第35話 藤本要のブランド計画③

 基礎化粧品の開発からあっという間に一ヶ月が過ぎ去る。

 最初こそはたったの四人のメンバーで着手したこの研究も、今では多くの女生徒を巻き込んでの一大事業になった。


 実はとっくに肌を改善する効果は出てるのだが、ヨーダの悪い癖でさらにそこから毛穴ケアへ舵取りを始めたのである。

 化粧のクレンジングが甘い結果、毛穴に大量の白粉が付着。

 それが黒ずみとなって肌色を悪くさせていることに着目し、ようやくその効果の一端が見えてきていた。


「ヨーダ様、こちらの試供品テスターとても反響がいいみたいですよ? 肌荒れの原因となっていたニキビ除去の効果も高いとかで生徒から絶大な信頼を得ています」


「在来メーカーの方々からの反応は?」


「今まで買い控えていた層からの購入見込みが増えて、こちらの商品開発に新たな融資を申し込んできました」


「そうか、新規ブランドだからって飲み込まれるなよ? 向こうは老舗ブランドだ。なんなら販路を傘に乗っ取りも考えてるかもしれない」


「ええ、実際にそのような提案はいただいてます。しかしヨーダ様が支援を募った第一候補がロイド様だと明かせば、それ以上の口出しはしてきませんでした。バックに大手貴族がついていたのでしょうが、こちらの方が格が高かったので手を引いた模様です」


「どこかで紀伊様を下に見てる連中は多いからな。まだ王国から正式な発表は出てないんだっけか?」


「そろそろ出る頃ですね」


「じゃあそろそろ鬼人向けの血化粧ブランドも立ち上げるか」


「あれって自分の血を混ぜないと効果がないんじゃなかったでしたっけ?」


「うん。けど事前に垂らしておけばいいんじゃないかなって。流石に民衆の前で流血沙汰は御法度だろうからさ」


「まぁ、今後一緒に歩くと言っても基盤はミンドレイですからねぇ」


 ヨーダは研究室でマールと話しながら、今後のミンドレイ国の懸念を語った。

 卒業後は二人して出ていくのもあり、無責任に任せるのもどうかと思っている。


「一番厄介なのは今まで散々甘い蜜吸ってきた貴族連中だろうよ。これからはジーパ国民が上流貴族と同格になるんだろ? 平民でも伯爵以上だっけか? 荒れるぞぉ」


「表向きは国力増強を謳ってますからね。それに皆が紀伊様より一歩劣る程度で戦力は上々なのでしょう? 私たち魔法使いに武力が備わってる状態の人々を顎で使ったらどうなるかわかるでしょうに」


 想像力が足りていれば、殴り返されるのは明白。

 しかし権力を傘に生きてきて、戦場を知らない魔法使いは見たくないものから必死に目を逸らす傾向にあった。


「残念なことに現実が見えてないおっさん連中が多いんだよ、貴族の中には。流石に侯爵クラスになれば物分かりはいいんだけどさ」


「ヨーダ様のご実家では歓迎されてるんですか?」


「めっちゃ頭掻きむしってたってヒルダから聞いた。マールのところの毛生え薬のお世話になってるらしくて、うちのブランドには文句言えなくなってるらしいな」


「あはは。私はただ在籍してるだけなんですけどね」


「何言ってるんだよ、研究部長。お前が作らなかったらこのレシピは世に出てないぜ?」


「作るだけなら私じゃなくてもできますよ、開発部長。研究は何においても資金の確保と物資搬入の安定化が第一条件。私が本領を発揮できるほどの環境が整ってたら、文句なんて言えませんよ」


「ま、本人がそう思ってるんならいいけどさ」


「お互いに思うところは同じでしょう。あなたの元で研究できることを喜ぶ学者は多いと思いますよ?」


「そりゃ良かったぜ。でも私服を肥やすことを第一にしてる学者は嫌いなんだよね。マールじゃなきゃ誘わなかったって」


「ヨーダ様にみそめられて私はとっても光栄ですね」


「そういうおべっかはやめろよ。なんか照れ臭いじゃん」


 二人でお互いにjほめあっている矢先である。

 突然研究室の扉がノックもなしに開け放たれ、ヒルダが血相を変えて入ってきた。


「大変、お姉様!」


「どうした、ヒルダ。そんなに血相を変えて」


「一部の貴族が武力行使に出ましたの!」


「化粧の件でか?」


「いえ、どうやらお姉様に計画を邪魔されたとか訳のわからない言い分の方々が、お姉さまを出せと私たちの販売スタッフに危害を加えてるようでして」


「ん? それは本当に化粧の件とは関係ないのか?」


 販売スタッフは一般の生徒で構成されている。

 上位貴族から、下位貴族まで様々だ。

 肌荒れで困ってるが高くて高級化粧品が扱えなかった下位貴族がそれを試したところ、劇的に変わったのを上位貴族に見咎められ、その噂が上位貴族に瞬く間に触れ回り、今ではヒルダを介して上位貴族からももてはやされている。


 ブランドとしては上々の立ち上がりだが、反対派閥も少なくない。

 その事業で飯を食ってる連中からはとにかく批判的な中傷を受けていた。


「いいえ、どうもSクラスに介入しようとしたのを咎められたとかで抗議している模様です」


「いや、どう考えても生徒の立場でロイド様に近づく輩は排除するだろ。オレは護衛の仕事を全うしただけだぞ?」


「ご本人が生徒として振舞っておられるのを勘違いして接触を図り、自分の進退を良くしようなどと浅はかな考えを持つ者が少なくないようでしたわ。先導しているのはお姉様に直接排除された御令嬢のようでした」


「最初から話が通じない奴らか」


「ええ。お姉様が出向かなければ実力行使に出ると」


 もう十分に手を出しているのに、まだ下手に出てると思ってる奴っているよね?

 ヨーダはうんざりとしたように肩をすくめた。


「わかった。なぜオレだけでオメガが出てこないのかさっぱりわからないが、一応行くとしよう。マールの護衛は任せていいか?」


「引き受けましたわ」


 実際のところ、ヨーダがマールに付き従っていたのはこういう反対派からの襲撃に備えてのことだった。

 学園内で襲撃を仕掛けてくるタイプは、何よりも爵位を傘にいうことを聞かせようとしてくる。


 ロイドやオメガには無力。時点で紀伊。ここらは王族と、その忠臣という関係性から手出し無用なのか、単独でいても襲われるようなことはなかった。


 しかしマールはその限りではない。

 今回の事業の中心人物ということもあり、矛先が一番向かいやすいのだ。

 

 ヒルダは侯爵令嬢だからそもそもは向かうこともない。

 で、自分が狙われる理由は正直思い当たる節が多すぎた。


 なぜかと言えば生徒間の介入に一番貢献したのがヨルダだったからだ。



 待ち合わせの場所に赴くと、声高らかに宣戦布告の言葉を投げかけられた。


「お待ちしておりましたわ、偽物貴族! お前がタッケ家に忍び込んでロイド様の護衛の任務をまんまとせしめた罪状は上がっておりますのよ!」


 ヨーダはなんで知ってるんだ? という顔。

 宣戦布告者のアソビィはそれを見てニンマリと笑みを強める。


 周囲の生徒もヨーダの存在を疑わしげに見つめた。


「確かにオレはタッケ家に拾われた存在だ。だが、それでも容姿に拾ってくれたのは、実力があるからだよ。貴族は実力至上主義だ。手腕を買われ、この地位にいる。自分の仕事は真っ当している。あんたたちの要求はそれだけか? オレの過去を詳らかにし、悦に浸るだけならよそでやってくれないか?」


「自分で罪を認めたようね! あなたは貴族の生まれでないのだから、私たちに本来は首を垂れてひざまづく存在よ! なぜ堂々と頭を上げていられるのか不思議でならないわ!」


「そうだそうだ! 平民は貴族様に首をたれろ!」


「俺たちの活動の邪魔をするな!」


「私たちのオメガ様を解放しなさい!」


「そうよ、皆様! あなたに囚われてる攻略対象を直ちに解放すること。これが私たちの望みです!」


「はぁ? お前ら自分たちが何を言ってるのか理解できてるか?」


 ヨーダはあまりにも身勝手な請求に耳を傾けず、胡乱げな瞳で集団を見やる。


「オレの生まれをつまびらかにしろ。そう言ったのならしてやってもいい。生まれがそんなに気になるんなら、明かしてやるよ。オレの家名はヒュージモーデン。ヨルダ=ヒュージモーデンが本名だ。いつも妹がお世話になっております」


 パチン。

 ヨーダが指を弾くと、男装スタイルから一瞬にして令嬢モードへと切り替わった。


「何を……え? ヒュージモーデン家? 平民、じゃないの?」


「おい、ヒュージモーデン家が出てくるなんて話が違うぞ!」


「男装をしていたというの?」


「嘘だ、嘘だ、嘘だーーー!!」


 平民だと思い込んでいた貴族連中が、ヨーダの正体を知って内部崩壊する。

 ひっきりなしに頭を掻きむしるもの、生まれを知って血相を変えるものなどが多い。


「いかにも。わたくしはヒュージモーデン家を廃嫡された身です。しかし実力をタッケ様に買われ、名を変え、生まれを変え、姿さえも偽って……ロイド様に近づく輩を排除している次第です」


 もう一度、指を鳴らして男装スタイルに戻る。

 そのトリックを見抜いた生徒はおらず、実は中身が女だと知ってちょっとだけ残念そうにしている女性なども散見した。


 いつかはバラすはずだった正体。

 随分前倒しになってしまったが、ヨーダはこのタイミングで開かせたことをちょうどいいとさえ思っていた。


「確かに私は一度平民に落ちた身。しかし生まれてこの方爵位を傘に着たことは一度もありません。加護の件で妹との確執もありました。お父様からはタッケ様のところで実力を証明してくるように言われております。そして、第四魔法師団長の実績を打ち立てました。生まれは公爵家、一度平民に落ちましたが、そこから実力で伯爵の地位を得ております。何かご無礼があったというのなら、改めて頭を垂れましょう」


 爵位による、加護による選民思想は別に今に始まったことじゃない。

 一度平民に落ちたからこそ、下位貴族の気持ちがわかり。

 公爵家の生まれだからこそ礼儀作法も完璧。

 実力もあり、第二魔法師団長から信頼もされ。

 ロイドの護衛として高い評価を受けた。


 紛れもない実力者である。


「おい、これ非があるどころかとんでもない爆弾が明るみにされたんじゃないか?」


 どこかの誰かが囁いた。

 ポッと出の平民生まれの養子が王族の護衛に抜擢されただなんて噂は、瞬く間に払拭された。

 確かな生まれの、少しだけ劣るカゴを授かった令嬢が、努力を重ねて実力でもぎ取った地位を誰が貶せようものか。


「さて、アソビィ=クーネル嬢。今回の騒ぎについての申し開きがあるようでしたら聞姫ましょうか」


「ぐぬぬぬぬ……」


 顔を紅潮させ、何も言えずに口をへの字にする令嬢を忍びなく思うヨーダ。

 仲間だと思っていた連中はヨーダの正体を知って尻尾を巻いて逃げ出した。

 ただ一人、未だヨーダを睨みつける存在を差し置いて。


「そこまで! ここから先は私が預かる!」


 膠着状態のヨーダとアソビィに割って入ったのはロイドとその従者のオメガだった。


「ロイド様!」


 アソビィは自分を助けにきてくれたのかと勘違いした様子で見上げる。

 しかしアソビィを見やる視線はとても厳しいものだ。


「あー、なんかすいませんね、随分と騒ぎにしてしまったようで」


「本当に、君ばかりに迷惑をかけてしまってすまないね。皆、私の前でだけは勤勉ないい生徒なのに。席を外した瞬間からこうもタガが外れる行動をとるとは思わなかった」


 対してヨーダに向ける視線は随分と穏やかだ。

 自分に向けていた視線は何かの間違いじゃないかと思うほどに、衝撃が大きい。

 悔しい! という感情がアソビィに宿る。

 そこは私の場所だぞ。お前がいていい場所ではない! 

 邪な感情がアソビィの体を中心に肥大化していった。


「ロイド様、お下がりを」


 次第にアソビィの様子がおかしくなるのを察知したヨーダがロイドを抱えてその場を離れた。


「ヨーダ、あれは一体なんだ?」


 アソビィを媒体に、闇が形成されていく。


<エネルギーの発生を確認。996、997、998……以後増大中>


 頭の中に突如流れ込んできた情報。

 それはアンドールで牡丹というダンジョン管理者と契約を結んだから流れてきた情報であることを理解できないでいるヨーダ。


「そんなの知るわきゃねーっての!」


<臨界点突破! ダンジョンが発生します>


 地中が競り上がり、大きな穴が校舎裏に現れた。


<アンドールの一部管理者権限がフトル=クーネルからアソビィ=クーネルに譲渡されました>


「憎い憎い憎い憎い! 殺せ、あいつの存在を許すな!」


<管理者権限が発動しました!>


<エネルギーが消費されるまでダンジョンからモンスターが排出され続けます>

 残りエネルギー:1000


 ヌッとそれは穴から顔を覗かせた。

 丸太を片手で掴んで振り回せそうなほどの巨体。

 小さな穴から這い出てくるのは無理があるほどの存在が、平和な学園に突如現れた。



<消費エネルギー50>


<ダンジョンからオークジェネラルが排出されました>

 残りエネルギー:950



「ヒ、ヒィ!」


 圧倒的威圧感。こんなものがエネルギー消費50だって?

 冗談じゃない。こんなものが最低後19体排出されてみろ。

 学園どころか、この国がめちゃくちゃになっちまうだろ!


 蜘蛛の子を散らすように生徒が逃げていく。


「オメガ! 緊急要請だ、タッケ様に救援を求めろ! ロイド様を頼む。オレはここに止まって逃げ遅れた生徒を救出する」


「ダメだ、お前も引け!」


「お前はこの国を背負う大事な臣下だ。ここで散ることは許さないぞ!」


 オメガとロイドから文句を言われるが、ヨーダは聞く耳を持たない。

 だってヨーダにはもう一つの声が聞こえているから。


<緊急支援! 一部管理権限が藤本要に委譲されました>


<発生モンスターを討伐後、エネルギーを吸収することができます>


<発動しますか?>


「もちろんイエスで!」


 ダンジョン内で、モンスターが倒されると、そのエネルギーの一部はダンジョンに帰っていくのが前の世界での法則。

 最低でもあれが二十体。倒されたら際限ないくらいに出てくるのは非常に困る。

 しかしだ、それをダンジョンに帰せないで自分が据えることになるのはでかい。


 洋一の元に飛ぶのには自分でエネルギーを貯める必要があったのだ。

 そのため方も分からずじまいだったが、こういったことでも回収できるのは、ありがたい限りだった。


「かかってこいよ、ど三品。格の違いってものを教えてやるぜ」


 藤本要もといヨーダはその日、学園中にその実力の一端を見せつけることになる。

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