ってるからと説明を省いてませんでしたか?」
ティルネの圧が強まった。これはお仕置き確定の合図だ。
「あ、いや……NPCは理解が足りないなーとか思ってました。すんません」
「まぁまぁ、ティルネさん。彼も反省してることですし、そこまで責め立てることでもないでしょう。彼がパーティにいる間はモンスターが襲ってこない。それだけわかれば十分ですよ。シルファス殿下、ダンジョンまでのマップはご存知ですか? 我々はこの森で普通に迷ってたので、正直マッピングとかそういうのは不得意でして」
「土地勘のある冒険者を依頼したはずなんだが……」
「シルファス殿下、あいにくとこの地はミンドレイにおいて立ち入り禁止地区。一度入って帰ってきたもののあまりの少なさから禁忌の森と呼ばれております。マッピングが進むほどの安全地帯などありませぬ。包囲磁石すら狂う大自然の迷路でもあります」
「あー、あったなそんな設定。ゲーム内だとただのフレーバーで普通にマッピングできたから忘れてた」
「あーじゃあ、今作るわ」
みんながお手上げ状態の中、あっけらかんと言い退けたのがヨルダである。
「作るってマッピング装置を?」
「うん、まぁ歩いたところを記すだけのもんだけど」
「ああ、さっきギルドで作ってたあれか」
「うん」
「あれってなんですの?」
令嬢モードのヨッちゃんが訪ねてくる。
シルファス殿下の手前、演技は最後まで貫き通すようだ。
「ああ、前金でいただいたこの指輪、ヨルダが模倣できるって言って。冒険者ギルドのマスターにその場で作って渡してた」
「は? あれ一応家宝クラスのアイテムなんだけど」
「ドワーフの技術使ってるんなら、ドワーフに弟子入りしたオレに真似できねぇわけがねぇ! できたぞ!」
その場で座り込んで何かを叩いていたと思ったら、言ってるそばから出来上がったようだ。
「それはどうやって使うんだ?」
「これはねぇ、スタート地点にこの楔を差し込む。そんでそれを起点に歩いた場所を記憶。それがこの板の上を縦横無尽に駆け巡る。行って戻った際に廃棄止まりとして記され、勝手に歩いた場所が示される。以前アンドールダンジョンの80階層で迷った時に、こういうのあれば便利だよねーって思ってて、発想はあったんだけどさ」
「発想があっても作れねぇよ! チートじゃねぇか! お前みたいなチートキャラ知らないぞ!」
「シルファス殿下!」
「ひゃいい!」
「ヨルダ殿は私よりも出来がいい魔導士だと言いましたよね? あなたが知らないから自分より見劣りすると考えるのはおやめなさいとさっき言ったばかりですよ?」
「だってよぉ、こんなキャラいたら攻略楽勝じゃん」
「あなたの知ってるゲームと似ている世界だからと、まんまそっくりの人が配置されてるわけではないということです。それに、ヨルダ殿は純粋な努力でここまでの仕上がりました。あなたは彼女の努力をよくわからない言語で貶しました。私はそれが許せません」
「すいませんでした。あまりにも羨ましい能力だったもので」
「別に気にしちゃいねーよ。オレが不出来なのは誰よりも自分が知ってるから。さて。埋め込むにしたってほじくり返されても困るから……師匠、隠し包丁で開いた場所で埋め込みたい。その時は力貸してくれる?」
「それくらいならOKだ」
「じゃ、オレの出番はおしまい。先いこうぜ」
その微笑ましいやりとりを見ながら、ティルネがシルファスに促す。
「良いですか、殿下。あれが本来の師匠と弟子の姿です。師匠は弟子の成長を見守り、やりたいことをやらせ、そして頼られたら惜しみなく力を貸す。私はあなたにそれを学んでほしい。自分がわからないからと投げ出さず、見て、聞いて自分なりに考えて答えを出す。もちろんわからないなら私を頼ってください。でも、一度やると決めたことを途中で投げ出すのはやめてください」
「ハイ」
もう一つの師弟が、あるべき形に進むのを目指しながら。
「青春、ですね」
「青春なんですの?」
その光景をマールが眩しそうに眺め、紀伊が毒づく。
「誰にでも間違うことはあります。勘違いから酷い過ちをおかしてしまうことも。ですわよね、お姉様?」
「それ、私に対して加護でマウントをとっていた過去を言っているのかしら? 舐めた真似をした仕返しに魔法を封じてわからせてあげたんですわよね? 魔法が使えないってわかった途端に家のものものから酷い手のひら返しをされたのを思い出しましたか?」
「お姉様、それは……」
「あ、あんた。どこかで見たことあると思ったら」
突然、シルファスがヒルダに向かって指を刺す。
「わ、私ですの?」
「あんたあれだろ? ロイド王子の婚約者。確かヒルダ=ヒュージモーデン。そういやいたなぁって思い出した」
「「は?」」
ヒルダと同時に疑わしげな威圧を発したのは紀伊である。
「それは本当ですの? ヒルダさんが本来の婚約者であると! ではどうして妾は選ばれたのです!! どうして!?」
鬼人の力で襟を掴み、ガクガクと揺らす様はそんなルートがあったのか事実確認をしたそうだった。
「オレからしてみたらどうしてジーパのお姫様がその位置にいるのか本当に理解できないんだよ。仲間になるのはずっと後のはずなのに」
「仲間も何も、普通に同じクラスだからですわよ」
「ヨーダ嬢のような方も見かけなかった。やっぱりこの世界は似ているだけでオレの知ってる世界ではないのかもしれないな」
「まず間違いなく、ヨッちゃんが暴れたからだと思う」
それに対して、洋一は彼女ならやるだろうと場を引っ掻き回して嘲笑う姿を幻視していた。
「あー、オレだったらまずやらないことをやりそうだもんな」
「なんのお話です?」
「こっちの話。それよか先いこうぜ。あんたの知識がミンドレイの今と違っても、その剣があればこの森では安全なんだろ?」
「ああ、そればかりは任せてくれ。ザイオンが王子シルファスの名に於いて命ず。聖剣よ、我に力を示したまえ!」
シルファスが聖剣を掲げる。
すると体にまとわりついているような茹だるような熱気が消えた。
「この熱気、というか瘴気がダンジョン、つまりは魔王に敵の位置を教えてるようなもんでね。それに向かって守護者、モンスターを送り込むんだよ。ランダムエンカウントの仕掛けみたいなものかな?」
「そうなのか。襲いかかってくるモンスターは処分して肉に加工して食ってたが、そんな裏技みたいなものがあったとはな」
「待って、倒してる? 一応ここに出てくるモンスターはレベル80超えてるんだけど。おっさん、レベルいくつだよ」
「レベルってなんだ?」
シルファスのゲーム知識がまた発揮した。
しかし洋一は理解が及ばない顔で聞き返した。
「そこからなのかよ。おっさん、ハンターだってんなら冒険者カードあるだろ? それかしてくれ。ランクでレベルが見える仕組みだ。なんならステータスも見える。オレはそのシステム権限が使えるからな」
「うん、じゃあこれ」
「ブラックカード? いや、そこはともかくなんだこれは」
真っ黒な冒険者ライセンスには輝くGの文字が記されている。
「なんだ、と言われてもご要望のライセンスを提示しただけだが?」
「なんでGランクでこの依頼を受けたんだって話だよ! 最低ランクじゃないか!」
「シルファス殿下!」
「わひゃい! すいませんでした!」
またも言葉が強くなってきたシルファスに、再度お小言モードのティルネが迫る。
「いいよ別にこれくらいは。ただ、俺の場合はギルドでステータスエラーを引いちまってさ。メインジョブが料理人だから、そっちで食ってくのに後ろ盾が欲しかった。ちなみにギルドで判定する前に禁忌の森で暮らしてた。俺の自己紹介はこれくらいでいいかい?」
「ステータスエラー? それって数値カンストしてるってことか? いや、あり得なくはないがやり込んだデータでもエラーすることは滅多にない。チートでステータス改竄コードを使った時にたまに現れるんだが」
「そのチートがよくわからないんだが」
「チートってのはズルだな。自分に都合のいいコードを打ち込んで、所持金マックススタートとか、敵の攻撃を一切受け付けない無敵スタートとか、そういうの」
「なるほど。俺の能力のどれかがこの世界においてチート認定されてるというわけか」
「この世界? つまりあんたも?」
「ああ、俺の場合は転生じゃなく転移の方だ。元の世界から能力を引き継いだ形でここに来ている。帰る目処も立ったんだが、限りなく長い道のりが確定した。それにはダンジョンの踏破が必要不可欠でな。ザイオンに立ち寄ろうと思ったが、成り行きでこの依頼を受けたんだ」
「あー、俺がこのクエスト中だからか。それにしても異世界転移ねー、そっちの方では役に立てそうもないけど。でも帰る手段が見つかってんなら何よりだ。あ、じゃあもしかして俺の世界の食べ物とか再現できる?」
「うーん、世界が一緒である可能性が極めて低いが、料理が趣味といったように要望は幾つでもしてほしい。俺の研鑽にもなるし、あんたは懐かしい味に浸れる。win-winだ」
「その発言ができるんならパーフェクトだ。生まれは日本、違うか?」
「あってる。でもダンジョンがそこら辺にある」
「あー、じゃあ違う世界戦だな。俺の生きてた世界はダンジョンはなかった」
シルファスは先程までの高圧的な態度を引っ込め、故郷が同じという共通点で洋一に秒で懐いた。
この身代わりの速さは美徳かもしれないとティルネは何かを言い出そうとして飲み込むことにした。
「また師匠、たらしこんでる」
「ポンちゃんはコミュ力ないけど再現料理で胃袋掴む系だから」
「「わかります」」
ヨルダが解説し、ヨーダが捕捉する。
それに対して頷いたのがヒルダとマールだった。
紀伊だけが、話についていけなかった。
「さ、そういうわけで先に進もうか。アンドールは揚げ物、ジーパは煮物、アンドールはスパイスが効いた食品が多かった。ザイオンはどういうのが主流なんだ?」
ここから先は歩きながら。
ベア吉の影に貴族馬車を入れ……それぞれが歩き出そうとするところでツッコミが入った。
「待ってくれ、今、何を?」
「キュウン?(どうしたの?)」
シルファスが理解が及ばないと言わん顔でベア吉を見た。
ベア吉はいつも通り荷物を持ったくらいでどこかおかしいところがあったか疑問顔だ。
「ベア吉は馬車を引っ張るだけ以外にも、荷物持ちとしても大活躍してくれるんだ!」
「馬車は馬が引っ張るから馬車と言うんだ。クマが引っ張ったら熊車になると思うんだが?」
「そんな細かいこと突っ込んでたら、このメンツとやってけないぜ?」
「ぐぬぬ。いや、便利だなと思っただけだ。そう言うのは最難関ダンジョンのエルファンの120層で取れるアーティファクトくらいだと思ってた」
「エルファン?」
「ああ、ゲームのやり込み要素で、クリア後に解放されるエンドコンテンツで無限迷宮と呼ばれてるところだよ。300層以上からなるダンジョンで、途中セーブ不可能、一度戻るとマッピングし直し、出没モンスターのレベルが150以上というキャラを強くしたけど、遊ぶ場所が無くなった人向けの場所なんだ。今だと閉ざされているけど、確認されてるダンジョンを全踏破すると解放されるはずだ」
シルファス曰く、そのダンジョンが解放されるには幾つかの条件を満たす必要があるのだとか。
レベル上限解放、ダンジョン全踏破、ストーリークリア、全エンディング解放、全ヒロインとのストーリー解放。などなど、聞いても何が何だかわからない。
しかしそれによって見えてきたことがいくつか。
「つまりそこに行くためにはシルファス殿下の頑張りが必要と」
「おっさんはそこに行きたいのか?」
「俺が前の世界に帰る条件が特定のダンジョンをクリアすることなんだ。クリアすることで特殊なステータスが増幅する。そのステータスがネックでな。最大30億必要なんだ。今はなんとか10億分はある。あと20億。こいつを集めたい」
「数値がデカすぎて笑う」
「君のいうステータスはもっと低いのかい?」
「ああ、レベル100でも到達ステータスは999だな。上限突破で1000を超える。上限9999になるけど、そこからはストーリーもなんもないから、ただただ敵を倒して、レベルを上げてのハックアンドスラッシュだな」
「ふぅむ。あまりよくわからないが、俺の能力はモンスターを肉に置き換えるというものだ。これは死んでても死んでなくても関係なくだ」
「何それ、強すぎね?」
「うむ。だからその能力はステータスという概念に対してなんらかのチートにあたるのだろう。ちなみに俺のスキルは手の届く範囲どころか目視の範囲で実行可能だ」
「あ、はい。そりゃ無敵ですわ」
「師匠のおっかねぇところはそれで終わりじゃねぇんだ」
洋一の語りに、ヨルダが蘊蓄を重ねる。
「まだあるのか?」
自分の知らない知識に対して、食い気味に迫るシルファス。
「ああ、そのモンスター肉、なんと強ければ強いほど旨味が増すんだ。そこに師匠の調理スキルが相まって、最強になる! 飯がうまい! モンスターは瞬殺! しかしそれ以上に力がみなぎる! 自然と自分で倒してきて、師匠がどんなふうに仕上げるのか楽しみになる連鎖が始まる」
「ゴクリ」
ヨルダの発言に、シルファスは喉を鳴らす。
「あんた、運がいいぜ。ここで師匠に出会えたのは。師匠はな、出会った相手をめちゃくちゃ強化する能力を持ってる。それはな、本人の強さだけに限らねぇ。周りのみんなも強くなるんだ。あんた、ダンジョンを出た後はビッグになるぜ。それまでに器がついてくるか、見ものだなぁ?」
「そんなバフが得られるのか?」
「それこそあんたのいうチート。それは師匠本人じゃなく、師匠の振る舞う料理に宿る。本来なら大金を積んでも食べられない。それをダンジョンに一緒に入っただけで食べられる権利だ。あんたはどのような成長を辿るかな? 楽しみだ」
「すごいのだな、おっさ、いや、あなたは」
「洋一だよ。本宝治洋一だ」
「洋一さんか。懐かしい名前だ。俺は、弱い自分を乗り越えたい。何をすればいいかわかりもしないが……これから世話になる」
「君がどのようにしたいかは自分が決めればいいことだ。俺は俺のやりたいように料理を作る。君は自分が進みたい道に進めばいい。王位を継いでもいいし、継がなくてもいい。君は自由だ。ゲームの進行に付き纏われる人生が窮屈でないのなら、それもまたいいだろう」
「ああ、そうだな。俺はゲームの知識だけで第二の人生を歩もうとしていた。それが間違いとまでは言わないが、それだけに縛られる理由もないか」
何かを決意したような顔を見せるシルファス。
「でもまずは、ダンジョンをクリアしないとだ。みんな、手を貸してくれ。俺はあいにくと低レベルで来てしまっている。聖剣の力だよりのダメな俺を支えてくれないか?」
全員が言葉を発さず、ただ頷いて首肯する。
ようやく一つのまとまりができた。
一致団結、には程遠いが。
ここにくる前の蟠りは解消しているように思えた。
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