第32話 おっさん、過去と向き合う⑤
「ダンジョンと契約してる人間がいる?」
ヨルダの質問に、洋一は頷いた。
ダンジョンとはただの自然現象ではない。
何か目的があって作り出された人工物だ。
「うん、まぁ俺もジーパで玉藻様と契約したからな。念の為に行っておくが別に俺はジーパをどうこうするつもりはないぞ? むしろ向こう側のダンジョンが俺との繋がりを持ちたがってたから交わした契約だし」
ぶっきらぼうに洋一は答える。
自分は望まず、相手から求められたから応えただけと。
「その契約者は、ダンジョンと繋がりを持つことで何ができるようになるんでしょうか?」
マールが疑問に思ったことを聞く。
確かに、メリットでもなければ積極的に関わることもしないだろう。
いい着眼点だ。
「俺の知ってる範囲で良ければ答えるよ」
前の世界で断片的にオリンに教えてもらったことを開示する。
<ダンジョン契約者、およびダンジョンマスターの権利>
・ダンジョンでモンスターから攻撃されなくなる
・ダンジョン構造を思い通りに置き換えられる
・ダンジョン内を自由に行き来できる
・ダンジョンモンスターを任意で創造できる
・ダンジョンに集まったエネルギーを自在に扱う権利が手に入る
・ダンジョン運営に意見が出せる
・ダンジョン内では時間の流れがとても遅いので契約者はやたらと若い
・ダンジョンモンスターに直接命令できる
「と、まぁこんな感じかな? 俺の時のオリンはそういうのに一切興味を示さない俺をいたく気に入ってくれたようだな。エネルギーが集まりすぎて、逆に俺にパワーアップ案を出してくれたほどだよ」
それがミンサーなどの加工スキルだな、なんて苦笑しながら解説していく洋一に、それを聞いた全員が「こいつ正気か?」みたいな顔をした。
いかに無欲とはいえ、それだけの力に見向きもせずに料理に打ち込める精神性はもはや人を超えていると驚愕してみせた。
普通なら世界が手に入るのに、調理加工スキルをもらって喜んでいるいい年をした男が一人。
「それは師匠がおかしいだけだよ。なんでそんな力を持ってまだ料理人やってるの?」
「え?」
弟子のヨルダから、一番聞きたくない答えをもらってしまった。
「ええ、そんな力を一般人が持てば、どんな考えに走るか火を見るより明らかですわね。なぜまだ正気を保ってられますの?」
続いてヒルダから罵倒に近い物言い。
支配欲はないのか? まるでない方がおかしいみたいな言い方をされた。
「えぇ……これ、俺がおかしいの?」
藤本要に助けを求めるように視線を送るが、肩をすくめて首を振られてしまった。仲間が、仲間がいない!
「まぁ、だからこその恩師殿なんでしょうな。もし力を手に入れて、世界征服を考えているような人物だったら、多分私は出会えていませんし、出会っていても捨て置かれたでしょう」
「そう考えたらオレもそうじゃん。戦力外だって言われてた可能性もあるの?」
「言わない、言わない」
「いえ、普通は言いますわよ」
じゃあどうすればいいんだよ。
洋一はなんとも言えない顔をした。
「俺に選民思想はないよ。むしろ欲しいとも思わない。俺は料理さえできればそれでいいんだ。俺の料理で笑顔になってくれる人が一人でも増えてくれたらそれでいい。それだけ考えて生きてるよ」
「そう、変わっているのね。でも、だからこそお姉様は変われた。私も変われるかしら?」
「それを俺に求めるのは違うんじゃないか? 俺は貴族様じゃないし、あんたの家族でもない。俺からしたらヨルダをいじめたことは今でも許さないし、できれば顔も見たくはない」
「そう……」
見てわかるくらいの落ち込み具合。
自身の過去の行いを振り返り、それだけのことをしたんだとぐっと下唇を噛んだ。
「でも、ヨルダが許した相手をいつまでも俺が嫌うのもおかしい気がするからな。だから、飯の世話くらいならしてやる。それ以上を求めてくる場合は相応の覚悟をするんだな。俺は身内には甘いが敵には容赦しない男だ」
「それは助かるわ」
ちょっとだけ救われた様な顔をする。
誰でも彼でも敵対視したくはないものだ。
洋一は敵意を向けてくる相手には容赦しないが、それ以外には理由を聞いてから関係性を納得させていきたいと考えている。
「あの、さっきからずっと気になっているんですけど、そちらのヨルダさんとヒルダ様は……」
マールが先ほどのやりとりを聞いて、会ったばかりなのに随分と来やすいやりとりをするのだなと疑問視した。
「姉妹だぞ? それが何か?」
本人からバラしていくのか。ヨルダはあっけらかんと関係性を暴露した。
ヨルダにとって、ヨーダの学園での立場なんて知ったこっちゃないと言わんばかりだ。
対してヨーダもいつまでも騙れないかと、あっさりと正体をばらすことにした。
なんだったらそれを理由に学園逃亡の足がかりにしようとさえ思っている。
マールは驚きつつも受け入れた。
しかし納得できないことは聞いてでも理解したい学者の性分がマールを突き動かした。
「ならヨーダ様は?」
「オレはもともと公爵家の人間じゃないよ。そこのヨルダに背格好が似てるだけでちょうど保護されてた騎士団にうまいこと利用された平民かな?」
「平民……平民は魔法を使えませんよ?」
マールはまっすぐな瞳でヨーダを見据えた。
「実際、俺はここに来るまでの記憶があるんだよ。なぁ、ポンちゃん?」
「ああ。こことは違うダンジョンが地上に侵食した世界で、俺たちは生きていた。気がついたらここにいてな。それぞれが違う場所で目を覚ました。俺は禁忌の森で、そしてヨッちゃんは中央都市ミンドレイに」
「それって……転生者ということでしょうか?」
マールは何かに気がついたように一つの答えを導き出した。
「転生? それって前世の記憶を持って違う肉体に生まれ変わるやつだろ? でもオレたちが意識を持った頃にはこの肉体だったぞ? おかしいじゃないか」
「転生だったら俺の外観が変わってない理由の説明がつかないと思うが?」
「それもそうなんですよね。ですが聞いた話によると、記憶が突然蘇って、以前までと全く違うことをし始めるのが転生者の特徴のようです。もしかしたらヨーダ様はその転生者だったのではないかと思っています」
「じゃあ、オレの生まれはミンドレイの貴族だったってことか? それでポンちゃんのことを思い出して合流しようと考えた?」
「そう考えるのが自然でしょう。洋一さんがなぜそのままなのかの説明はつきませんが」
容姿からしてミンドレイ国民から根本的に異なる。
黒髪黒目の長身、それは物語で語られる魔王の姿と瓜二つだった。
それでヨルダに恐れられた経緯を語る洋一。
「なるほど、そういう理由でしたか。もしかしたら、お二人はダンジョンと深い繋がりがあったから、所縁の地で意識を取り戻したのかもしれませんね、京都いう日に出会うために」
「所縁の地?」
「はい、禁忌の森はダンジョンの跡地と噂される場所、そしてミンドレイ王国は、きっとダンジョンに打ち勝った者たちが住む地です。その子孫としてヨーダ様が選ばれたんじゃ?」
「うーん、そんな上手い話あるか? オレが元からこの国の国民だとして、誰からも探されてない理由がつかないじゃん」
「だとしたら、素敵じゃないかなって」
全てはマールの憶測である。
だが、憶測とするには合点がいく点がいくつもあった。
何故? という問いには未だ応えられぬが、不思議とそう思えば納得できるのだ。
「うーん、素敵だけで片付けられる問題じゃないと思うが」
「本当にな」
「えー、えー? だめですか?」
マールは不満顔。どちらかといえば妄想がたくましいだけかもしれないが、ヨーダは満更でもないという顔をしている。
「まぁ、全部が全部そうでなくてもいいだろって感じかな? オレはこうしてポンちゃんと出会えたわけだし、そう考えるとそこの家出娘と落ちこぼれ学者のおっさんと出会ったのも何かの縁だろ」
ヨーダはこんな偶然の一致、そうそうねぇぞと喜んでいる。
過去はどうあれ、今が楽しければそれでいいのだ。
「と、まぁ真実はどうあれ。今この地にオリンがいる。それは間違いないな?」
「玉藻様から預かったこの神が、オリンの場所を示してくれている。地図に置いたとき、この神が強く指し示す反応があるのは今の所アンドール国だけだった」
「なら、さっさとダンジョン攻略しちまえばいいじゃないか。なんでこんなところで立ち往生してるんだよ」
「それには深い事情があるんだよ」
「どんな?」
「この国、何かを発言するにも、何かにつけて金がかかる。俺たちはその金を集めるために商人になったし、ようやく土地の買い付けに着手したんだ。でもそれを表立って邪魔してきた存在がいた」
「それがミンドレイ貴族のクーネル家か」
「うん。実際に何を企んでるかはわからないし、何か大きいことをしようとは思ってるんだろう。けど、俺が安心してこの町で商人をしてる理由はもう一つあってな」
「それって?」
「多分だけど、相手の最大戦力……俺が初日に始末しちゃってるんだよね。サンドワームというこの国にとっては厄災の象徴なんだけど、知ってる?」
「もしかしてさっきの肉って?」
疑うヨーダに、洋一はにこりと微笑んで「もちろんサンドワームだぞ」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます