ザイオン国編

第35話 藤本要のブランド計画①

 洋一がダンジョンに向かった頃まで時は巻き戻る。


 ミンドレイではすっかりロイドと紀伊の婚約話で盛り上がっていた。

 妹の囲い込みアタックが功を奏したか。

 はたまた泣きついた先の実家からむしろ乗り気で婚姻の返事が届いたからか。


 ここ最近の紀伊はやることなすこと空回り気味。

 気持ちは分からんでもない。

 婚約相手はこちらが選ぶ側、そう言う気持ちでいたのにロイドからの婚姻話でその優位性が消し飛んだ。

 

 ヨーダからもすでに好きな相手でもいた? なんて下世話な話を振ったが、特にそういう訳ではないらしい。

 単純に自分の世界というか、ルールがすり替わって困惑しているというのが彼女の本心だろう。


 そして婚姻が決まったというのに、ロイドの妹アタックは続いた。

 ロイドは良かれと思って妹との時間を紀伊に使うが、紀伊はそれを嫌がってる様だ。


 話を聞く限りでは、しつこいくらいに兄の自慢話をするそうだ。

 少しも紀伊の話に興味を向けない。

 紀伊がどういう性格をしてるか、どんなものが好きか。

 結婚した時にどんなことをしたいか。

 まるで興味がないそうだ。


 そこで察したそうだ。

 欲しいのは紀伊の能力で、紀伊ではないと。

 ある程度察していたが、ここまでか!

 王族に嫁ぐというのはここまで自由が縛られるものなのか。


 それに気づいてからは紀伊は自暴自棄になっていた。

 ほとんど眠れていないのだろう。目の下肉っきりとしたクマが浮かび上がり、焦点も合わずに虚空を見上げてっぶつぶつ言い始めた。

 明らかに限界だった。


 そのことでヨーダからロイドに相談をしたことがある。

 少しだけでいいから、紀伊に自由時間をやってくれと。

 しかしロイドはこれを否定した。


「彼女の気持ちもわからないではない。でも僕は彼女を手放す気はないぞ? 他の国に渡すつもりもないんだ」


「そういう話じゃないんですよ。もう婚姻は決まりました。けれど妹君が紀伊様に洗脳まがいの暗示をかけていくそうです」


「洗脳だなんて聞き捨てならないな。あの子は病弱で、少し私に甘えてくるところはあるが」


 こいつ本気でわかってねー。

 女は生まれた時から女で、女を使うことに長けている。

 お前へのアピールも妹という立場を最大限アピールしてのことだよ。

 そして紀伊はこのままだと潰れる。


 だから休暇をやってくれと、そう嘆願した。


「だが、あまり目を話すのは芳しくないない。彼女は国賓だ。身柄を拐かす輩だって多い」


「オレがさせないと言ったら?」


「それでも心配だ」


「なぁオメガ。ロイド様はなんでこんなに心配性なんだ?」


「国の将来がかかっているからに決まっているだろう、馬鹿者め」


 相変わらずこの男も堅物だな。

 ヨーダは呆れを通り越して悲しくなった。


「だとしても病的だ。紀伊様はあまりにも余裕がなさすぎて今にも過労死しそうだぞ?」


 それを聞いたロイドとオメガがギョッとする。

 なぜ? という顔を揃えて並べていた。


「ど、どういうことだ? 彼女には不自由なくなんでも与えてやっているが?」


「わかりません。ミンドレイ国民なら泣いて喜ぶ境遇のはずです」


「だろう?」


 この馬鹿どもは本気でわかってないみたいだ。

 生まれの違いをあまりにも軽視しすぎている。


「ロイド様、失礼を承知で言わせてもらいますね?」


「ヨーダ、君は原因が何かわかるのかい?」


「ええ」


「さすがだな、ヨーダ。ぜひ我々に教えて欲しい。紀伊様は一体何に悩んでおいでなのか」


「それはあまりにも不自由であることにです」


「?」


「今不自由にはさせてないと申したはずだが?」


「ええ、それはあくまでもミンドレイの尺度です。ですが少しでも彼女の意見を聞きましたか? 善意を押し売りしていませんか? ミンドレイのしきたりを押し付けていやしませんか?」


「あ」


「うむ。そう言われてみれば」


「でしょう? 結局は自分のやり方はなんら間違っていないと信じ切って、これから一緒に国を取り締まっていこうという相手をお人形の様に扱った。彼女は人間です。鬼人という、人よりも随分かは頑強でしょう、しかし心は繊細だ。特に姫という立場であるなら、妹君と同じ様に繊細に扱わなくてはならない。ロイド様は一度でも紀伊様のご機嫌を伺いましたか?」


「あ……いや、そうだ。私は、なんてことを……彼女はそれで私に対して呆れを感じているのだろうか?」


「呆れ、と言うよりは理解のなさに、愛想を尽かしていますね」


「どうすれば、彼女の心は私の元に戻るだろうか?」


 ロイドは深刻そうな顔で、ヨーダに尋ねる。


 そもそも紀伊がロイドに向けるラブ度は0から微動だにしてない。


 だというのに勝手に舞い上がって、不自由のなさを押し付けているのだ。

 好きでもない相手から勝手に婚約を取り付けられるというのがどれほど不本意か、王子様にはわからないか、とヨーダはため息をついた。


「ここは一度オレに預けてみませんか?」


「君なら彼女をどうにかできるのか?」


「あなた方よりかはよっぽど」


「おい、君。それは流石に失礼だろう!」


「いや、大丈夫だオメガ。私の落ち度は認めよう。それで君に預けて、どれくらいの期間で彼女は私に気持ちを寄せるだろうか?」


「わかりません」


 ヨーダはあくまでもその回答は未知数だと言い切る。


「ヨーダ、そんな不確かな回答なんて君らしくもない」


「わからないんですよ。鬼人の、それもお姫様の求めてるものが。オメガにはわかるのか? 彼女が何を求めているのか。ロイド様もわからないでしょう? それを少し預かった程度で0のものを100にするのは不可能と言っていい」


「ぐ……」


「だが、オレなら0のものを30から40に上げることはできる。今彼女が求めているのは思い出作りです。右も左もわからぬミンドレイ王国。さぞかし心細かったことでしょう。もし将来の伴侶だというのなら、もう少し彼女との思い出を作ってあげてください。言ってはなんですが、ロイド様はあまりにも過保護がすぎる。彼女を一回でも外に連れ出したことはありますか? オレが企画した外へのお食事会とバカンス以外で、です」


「それは……」


「ないですよね? オレが知る限りで紀伊様からロイド様とどこかへ出かけただなんて話は聞きません。懐かしそうに語る思い出は、いつだってオレたちが一緒にいたあの2回の外出だけでした」


「ヨーダ、流石にそれは言い過ぎだ」


「オメガ、それでもオレは言うぜ。このままではロイド様のためにならない。紀伊様が少しでもミンドレイにいい思い出を持ってもらうためにも、そして学園以外の居場所を作らなければ彼女は王妃という立場を持って、そこから一歩も外へ出かけられなくなる。あまりにも彼女はこの国のことを知らなすぎる。ロイド様がどこにも連れて行かないからだ」


「なら、頼めるか?」


「僕も行こう」


 オメガが当たり前みたいな顔でついてきそうだったので寸前で追い払う。


「いや、お前はロイド様の護衛任務があるからだめだ。オレたちは二人で護衛の任務を受けている。オレは紀伊様を見張る。お前はロイド様を見張っていて欲しい」


「私からも頼む。ここはヨーダのような女性のキビに聡いものにしか任せられないことだ。悔しいが、私たちでは彼女の心のドアを開くことはできないようだ」


「くれぐれも失礼のない様にな」


 そう言って、ヨーダは自由を手に入れた。

 早速仲間を集めて何をするかの作戦を立てた。



「本当に、あの妹は突撃してこぬのだな?」


「当分は引き剥がせた。しっかしあれは相当に厄介なやつだよなぁ」


「そんなにひどいんですか?」


 作戦、というよりは集会の様。

 集まった人員はヨーダに紀伊、そしてマールという気心の知れた三人組に、ヨーダの妹のヒルダを+1した旅行組のメンツである。


「あまり表に出てこないというだけで、外面は完璧の様ですね」


 ヒルダも王妹の噂はほとんど聞かないと会話をつなげた。

 しかし本性を知ってる紀伊だけはその本性を吐き捨てるように言う。


「あれは悪魔よ。兄の陰に隠れて好き勝手やってるタイプ」


「あー、ありそう」


「それで、このメンツで何をするんですか?」


「うーん、それなんだけど。何やりたい?」


「何も決めてないんでありんすか?」


「とりあえず預かるって前提でもぎ取った自由だからな。報告をする都合上、やるのは決めるが、今は妹の突撃を交わしただけで感謝してくれ」


「私たちはまだそこまで良くはわかってないんですが、簡単なものだと、皇女様も混ぜてくれと言ってきそうですね」


「なら専門的なもの?」


「病弱なだけで、魔法が扱えないわけじゃないって聞いたぞ」


「ならば、調薬とかどうでしょう? これなら専門分野ですし、手に職つきますよ」


「女子だけでやるのはキツくない? 危険だと判断されたらすぐにこの会が御破算になるんだけど」


「ヨーダ様は男子ではございませんか」


「あー、言ってなかったか。実はオレ」


 ヨーダは他に誰もいないことを確認して、指を弾いた。


「あれ、ヨルダ様?」


「うん」


「ヨーダ様は?」


「私が男装した姿ですわね」


「お姉様は男装がお上手なのですわ」


「男装というか、本性が男の子っぽいんだよねー」


 ヒルダの言葉にマールが捕捉する。


「うるせーやい」


 ヨルダの姿で、いつものヨーダの軽口をこぼす。

 紀伊は頭の上でクエスチョンマークを並べた。


「つまりヨーダ様は、ヨルダ様ってことかしら?」


「うん、だから女子会。そもそも俺はロイド様のすぐ横に女がいるのは問題ってことで男装してるだけだから」


「びっくりだよねー、私も正体知った時は驚いたもん」


「お姉様は博識でいらっしゃるのよ?」


「あれは博識で括れるものじゃないと思うなー? どうりで女心に機敏なわけだよって」


「つまり、今回妾の気持ちを察してくれたのは?」


「オレだったら、クソ喰らえって思ったから、見てらんなくて」


「まぁ、お姉様ったらお口が悪いですわよ?」


「いけね。今のオフレコね? あの二人には内緒で」


「ヨルダ様はたまによくわからないことをおっしゃいますよね」


「人間長く生きてると、余計なもんを覚えるんだよ」


「お姉様はまだ16歳ではありませんか」


「それでも多くを見たんだよ。ってーことで、女子らしく何か科学的にやりたい。みんな、なんかネタ出せ」


 最終的には脅迫だった。


「うーん、宝石加工とかどうです? お姉様は得意でしたわよね?」


 ヒルダの発言に、皆が視線を集中させる。

 ヨーダは唇に人差し指を当て、それは内緒だとヒルダにジェスチャーを送った。


 今ここで犯罪まがいの手管を暴露されるのは、心象が悪いもんなんてもんじゃない。

 ここは残当に化粧品でも作って捌くかーということになった。


 ここには未来の学者様もいる。

 そして揃いも揃って女子。

 外出するときに匂いも気になるお年頃である。


「香水ですの?」


「それも一部ではあるが、肌がツヤツヤになったり滑滑になったりするの。化粧するとさ、外出したくねーじゃん?」


「まぁ、普通はわざわざ外に出歩こうとは思いませんわね。商人は呼べばいいわけですし」


「が、それが可能になればどうだ? 外に行きたくなる! お出かけ用UVローションだ」


「ゆーぶい、なんですか?」


「日光から肌荒れを守るエキスみたいなもん?」


「そんなのがあるんですか!?」


「あったらいいなー、的な」


「ああ、てっきり。ヨーダ様のことですからレシピを知ってて提案なされてるのかと」


「んなわけないじゃん」


 そんないつものメンバーのやり取り。

 しかし紀伊は姿がヨルダなのに、トークがずっとヨーダなのに違和感を拭えなくて会話が全く入ってこなかった。


「紀伊様、大丈夫?」


「ええ……少し驚きが多く起きすぎて」


「あんまり無理しなくていいからさ…こういうのは無理に成功させる方がめんどいし、肩の力抜いてやろうぜ」


「そう、ですわね」


 それはそれで無駄遣いではないのか?

 思い出を作るために散財するのは本末転倒ではないのか? 紀伊はヨーダのあまりにも行き当たりばったりぶりに目眩がした。

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