第35話 藤本要のブランド計画⑤

「と、いうわけで。今日からオレ達のメンバーになっていただくアソビィ=クーネルさんだ。彼女は没落した家の復興を望んでいるが、土地も財産も失って困り果てていたところをオレがヘッドハンティングしたってわけ!」


 ヨーダがこれみよがしに紹介した。

 「両腕を失った原因はお前ですわ!」と睨みつけてくるアソビィ。

 彼女の中で未だ怒りは消えていない。

 たとえ陛下に取り入って国家滅亡の担い手として死刑になるのを免れたとしても。

 たとえダンジョンの存在を明るみにして、ダンジョン伯の肩書をいただいたとしても。

 今までと同様の贅沢はできなくなってしまった!

 その上両腕も戻ってこないのだ!

 自分がしでかしたことを鑑みてもこれはやりすぎじゃないのかと思っていた。


 しかし紹介されたメンツは「同じ契約者仲間が増えた!」とメンバー全員が拍手をしながら賛同した。アソビィの噂こそは聞くが、今はそこに注目はしていない。

 自分の預かった力の活かし先をアソビィを盾にしながら体験できることを喜んでいた。

 

「ようこそお越しいただきました。私はここの学者を務めさせていただいてます、マールと申します。生まれこそ男爵と低い身分ですが、今は一代限りの学者伯の身分をいただいております。以後お見知り置きを」


「ようきたの。妾のことは知っておると思うがジーパ国から留学しにきた此山紀伊じゃ。この国的にいえば国賓。ロイド殿に見初められた王妃候補じゃの。よろしく頼む」


「私はヒルダ=ヒュージモーデン。お姉様からすでにお聞きになられていると思いますが、ヒュージモーデン家の正当後継者にございます。ゆくゆくはお父様より第一魔法師団長の座を譲りいただく手筈になっております」


 同一もこいつも格上ばかり。

 唯一威張れる相手は『生まれ』の括りでマールくらいだろう。

 が、このメンツの中で一番信頼されてるのも彼女なので、下っ端の自分が威張れる存在がいないことに気がついた。


 同級生であるヒルダが格上。

 それ以外は上級生なのだ。


「まぁ、ここにいるのはお前より立場は上だが、わかんないことがあったら聞きな」


「先ほどご紹介に預かりました。アソビィ=クーネルと申し上げます。今は両手がないためカーテシーを行えないご無礼をお許しください」


「その程度のことを無礼と思う方はここにはおりませんよ。もっと無礼な方がおりますので」


 マールがニコニコしながらもヨーダをジトっと見やる。

 紀伊とヒルダまでもがそれに賛同した。


「誰が無礼だ。オレのこれは演技だってーの」


 どこからどこまで演技なのか?

 そっちが素であることはすでに全員に露呈しているだろうに。


「ふふ、なにそれ」


 牙をもがれ、反骨精神をもがれ、爵位を失ってようやくアソビィは自分に素直になれた。


「ようやく笑ったな。さ、ということで今後のことを話していこう。アソビィさん。説明をしていただけるか?」


「そうね。まずは学園ないにダンジョンの設営をするという話だけど。これに関してはエネルギーという特殊な物質が必要なの。私たちクーネル家は人の怒りや憎しみを増築することでそれを供給する術を得たのだけど……先日の件を見ていただいた通りよ。あんな目に遭うだなんて思っても見なかったわ」


「はい、お姉様」


「どうした、ヒルダ」


「ダンジョンについて詳しくはないのですが、ダンジョン契約者というのはそこまでのことができるのですか?」


 ただ、ダンジョンからダンジョンに飛ぶだけではなく?

 聞いていた話と大きく異なります! と不満顔のヒルダ。


「それについてはオレも詳しく知らん。長く、ミンドレイではダンジョンの存在を秘匿していたように思う。誰かが口止めしていたか、それとも全く知らなかったか。そこのところもついでに追求していこうと思う。アソビィさん、ダンジョン内で特定の素材を採取することはできるか?」


「できる、とお父様はおっしゃっていましたわ。お父様の支配地であったアンドールではドワーフを生み出し、そして鉱脈を生み出したと聞きます」


「待ってください、人種も生み出したというのですか?」


「詳しくは聞いていませんが、アンドール由来の種族はエネルギーを集めてダンジョンなにで作ったと言われました。自身の手足となる種族を作る権利もあると聞きますわ」


 それを聞き、ヨーダ達は深く頷いた。

 藪を突いたら蛇どころかドラゴンが飛び出したが、聞かなかったことにした。

 欲しい情報はそこではないからだ。


「なら、陛下からの申し出はクリアできそうだな」


「あの、陛下は私になにをさせるつもりなんですの?」


「実は此度の件でダンジョンの脅威を低く見積もっていたことが判明した。それを持って学園内でダンジョンを運営し、授業の一環にするつもりのようなんだ。これからは爵位やステータスだけではなく、ソロで何階層まで潜れるか、パーティとしてどれだけ貢献できたかが肩書きに乗っかることになる。俺たちはその運営を任されたんだ。表向きは化粧品会社と偽りながらな。あ、ここにいる全員が契約者だからそこは安心してくれよな」


「へ?」


「オレとマール、ヒルダはアンドールで仮契約してる。紀伊様はジーパダンジョンの直径契約者だ。あ、エネルギーを返してくれっつっても返さねーからな? お前にはこれからダンジョン運営ノウハウを話してもらう。実際に運営するのはオレらだ」


「は?」


「表向きはあなたの名前を使わせていただくということよ。こちらへの反骨心が潰えるまではね」


「私を矢面に立たせたまま、実権は握るということですの!?」


「うん」


「うん、じゃありませんわ!」


 もしアソビィに両腕があったのなら、ここでテーブルを叩きつけているだろう。

 しかし今は立ち上がることも自分一人ではできない。

 誰かに支えてもらわなければならないのだ。


「怒るなよー。まだ陛下もお前をそこまで許しちゃいないってこった。クレーム受付はお前にしてもらう。両腕のないお前にそこまで突っかかってきたりはしないだろう。それに、お前のバッグにはロイド様がついてる。お前、ロイド様とお近づきになりたかったんだろ? これはチャンスだぜ?」


 ヨーダはそういうが、アソビィにとってもうそういう時期はとっくに過ぎ去っている。

 婚約したくても相手にはすでに心に決めた人がいて、実家は没落し、あの手この手で策を弄しても自身に権力がない。従ってくれる取り巻きはとっくにアソビィを見限った。金で作った友達は、金が切れたらそれまでなのだ。


「それで借りを作った気になられても困りますわ」


「なーに言ってんだ。五体満足だったらその姿を目に入れることも普通は禁止するんだぞ?」


「え?」


「当たり前だろう。紀伊様という婚約者がいるんだ。未婚の女性を側に近づけることは紀伊様に良からぬ考えを持たれてしまうだろう?」


「確かに」


「今回は妾が許可を出した。妾が出先にいる際、ロイド殿の気を引きつける役は頼むぞ? オメガ殿も一緒にいてくれる。中にはお主に恨みを抱く生徒もいるかも知れぬ。何かがあっては取り返しがつかなくなるからの」


 ヨーダに続き、紀伊が申し出る。

 つまり、ダンジョンのクレーム対応には王族が一緒に護衛についてくれるのだそうだ。よく考えなくとも役得じゃないか?


「今のお前になってようやく許可が出たんだよ。以前の五体満足で家に湧き出るほどの金があって、ダンジョンを操れる可能性があったお前じゃダメだった」


「その時にお近づきになりたかったですわ」


「残念ながらここはお前の知るゲーム世界じゃないってこった。主人公じゃなかったんだよ」


「ゲーム世界、ですの?」


 ヨーダがアソビィを諭している時。

 横愛からヒルダが質問を重ねる。


「そ。こいつ、オレと同じ転生者かも知れないんだ。前世の記憶とやらに引っ張られすぎててさ。人生棒に振ってて見てらんなかったんだよね」


「だから引き取って手元においたと?」


「いや、それだけじゃなくて前世トークがしたかった。もしこいつが転生者だったら、前世の記憶とやらがここより栄えた文明だったら。オレより化粧品の知識が豊富な可能性がある」


 オレのは所詮付け焼き刃だと答えるヨーダ。

 今までのおかしな言動のいくつかは前世知識によるものだと暴露した。


「まぁ、それなりには。この世界にはクレンジングも基礎化粧もUVケアもマツエクもネイルもパックもなくて憤っておりましたもの」


「知らない言語の文字列ですわ」


「な? こいつを引き入れて正解だったろ?」


「他の転生者の方々ではダメだった理由はなんですの?」


「え? こいつが女だったから。オレは正直前の世界でも女捨ててたからな。真っ当に女子やってたんなら、そっちの知識は豊富だろうからな。なお、知識だけなら両腕も実家のコネも必要ないだろ?」


 そこまで見越してやっていたのか、とゲンナリする。

 確かに実家のコネがあったら聞く耳を持たなかっただろう。

 

「むしろ金がある時になんでそれらを充実させようとしなかったのか、さっぱりわかんない。女子なら普通するだろう?」


「それよりも先にロイド様を射止めるのが先だったんですの」


「ゾッコンですのね」


「前世では推しでしたの!」


 ロイドのことを語るアソビィはマシンガントークを繰り広げた。

 前世で知ったストーリーを聞いた面々は、皆一様に「あの王子にそんな面があったか?」と首を傾げた。


「やっぱりここ、お前の知ってる世界じゃねーって。ロイド様にそんな暗い過去があるなんて聞いたことねーぞ?」


「普通はしゃべりませんわよ。一緒になって行動して、弱音を吐いてくれて、そこで知るんですわ! ああ、私がこの人を支えてあげたいってなるんじゃないんですの!」


 ロイドに捧げる愛の重さは本物だろう。

 ただ、だったらどうしてあそこまでヤケクソになっていたのかがわからない。


「だって、イベントのタイミングがいつまで経っても現れないんですもの」


「そりゃ、ゲームの世界じゃねーからな。そもそも、お前はメインヒロインなのかよ? そういう乙女ゲー? のパターンはあまりよくしらねぇけど」


「いいえ、ヒロインは別にいますわ」


 アソビィはじっとマールを見据えた。


「え、私ですか?」


「ええ、マール=ハーゲン。ハーゲン男爵家のあなたが、いじめに遭ってる場面を助けてくれるのがロイド様でしたの」


「え?」


 実際に助けたのはヨーダで、それからヨーダと一緒にいるマールは主人公が自分だと聞いて驚いている。主人公がなんのことか迄は理解していないようだが。


「実際助けたのはオレだな」


「ええ。ヨーダ様に助けられて資金援助をしてくれて、そして学者伯までいただき今ここにおります。本来ならそれをロイド様がしてくれたと?」


 実感が湧かないマール。

 そんな分岐点があったとして、今同じクラスにいるロイドをそのような目では見られない。気のおける友人でしかない。

 何度同じ世界を渡ったとしても、ロイドとは友達以上になれる気はないなとマールは思っていた。


「あなた、聖女の才を持っておりますのよ」


「全くもって身に覚えがありませんが」


「聖女だとか勇者だとか、魔王だとか。ゲームってそういう設定好きだよな?」


「そういう方が恋は燃え上がりますのよ。吊り橋効果ってやつですわ」


 それからもアソビィの前世トークは白熱し。

 その中でも見過ごせない設定があった。


「そういえば、そろそろ勇者様が編入される時期ですわね。ロイド様ルートを選ばなかったプレイヤーはそこで新たな出会いを迎えるのですわ」


 それが獣人国家ザイオン王国の第三王子。アース=ザイオンその人だと。


「確かちょうどダンジョンが学園に現れて、その調査に来るという筋書きでしたわね」


「そのダンジョンの担い手って、お前じゃね?」


「……タイミングは合いますわね」


 ッスーー

 浅い深呼吸を繰り返し、アソビィは冷や汗を垂らした。


「で、その王子はミンドレイに何をもたらす?」


「魔王復活の兆しを。かつて禁忌の地に封印された魔王が世に放たれたことを。封印の一つが解除され、自分はその役割を果たしにきたと学園で仲間を募ってその場所に赴くストーリーですわ」


「で、その魔王って実際にいんの?」


「詳しくはわかりませんわ。血生臭いのは受けないとわかっているので一緒に旅をして倒したというスチルを見たくらいですもの」


 手抜きだなぁ、とヨーダは思う。

 そして、相棒の本宝治洋一は確か禁忌の森から出てきたなと思い返した。

 まさかあいつ、あの森で余計なことしてないよな?

 そんな思いだけがやけに胸中に浮かび上がる。


「ま、ゲームの話だ。実際に起きるわけじゃないだろ。ロイド様も紀伊様とご婚約なさるし、マールだって別に聖女の才能? とかもないし。オレたちはオレたちのやりたいようにダンジョンを運営するだけだしな!」


 パン、と手を叩きこれからの話を詰めていく。

 表向きは化粧品のブランドとしての販路の獲得。

 裏でダンジョンの内部構造を話し合った。


 なお、開発中の基礎化粧品はアソビィに絶賛された。

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