おっさん、ダンジョン都市の責任者になる③

「と、言うわけで。表の事案はあらかた片付いたので、ダンジョンを一度マッピングしてみようと思う」


 洋一は都市開発の責任者として、軽くダンジョンの中を探索する旨を協力者全員に語った。


「料理人のあんたが無茶をするもんじゃないよ」


 すっかり責任者兼料理人で名前が売れている洋一。

 荒事対応はティルネの専売特許になっていた為、すっかり非力という体で見られてしまっている。


「もちろん、ヨルダもティルネも連れて行きますよ。つきましては、都市運営の代理を誰かにお任せしたく……」


 初めからそのつもりであったし、いざという時にすぐに代表を決められないようでは、どちらにせよこの年に未来はない。


 今すぐに責任を取る仕事をしろと言うのではなく、あくまで代理として決めてくれと全員に語りかけた。

 土台は用意した。あとはあんたたちで運営してくれ。

 洋一はそう話した。


「わかった、帰ってくるまでの代理でいいなら俺がする」


 挙手をしたのはハバカリーの育ての親、ミズネであった。

 なんとあのあとレストランには戻らず、ずっとこのアンドールの再開発計画を手伝ってもらったのだ。


「よろしくお願いします。ミズネさんならハーフフットに対して顔が利くので調停役になりますね。レストランの件で随分とヒューマンにも名前を覚えてもらえたでしょうし」


「そりゃ旦那のおかげだよ。まさかそこまで想定して俺を巻き込んだのか?」


「ははは、なんのことやら」


 本当にただの偶然が積み重なった結果である。

 

 偶然、案内役に頼んだパーティメンバーの一人がアンドール出身だった

 偶然、サンドワームに出くわして退治した

 偶然、ヨルダが砂漠を緑地に変貌させ

 偶然、その事実を知ったアンスタット住民が役目を放棄

 偶然、手元に入った屋台で商売で大成功し

 偶然、ハバカリーの実家がレストランで

 偶然、ハバカリーの出生の秘密を聞いた

 偶然、余らしていたサンドワームの肉があった

 偶然、商人ギルドと揉めて

 偶然、領主館に押し入る必要性があった

 偶然、そこでダンジョンを知り

 偶然、抜け出した先で前領主が不祥事で捕まった。


「すべては偶然です。恐ろしいほどに偶然が重なり、今があります」


「ヘッ、あんたにとっちゃどこまで計算のうちなんだい?」


 全部偶然なのに、疑り深い人だなぁだなんて思いつつ。

 ここ数ヶ月の記憶を振り返る。


「それでは俺が不在の間はよろしくお願いしますね?」


「へ、任せな。これでも某国の親衛隊をしていたこともあるんだぜ?」


「そういえばそうでしたね。意外な経歴あり、と」


「知ってるくせによ」


 ミズネは鼻の下を人差し指で擦り付けながら照れ臭そうに笑った。


「それではみなさん、次会うときは何ヶ月後になるかわかりませんがダンジョンに向かって参ります。定期的に帰ってくるつもりではありますが、ダンジョンというのは地上に比べて時間の流れが遅いことで有名です。ダンジョンから帰ってきた人が妙に若い理由なんかもそれで説明がつきますね」


「ならあんたもダンジョン生還者か?」


 年齢の割に妙に若い洋一へそんな声がかかる。

 

「ええ、いくつかお邪魔してます。その度に周囲の皆さんにはご迷惑をおかけしてます。ですので、ある程度完成の目処が立つまでは旅立つことは許されませんでした。まず最初に住む場所、みなさんの働き口。そしてダンジョンを開放した際に得られるもの。それを買いにくる商人たちの宿泊所、取引所、馬房などなど。用意するものはたくさんあります。来月くらいには冒険者ギルドなんかもきていただきますが、それらとお目見えする前に侵入する理由は、産出物の検証もあるからです。データの引き継ぎの意味も含めて、冒険者ギルドさんには今後ノウハウを活かしていただきたいところですね」


「まぁ、初見で入って出てこれないほどの高難易度だった場合、冒険者が寄りつかない場合もありますし」


「ダンジョンと言ってもひとえに金のなる木というわけにもいかんのだなぁ」


「それがダンジョン年経営の難しいところでしょうね。どれだけ準備をしても、ダンジョンの難易度次第では人が寄りつかない、なんてのはよく聞く話です」


 難易度が低すぎてはお話にならないし、逆に高すぎたら死亡手当を国側が負担しないといけないので出費がかかりすぎるのだ。


「その点うちらは一度脱出してますからね。モンスターと遭遇しても逃げ切る算段があります」


「そりゃ心強い。もう一度あんたの料理を食べたいという客はごまんといる。ダンジョン内で行方不明者になってくれるなよ?」


「なりませんよ。その程度の腕前だったら、そもそも挑まないでしょう? これが最後の仕事のつもりで頑張ってきますよ。俺は料理人なんで、仲間の料理を賄うのが仕事です。雑魚の始末はティルネさんに、ボスなどはヨルダに任せます。俺はそうだなぁ、荷物持ちでもしてますかね」


 ヨルダは畑作りの名手の他に、ただの元気っ子だけではない実力も持ち合わせている。

 それがティルネに負けない建築技術やら、ジーパ流の仙術などだ。

 あまりバトルに応用してないが、それでもそれを操る場は何度も見られており、料理人の洋一よりは役に立ちそうだという感想を持たせた。


「それではまた」


 洋一達は住民を納得させた上でダンジョンに旅立った。

 また戻ってくるつもりではいるが、ようやく自由にダンジョン内を歩けるなとホッとする。


『牡丹、データを』


『こちらになります』


 牡丹を呼ぶときは常に念話を用いる。

 エネルギーが枯渇状態の時はヨルダの作った泥人形に入ってもらったが、今はエネルギーが有り余ってるのでその必要はなく、呼び出しに応じて目の目に出現してくれる。


 その上で、第一階層のマップデータが洋一達の前に現れた。


「ダンジョン管理者の能力って便利だな」


 ヨルダは会話こそ聞こえないが、洋一が何かのやりとりをしているのだろうと察して口を開いた。


「これを書き記せばいいのですか?」


 ティルネが早速自分で出した表面を平らにした石杭の上でマップデータを掘り始める。

 これを各階層ごとに設置する予定だ。その横に数点、紙で書き記したメモなんかも貼っておく。

 その場所はセーフゾーンとするように牡丹へと呼びかけていた。


「ええ、お願いします」


「了解いたしました」


 この中で他人に見せられるほど文字が達者なのはティルネくらいだ。

 ヨルダも字は書けるが、割と癖が強くて他人に見せたらミミズが這いつくばってる文字に見えるそうだ。

 なお、洋一は相変わらず解読が難しいので弟子任せになっている。


「悪いね、本当なら俺が描けたらいいんだけど」


「何をおっしゃいます恩師殿。人にはそれぞれ役目があるとおっしゃってくれたからこそ、我々は故郷を捨て、今ここにいるのです。いくらでも頼ってください」


「お、そうこうしてるうちに第一モンスターはっけーん」


『第一階層は弱めで、というご提案でしたのでラットマン、ウルフ。バット、スライムなどをご用意しました』


 牡丹が発表するモンスター分布図に頷き、洋一はティルネにその情報を教える。


「ありがとうございます。データが潤いますな」


『ボスなどの守護者は3階層ごとに配置。討伐後は部屋全体がセーフゾーンとなり、下層に向かう階段と入り口のセーフゾーンへと向かう魔法陣が起動します。よろしければこちらで階層毎の文字を掘り込んでおきましょうか?』


「なるほど、いいアイディアだ。ティルネさん、新情報が提示された。ボス部屋は三階層毎で、その度にこちらのセーフゾーンに戻るか奥に進むかの選択肢が示されるそうです」


「いや、それはありがたいですね。ではその場所は小部屋に包み込みましょう。一見して何もない小部屋。しかしボス討伐後の出口となる。注意文を書き記しておきます。これでよし!」


「師匠! でっかいネズミ仕留めた! 何か作ってー」


「よーし。早速実食してみよう。ヨルダ、調理台を精製してくれ」


「はーい」


「ベア吉は調味料の準備を」


「キュウン(はーい)」


「キュッ(妾は?)」


「おたまは味見係だ」


「キュッ(任された! どうじゃ、姉君も一緒に食さぬかえ?)」


『ご相伴に預からせていただいてよろしいのですか?』


「どうぞどうぞ。俺はモンスターを同喰えばうまくできるのかを、趣味で検証するだけの男だからな。食い手は多い方が助かるんだ」


 こうして、第一階層から念入りなダンジョン攻略が始まった。



 <攻略メモ>

 ◯ラットマン……二足歩行で歩くネズミ。

  武器を持ち、強靭な前歯で噛み付いてくる。

  武器と防具を扱うが、基本拾い物の為、扱いが巧みとはいえない。

 【情報提供者:ヨルダ】


 ★ドロップ情報…真核(微小)、汚染された前歯、ネズミ肉、

  ネズミの毛皮、ボロボロのナイフ、ボロボロの盾

 【情報提供者:ティルネ】


 ☆料理情報……肉は泥臭いが、塩を揉み込んで洗い込めば若干解消。

  おすすめの調理法は生姜焼き。

  ジーパの味噌を用いた味噌煮込みなんかも美味。

 【情報提供者:ヨウイチ】



 ◯ダンジョンウルフ…ダンジョンに特化したウルフ。

  夜目が利き、集団で襲いかかってくる。

  統率者さえ倒せば単体能力はラットマンに劣る。

  統率者の目は黄金に光る。

  見極める能力がないと結構手強い。

  ガンガン仲間を呼ぶので時には撤退も視野に入れて。

 【情報提供者:ヨルダ】


 ★ドロップ情報………真核(微小)、黄金の瞳、灰色毛皮、狼の肉

 【情報提供者:ティルネ】


 ☆料理情報……………断然しゃぶしゃぶ!

  ラットマンに比べて臭みは少なく。

  かといってステーキにするには肉質が硬い。

  ならば薄く切って筋を切り湯に踊らせてからタレに漬け込んで食すのが正義だろう。

  水道の類はダンジョン内にはないので、魔法使いに頼るか、魔道具の持ち込みができるようになったら試してみて!

 【情報提供者:ヨウイチ】



 ◯ダンジョンバット……吸血蝙蝠。

  基本的に頭上から奇襲してくる。

  近距離攻撃しかできないメンバーだと詰む。

  戦わないで通り過ぎるのも手。

  【情報提供者:ヨルダ】


  ★ドロップ情報……真核(小)、蝙蝠の羽、コウモリの桃耳、

   コウモリの牙、コウモリの肉

   【情報提供者:ティルネ】


  ☆料理情報……こいつはフリット、揚げ物に適してる。

   臭みがあるので丁寧に下拵えして、塩胡椒で味付け。

   衣を纏わせて油に投下。

   最初は見た目もあって食べ慣れないが、次第に病みつきになる。

   ここだけの話、それ目当てでここで数時間狩猟に徹した。


   病みつきになる秘伝のタレのレシピはこれ。

   混ぜるだけで超うまいからこれ以外の揚げ物にも試してみて!

   【情報提供者:ヨウイチ】


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 などなど、階層毎のセーフゾーンではデータ情報とお役立ち情報を記載したメモがいくつも貼られ。

 後に赴く冒険者たちは大層に困惑したそうな。


「料理情報だけやけに充実してね?」


「そもそもダンジョン内で料理すんなよって言う」


「ヨウイチって奴何もんだよ」


「すべての情報が揃ってなお、異質なメモであるのは確か」


「でも実際、食ってみるとこの献立も間違いじゃないんだよなー」


「それ。今まで捨ててきた、見向きもしなかったゴミがこんなに化けるってのは目から鱗だよ」


「ご丁寧に調理台まで設置されてるのは何なの?」


「外の連中、やたらこのヨウイチってやつを神格化してるんだけど」


「何でもこのダンジョン都市の責任者らしいぞ?」


「何でそんな人がダンジョン内で料理してんだよ」


「謎」


 などのコメントが寄せられた。

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