藤本要のブランド計画②
「と、いうわけでオレ達は思い出作りのために化粧品作りをすることとなったわけです」
話がまとまったので、上司に報告。
ロイドはずっと俯いたままでその報告を聞いている。
オメガは「なんでそうなった?」という顔だ。
「買い与えるだけではダメなのか?」
話を聞いた上で、出てきた答えがそれである。
「それで言い方なら最初からこんなに溝はできないですよ」
「むぅ、つくづくミンドレイ国民と違うのだな」
「ええ。彼女はジーパという国の代表としてきています。ロイド様がミンドレイ国の代表であるように。そんな彼女へミンドレイ流のおもてなしをした結果が今回の現状を招いています。ロイド様は婚約をする際、こうおっしゃいました。互いに手を取り合い、国を築こうと。しかし物を与えるばかりで紀伊様のご意見は聞かずじまいときている。これではロイド様は口だけの男だと思われてしまいますよ?」
「そんなつもりはない」
「ええ、ですので今まで通りミンドレイ流のやり方では通じない相手が紀伊様だと思ってください」
「私がすべきことはなんだと思う? どうかご教授願いたい」
「彼女からのわがままを全て聞き入れてあげてください。欲しいと願ってない物を買い与えるだけじゃダメです。貴方にとっての紀伊様は、今後一緒に国政を任せるお方。買い与えて満足している分には彼女は心は開かないと思われます」
「なるほどな、一理ある。私からもっと歩み寄らねばダメということか。しかし私にも時間の限りがある」
「その隙間のお時間を縫うのが今回のオレの勤めですよ。殿下の分までアフターケアもバッチリいたします。つきましては少しお願い事が」
こしょこしょと耳打ち。
オメガに聞かれたら普通に怒鳴られてるのが目に見えるからな。
「なるほどな。私の小遣いの範疇でなら許可する。あまり高い買い物はしてくれるなよ?」
「おい、僕に内緒で何を相談した!」
「たいしたことではない。研究資金の融通だ。彼女が新たなる国母としてこの国で受けいられるための活動資金を提供するという形だった。その支援に流石にこっこは開けぬだろう?」
「ええ、確かに」
「それについ先ほど買い与えるのはダメと聞かされたばかりだ。ならば本来与えるはずだった金額内でなら、融通を利かせるのも悪くないと思ったまでさ。そう目くじら立てるほどのことではない」
「そうですか。またこいつが変な入れ知恵をしてるのかと焦りましたが、本来ロイド様が与えるものの形が変わっただけというのなら多くは言いません」
「それが懸命だぞ、オメガ」
「なぜ君に上から命令されているのか本当に理解できない」
そんな些細なことばかりに注目するからお前はダメなんだよ!
もっと視野を広く持つんだな。
ヨーダはそう忠告するも、オメガは一切聞く耳を持っちゃいなかった。
未来の国王の右腕がこんなので本当に大丈夫なんだろうか?
ヨーダはちょっとだけ心配した。
「と、いうことで! 研究資金をもぎ取ってきましたー」
集会場にて、ヨーダは早速メンバーに吉報を届ける。
「わー!」
パチパチパチパチ!
一番喜んでいるのはマールだ。
爵位で悩んでいた時、自分のお小遣いではどうしても材料を集めるのに限界があった。
あの時はヨーダが融資をしなければ頓挫していたレシピはいくつもあったのだ。
頼るべきは潤沢な資金。
研究とは失敗の連続である。
素材を集めて、ただ調合するだけではない。
そういうのはレシピを完成させてからの話なのである。
まずは根本的に王国内の化粧品を集め、ブランド独自の解釈を作らねば競合してしまう。
この競合というのが厄介で、下手な売り方をすると同業者から陳情が届くのだ。
「ママゴトなら国民に迷惑をかけない範疇でやれ」「これから王妃となられる方が国民の弊害となられるとは嘆かわしい!」とそのような声が届く。
「オレは化粧にあんまり詳しくないけど、ブランドものならどんなのがあるんだ?」
「基本的には
やはり公爵令嬢。されて当たり前の出来事をつらつらと並べ立てる。
ヨーダはされたことがないのでさっぱりなので、本当に助かると拍手した。
「なんでヨーダ様が知らないのよ」
「ちょっとした家庭の事情でね。生まれつき落ちこぼれだと家族から愛情を注いでもらえないんだ」
「当時は本当に失礼な真似を働いておりました」
紀伊への説明をあっさり話し、それに対して平謝りするヒルダ。
すっかり当時の関係は解消したとその対応だけで理解する。
そもそも、ヨーダが公爵家の落ちこぼれというのが全く理解できない紀伊である。
そんな家庭の事情はさておき、本題に入ろうと一旦ヨーダは手を叩いて注目を集めた。
「なら、オレたちがそれに類するもので対抗するのはナシだな」
「やはり老舗を相手にするのは難しいですか?」
マールからの質問に、ヨーダはそれとなく頷く。
しかし本音は違うところにあった。
難しい、というよりはブランドイメージを決めかねていると言ったところか。
「何かにつけて類似品と揶揄されがちな昨今。今後国を担う国母となられる紀伊様が在籍するブランドチームがおいそれとそれに着手するようではイメージが悪いと考えたからだよ」
「ならばどういたしますの?」
「買ってもらう先を限定する。ヒルダ、マール。化粧の専属メイドから化粧を拭き取った後の苦労話をいくつか見繕ってこい」
「そこに秘策があるんだね?」
「私の専属メイドにも聞いてまいりましょうか?」
「それも頼む。結局、買う本人より、扱う側が一番に情報を持ってるもんだ。お母様とか、ブランドのバイヤーに言われるがままに買ってるだけで、使い心地とかしらねぇだろ?」
「確かにそうかもしれません」
「そういうことですわね。私も化粧の良し悪しまでは存じ上げませんもの」
ここに集まってるのが気心の知れたお嬢様で助かった。
もしプライドばかりが高いお嬢様だったら言い合いで一日を浪費してるところだろう。
早速メンバーに手配して、週会場にはヨーダと紀伊の二人が残った。
「妾には聞かなくてよろしいの?」
「紀伊様はされる側だろ? そもそも白粉とか塗ってねぇじゃん」
「ふふふ。流石はヨーダ様。バレてしまわれるのですね」
紀伊の白さは化粧によるものじゃない。
ジーパ人の病的な白さは種族によるものだ。
白装束に、白い顔。そして頭部から伸びる真っ赤な角。
鬼人の特徴。
「オレも意識的に肌をいじってるからわかるよ。綺麗にというより、男子っぽく荒くしてるんだ。もちろん意識してるからすぐに戻したりできる」
「あら、それを妾に教えてくれたりなんかは?」
「いいぞ。けどミンドレイ式の魔法構築が大前提だ」
「妾はジーパの姫ですよ。そんな構築、符に認めてみせますわ」
やれるもんならやってみろ! と言わんばかりにヨーダは変身の魔法を披露した。
その圧倒的な複雑怪奇さに、紀伊は数分聞いただけで目眩を起こした。
翌日。話をまとめてきた二人のメンバーから、案の定拭き取りに時間を要することを聞かされた。
「ここ最近随分とアロマを炊く時間が多いと思っていましたの。化粧を落とすだけで数時間コースですわ」
「いつも購入させていただいてるお化粧はとにかく肌を白くさせるのに特化させたものらしいですが、従来の化粧落としでは効果が薄いと言われてるほどでした。私たちが着目するのはそこでしょうか?」
「そうだな。その前に、オレが実際に施した術式があるんだが見てくれるか?」
ヨーダの提案は、早着替えによる術式だった。
男装からお嬢様に変わる時、一瞬で化粧まで変わっているのを不思議に思っていた皆は注目する。
「そんな物を使っておられましたの?」
それは透明な薄い膜。それを顔に一時的に付着させた後、引き剥がすことでメイクが即座に完了するというものだ。
なお、メイクを落とす時も同様にメイク時の顔に押し付けて、引き剥がすことですっぴんになる。
「これが肌を傷つけずに素早くメイクするコツだ。大半が魔法構築に頼ってるから魔法使い以外には無理だけど」
「肌を傷つける、ですか?」
ヨーダの説明に、素早くメイクをオンオフする機能以外に目をつけたのはマールだった。
それ以外の二人はメイクのオンオフがこんなに楽ならば、自分もぜひ使いたいという感情が先走る。
が、やはり学者となれば着眼点が異なるものだ。
説明の手間が省けたと、マールへの説明を兼ねて新しい事業への話を始めた。
「ああ、化粧ってのはどうしても肌荒れを引き起こす。女はただでさえ肌が荒れやすい。だからこそ化粧で肌の悪さを隠すもんだろ?」
「ええ、そうですわね」
「本来その白粉だって、肌のノリが良ければ化粧落としもそこまで効きが悪くないはずだ。オレのこれは化粧メーカー全体に喧嘩を売る物だし、メイドの仕事も奪っちまう。緊急を要する時以外、ましてや商売にするもんじゃない」
「確かに、それは考えておりませんでした」
「メイドの仕事を奪ったら、その界隈から恨まれちゃいますからねー」
「ああ、だからメイドの仕事が楽になる、肌ケア用の化粧品を作る。ちょうどここに肌の荒れやすい年頃の生徒が四人集まってる。格好の実験材料じゃないか? それと話を聞いたメイドも巻き込んで、その界隈に売り込んでみてはどうだ? 化粧ノリが良くなれば、他のブランドものの購買意欲が増すし、化粧落ちが良くなれば化粧落としのメーカーの顔も立つ。実際、このメーカーにとっては、今は苦境だろう。そこにポッと出の新規メーカーが仕事を全部掻っ攫っていったら、死を覚悟して襲いかかってくると思う。そんなのは本末転倒だ。オレたちの目指したい場所じゃない」
「ヨーダ様っていちいち考えが物騒だよね」
「経験則ってやつさ」
「本当にあなた、公爵令嬢なの? 妾の知ってる令嬢とあまりに踏んでる場数が違うわ」
「お姉様はお姉様ですわよ。深く考えるだけ無駄です」
失礼な物言いだが、諦めが肝心だと皆に教えられたのでヨシ!
四人は早速肌荒れをケアする基礎化粧水の開発に着手した。
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