第33話 おっさん、ダンジョンと重複契約を結ぶ②

「ポンちゃん、知ってる人?」


 藤本要が、後ろ手に縛られた罪人を洋一の前まで蹴り転がして足蹴にする。

 地面に転がったふくよかな男は、恨めしそうに洋一を見ていた。


「この人だよ、アンセルの商人ギルドのマスターさんは」


「じゃあ、こいつが件の一族か」


「貴様、無礼だぞ! 私がどの家のものか知っての狼藉か!」


 藤本要の髪色が、ミンドレイ貴族特有のものと知ってか、家名でマウントをとり始める商人ギルドマスター、デブル=クーネル。


「おー、それはおっかない。じゃあオレもこいつを出さなきゃいけなくなるな」


 藤本要、もといヨーダは演技がかった仕草から、これみよがしに腕輪を見せつける。


「ヨッちゃん、何それ?」


「一代限りの家宝かな?」


「待て、その紋章は! まさかミンドレイの魔法師団!? どうしてこんな場所に本国の魔法師団がいる! 兄上から聞いてないぞ!」


「お忍びだよ、バカ。ちょいと使途不明金がこの国に流れてるって垂れ込みがあってね。捜査がてらにバカンスに来てたんだ。そしたらさ、都合よく賊が襲う場面に遭遇してさ。これは詳しくお話を聞かなきゃなーってなってるわけだよ」


「あばばばばばば」


 恐ろしい効果だ。

 先程までの威勢はどこに行ったのか、今や顔を真っ青にして震えている。


「すごいな、その腕輪。この指輪くらい貴重なものだったり?」


 洋一はヨーダから渡された指輪を思い出したように取り出した。

 ネックレスに引っ掛けているので、引っ張り上げるだけでそれが顕になる。


「なんでお前がタッケ家の家宝を持っている!」


 その反応だけで、価値を理解した洋一。


「え? なんでって言われても貰った?」


「オレがあげましたー!」


「バカな! バカな! バカな! それひとつ売り払えば城が建つ価値があるんだぞ! 全ての貴族が喉から手が出るほどに欲する代物を、あげた!? はぁああああああ??????」


 一人理解に苦しむと憤慨するデブルに、コントまがいのやり取りをする洋一とヨーダ。

 ヨーダに至ってはわかっていてやっているが、洋一に至ってはそんなものポンと渡すなと呆れていた。


「で、言い訳はそれだけでいいのかよおっさん。あんたの進退どころか、こっちはお家取りつぶしまでの権限を持ってるんだぞ?」


 しゃがみ込み、ペチペチと頬を叩くヨーダ。

 その顔にはイタズラ大好きな悪ガキの横顔が映し込まれている。


「近いうちに呪いがかかるみたいに言ってたけど、まさかこんな強硬手段で来るとは思わなかったよ。そうやって、今までの街も潰して回ってたのか?」


 サンドワームという存在の陰に隠れて、やりたい放題していたのだろう。呆れてものも言えないという洋一に、しかしデブルはそれが我々ダンジョン契約者の権利だ! と口角泡を飛ばして自白した。


「ダンジョンねぇ」


 ヨルダは見たことも聞いたこともないと言わんばかりの口調だ。

 そこに勝機を見たデブルは、洋一を裏切ってヨーダに仲間にならないか、と誘いをかける。


 流れの料理人より、まだ同じ貴族の方が金で動くと踏んだのだろう。


「そ、そうだ! 私の仲間になってくれるんだったら、権利の一部をくれてやるぞ!」


「興味はあるが、それでお前の罪は消えないぞ? 人の命を弄んでおいて、権利一つで過去が消えるとかおめでたい頭をしているな。それとお前、オレがただの魔法師団長程度だと本気で思っているんだろうな」


「な!? 他に何があるというんだ」


「あいにくとオレに依頼を出したお方は随分と権限が高いんだ。王子派、と言えばわかるか?」


「き、貴様! 今まで散々国を支えてきた我々を切り捨てるつもりか!」


「はぁ、あんたが一体に国になんの恩恵を与えたか知らないが、現状あんたらは国に矛向けてるわけだよな。その落とし前は用意してあるのかって聞いてるわけだよ」


「まだ我々から搾り取るというのか!」


 なんというか、あまりに悪質なやり取りに見ているこっちが可哀想になってくる。


 洋一は見ていられなくなって、他の賊への対処に取り掛かった。

 そこでは手枷と足枷をはめられた賊が一列に並べられ、殺し損ねた住民が美味しそうに食事をする風景が映っていた。


 ひどいことをする。

 中でも賊の目の前で調理し、わざわざ肉の焼けるいい匂いを流している徹底ぶりだ。


 先導しているのは洋一のレストランで働く調理担当。

 食事シーンがこれほど残酷な刑罰になるなんて、思ってもみやしない。


 猿轡を噛ませた賊が、涙を流しながら腹を鳴らしていた。

 残念だが襲撃者に食事を与えてやるほど洋一は甘くない。

 そして洋一が言ったように恨みを暴力で晴らさずに、普段の生活で晴らすことで、両手を血で濡らさないようにしたことに感謝を示した。


 暴力なんかを振るわなくても、人を罰することはできるのだと。

 これほど効果的で、そして残酷な刑罰は砂漠に住まう人々ならではだろう。


 中には自分のしでかした愚かさを懺悔する賊もいた。

 だが、もう許す許さないの線引きはとっくに超えている。

 襲ってきた、怪我をさせただけでなく魔獣を放って被害を拡大した件だ。

 殺すか、殺されるか。

 そういう領域に土足で踏み込んでおいて。

 今更謝罪で釈放はあり得なかった。


「よう、ポンちゃん。取り調べは終わったぜ」


「お疲れ様」


 住民の焼いた串を何本か譲り受け、ヨーダに差し出す洋一。

 それを受け取り、頬張りながら住民のてひどい仕打ちを眺めて「ひでぇ事しやがる」とため息をついた。


「俺たちの手は、客を喜ばせる手だからな。一時の感情で血で濡らしちゃいけねぇよ」


「ポンちゃんらしいな」


「あの人は?」


「とりあえずダンジョンのことを洗いざらい吐いてもらったぜ。あとはこの調書をまとめてアンドールのトップに叩きつけるだけだ」


「それでうまくいくのか?」


 しらばっくられる可能性も高いだろう。

 デブルの妄想と捨て置かれる可能性だってある。

 何せトカゲの尻尾切りは貴族の専売特許だ。


「あの様子から察するに、相当にダンジョンにご執心だ。元の世界にもああいうタイプがいたろ? なりふりかまってられないタイプが。むしろ殺すならダンジョンの中で殺してエネルギーの足しにするって感じるんじゃないか?」


 確かにそういう手合いは居た。

 いたが、この世界でも通用するかどうかだろう。


「何がそんなに心配なんだよ」


「いや、ダンジョン管理者がそこまでしてエネルギーを集めるかと思ってな」


 オリンがそれほどエネルギーを欲していない可能性があるからだ。

 創成者の存在がおらず、その上でダンジョンの運営に問題児がいない。

 オリンはエネルギーの運用が特にうまい


「集めるに決まってんだろ」


「その根拠は?」


「誰もがポンちゃんほど無欲じゃいられねぇからな。オレだってそんな権力があったら少しは夢見ちまう」


「とは言っても、エネルギーの入手条件はシビアだぜ?」


「ポンちゃんが居れば、百人力だろ?」


「俺もそのためだけには付き合いきれないと言ってるんだ」


「いけず」


 唇を尖らせて、ヨーダは不機嫌そうに真顔になった。


 話はそれで打ち切り、皆に触れて回る。

 明日、アンセムからアンドールに向けて旅立つと。


「そんな、旅立つには早すぎるぜ。俺たちはまだ旦那に恩義も返せちゃいない」


 かつて洋一に屋台を預けた男、バイセルは別れを惜しむようにしがみつく。


「バイセルさん、俺たちは元々この国に長居するつもりはありませんでしたよ。必要に駆られて商人になり、この土地を買い付けましたが、それは今日という日のために、またここに寄ったときに恩返ししてもらうために用意したんです」


「普通の商人はそこまでしないですぜ」


「俺は商人というより本質が料理人だからなぁ」


 バイセルに引き止められながらも洋一は本音を語る。

 

「わかりました。この街は責任持って俺が管理します。でも、いつでも帰って引き継いでくれてもいいですからね?」


「ははは、その時はお客さんとして世話になろうかな」


「たっぷりサービスしますよ」


「じゃあ、その時を楽しみにするとしよう」


 挨拶回りを終えて、洋一達は半日かけて夜のうちにアンスタットを旅だった。アンセムまではベア吉の引く台車に揺られ、アンセムからは金板払いでアンドールに向かう。


 アンドールの領主館では、他国から集目られたのだろう、武器を持った不良が900万人は集められていた。

 まるで放し飼いされてる野良犬のように周囲を警戒している。


 馬車で乗りつけた洋一達をこれでもかというほど睨みつけていた。

 しかし一切動じない人物が一人。


「おぉ、警戒してる警戒してる。こりゃ相当に切羽詰まってんなぁ!」


 相手の動揺を茶化すように、ヨーダが嘲笑した。


「ヨッちゃん、煽りすぎ。ティルネさん、よろしくお願いします」


「おまかせあれ」


「おい、おっさん。ここがどなたの屋敷かわかって……」


 パチンッ


 言葉を言い終わる前に音が響いた。

 直後に網膜と鼻腔に異変が起こる。


 中には口から泡を吐く者もおり、明らかに肉体に不調をきたしている。


「いやぁ、おっさん。あんた便利すぎるな!」


「私の仕事は恩師殿の露払いでございますからな」


「ならオレの仕事は土木だ!」


 ヨルダが、無力化した不良を庭に埋めていく!

 かろうじて息はできるように首から上が地面から生えていた。

 知らずに庭を歩けば蹴飛ばしてしまいそうな場所に不出来なオブジェが立ち並ぶ。


「失礼しまーす」


「下がりなさい、下郎」


 続くマールにヒルダ。

 洋一とヨーダは最後尾をのんびりと歩いて行った。

 ドアを潜り抜けた先には、またも武器を持った不良が900万人は構えていたが、特に問題なく流れ作業のように処理してやった。

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