第34話 おっさん、ダンジョン都市の責任者になる⑥

「あんたが噂の責任者か。随分と長い間ご無沙汰だったが、どこで何をしていたんだ?」


「何と言われても、ずっとダンジョンにこもっていましたが? 説明をお願いしてたんですが、行き違ってましたか?」


「何、一度も地上に戻らずにダンジョンに篭りっぱなしと言うのか?」


「なぁ、おっさん。うちの師匠に随分と突っかかるじゃん。師匠があんたに何か迷惑をかけたのかよ? オレたちとあんたは初対面のはずだぜ?」


 あまりにも責め立てられる洋一を見てられなくなったのか、ヨルダが間に割って入った。

 大好きな師匠が貶されている状況を面白く思っていないようだ。


「今は俺と、そこの男の話だ。部外者は引っ込んでいてもらおうか」


 しかし支部長はそんなヨルダを一瞥した後一蹴する。

 ただの同行者と断じたのであろう。

 その視線は不躾だ。


「冒険者ギルド如きがそんなに偉いのかよ?」


 反抗するヨルダ。

 そこには怒りや憎しみが浮かび上がる。


「まぁまぁ。出自が不明なままではまとまる話も纏まりますまい。ここは一つ自己紹介などを重ねてみるのはいかがでしょうか?」


 喧嘩腰のヨルダに、ティルネが優しく諭した。

 年長であるが故、周囲を見て物事を判断する。

 もしこの場にいなかったら、冒険者ギルドとは喧嘩別れしていたところだ。

 それを首の皮一枚で止めたのがティルネである。


 本当ならもっと早く止められたにも関わらず、今のタイミングで出張ったのも計算だ。気持ちはヨルダが代弁してくれた。ティルネもまた冒険者ギルドへ同じ気持ちを抱いている。

 だが、それだけではいけないという最後の理性が今、働きかけていた。


「確かにそうだな。俺はここのギルドのマスターをしているシュウガだ。一応配属されて半年経つ。あんたの噂は住民から聞いている。どんなトリックを使ったか知らないが、随分と住民から買われているじゃないか。金を配ってもこうはならんぞ?」


「なるほど、疑われてるのは俺か。ならば今一度自己紹介と行こうか。俺は本宝治洋一。この世界流にいえば、ヨウイチ・ポンホウチとなるか」


「この世界、ということは別の世界線から来たと。そういうのだな?」


 にわかには信じがたい。しかし不思議な魅力をヨウイチに感じる。

 そんな疑いの目を晴らすように洋一はさらに呼びかける。

 話しただけでわかってもらうつもりはないと。


 ならば解決法は一つ。

 得意の料理でねじ伏せてやればいい。

 いつだってそうしてきた。


「俺は俗に言う放浪者だ。他の世界の記憶を持つ。そして俺の能力だが、ダンジョンのモンスターに直接介入して、肉に置き換えるものだ。見本を見せよう。ベア吉」


「キュウン!(はーい)」


 いつの間にかその場所にいた子グマが、洋一のもとに駆けてきては足場から一抱えほどあるモンスターの部位を取り出した。


「待て、なんだそのモンスターの部位は。それをどうするって?」


「これが、こうだ」


 洋一は手をかざし、その部位は瞬く間にミンチ肉に置き換わる。

 もちろん机にそのままというわけにもいかないので、察したティルネが陶器皿を差し出してキャッチ。


「なんだそれは!」


「俺の能力説明だよ。このように、食えない部位でも俺にかかれば肉に置き換わる。そこに調味料や」


 ティルネが洋一の代わりに取り出し。


「あとはコンロなどがあれば料理ができる」


 ヨルダが、実験を重ねて作った魔道コンロを取り出した。


「俺は料理人だからな、環境さえ揃えばどんな場所でも料理が作れる。さぁ、マスターご要望はおありか? 今なた特別サービスで一品お作りしよう。俺という人物を知ってもらうためには料理を食ってもらう必要がある。なんというか、それが一番手っ取り早い」


 意味がわからない。だが、そのミンチ肉は見たことのない色艶で、まだ食材の形でしかないのに空腹を促した。


「なら、餃子をいただこうか。ミンドレイの新料理だ。あんたに作れるか?」


 無理だろう? ダンジョンの中でしか生活してない者には。

 他国の、それも割と新しい部類の料理だ。


 ミンドレイ国で初めて食べた時、感涙した。

 あの味の再現をできるとは到底思えなかった。


「なるほど。焼き、スープ。どちらでいただきますか?」


「何? 蒸し以外の食事法があるのか?」


 驚くシュウガに、笑いが堪えられない弟子二人。

 その餃子の伝道師が洋一であることを知らぬシュウガが哀れに思ったのかもしれない。


「ええ。どうせでしたらお作りしますよ。ミンドレイ風、ジーパ風、最後にアンドール風。様々な味付けでご披露いたしましょう」


「ば、バカな! 初めて聞く料理をそんな風にアレンジできるわけ!」


「あんたはそう思うんだろうが、師匠にとっちゃ初めてじゃないんだよ。師匠は一時ミンドレイ国のゴールデンロードに在籍していた。そういえばわかるか?」


「なん……では、噂の料理人とは!?」


「師匠の事さ」


 これみよがしに、ヨルダが胸を張る。

 洋一は料理に没頭しているため、話し相手はその他がしている。

 今手持ち無沙汰なのはヨルダだけだった。


 魔法を魔道具に置き換えた瞬間から、ヨルダの役目は半ば終わった。

 もう半分は、新鮮な野菜のストックだ。

 洋一が求めた時に素早く出せるよう、準備をした。


「まずは蒸しをご堪能くださいませ。付け合わせのタレはポン酢、胡椒ポン酢、そしてこちらが独自アレンジの柚子胡椒です」


 どれもティルネがいてくれたからこそ導き出されたルートだ。

 洋一単体ではこの会に辿り着かなかっただろう。


 ティルネの探究心が、洋一の料理を一層昇華させた。


 支部長は、あの時見た光景を蒸し籠の奥に見た。

 ごくりと唾を飲み込む。

 必死に覚えた箸の扱い方。

 ポン酢に蒸し餃子を浸し、そのまま口の中へ。


 ああ、これだ!

 咀嚼するたびに肉汁が口の中でいっぱいになった。


 ただの肉だけではない。程よく野菜が混ざり、ポン酢の酸味が口の中をさっぱりさせる。肉料理は兎にも角にも胸焼けが酷いが、これは不思議な余韻に包まれるのだ。


 ポン酢を堪能したあと、胡椒ポン酢へ至る。

 ミンドレイにいた時は下品な食べ方だとどこかで思っていた。

 同僚はこれが上手いんだと絶賛していたが、シュウガはどうにもビジュアルで忌避感を感じていた。


 蒸し餃子は単独でも美味いが、やはりそのツルッとした食感が命なのだ。

 だが、噂の料理人が勧めてくるのだからこそ、食べないのは損した気持ちになった。


 蒸し餃子を摘み、その中に潜らせる。

 胡椒がこれでもか! と付着した餃子を意を決して口の中へ。

 最初は塩辛さが先に来ると思われたが、不思議とむせかえるような胡椒独特の風味はなく……


「うまい」


 え、嘘だろう?

 こんなものが美味いはずない。

 自分の発言を頭の中で撤回しながらも食べ進める。


 こんなにビジュアルが最悪なのに、美味いのはずるいだろ!

 気づけばポン酢で二個、胡椒ポン酢で四個頬張っていた。

 残る二個も胡椒ポン酢でいきたい気持ちをグッと堪え、柚子ポン酢を試してみる。


 食わず嫌いだったシュウガに新たな扉を押し広げたこの料理人が出した解だ。

 食べ損ねたとなったら次に口にできる機会はいつになることやら。


「ふふっ」


 不思議と、笑みが溢れる。

 なんだろう、これは。

 ただの料理でしかないというのに。

 食事をしただけでおかしいと感じてしまうほどの感動が胸中に去来する。


 あっという間に食べてしまった一個目を、ラストはたっぷり堪能しながら食べ勧めた。やはり物足りない。

 もう少し食べたいという時、もう一皿やってきた。


「こちらは焼き餃子となります。蒸しとの違いは皮目のパリッとした食感でしょうか。皮は気持ち分厚めに。蒸しよりももっちりとした食感を味わえます。タレは引き続きお使いください。その上でジーパ風もご堪能いただければ」


 洋一が取り出したのは味噌。そして醤油を合わせたタレだった。胡麻を散らし、青葉を浸した見慣れぬものだ。


 今までのタレにハズレはなかった。

 そして新しい焼きという餃子を前には胃袋を掴まれた客の如く堪能できる機会を今まで祈ったこともない神に感謝した。


 バリッ もちっ ジュワッ


 三つの食感。具に到達する前でこれだけの驚きがある。

 これはシュウガにとって一種の芸術だった。


 蒸ししか知らなかった自分を恥じるばかりだ。

 次に食べる機会があれば、真っ先にこれを頼むだろう。


 まずは正統派のポン酢でいただく。

 これは優勝だ。


 支部長の表情が笑みでいっぱいになる。

 だが、絶対にこれに合わせたいドリンクがある。

 そう、エールだ。


 ジャンクにはエール。

 あの酸っぱいが、どことなく口の中をさっぱりさせる飲み物が無性に恋しくなった。


 あいにくとアンドールにそんなものは流通しておらず、シュウガはやたら酒精の高い安ざけで疲れを誤魔化している。


 蒸しの時には感じなかった、そこはかとないジャンク感。

 だからこそ猛烈に求めた。

 そんなタイミングで、ティルネが動いた。


「もしよろしければこちらをご賞味ください。キンキンに冷やしたポップエールでございます」


 ゴトッ。

 ティルネによって作られた悪魔的飲み物。

 エールを冷やし、さらに雑味を消して炭酸で濾過したもの。

 本来の苦味などは炭酸で消え去り、爽やかな仕上がりになっている。


 一口飲み、シュウガは顔を赤らめた。

 焼き餃子にこれはずるいだろう!

 仕事の疲れが一気に吹き飛んだ気持ちになった。

 今職務中なことをすっかり忘れている。


 洋一のみならず、ティルネの評価を最大限に引き上げるシュウガ。


 なぜ、そばに置いているかわかった。

 ただのジジイにしか見えなかったが、こんなのを作れるなら話は別だ。


 自分でもそばに置く。

 そして晩酌につき合わせるだろう。

 商人ギルドのお偉いさんにはいくつか言いたいことがたくさんあるシュウガだった。


「なんだこれは」


「今度アンドールで売り出そうと考えている新商品です。従来の酒精の高いお酒では、何かと気軽にグラスを傾けられますまい? アンドールの住民には慣れたものですが、遠方からよりこの地に参られた方はさぞご苦労することでしょう」


「買う! いくらだ!」


 目を血走らせたシュウガがティルネの商談に食いついた。

 まだ商売として発足してない企画の段階でこれだ。

 洋一の料理と一緒に出すだけで、この食いつき様。

 狙ってやっていたとしても、なかなかできるものではない。


「ありがとうございます。しかし私一人が作れても意味はありますまい。工場の敷地と麦畑の仕入れ。発酵、熟成の冷暗室など用意させるものはいくつもございます」


「それはこっちで賄う。早速取り掛かってくれ。これが毎晩飲める様になれば、部下のやる気向上にもつながるだろう。上の立場になってわかったが、金だけ奮発しても部下は喜ばないからな。美味い飯と酒が飲める場所がアンドールにはまだまだ少ない。いや、飯はいくつもあるが、それに合う酒があまりにも少ない。今のアンドールのアルコール事情はミンドレイより逼迫しているからな。上司としてはもっと気持ちよく働いて欲しいものだ」


「わかります。やっぱり本人たちのやる気は大切ですよね。うちの弟子も、自分の背中を見て勝手に育っていきました」


「こんなに美味い飯を毎日食べられるんなら本望だろう? 違うか?」


「本望だけど、だからこそオレじゃなくてもよくねって勝手に参っちまう。同じ目線で一緒にいるためにも、生半可な努力じゃついていけねーのさ」


「子供のくせして偉そうなことを言うじゃないか」


「オレはもう成人してますー」


「あまりからかわないでやってください。この子はこう見えて、農業の第一人者。そして砂漠化した土地を緑化させることのできる唯一の人材です。今アンドールの直面している砂漠化、それを半分ほど解決したのは彼女です。それを忘れてはいけませんよ」


「なん……!」


 支部長は今一度相手口が塞がらない様な顔。

 それを見ながら、自分たちがどんな存在か今一度説明に入る。

 食事や‘美味い酒を交えながら。


「つまり、この国はほとんど砂漠化が進んでおり、人を集めようにも住む場所もなく、ひどい税金で外に人も出せない状態だったと?」


「うん」


 見てきたことを並べたて、ヨルダは頷いた。

 何よりも最悪なのは為替で、ミンドレイの10倍。


 金貨が、ここでは銀板の価値しかないというあまりにもおかしいレート。

 と、言うのも失踪している商人ギルドのトップが領主と結託してアンドールで好き勝手やっていると言うものだった。


「それを解決して、砂漠を緑化し、行き場をなくした避難者に住む場所と働き場所を斡旋して、なんなら領主館の跡地にダンジョン都市を築き上げたと? 本物の英雄じゃないか。知らなかったとはいえ、俺はなんと罰当たりなことを……」


 後悔の念に駆られ、シュウガは先ほどまで旺盛だった食欲を急に減退させた。


 なんなら今この場所に自分が居られるのも洋一のおかげである。

 疑いをかけられる立場にあったとはいえ、自分如きが文句を言える立場ではない。


 先ほどのヨルダの言い分はまさにそこにあったのだ。


 ──冒険者ギルド如きが、偉そうな口を叩くじゃないか。


 そう、洋一達の今の立場は国の最高責任者。

 誘致された側のギルドが偉そうに話せる相手じゃない。


「まぁ、俺たちが何者であるか理解してくれたらそれでいいですよ。焼き餃子は終わってしまったので、〆に水餃子をいただきましょう。ポップエールですっかり体も冷えたことでしょう。今温かいスープをお作りしますね」


 洋一は準備に取り掛かり、夜だとティルネもそれに従った。

 シュウガは居住まいを正しながら、それを受け取り、口にする。


 先ほどまでとは違う側面を見せるスープに、ほっと胸を撫で下ろす。


「本当はここに味変でアンドールのタレをかけていただこうと思ったのですが、あまり情報量を叩き込みすぎても申し訳ないので」


 引っ込めようとした洋一の腕を、支部長が引き留めた。


「いただく。ここで頭がパンクして死んでもいい。俺にはその責任がある。アンドールの街の治安を守るため、ぜひその味変のタレを堪能したい。金なら出す」


「では。未知なるアンドールの誘い。カレータレをご堪能ください」


 黄金色のスープに、複雑な味わい。

 そこに投下された水餃子は、焼くときの分厚い皮に包まれたものだった。

 ツルツル、もちもち。噛み締めるとジュワッと肉汁が溢れ出し、カレースープと混ざり合う。


 これはたまらん。

 気が付けばがっついており、完食仕切っていたシュウガ。

 再び洋一の手を両腕で握り。

 ぜひあなたの力をアンドールにお貸しくださいと頭を下げた。


 そこまで畏れるとは思わなかった洋一は「俺にできることなら」と快諾した。

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