第33話 おっさん、ダンジョンと重複契約を結ぶ①
「ははは、つまり相手の手を既に一つ潰してたってわけか!」
愉快そうに笑いだすヨーダに、洋一は砂漠の旅にはちょうどいい備蓄になったと嬉しそうに話す。
相変わらずのゲテモノ喰いだが、ヨーダにとっては懐かしさすら感じていた。
しかし周囲はそうではない。
厄災、災害クラスは国が騎士団や魔法師団を率いて五部に持っていけるかの災害なのだ。単独で相手どれるものでは決してないのである。
「あの、そんな厄災の象徴をどのように撃退したんですか?」
マールは恐る恐る尋ねる。
ヒルダに至ってはどこか理解できないものを見るような目で見つめている。もしかして自分が見下していい相手じゃなかったのでは? と若干後悔していた。
人類が魔獣に与えた投球には基準がある。
とされている。
その中で厄災と呼ぶべき存在は、
国が一丸となって、数ヶ月かかって討伐するような存在をなんてことなさそうに単独で倒したなんて言われたら疑いたくもなってしまうのは仕方のないことだろう。
「一応だが、俺は手を貸しただけで、仕留めたのはヨルダだぞ、な?」
「うん、デカいだけでいい的だった」
「あなたが?」
特に大したこともしてないという姉に、妹は信じられないと目を見開いた。
「とは言っても。師匠が動き止めてくれてたからだぞ? 動き回られたら流石にオレでも無理だし」
意味がわからない。
倒すのもそうだが、そんな見上げるほどの巨体をその場にいながら縫い止めることができる!?
それは一体何の冗談だ。
「でも、倒した功績くらいは誇ってもいいんじゃないの?」
「いや、倒したって言ったって誰も信じないだろ」
だから言うだけ無駄だろ?
ヨルダはあっけらかんといった。
「だから、誇らないというの?」
「誇ることに命をかけてないもんでね。だったらその後を考えるな。オレの特技は農業だ! 【蓄積】の加護は畑を作るのに最適だ! その畑を作るのにサンドワームが邪魔だから仕留めただけだよ。ね、師匠?」
「まぁなぁ。あとちょっとだけ味に興味があった。それにあんなにでかいんだ。食えないなら食えないで色々試せるじゃないか」
ただそれだけ。
道端で偶然出会った。
邪魔だった。味に興味があった。
本来なら逃げて帰っても褒められる所業。
そう言う類の存在。
でも違うのだ。
全く未知の解釈で、災害級は狩られたという。
ヒルダはその事実に絶句する他ない。
「そう、あなた達にとっては偉業すらも害虫駆除と同義なのね、ふふふふ」
壊れてしまったかのように、ヒルダが笑い始めた。
心配し始めるヨーダ。
「おーい、大丈夫か?」
ちょっとショックが大きすぎただろうか?
箱入りだもんなぁ、なんて解釈違いの心配を始めている。
「と、言っても倒したのはオレだけど、その後解体したのは師匠だしな」
「まぁ解体くらいは。ベア吉は荷物持ちしてくれたんだぞ」
「キュウン(僕は荷物運ぶのが得意なんだ!)」
ベア吉は名前を呼ばれて誇らしげに胸を張った。
声を聞こえているのは洋一だけなので、首やお腹をわしゃわしゃしながら労ってやる。
「キュッ(妾は寝てたぞ)」
「わ、この子も何か活躍されたんですか?」
突如洋一のフードから起き出したおたまがアピールを始める。
それを勘違いしたマールがモフりながら洋一に尋ねた。
洋一は苦笑しながらそういうことにした。
「私は何もできませんでした。他の皆さんにとってはお荷物でしたね」
「それが正しい判断です。災害級なんて、単独で挑むものではありません、ティルネさんは正しいです!」
突如正気に戻ったヒルダが、矢継ぎ早にティルネに同意を求める。
まるで自分を正当化するように、ヒルダはティルネの立ち振る舞いを称賛した。
しかし、当事者のヨルダは「全然違うぞ?」とその言葉を否定した。
「違う違う、おっちゃんは相手が粘膜を持たない相手だから、戦闘に参加しなかったんだ。おっちゃんの強みは粘膜に異常を引き起こすタイプの魔法だからな」
「然り。私の魔法は実験で用いた調味料、劇薬を相手に付与するデバフがメインです。しかし、それが通用しない相手もいる。それが今回のサンドワームでした。しかし、始末された後は私の出番。美味しく味付けして、レストランで絶賛していただきました」
「戦闘でもその後の復興にも、おじ様は欠かせませんのね?」
「ははは、マール。私だけではないよ。恩師殿も、ヨルダ殿も。奪うだけではない、その後に生かす術を持つ。家を持たぬものに雨数を凌ぐ建物を提供し、腹を空かせた子には温かい食事を。不毛の大地を耕し、植物の恵みを。私たちはその使命を背負って生きている。何者にも負けない力を持ちながら、ね」
「それじゃあ、このベア吉君も?」
「キュウン(そうかもね)」
マールにモフられながら、誇らしそうに答えるベア吉。
「ベア吉はオレ達のマスコット的な?」
「キュウン!?(酷いよヨルダお姉ちゃん)」
べしべし叩かれて鬱陶しそうな顔をするヨルダ。
逆襲とばかりにベア吉はわしゃわしゃと毛並みをかきむしられた。
すっかりじゃれあっている。
「キュッ(呑気な奴らだのう)」
何もしてないお前が言うな、とばかりに洋一は頭上で吠えるおたまを片手で押さえつけた。
そんな時、街の入り口で事件が起きた。
悲鳴が上がり、家屋に火がかけられた。
「大変だ、洋一さん。賊が!」
「賊ですか」
「ええ、武装した集団が一斉に街を囲んで。代表を出せと」
「わかりました、行きましょう」
村人の声に応えて一応代理人の洋一が矢面に立つことに。
ただの料理人にこんなことを任せるのは忍びないが、自分たちじゃても足も出ないとひどく申し訳なんさそうにしていた。
「オレも行くぜ」
ヨーダが、洋一の横につく。
「あまり客人を危険に巻き込みたくないんだが」
相棒といえど、今は地位を持つ貴族だ。
「一応な。もしその中にミンドレイ貴族がいたら、判別できるのはオレかノコノサートのおっさんくらいだ。ロイド様やオメガは相手が変装してた場合に見破れねぇからな」
「なるほど、ヨッちゃんがこの国に来た理由の一つに関わってる可能性があると」
「話が早くて助かるよ」
「じゃあ、他の二人はオレが守ればいいかな?」
「頼めるか、ヨルダ」
「任せな。愚昧とおっちゃんの姪っ子はオレの後ろに」
「愚昧って誰のことですの?」
「私はおじ様に守ってもらうから大丈夫ですよ」
「ははは、そう言うことらしい。それぞれ課題を乗り越えるとしましょうか」
そんな穏やかな会話を、時は慣れた魔獣の群れがかき消した。
「魔獣だ!」
「ヒッ、どうして街の中に魔獣が」
「ぎゃっ!」
「助けて!」
「おとうさーん、おかあさーん」
「ゲッヘッヘ、命が惜しかったら有り金全部だしな!」
まるで地獄絵図だ。
平和なアンスタットの街が一瞬にして火の海に変わり果てる。
どうやら話は通じないらしい。
問答無用で人を傷つけ、魔獣をけしかける。
この街の住民が一体何をしたというのか。
洋一は仄暗い感情を滲ませながら、ティルネに命令する。
「ティルネさん、相手に慈悲はかけなくていいみたいですよ」
「命知らずのお方だ。この街になぜ壁がないのか、理解が及んでいないのでしょうね」
それは音の通りをよくするため。
壁がある方が反響するのではないか?
それもあるが、それは広範囲へのカバーができないことを意味した。
ティルネが洋一の前に出る。
賊の一人が簡単に倒せそうな獲物に狙いを定めた。
「あんたらに恨みはないが死んでくれや!」
振りかぶられたショートソードがティルネに届く前。
乾いた音が周囲に響気わたる。
パチンッ
「ぐぎゃ!」
「ぎゃ、なんだこれは」
「目が! 目がーーー!!」
「腹の中が! イデデデデ」
「ぐるぁッ」
音を媒介にした状態異常付与。
ヨルダとヨーダに手配して、住民には一つところにまとまってもらっていた。そこに遮音結界を張ってもらって被害は防いでもらった形だ。
「ははは、効くでしょう? アンドールの調味料盛り合わせだ。辛く、ねちっこく染み付く。旨みを引き出す辛味。しかしそれは度を越せば劇物となる」
パチン、パチン。
ティルネの二連撃。
全く異なる状態異常が、賊と魔獣の粘膜に深く塗りつけられる。
今度は肝を腐らせた嗅覚を奪う異臭が鼻腔に染み付き。
そして夥しいほどの涙を誘う刺激が網膜に塗りたくられた。
哀れ賊と魔獣はその場でうずくまり、止めとばかりに洋一が賊の手足を【活け〆】した。
見事な連携プレイである。
「お疲れ様でした。相変わらず鮮やかな手並みで」
「いえ、これぐらいはして見せねば。恩師殿の元にいる意味がありません」
二人して頷き合い、住民に洋一は呼びかけた。
「皆さん、押し入った族は無事無力化されました! この度は警戒を怠っていて申し訳ありません。怪我人は責任持って我々が直します。傷を負ったものはこちらへ、それとお手隙の方は足を縛り上げる作業をお願いします!」
怪我人はすぐさま治療してやれば、即座に感謝を示した。
家を燃やされた住民は激しい怒りを賊にぶつけていた。
相手が何もできないのをいいことに、やりたい放題だ。
しかし今は無力化できていても、効果は永続ではない。
「皆さん、気持ちはわかります! それでも今は捕縛にお付き合いください。後日交渉に使います。下手に殺そうものなら面倒になりかねません! むしろ、死んだ方がマシな罰を与えてやるつもりです! 今は俺たちの言う通り作業に専念してください!」
それでも気が収まらないと言う人は多かった。
生まれたばかりの子供が生死の淵を彷徨っている。
母親は倒れ、父親が暴力に訴えていた。
「あんた、それ以上はやめな」
「お前、傷は?」
「ヨルダちゃんに直してもらったよ。生まれたばかりのこの子も無事さ。父親のあんたが、人殺しになってどうするのさ。ヨウイチさんはね、子供に誇れる父親でいて欲しくて、殺しで憂さ晴らしをするなって言ってくれてるのさ。わかったらあんたも作業を手伝いな」
「面目ねぇ」
一つの家族が暗黒面に落ちずにホッとする。
やはりこう言う場合、傷の手当は最優先ですべきことだ。
「助かったよ、ヨッちゃん、ヨルダ、ティルネさん、マールさん」
「なんてことないさ」
へへん、と鼻の下を擦り上げるヨルダ。
ティルネは高言う時のために薬学に通じていて良かったと微笑んだ。
マールも同様だ。
藤本要は周囲を見渡しながら「どこのp世界にもバカなやつってのはいるもんだな」とぼやいた。
「そのバカ相手に交渉をする時も、また頼むぜ、相棒?」
「まかしとけ」
「あの……わたくし」
一人だけ動けずにいたヒルダは、顔を青くさせながら狼狽えていた。
初めて人の生き死にを目の当たりにしたのだ。
無理もない反応だろう。
「自分が役立たずだなんて思う必要はない。人は誰しも初めての時、動けないもんさ」
「でも、ヨルダお姉様は……」
この場合のお姉様はヨーダではなく、本物のヨルダのことを指しているのだろう。
「あの子はそれなりに苦労してるよ。君はまだ加護なんかであの子を見下すのかい?」
その場で蹲り、両手で顔を隠すことしかできてないヒルダに、洋一はしゃがんで目線を合わせ、姉のヨルダが住民に対してどのような行動をしているか見ることを促した。
「いいえ、もうそんな気は」
「なら、できることから手伝ってもらおうか。最初は何もできなくても仕方がないが、だからって何もしなくていいわけではない。今は一人でも人手が欲しい。君は魔法使いなんだろう? あれこれと頼らせてもらうが構わないかい?」
「私をアゴで使うと言うのなら、高く付きますわよ?」
ヒルダはいつも通りの不遜な態度で、今自分にできることを一つづつやると決めてくれた。
「さて、これから忙しくなるぞ」
洋一は水魔法で鎮火した半壊した家屋を眺め、これからの街づくりについて住民と相談した。
そして藤本要が、襲撃班の一人にミンドレイ貴族が混ざっていることを看破。その人物が連れてこられて、洋一は見知った顔に声を上げた。
「あ、あなたは!」
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