第36話 おっさん、依頼を受ける①
アンドールにきて一年が経った。
もうそんな経つ?
ほとんどがダンジョンの中にいたので実感の湧かない洋一達だが、ジーパの時と違って今は国民のほとんどが洋一達の存在を、認めていた。
「なぁ、本当に行くのか? 今やこの国はあんたたちあってのものだ。本当に他人に委ねて出ていくのか?」
ギルドマスターの言葉に、洋一は頷いた。
「そういう約束ですからね。元々俺たちはアンドールには旅人として遊びにきただけです。なぜか国の復興に駆り出されましたが、本来はそこまでするつもりはなかったんですよ」
「それこそ偶然が重なって、か?」
「ええ」
どこまでが偶然で必然か。ギルドマスターはそれを今ここで考えたところで目の前の男はここに止まらないであろうことを理解した。
「では、後のことは任せます。一応こっちではSランクなので、今後はそれで対応してくれるとありがたいですね」
提示したライセンスは商人ギルドのものだ。
わざわざ冒険者ギルドにきて、それを提示するのか? という顔。
「あんたなら冒険者ランクでもSで通用するだろ? 聞いたぜ、100階層まで突破したんだって?」
「偶然ですよ」
「そこまで偶然は続かねーんだよ。そして一度も外と連絡をせずに篭りっぱなしで踏破は後にも先にも聞いたことはない」
「それでも、俺のメインはこっちです」
洋一は腕っぷしを前面に押し出すことはせず、料理の腕だけで勝負したいと告げた。
「そっか。あんたの飯が食えなくなるのは寂しくなるな」
「レストランの味も俺に近づいてきてますよ。そしてゆくゆくはこの国の名物となる。俺はその礎となれただけでも嬉しい。あとはこの国の人々が血肉に変えるだけだ。それは俺でなくてもいい」
「過去の負の遺産を全部ぶっ壊して、あんたが一から作った国だ。あんたがそう思ったって、恩義を感じてる人は多い」
「この街に来る人は過去にどんなことがあったなんて興味は持ちませんよ。ここはダンジョンと飯の街、アンドールだ。今後ずっとそうなる。冒険をして、ダンジョンで稼いで、うまい飯を食う。そこに国民の皆さんと商人、そしてあなた方冒険者ギルドがお互いを尊重して国が歴史を作っていく」
それ以上でもそれ以下でもない。
ギルドマスターに告げる。
「ああ、そうだ、これからもそれを続けていく。いつでも帰ってこい。国民全員で歓迎するぜ?」
「ははは、次顔見せる時まで覚えてくれていたらありがたいですね」
ギルドマスターとはそれで話を打ち切り、続いてミズネのレストランへと別れを告げにいく。
そこには護衛として雇ってた『一刀両断』のメンバーが従業員として働いていた。
今じゃ即戦力のスタッフとしての自信が表情から読み取れる。
だからこそ少し心配になった。
もう冒険者はやめてしまったのだろうか?
帰りの護衛も頼もうと思っていたのだが、ちょっとだけ声をかけにくい雰囲気だ。
意を決して厨房に声をかける。
「お疲れ様です」
「おお、旦那!」
忙しいのだろう、作業の手を止めずにミズネが顔を出す。
以前はバーなどをやっていたのに、今じゃすっかり中華料理屋のオーナーよろしく鉄鍋を振るっていた。
今の調理を手早く終え、後の作業をスタッフに任せて出てくる。
店内は満席だ。注文待ちをしてる客はメニュー表を見ながら料理の到着を待っていた。その中には住民のみならず冒険者の姿もちらほらある。
すっかり人気店になっていた。
前から人気だけど、それは商人相手の人気だった。
外向けの需要をがっちり掴み取れたのは異国料理にも力を入れたからだろう。
洋一の教えでアンドール料理のみならず、ジーパ料理、ミンドレイ料理にも対応した結果がここにきて評価を受けている感じだ。
「忙しい時間にすいません。俺たちそろそろアンドールを発とうと思いまして。世話になったのも含めて挨拶に来ました」
「世話になったのはこっちだが? 旦那の謙遜は嫌味に聞こえるレベルだな。最初こそは生意気な口を聞く小僧だと思ったが、今じゃ立場が逆転してしまったな。息子のハバカリーも今や立派なスタッフだよ。あいつのこんな姿を生きてるうちに見られるなんてなぁ」
「これからですよ。根は悪い子じゃなかった。環境が彼を追い詰めた。大人である俺たちが正しい道へ導いた。それでいいんじゃないですか?」
「俺たちの教育の仕方も悪かったのかも知れねぇな。おい、ハバカリー!」
「なんだよ親父!」
「洋一さんが国を発つってよ。挨拶してきな。お仲間も連れてさ」
「あぁ!? こんなクソ忙しい時に何言ってんだよ!」
「お前の恩人だろうが! 人生を棒に振るう瞬間を救ってくれたお人だ。口だけの感謝になんの価値もネェんだよ。誠意を見せろ、誠意を!」
「チッ、わーったよ!」
奥の方に引っ込んだミズネが調理スタッフのハバカリーを叱りつけては耳を引っ張って引きずってきた。
そこにあったのはすっかり亡国の王子と親衛隊長のそれではなく。
父親と手のかかる子供のようだった。
「悪いな、親父がうるさくて。それとそんなに急いで出ていかなくったっていいんじゃないか?」
「そう言ってたら気付かぬうちに一年経ったんだよなぁ。本当はもっと早く出ていくつもりだったんだが、これを逃したら、またずるずるといきそうでな。今日決めたんだ。国中に笑顔が戻った。俺はそれで満足してる。あとは国民がなんとかするさ。よそ者は黙って立ち去るさ」
「あー、わかる。オレもなんだかんだ冒険者よりすっかり料理スタッフ一本になった感じだ。そういえば、砂漠の護衛は必要かい?」
「本当はハバカリーに頼もうと思ってたんだがな。忙しそうなら他にあたろうかと」
「いやいやいや、このオレを名指しで頼もうっていう時に、他の奴らはないだろ。親父ー! 数日休みをもらうぜ! ちょいと洋一さんを送り届けてくらぁ!」
「おう、是非そうしろ! その代わり帰ってきたら覚悟しとけ? 休みなしでこき使ってやる!」
「休みはくれよ! このクソ親父!」
「ばーか、商売に休みなんかねーんだよ!」
厨房ではバチバチにやり合っている。
ここで抜けるとか冗談だろ? と数名のスタッフの目が血走った。
今の人数でもギリギリだ。
そこから接客スタッフ二名、裏方一名、調理スタッフ一名が消える。
これの意味するところを考えたらめまいがしそうだった。
準備に数十分。
すっかり冒険衣装に着替えた『一刀両断』のメンバーが居た。
馬の手配もしてきて、すっかり出発の準備も出来上がっていた。
「急かしたようで悪かったね」
「いやぁ、アタイらもすっかりこの街に染まってた。冒険者やってるよりずっと給料良かったからね。その上三食美味い飯がつく。これ以上望んだらバチが当たるよ」
「手癖の悪かったハバカリーもすっかり料理スタッフだ。俺は裏方に徹するしかなかった。それでも冒険者の時より充実した毎日を送れてたな。自分に意外な特技があることにびっくり会いてる」
アストルの特技も気になるが、掘り下げると長くなりそうなので出発してから聞こうかと洋一は馬車に乗り込むのを促した。
整備された馬車道は、余裕を持ってすれ違得るほどの幅を確保できていた。
以前までのアンドールでは考えられない環境の変化だ。
「すっかりこの国も変わったよなぁ」
今まで馬車を扱うのなんてミンドレイからくる商隊くらいだった。
しかし今は砂漠が緑化したおかげで途中でばてることも無くなった。
各街に馬房や休憩所が設けられたことで商隊以外も馬車での運行をするようになったのだ。
「なんにせよ、サンドワームがもう出てこないっていうのが最高だよな」
ハバカリーが自国の破壊神の存在を話題にあげる。
あれがいたからアンドールは壊滅的に追い込まれたのだと過去を思い出していた。
「あいつは料理しがいがあったな。色々作ったが、天ぷらが一番うまいのが驚きだった。
「まず最初にその感想が出てくるのが洋一さんだよな」
普通は恐ろしいとか恐怖の対象でしかないものだが、洋一にかかればたちまち食材に早変わりだ。
「実際うまかったじゃん」
「それな」
御者台ではハバカリーとヨルダがそれぞれ馬とベア吉を並ばせて走らせている。
すっかり馬に気に入られたのか、並走しても怖がられなくなったのは大きいだろう。
荷物はベア吉が持ってくれるので洋一達は軽装で済んでいる。
そして馬車の中では、ヨルダの作った簡易魔道具が早速大活躍していた。
「いやはや、ヨルダ殿の空気調整機は大発明ですな。馬車の中の空気をこうも冷やしてくれるのは老骨にはありがたい限りです」
それはクーラーのように室内の温度を一定にする魔道具だ。
手入れの類は必要なく、特定の魔核を補填するだけで半永久的に動くという代物だ。
他にもいくつか作ったが、用途がすぐに思いつかないもののオンパレード。
自動田植え機とか、自動伐採システムとか、自動水やり機とか。
基本農業に関するものばかり。
しかし農民にとって魔核は手に入れづらいのもあり、運用してくれそうな人たちは現れず、ヨルダも扱いに困っていた。
その中で今でも現役で扱えてるのがこれだった。
魔核クーラーだ。
ダンジョンの中での魔核水道、魔核コンロ、魔核水洗トイレ、魔核シャワー室なんかは好評だったが、ダンジョンの外では有り難みも半減。
以降は魔道具作りに飽きて農業に勤しんだヨルダだった。
「だからって、馬車の中でお茶までするのはお貴族様の特権だと思っていたよ」
「これからはこの魔道具が出回れば一般の馬車でも提供は可能でしょう」
「それができるのはティルネさんだからでは?」
キョウ、ヨリ、アストルがティルネに茶菓子を馳走になりながら頷いている。
護衛とは実際名ばかりで、ほとんど馬車の中でくつろいでるだけだ。
なんならお金を払うほどの待遇を受けていた。
それでも護衛を頼んだのは、久しぶりに近況を報告したいのもあった。
「いやぁ、それはどうでしょうか。あ、お茶のおかわり要ります?」
「せっかくのご厚意です、いただきましょう」
「ティルネさんのお茶菓子はどれも絶品ですからね。ジーパ菓子もさることながらアンドール菓子にミンドレイ菓子。どれをとっても迷ってしまうほどです」
ヨリがお茶のおかわりを待ちきれずに茶菓子に手をつけている。
それを横目にキョウがあんたもすっかり食いしん坊になったねとジト目を送っていた。
「洋一さん、アンスタットにあんなでかい門あったっけ?」
そんな矢先、前方に見つけた異物を報告するように洋一に尋ねる。
アンスタットは洋一の管理先。
ハバカリー達はアンセムに引きこもっていたので一回通った後は全く知らないので知ってそうな人に尋ねていた。
「俺も知らないなぁ」
「あれは私が作ったガゼボですね。その周囲を城壁のように囲ったのかもしれません」
「ああ! やんごとないお方をご招待した時のですね」
「いつの間にそんなことしてたんだよ。それに、やんごとないお方って?」
「ミンドレイの王族? 後はジーパの姫」
「それはまたやんごとないお方のオンパレードだ」
「ティルネさんのジーパ菓子が絶賛されていたんですよね」
「恩師殿のオリジナル料理ほどではありませんが、ジーパのお姫様に美味しいと言っていただけたのは嬉しかったですね。お墨付きをいただいた気分です」
「ティルネさんの真心がこもってますからね。これから食べられなくると思うと寂しいです」
「そう言われると心苦しいですね。しかし、私が手塚らこれから育つ芽を積むことはないでしょう。今は私の指示を受けたせいかスタッフが各レストランに10名ほどいます。今はまだ拙くとも、これから伸びていきますよ。私がしがない学者で、歌詞なんて専門外であったように」
「え、そうだったんですか? てっきりその道のプロのお方かと!」
「そう言ってもらえたら嬉しい限りです」
馬車はアンスタットに近づき、一応積荷の確認と人物の経歴を確認した。
「あれ、ヨウイチさんかい?」
「どうもどうも」
「ヨウイチさんならこの街の大英雄だ。引き止めるなんて失礼なことをしちまった。町長からどやされちまう」
「この人はそんなすごい人なんですか?」
「ばか、この人がいなかったら今のアンドールはないほどの偉人だぞ!」
「それは失礼しました!」
門番の一人に洋一を知ってる顔があったため、お咎めなしで待ちを通れるようになった。新人の門番は先輩門番から話を聞いて頷いた。
一年前までこの国が圧政と劣悪な環境であることを外から来た新人は知りよう筈もない。
そして見知らぬ城壁。
アンスタットはその立地から流れの冒険者がとにかく漂流する。
一攫千金を夢見てアンドールにきたはいいものの、ミンドレイより物価が高いと嘆くものが多かった。
当時に比べれば随分と安定したように思うが、それでも高く感じる人は多かったようだ。
そもそも、この国では銀板以外の価値が相当に低かったものな。
銅板、鉄版など目も当てられないほどだった。
それでも食事はできるし、外貨も使えるようにしてたのだが。
やはり洋一の巻き起こした『暖簾分け』の弊害が新生アンスタットになっても響いていた。
その金額(金貨換算)でやっていた料理を食いたいけど食えない、理不尽だ! と騒ぎ立てる人は少なくなかったという。
一般的な料理は辛すぎるとのことで、商人向けのさっぱりとしたレパートリーが豊富な料理を望む声が多く上がったのだとか。
「人が増えた弊害ですか」
「冒険者ってのは国が認めた山賊みたいなところがあるからな。ダンジョンっても安全に稼げる要素は薄いだろ? 儲けられる奴の上限値が決まっちまってる。そこからあぶれたら後は悪い方に転がっていくだけさ」
「そのためのアンスタットでしょう。働き手はいくらでも欲しい。違いますか?」
「働く気がない奴はお断りなんだよ」
「それは災難でしたね」
どこにでも困った連中というのはいるものだ。
楽をしたい。その上で自分だけいい思いをしたい。
どこかのお貴族様みたいな考えだ。
と、いうより十中八九そうなのかもしれない。
その山賊、元領主の雇っていた傭兵では?
領主が逮捕されて行き場を失い、奪うことで生計を立てようとした。
けどアンスタットの住民が逞しくなりすぎて、返り討ちにあった。
だから商隊を襲って生計を立てているんだろうけど、いい迷惑という話のように思えた。
「それでは、俺たちは一度この国を出ます。また遊びにきますので、その時はまたよろしくしてくださいね」
「なんか寂しくなるが、またきた時は歓迎するぜ」
「いつでもお越しください!」
「はい!」
洋一達はアンスタットでは休憩をとらず、そのままミンドレイに向けて出発した。
長居すれば別れるのが惜しくなるからだ。
「そういえば、この馬車まるで浮いてるかのように揺れがありませんよね?」
お尻が痛くならなくていい! とヨリが嬉しそうに言った。
「これはヨルダ殿の魔法ですな。お茶菓子を出したいと要望を出したら『ゆれちゃまずいでしょ、俺が魔法でなんとかするよ』と」
「魔法ってなんでもありなんだな」
キョウが感心したように言う。
「なんでもはできないよ? できることだけ」
「そのできることの範囲がでかいって話だよ、嬢ちゃん」
「馬も軽くてびっくりしちゃってたけど、ちょうどいい重さのベア吉を引っ張ってもらってるから」
「並走してるように見えたが?」
「そりゃ目の錯覚だよ。実際は馬にベア吉を引っ張ってもらってる。ベア吉が宙に浮いてる荷台を引っ張ってるので重さはチャラだな」
「魔法ってなんでもありなんだな」
今度はハバカリーが驚かされる番だった。
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