第36話 おっさん、依頼を受ける③

「早速出立ということでよろしかったですか?」


「ああ、それで頼む。今は一刻でも猶予が惜しい」


「でしたら数分お待ちください。今貴族馬車を錬成いたします」


「オレは空調とかかな?」


「おい、今行くという話だぞ? 馬車の用意は済ませておくべきではないのか?」


「そうなんですが、俺たちも今日帰国して、この話を聞いたもので。急ぎだというのでそのまま急行してきました。腹ごしらえぐらいはしましたが、今日の今日でそこまで采配できませんよ。なので急拵えです。手配していては時間がかかるでしょうが、今ここで作ってしまえばそこまででもありません」


「そこまで無理を言ったつもりはなかったが」


 シルファスはそういうが、あれを個人かつ少数規模でできる人材がそうそういないというだけの話だ。

 王族であるが故に見落としがちなのかもしれないが。

 普通は準備に数週間、それを無視していく場合粗末なものを飲み込まなければならないが、それも我慢ならないというので全ての人がお手上げ。

 その上でこの依頼が解決しない限りザイオン国へのルートが封鎖されるという事態に陥っていた。


 要はとんでもないわがまま坊やなのだ、このシルファスという男は。


 その上でメンバーが全員女性(?)の時点で自分以外の男を良しとしないハーレム思考。ちょっと事が上手くいかないだけで他人に八つ当たりしそうな他責思考。

 こんなのが国のトップになっていいのか? と思わなくもないが、他国のことまで考えてる暇もない。


 アンドールと違ってダンジョンは一般解放されてるみたいなのでそこは一安心だ。


「できました」


 言ってる側からもう完成である。


「何、もうか?」


「急ぎという話でしたので。ですが箱物は用意できても引く馬までは用意できません。その代わりと言ってはなんですが、うちの可愛いペットのベア吉を起用しようと思います。馬より早く、禁忌の森を熟知している。湯うってつけでしょう」


「キュウン(頑張るよ)」


「この小さな子グマが? まぁいいだろう。ヨーダ嬢、中へ入ろう」


「ええ。皆様も」


 シルファスはヨーダだけをエスコートし、それ以外はヨーダの後にゾロゾロと続く。

 中の構造は円。

 上座の周りを縁の形で席が並びその中央にショーケースが並んだ。

 まるで宝石展に足を踏み入れたような雰囲気。

 

 シルファスは自分の横にヨーダを置き。

 連れを一望できる場所に置いた。


「すごいなこれは。外の景色まで一望できるのか」


「それだけではありませんよ。このケース、内側がほんのりと冷えています。ミンドレイの技術ではこれを製造できません」


 口を出したのはヒルダだ。公爵令嬢の彼女がいうのなら本当なのだろう。


「そうなのか?」


「え、これって冷蔵ケースか? 中にワインも。ウヒョー」


「ヨーダ嬢?」


「ああ、いえ。ちょっとテンションが上がってはしゃいでしまいました」


 ワインを前に演技を忘れる女が一人。

 元々演技できてたかも怪しいが、シルファスは細かいことを気にしないのか、それを良しとした。


「お気にいただけましたようで何より。突貫作業でしたので、後々不満点などあればカスタマイズしていきます。乗り心地などにつきましては御者のヨルダ殿のお申し付けください」


「ヨルダというと外にいたちびっこか?」


 ちびっ子とか言えるほど小さくはないが、シルファスは自分に靡かない女は貶してかまわないとでも思ってるのだろうか?

 

「あまりそのようなことをいうものではありません。彼女はこの貴族馬車の安全面の管理者です。一人だけやたら揺れる、蒸し暑いなど意図して引き起こせます。口は災いの元と申します。滅多なことはもうされませんよう」


「こちらは依頼主なのだが?」


「ええ。ですのでこれは警告ではなくお願いです。そしてこちらはあなたの依頼を受けなくてもよかった。急いだのはシルファス殿下の都合。違いありませんね?」


 あまりにもわがままを通そうとするシルファスに、姉弟子を悪く言われてティルネも我慢を堪えるのが大変だった。

 ちびっ子と言われただけでなく、平民と侮ったことも大きい。

 姪っ子のマールの前であるというのにこめかみに青筋を立てるほどだった。


「不敬だぞ、貴様」


「そうですか。でしたら今回はご縁がなかったということで、ここでお別れ致しましょうか」


「な!?」


「私たちはあなたに従う立場にありません。ザイオン? どこの田舎国かは知りませんが、獣風情が、人間様に偉そうな口を聞くなど100年早いですよ。マール、なぜこんなのに従っているんです? 実力で勝負をつけましたか? つけてない? ならば私が躾けてあげますよ」


「ちょっ、ティルネさん。一体どうしたというんですか?」


「この男の性根を叩き直してあげようというんです、止めてくださるな。恩師殿。このティルネ、老骨とはいえ、この程度の獣混ざりに遅れをとるつもりはありません!」


「実力だと? それこそヒューマンごと気が思い上がるな。いいだろう、決着をつけてやる」


「よろしいのですか?」


 焚き付けられたシルファスを止めるヨーダ。

 

「ああ、売られたケンカは全て買う。打ち勝つことで我らザイオンは成り上がってきたのだ。心配してくれるな。あの無礼な男の首を手土産にしてくるさ」


 いや、そんなことは微塵も思ってない。

 むしろ勝負に乗ったら負けるぞ? あれは対人のスペシャリストだ。

 何せ扱う魔術が音。聴覚、嗅覚、視覚などの粘膜に影響する。


 獣人が得意とする全てにメタを張ってくる存在だ。

 ヨーダでも相手にしたくない、嫌な成長を果たした魔術師。

 それがティルネに下した評価だった。


 強者を嗅ぎ取る嗅覚が鈍ってるシルファス。

 そして案の定、五分もせずにわからされた。

 

「あがががががが……」


「どうしました? 獣混ざり。まさかこれでおしまいというわけではないでしょう? 私の気はまだまだすみませんよ!?」


「おじ様! やりすぎです!」


「しかしマール。他国に来たというのに自分の国であるかのような傍若無人ぷり、とても看過できません。私だって多少の配慮はします。しかし相手は簡単に一線を超えてきた」


「今のおじさまは平民でしょう? この方は王宮以外の世界を知らないのです! 冒険者になる勇気も持てず、そして勇者としての使命も半ばやり投げ! 今急いでるのもこのままだと女性とイチャイチャできなくなるからという理由だけのクズのろくでなしなんです!」


「マール嬢。言い過ぎ、言い過ぎ」


「この叔父と姪、根本がそっくりだわ」


「耳が聞こえてないのをいいことに言い過ぎですよ二人とも。いいぞ、もっとやれ」


 嗜めてるのか、焚き付けてるのかどっちなのか。

 ヨーダは今まで散々セクハラのかぎりを続けてきたシルファスがみっともなく地面の上で転がる様を見て溜飲を下した。

 

「で、なんでこの人と一緒に行動してるんだ?」


 それでまたなんで女装してるのかとヨーダに告げる洋一。

 ヨーダは事の経緯を語る。

 

「実はーー」


「え、マールさんが聖女? そうなんですか、ティルネさん」


「そんな話、聞いたこともありません。マール、その話は本当ですか?」


「シルファス様曰く、勇者にはお供が必ずついてくるそうで。そのうちの一人がミンドレイにいると。そして聖剣が共鳴したのが私だったそうで。でもシルファス様は誰でもよかったのか、私じゃなくその日偶然ドレス姿だったヨーダ様に目をつけまして」


「オレが、みんなと一緒ならいいよって言った」


「妾たちはこの男がさっさと母国に帰るように手を組んだというわけじゃ」


「お姉様を連れ去られたままでは、新事業も進みませんからね」


「新事業というのは?」


「紀伊姫さまがジーパになかなか帰れないから思い出作りとして学園にいる間にコスメ関係の会社を作った。その傍ら、ダンジョンを学園に設置してエネルギー稼ぎをな」


「ごめん、なんて?」


 思い出作りまではいい。

 しかしなんでそこでエネルギーの話が出てくるのか。

 これがさっぱりわからなかった洋一。


 そこでヨーダから学園にダンジョンが発生した事件を聞いた。

 犯人はアンドール国の元領主であるクーネル家のご息女。

 前領主から契約を引き継いで、ダンジョンの外にモンスターを生み出したのだそうだ。


 結構な私欲を王子様でアルロイドにぶつけようとしたのでそれを止めに入ったヨーダに恨みを抱いていたそうだ。


「何してるのさ、ヨッちゃん」


「オレは護衛の使命を全うしただけだってーの。そこで以前マールに言われた前世持ちの転生者ってのが絡んできた。件のアソビィがその転生者で、ここが過去に遊んだゲームの世界にそっくりだったって話を聞いた」


「そのお話では私が主人公で、ロイド様と結ばれなかった後に始まるルート? でそこのシルファス様に見初められるという物語が始まるそうなんです。それで私が聖女という事実が判明するとかなんとかで」


「つまり?」


「そのルートを有耶無耶にするためにオレたちは行動してるんだよね」


「興味ないっていうんじゃダメなの?」


 ヨーダの回答に、ヨルダがみんなが口にしない言葉をあえて突っ込んだ。


「どうも物語の強制力というのが働いているようで。突然話を聞かなくなるんです。シルファス様のキャラクターが俺様系? とかで。正直興味も湧きませんが、しつこく付き纏ってくるので……」


「オレが身代わりをしてるのさ。聖女はオレだーって」


「あれ? さっき聞いた話と違う。さっきはそこのシルファス様が見初めたのがヨッちゃんだって。あれ?」


「向こうがミンドレイにいる聖女が誰かより、自分が気に入った女が聖女の方が都合がいいって頭なんだよ。何せ向こうの目的が成果を上げることで、勇者として魔王を倒すことじゃねーからな。飛んだ腑抜けだよ」


 魔王がいるかどうかもわからないのに、勇者として名乗りを上げるのはそれなりに勇気のある行動だと思うが、その動機が不順なので擁護しようもない。


「うーん。まぁそこはわかった。それで? その勇者は何をどうしてそんな場所に向かうんだ? 一応引き受けたけど目的がわからないんじゃ如何ともし難いぞ?」


「場所についてから目的が二転三転する指示だしは現場が苦労するんだよね」


 ヨルダが昔騎士団にいた時のわがまま学者だったティルネの采配を思い出しながら言った。


「耳が痛い話ですな」


 昔、自分はそういうことをやっていたことを思い出す。

 だからこそ、シルファスの態度が目に余った。

 過去の自分を思い出すからだ。

 ようやく自分がなぜ喧嘩をふっかけたのかを知る。

 同じ穴の狢である彼を、更生させるのは自分しかいないのだと、正義の心に目覚めたからではない。

 過去の自分を周囲に晒すのを恥じたからであった。

 

「まぁ、昔の話だよ。今のおっちゃんは自慢できるお菓子の伝道師だから。こんなのと同一視しないから大丈夫だって」


「それもこれも恩師殿に出会えたからこそですな」


「オレも、師匠に出会えてなかったら今頃ここにいねーし」


「そうなんですの?」


 ヨルダの自白に、ヒルダが瞬きをする。

 ヨーダに比べて劣るとはいえ、それでも自分よりも強い相手が死を覚悟する場所。

 ミンドレイないにそんな場所があるのかと今になって知るヒルダ。


「うん、普通に死んでたと思う。それぐらい、今から行く場所は地獄だよ。腕に覚えがある程度では生き残れない。オレとおっちゃんがミンドレイにたどり着いた時でようやく一人前だったから」


「そこらへんに伝説級レジェンドが跋扈してるからな。あいつらすばしっこい上に仲間を呼ぶから厄介なんだ」


「え、今なんて?」


伝説級レジェンド?」


「誇張表現ではなくて?」


「うん、うちのベア吉は多分神話級ミソロジーだし。まだ子供だけどな」


「キュウン(そうなの? よくわかんない)」


「え゛?!」


 固まるヒルダ、そしてマール。

 紀伊はダンジョン関係者、とりわけ玉藻のようなドールはそのくくりにいるということを知っていた。


「たいしたことではない。ダンジョンが関わっているのなら、守護者はその域にいてもおかしくはない。そうか、ここが最古のダンジョン、一番迷宮管理者が眠る地か」


「え、禁忌の森が!?」


 驚く洋一。

 むしろそこで目が覚めたのは何か運命だったのかもしれない。

 あいにくとそう言った感は一切は足らなかったが。

 そう考えれば、なんとなく居心地が良かった説明はついた。


「ポンちゃん、知らなかったのか?」


「だって見るからにそういう構造じゃなかったし、ヨルダも知らないって」


「ダンジョンそのものは。だってここは魔王の居住跡地だって噂だし」


「反応した聖剣。そして魔王か」


「もしかして魔王ってダンジョン管理者のことを言ってるのか?」


 洋一達は顔を見合わせる。

 一人だけだったら知り得ぬ情報も、仲間が増えて見えてくることがある。


「その可能性は高いんだよな。かつてのミンドレイ国民が封印した場所。まさかこんなところに手掛かりが転がってるなんてな」


 いい話をして、最初こそ行くつもりはなかった禁忌の森同伴も、今じゃその事実を確かめるべく向かうことになった。



 そして躾を完了させたシルファス王子といえば……


「すいません、すいません、もう生言いません。モブだとかNPCだとか言いませんので許してください! 生まれガチャでSSR引いて調子に乗ってましたー!」


 自分が転生者であることを自白していた。


「その転生者というのが何かはわかりませんが、目上の方相手に少しは配慮を覚えたほうがいいですよ。私も年甲斐もなく暑くなりすぎました。これからはいいパートナーとなれるようにお互いを尊重し合いましょう、シルファス殿下?」


「はい、師匠!」


「おや、私なんかを師匠と呼ぶだなんて酔狂な方ですね」


「俺、ずっと勘違いしてたんです。みんな俺のいうことは聞くし、誰も刃向かわなかったので。それが当たり前だと思ってて。でもそれが通じてたのは国内だけで、俺が王族だったからなんですね? 師匠の愛ある拳、しかとこの身に受け止めました!」


「そうですか。身の回りの環境からくる勘違いでしたか」


「俺、本当は勇者になる資格なんて持ってないんです、ビビリで、ずっと隠れて過ごしてて。でも俺、王族の一員から転げ落ちたくなくて、それで!」


「勇者伝説を利用して成果を焦ったと?」


「おっしゃるとおりです!」


 いつの間に立ち上がったと思ったシルファスは、その場で土下座を始めた。

 

「わかりました、あなたのビビり癖、私が構成して見せましょう。恩師殿、少しお時間をいただけますか?」


「いいですよ。好きなようにしてください」


「では最初の修行内容をお伝えします。紳士たるものレディには常に気を配ること! たとえ自分より年下、くらいが違うとて侮ってはいけません。現に私は娘くらいの子を姉弟子と呼び慕っています。ヨルダ殿は私にできないことをいくつもやっておいでだ。見た目だけで相手を判断することをやめるのです、いいですか?」


「はい、わかりました」


「ヨシ、では馬車に乗りなさい」


「皆さん、恥ずかしい姿を見せてしまって申し訳ありません。すぐにお寛ぎいただけるようにご配慮いたします。先に席におつきください」


「おじ様、かっこよかったです」


「ははは」


 姪にかっこ良いと言われて満更でもないティルネ。

 それから禁忌の森に向かうまでの時間はシルファスとティルネによる女性陣へのもてなしタイムが始まった。


 それを御者台に並んだヨルダと洋一が眺めながら見守る。


「あの人、人生ぶっ壊れなきゃいいけど」


「ティルネさんも少しおかしいところあるからな」


「全部師匠の受け売りだけどね」


「え?」


「キュウン(このまま真っ直ぐでいいの?)」


 全く御者の仕事をしないヨルダにベア吉が問いかけてくる。

 声が聞こえてる洋一だけがそれに反応する。


「まずは移動が大切だ。ヨルダ、軌道修正頼む」


「オッケー」


 こうして馬車は動き出す。禁忌の森に隠された秘密を暴きに。

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