第34話 おっさん、ダンジョン都市の責任者になる②

 砂漠と炭鉱の国アンドール。

 ドワーフが国を興し、武器を輸出しているという触れ込みである国だが、国中を探し回っても砂漠はあれど単行もドワーフも見つからなかった。


 表の世界で活躍しているのはミンドレイ国の商人や、派遣された住民。

 そしてハーフフットのみが確認されている。


 ハーフフットのミズネが恨みを抱くドワーフも、王族であるからというものだった。


「じゃあ、ミズネさんはドワーフの姿を実際に見たことはないんですか? それなのに酒好きであることは有名であると?」


「ああ、何かにつけてうちの酒を買い込む商人連中がドワーフの手土産にすると言ってたからな、うちの領主もドワーフだったって話だし」


「でも、実際はミンドレイ貴族だった。ドワーフなんて国内のどこにもいない。商人たちは口を揃えて『知らぬ存ぜぬ』を突き通している」


「ああ、おかしなことばかりだよ。本当にこの国はドワーフが支配してんのか? 姿も見せないそいつらは、一体何を考えてヌスットヨニを始末したんだか」


「そうだな。本当に不思議なことばかりだ」


 洋一は出来上がっていくダンジョン都市を見上げながらなんとなく元領主のカラクリを身抜いていた。


 過去、似たような事例を確認していたことがある。

 それは、ダンジョンの契約者になった人物は、揃ってダンジョンの中に秘密を隠すという点だ。


 だから炭鉱も、ドワーフもダンジョンの中にあると踏んでいた。

 そして牡丹の権能はまさにそう言ったものを瞬時に移動させる定点ワープである。


 あらかじめ決めた場所に飛ぶ。

 それなりにエネルギーを消費するが、お金を懐に入れるのを最終目的にしていた元領主にとって、それは何にも変えられない非常に大事なことだったのだろう。


 牡丹もよく従ったよな、と思う。

 やはりこの世界へのダンジョン進出の背景がエネルギーの収穫ではなく、洋一へ『妾はここにいるぞ』というメッセージ性が強いからかも知れない。

 そしてオリンの行方も未だ知らせてもらってない洋一である。

 ダンジョンの中はとにかく時間経過が遅いということもあり、ちょっと言って帰ってくるのが本当にできないのだ。


『牡丹、そろそろオリンの居場所を話してもらうぞ』


 念話で、散々濁したオリンの居場所を洗いざらい吐いてもらうつもりでいた。あの時は領主であるフトルにエネルギーを枯渇一歩手前まで使われて、ボタンも消滅一歩手前だったこともあり、話せるどころじゃなかった。


 しかし洋一が新しい契約者となり、エネルギーを充足させたことで、先延ばししていた真相を聞けるのではないかと促す。


『はい、ご用意はできております。しかしここでお話しすることはできません。母君からは、この話は洋一様とお二人で話すように釘を刺されております。その間に地上では一年ほどの経過を見込みます。表の世界の代表者で有らせられるうちは、なかなか難しいことと思います』


 だから今まで待っていたというのか。


『分かった。でも俺一人では赴けない』


『“これ以上ダンジョンに巻き込み、狂う人類を見とうない”。母君からの伝言であらせられてもですか?』


『問題ない。力を手にしても、狂わずついてきてくれた最高の弟子だ。俺の見込んだ弟子だ。昔の自分を彷彿させる弟子だ。それに……」


 黙って出て行ったら恨まれそうでもある。

 ジーパでの五ヶ月は相当に答えたみたいで、次は絶対についていくと聞かないからな。


『承知しました。ではその時が来たら再びお申し付けくださいませ。その場所への招待には都度6回の定点ワープが必要にございます。エネルギーは潤沢でありますが、さらにそこから母君のもとへワープする場合、最低でも10億のエネルギーが必要となります。本来なら長い時間をかけて回収するものでしたが……』


 数日で6億回収してみせた洋一がどれほど規格外なのか、戦慄する牡丹。

 その上でダンジョンの運営に全く興味を示さない。

 本当に料理のことしか考えてない、生粋の料理バカ。

 それこそが洋一の魅力なのかと牡丹は恐れ入っていた。


 これは母君が惚れ込むわけであると。

 ダンジョン管理者は厳密には人類にカウントされていない。

 形を持たぬ魂みたいなものだ。

 しかしそんな存在にも“分け隔てなく接する存在がいる”。

 最初話を聞いた時、冗談の類かと思った。

 実際に洋一に会うまで、人類の愚かさと心の弱さを散々眺めてきた牡丹であった。


『分かった。それまでに表の問題は片付けておこう』


 表の問題を片付ける。

 それに赴いて、完遂した存在は牡丹の歴代契約者の中で誰一人いない。

 最初こそ絵図を頭の上に書いていた。

 やる気に満ちていた。


 しかし過程で富を得、権力を得、皆狂った。

 自分の力を過信した。

 ダンジョンという無尽蔵のエネルギーに陶酔した。

 洋一がそうならないと決まったわけではないが、牡丹は心配でならない。


『お待ちしております』


 返事は冷静に、淡々と。

 ドールとはオリンにそういうふうに作られたデザインチャイルドであった。

 フトルが作り上げたハーフフットやドワーフも同様に。

 デザインされたチャイルドはそうあろうと決めつけて行動する。

 それが事細かに決められたルールであると信じている。



 ◆



「どうしたんでい、旦那。ぼーっとして」


「少し考え事をしていたんだ。この国に足りないものは何か、と」


「砂漠があって、緑があって、それで人がいる。足りないものはと認め威勢ぐらいじゃないのか?」


「しかし前のアンドールの売りである炭鉱もなければ、高品質の武器を作れるドワーフもいない。ただ広大な土地があり、半分くらいの土地は砂漠だ。ミズネさんなら、この土地に何を足す?」


「難しい問題だな。でも人々の気の良さは他の国にゃまけねぇぜ?」


「それを他国の人がメリットと考えてくれるんならいいけどな」


「それを捉えてもらえない場合は?」


「国であることの撤回、どの国がその土地を管理するかの時間に回るな。国に属するっていうのは、それなりに価値があってようやく回るもんだ。アンドールという国は、確かに住んでる人たちにとっては地獄だったかも知れない。けど、今までなんとかやって来れたのもアンドールという国があったからこそなんだよ」


「マジか。売りがなくなるとこの国もまたどこかの国に奪われるってことかよ」


「そうなる可能性が高いってだけだよ。だからそれくらい真剣に考えて欲しいんだ」


「旦那の料理! を売り出すのはダメか?」


 ナイスアイディア! とばかりに褒め称えるミズネ。


「俺はただの旅人だぞ? 一つ所にとどまることはしたくない。俺はまだ道半ばなんだ。自分で選んでその場所に住むのは構わないが、頼まれて住むのは性に合わない。一度でもそれを許せば、次も次もと言ってしまうのが世の常だ。そういう場合、一度でも反故にすれば親の仇のように恨まれやすい」


 体験済みだ。そう述べる洋一に、ミズネはそれ以上何も言えなかった。


「あくまでこの国の住民が一丸となって売り出さなきゃダメってことか」


「その上で、何が必要か教えてくれたら俺のコネを使って誘致できるんだけどな」


「旦那の料理以上のものなんて……」


「師匠! 土木工事終わったよーって、二人して何難しい顔してんの?」


「あ、ヨルダ。実はな」


 二人してこの国に何が足りないかを考えていた。

 いつか出ていく洋一達。残された住民。

 国を統率する人材がいなければ、国として認められない可能性が浮上する。

 広大な土地の半分近くが砂漠で、以前まで売りにしていた潤沢な炭鉱もドワーフの姿も見る影もない。

 何を売りにすればこの国は救われるか。


 そんな答えの出ない自問自答を繰り返していたと話した。


「なるほどなぁ、売りか」


「そうそう。なんかいいアイディアある?」 


 なんでもいいんだけど、と洋一。

 なんでもいいわけあるか! 実のあるアイディアをくれ、とミズネ。


「そうだなぁ……いなくて違和感を持ったものといえば、冒険者ギルドとか?」


「ああ、そういえばないな。なんでだ?」


「前の領主の考えなんて俺にわかるわけないだろ?」


「まぁ確かに」


「ただ、ギルドってのは民間事業だ。国に場所を貸してもらってるが、国の言うことを聞くわけじゃねぇ。そしてギルドはダンジョンの存在を知ったら、念入りに調査する。国が滅ぶかも知れねぇってんで念入りにだ」


「じゃあ前領主はダンジョンのでどころを調べられたくなくて誘致しなかった?」


「後ろ暗い秘密を抱えてる奴ってのは行動がわかりやすいもんだ」


「なら、まず一つはそこでいいだろう。ダンジョンに人を手配したくてダンジョン都市を作ったんだ。ヨルダ、空いてる土地はあるか?」


「表通りは手一杯だよ。みんなお店を出すんだーって息巻いてた」


 その光景が目に浮かぶようだ。

 ただでさえ、今のアンドールは邪魔者を排除してハーフフットが幅を利かせてるところあるからな。

 洋一が暖簾分けした屋台連中もこぞって出入りしているだろう。


「ならダンジョンの中、また入り口付近はどうだ?」


「うーん、それって領主館の跡地をそのまま使う的な?」


「まぁ、そう言うことになるな」


「ならオッケー。ダンジョンが近すぎて気分悪くする人が多いみたいだから買い手がつかなかったんだ」


「あとは商人が買付しやすいように専用の馬房でもつけとくか。間に冒険者ギルドを挟むか、商人ギルドを挟むかで、各々の判断でやってもらうとして」


「選択の自由か。いいんじゃねぇの?」


 実際に商人でもない二人は適当にあれこれ言う。


「いっそ、商人ギルドも総とっかえでいいんじゃね? あの出鱈目な為替も前領主の息がかかってたわけだろ?」


 さもありなん。

 一度こうする! と決めて仕舞えばアイディアは湯水の如く湧いてきた。

 決める前はあれほど出し渋っていたのに。

 おかしなものである。



 それからあれよあれよと国の指針は決まり。

 そして新生アンドールが形作られていった。


 あとはそこに住む人たち次第だ。

 いづれ旅立つ洋一は、誰に後任を任せようか迷い始めるのだった。

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