第32話 おっさん、過去と向き合う④

「まぁ、机上の空論だな。きっと腹減りすぎて極論しか考えられてないんだろ。それより飯だ飯。みんなは何食いたい?」


 パンと手をたたき、食事の準備を始める洋一。

 仮に全ての原因がオリンだとして、そもそもその責任を自分たちが取る必要あるのか?

 この世界にいつの間にか招待されてた洋一達。

 むしろ被害者であるだろう。


 何かのついでに巻き込まれたと考えていい。

 その何かがオリンを欲した。

 なら原因はそれを欲した対象だな。


 要は洋一達は巻き込まれたにすぎない。

 なので責任は取らなくても大丈夫。

 いや、迷惑かけてるなら家族として謝りに行くつもりではあるが、オリンが自分たちに気づいて欲しくてダンジョンを展開してると言われても不思議ではないというのもあった。


 ダンジョンとは展開するだけで、それだけ周囲や関わった存在を歪める性質を持つのだ。

 過去に洋一達の住んだ環境が激変したように。

 だからこの世界に誘致したのがオリンだけで、それに巻き込まれたのが洋一達だとしても、理解者だからこその解決法が頭を悩ませる。


 そしてその解決法は、到底穏便に済ませていいものではないため、元の世界に帰るのが難しくなるのだ。

 世界にこれだけの人種が誕生した以上、もうダンジョンを潰す前提で動けない。

 それは新たに誕生した人種を滅ぼすことに他ならないからだ。


「せっかくこの地に来たんだからアンドールのご飯がいいな。ヒルダやマールはどう?」


 洋一の質問にヨーダになりきった藤本要が答える。

 過去のやり取りに関しては演技が解けてるため、藤本要を思わせるが、今はすっかりヨーダになっている。

 つまり演技スイッチがONの状態だ。


「私も、おじ様たちが普段どんなメニューをこの地で作っているのか興味があります」


「私も、お姉様の気にいるお方のお料理を堪能したいですわ」


 それぞれの見解。


「オレはどっちでもいいけど、アンドールは見ての通り灼熱地帯。ここでは普通の食事を取るのも難しいんだ。魔法でもなきゃ、冷たいものとか普通はお出しすることもできないわな」


「ではおじ様の水羊羹なんかは?」


「魔法ありきで存在してる。オレの田んぼなんかも、この地にお姉ちゃんを顕現させなかったら、まず無理」


 それくらい厳しい環境なのだ。本来ならば。

 それを捻じ曲げてまで置き換える力量が、今のヨルダにはある。


「それが今のあなたの力なのね。どうりで上級魔法も弾くはずだわ。【蓄積】恐ろしいものね」


「これはオレの努力だっつーの。その加護で見下す姿勢、やめた方がいいぜ? オレ以外におっちゃんもバトルになれば強いぜ? 多分、魔法使いを一番手早く処理できるのはおっちゃんだ。師匠は魔獣専門?」


「へぇ」


 ヨルダの解説に、ティルネは照れてみせた。

 それに対してヨーダが感心する。

 ぜひ一度手合わせしてみたいと獰猛な笑みを向けている。


「おじ様、そんな魔法が?」


「ヨルダ殿は過剰に持ち上げすぎですな。でも、ヨルダ殿ほど動き回らないなら、仕留めるのは楽ではあります。私の扱う魔法はとてもシンプルな術式ですから」


「気になるわね、あとで手合わせしたいところだわ」


 ヨーダが示して見せたように、ヒルダが獰猛な笑みを浮かべる。


 なぜこんなにも敵対心を燃やすかと思えば、魔法使いにとって、自分はそれなりに強いという自負を持っているからだ。

 それを用意しに倒せると吹聴されたらたまったものではない。


 魔法使いは恐怖されてこそ、優位性を示せる。

 簡単に近接されたらたまったものではないのだ。


「おっちゃん、モテモテじゃん」


「いやぁ、はは。恐縮です」


「身内でそんなに殺伐として欲しくはないねー、はい、一品できたよ」


 そんな話の中、早速洋一が料理を一品仕上げる。

 差し出されたのはアンドールの一般的メニューの串焼きだ。


 今回は他国の王族用のものではない。

 現地の人が愛してやまないシンプルなメニューである。

 なんの肉かはわからない塊肉がごろっと串に刺さって炭火焼きにされたものだ。


 そのままかぶりついても良いし、串から肉を外してフォークやナイフでいただいてもいい。

 レストランで提供するなら、付け合わせにソースかラスクを提供する。

 ワインなんかつけても面白いなと付け足した。


 しかし今回はこれだけでいただいてほしいと、敢えて述べる。


「んじゃ、早速」


 ヨーダが食べ方を披露する。それに応じて口の周りが大変なことになっているが、無視をした。

 あとで拭えばいいとばかりに、後先かまわずに頬張って咀嚼しては飲み込んだ。


「どうかな? この地域ではこういう豪快なメニューが喜ばれてるんだけど」


「味がタンパク。もう少し塩分あった方がいいかな?」


「まぁミンドレイの人はそう言うよね」


「魔法使いはエネルギーをよく使われますから」


 ヨーダの品評に、ヨルダとティルネが苦笑する。


「そのエネルギーって表現がもうダンジョン的ニュアンスなんだよな。本当にミンドレイってダンジョン関係してねーのかな?」


 そして魔法使いがたびたび口にするエネルギー問題。

 ダンジョンが扱い、運用しているのもエネルギーだ。

 不思議な相違点に、ヨーダが点と点を紐づけるように結びつける。


「それは俺にはわからないよ。ヨルダは知らないと言ってるし」


「ミンドレイにそう言ったダンジョンがあるという話は聞きませんな」


「そのダンジョンが魔王の居城とされてる禁忌の森の下にあるって話なら御伽噺で聞いたことあるぞ。なぁ?」


 ティルネに続き、ヨルダも頷く。

 そのついでにヒルダに促した。

 今この場で姉妹であることはバラしてないので、なんとなく御伽噺という本での情報を求めた形だ。


「ええ、禁忌の森に現れた魔王は、ミンドレイのおよそ6割を滅ぼし、自分の領土に引き入れた。そこから世界に魔獣が跋扈し、人々は魔獣を撃破した際に魔法を授かった。ミンドレイに古くから伝わる伝承の一節にそうありますわね」


 それ、どう考えてもダンジョンがブレイクしちゃってる影響だよな。

 だからヨルダはダンジョン跡地から出てきた洋一を魔王と勘違いしたのか。

 でもそう考えたら、辻褄は合う。


「ポンちゃん、これどう考えてもダンジョンの影響だよなぁ?」


「だなぁ」


 ヨーダの演技はすっかり抜け落ちて、そこにはただの藤本要がいる。

 つまり、人類の代表である魔法使いさえも、ダンジョンの影響下にあるという話だ。


 ますますダンジョンをこの世界から無くしたら、生きていけなさそうな事実ばかりが掘り起こされた形である。

 以前までの世界と同様に共依存関係だ。


 ただ、生まれたダンジョンが違うだけで。

 次々と悪い予感ばかりが湧いてくる。

 洋一は首を強く振り、雑念を払った。


「師匠」


 そんな洋一に、ヨルダが質問を投げかける。

 ダンジョンにやたら詳しい洋一なら、なんて答えるのだろうと言う興味が尽きない瞳だ。


「なんだ?」


「そのダンジョンってさ、絶対に滅ぼさなきゃいけない奴なの?」


「どうかな? その人たちにとって必要ないと感じたら滅ぼすんじゃないのか? でも大体の問題はダンジョンと契約してる奴が変われば解決するよ」

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