第34話 おっさん、ダンジョン都市の責任者になる①

 無事にヨーダ達を送り届けた洋一達は、ミズネ達と再度合流する。


「お? 旦那。用事はもういいのかい?」


「ああ、無事解決したよ。それでさっきの話の続きだが」


 何故、領主館に集まっていたのかの説明をした。

 知り合いにティルネ経由の貴族がいて、それがミンドレイ国で結構お偉いさんのお世話をしていた等。


「それで、うちの領主が何かしら企んでたってわけか」


「ああ、武力を集め、他国への進軍を企てているんじゃないかってな。その証拠をちらつかせたら、地下室への道がパカっと」


「ダンジョンの一部に落とされたってことですかい?」


「なんとか生きて帰ってこれたのは良かったけど、件のお嬢さん方がバカンスの予定日を大幅に超過したとかで急遽送り出しに行ってたんだよ。ダンジョンの中はどうにも時間の流れが遅いらしくてな」


 まいった、まいったと話す洋一。

 とりわけ急いで帰ってきても、やはりこうなったかといった感じで話す。


「間に合ったので?」


「そこは彼女達次第さ。俺たちは見送ることしかできないからな」


「それは確かに。馬車での旅路とはいえ、ミンドレイまで普通に5日はかかるしな」


 え、そんなにかかる?

 洋一はベア吉ならもっと早くつくぞ? と考えていると。

 ミズネはそりゃかかるでしょう、と『砂漠越え』の過酷さを並べ立てた。


 ああ、合点がいった。

 確かに砂漠を越えるのならそうだろう。

 ハバカリーもその心得をミズネから教わったと話していたのを思い出す。

 そういえば砂漠のほとんどが緑地になったことを教えてなかったな。


「実はうちの弟子が趣味で畑をやりたい都合で、砂漠の一部を緑化することに成功したんです」


「なんとそれは本当か?」


「ええ。とはいえ、あくまでも一部です。ミンドレイからアンスタットの陸地ぐらいですね。アンスタットからアンセル間がそのままなので、すぐには理解できないと思われますが」


「だとすると、やたらと商人がアンセルにくるのが遅い理由は?」


「アンスタットで宿泊されているのではないかと思われます。アンスタットの土地は俺が買いましたからね。全住民に対する税金の撤廃、食事の義務化。そして仕事の斡旋、水の調達などなど。お金をかけなくていい場所は全て取り払った上で、住み良い、働くことへの不安を取り除いた結果です。調理できるスタッフは日替わりでミズネさんのところへ派遣しています。彼らは何か失礼をしてませんでしょうか?」


「信じられないくらいによく働いてくれるよ。そうか、そんな待遇を受けてるんなら、生活に不安もないな。その街はハーフフットでも受け入れてくれるのかい?」


「問題なく。それぞれの得意分野を活かした仕事をしていただく予定です。今までは何かと金・金・金で能力を見ずに使い捨てていたでしょう? それはいささか勿体無いなと。俺や、弟子達にとってハーフフットはまさに金のなる木。もちろん伸び代の大きさを意味しています」


「我々をそう評してくれるのは旦那ぐらいだろうなぁ」


「そんなことないですよ。少なくとも、俺の管理するアンスタットでは仲違いせずに楽しく生活してくれてます」


「そうかい。そういえばアンセルの土地を買ったはいいが、活かし方が見つからなくてな。少し相談に乗ってもらってもいいかい?」


「俺なんかで良ければ喜んで」


 洋一は頷き、ミズネは「旦那ならそう言ってくれると思ったよ」と固い握手を交わした。



 ◆


 こうして、アンドールのダンジョン交易による一連の騒動は秘密裏に処理され。

 クーネル家の過去の実績は見直しが入ることになった。


 後日ミンドレイから送られた調査団は、噂と異なる整えられた馬車道とやけに穴ボコだらけの領主間の庭に驚き、件のダンジョンの報告を済ませてダンジョンの一般開放を進めた。


 後に領主館は取り壊され、ダンジョン需要を見越した街が再構築される。

 その町の運営指揮を執り行ったのが、アンスタットとアンセルの再開発計画を取り行った洋一だった。


 なんで旅人がそこまで持ち上げられてるのか派遣されたミンドレイからの使者にはさっぱりわからなかったが、実際に任せてみると微に入り細に入り、必要なものを必要な場所にまとめ、多種族の不和なくその街が爆速した。


 恐ろしい速度だ。

 何よりも住民からの信頼度が異様に高い。

 何せ建設に着手してから、町の完成までものの三日で出来上がったのだ。


 普通なら町の景観やら建築だけで数年かかるのが普通なのだが。


「あ、建築なら建築大臣のオレに任せて?」


「はっは。私もお役に立てるのならお力添えいたしましょう」


 前に出る二人のミンドレイ貴族。

 加護の問題でとっくに家から見限られていると称した二人は、複合魔術で瞬く間に家を建築してみせた。

 これを本国の魔法使い達が見ようものなら即座にヘッドハンティングの嵐だろう。


 しかし、見限ったのもまた、その貴族達なのだ。

 今更欲しがったところで本人達の心は国を見限っているのである。


 その采配をしたのが中心的人物で、料理人であるヨウイチ=ポンホウチなる人物の魅力にあった。


「こんな砂漠だらけの街に遠路はるばるご足労いただきありがとうございます。代理人の本宝治洋一と言います。俺はしがない料理人でしかありませんが、この国のことを一番に憂いています。ささ、皆様お疲れでしょう。料理人らしく一品振る舞いますよ。リクエストなどはありますか?」


 聞けば、一時期ミンドレイのゴールデンロードで雇われシェフを務めていた経歴を持つ人物だそうで。

 同僚から聞き齧った噂を聞いた調査団の一人は、噂のチュウカなる料理に思いを馳せるが、まずは食べ慣れたミンドレイ国の料理で喉を潤すことを決めた。


「でしたらお飲み物はこちらで、フィッシュ&チップスと参りましょうか」


「ああ、それは最高だ」


 調査団の多くは貴族だが、荷物持ちなどの雑用係には平民も多く混ざっている。

 脂っこいだけではなく、ほんのりとジャンクなものを混ぜてやると大層喜んだ。


 魔法使いにとって、高カロリー食品こそ正義。

 しかし平民にとってはそうではないのだ。


 貴族には高級シャンパンを。

 平民には飲み慣れたエールをそれぞれに手配。

 あっという間に調査団の心と胃袋を掴んで見せていた。


 美味い飯を食えば、自ずと口も軽くなる。

 うっかり上司への愚痴など漏らしたり、相当に気が緩んでいる。


 思えばすっかり上位貴族に遜る習慣ができていたように思う。いじめなども見て見ぬ振り。

 生傷を負っても、痛みを堪えて生きてきた。

 それでもまだ、没落の憂き目にあってないのは自分を律していられた証拠だなんて片意地を張って。


「ご苦労をされてこられたんですね。これ、よろしければお食べください」


「頼んでないぞ?」


「俺からのサービスですよ。お題は結構です。いろんな国に行き、料理を食べ、その地域の話を聞いては自分の料理に活かす。その為に旅をしていますから」


「つまり聞いて面白くもない俺の苦労たんなんかでも、あんたにとっては価値があったと言うことか?」


「はい、ご本人がどう受け取ろうと。俺にとっては初めての体験です。なのでその返礼にとこうして料理を振る舞っております」


「そう言うことなら」


 自分には食べる権利があるか。話し終えた調査団の男は、遠慮なくその皿に手をつけて度肝を抜かれた。

 それは痛烈なまでの辛さが口いっぱいに広がったからだ。ぱっと見こそただの小さく切り分けたヒレステーキでしかない。

 完全に見た目にやられてしまった。

 これはいっぱい食わされたと洋一をジロリと睨む。


 口の中は水を欲し、こちらの気持ちを見知ったように差し出されたのは水差し。

 自分で水を汲んで飲み干せば、先ほどまでの辛さは嘘みたいに引いていた。


「騙すだなんて酷いじゃないか!」


「騙してなどいませんよ。こちらが絶命を行う前に食べ始めてしまったんではないですか」


「む」


 確かにそうだ。自分に食べる権利があるからと。途中でそれが当然の権利だと思って主張した。

 誰かに食べられる前に、懐に収めてしまおうと言う意地汚さを露見させただけだった。


「それは、このお水をいただきながら小さく切り分けて食べていただくものです。最初はこのアンドール砂漠のような暑苦しさ、猛烈な辛さを味わうことでしょう。しかしそこに色づく大地に目を見張り、恋しくなった水を口に含んだら。その料理の違う一面が見えてくる」


 洋一の説明を聞き終えた後、もう一度食事にチャレンジする調査団の男。

 確かに最初の一口はむせるほどの辛さだ。

 しかし水を一口飲むと苛烈なまでの辛さは緩和され、やけに山盛りに盛り付けられた野菜を頬張ると口の中で味が完成する。


「む!」


 先ほどの反骨精神からくる反応ではなく、純粋な驚きによる返答。


 あれだけ辛いと感じた口の中は、今やさっぱりとしている。水を飲んだ時のその場しのぎではない。

 肉、野菜、水の順で食べ進むと、難攻不落の砂漠に水場を見つけた時のような安堵感が湧き上がったのだ。


「それが第一の解。ソースとなります。あなたの人生はとても難解で、その多くを辛く苦しい過去と共に生きてきました。仲間や身内でさえも裏切り、己の保身に欠けてきた。それは俺では選択肢えなかったものだ。しかし見回せばあなたを手助けしてくれた人もいたのではありませんか? 自分が一番不幸だなんて思い込んで視野狭窄になっていませんでしたか?」


 他人に何がわかる。男は少し意固地になってその料理を食べ進めた。

 近くに水場を発見したことで、砂漠の攻略難度はぐっと下がったのだ。

 不思議なことに、先ほどの手順で口の中で作ったソースを持ってもう一度肉を頬張ると、先ほどとは異なる味わいが浮かび上がった。


「この肉は、こんなにもみずみずしい味わいだったか?」


「周囲を見渡し、自分には頼れる仲間がいると言う事実を受け入れると、難攻不落と思われた場所にさえ、攻略の糸口が見えてくる。その料理をただ食べずらいからと捨ておこともまた選択肢。あなたはずっとそれを選び続けてきたわけです。しかし、あなたは知ってしまった。攻略の糸口を見つけてしまった。この食事を今放棄することもできるでしょうが、あなたはこの食事を攻略したくて仕方ないと言う感情にとらわれている。違いますか?」


 それに頷けば、男は自分の生き方を否定することになる。だが、これが本来どんな料理なのか読み解く権利を持つ自分だからこそ、知る必要があった。


 質問に対し、食べ進めることで答えを出す。

 ついに辛すぎて捨てることも考えた料理を攻略し切ってみせた。


 多くの寄り道をし、多くの添え物の力を借りて臨むことで砂漠の乗り越え方を理解した。

 途中で不要と切り捨てていたら、この料理を攻略することは不可能だった。


「あんたはこれで俺に生き方を変えろと言ったつもりか?」


「いいえ。ただ、目を向けるだけで、あなたが如何様でも楽になれると言う考え方を示しただけです。選択する自由はいつだってあなたと共にある。差し出がましいと思いましたが、ついおせっかいを焼いてしまいました」


「本当にな。だが、目が覚めたよ。少し考えを改めることにした」

 


 ◆



 調査団の団長は堅苦しい武官として有名だった。

 自分にすら非常な命令を出せる男で。

 だからこそ外交でも冷静に判断を下せる。

 しかし洋一からの手料理を振る舞われた後、突如として部下に優しい態度を見せるようになった。


「最近、団長優しいよな?」


「そうそう。あの人の料理を食べてから何かと褒めてくれるようになったよ。前までは出来て当たり前を無理強いしてたのにさ」


「それ」


 部下達の話を小耳に挟み、団長は不機嫌そうに耳をぴくぴくさせていた。

 怒っているわけではない。突然手のひらを返したことを不思議がる部下の反応を聞いてなんて答えたものか言えずにいるだけだった。


「でもさ、前の厳しい団長も好きだぜ、俺は。他の調査団の団長と比べたら頼り甲斐あったもん」


「ああ、それだけは唯一の長所だな」


 またも遠くで聞き耳を立てていた団長の耳がぴくぴくと動いた。

 そうか、今までの自分の生き方はそれなりに受け入れられていたのかと。

 ずっとそれが正しいと思って生きてきた。

 他書の考えに耳を貸す時間もないと。


 しかしそれは違うのだと、洋一の料理に触れて理解する。以前までのままでは見えない世界が、今目の前に広がっている。


「選択権は自分にある、か」


 浅いようで深い。染みる言葉だった。

 砂漠の大地のように干上がった自分に、あの料理は緑を添えてくれた。川を渡してくれた。

 仲間がいると言うことを教えてくれた。

 一人ではないことを示してくれた。


 優しくするだけが優しさじゃない。

 時に厳しく、ほんのりと優しさを与える。

 この厳しい大地に住まう人物が欲する水を、適度に与えてやればいいのだ。


「これは信頼されるわけだ」


 なぜ、流れの料理人なんかが街の中心人物になりえているのか当初は理解不明だった。

 実際に接し、料理を馳走になって理解した。

 させられたと言った方が正しいか。


 人々の馴染みの料理を介して、心に触れる料理を作れるからこそできた人望なのだと。

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