第32話 おっさん、過去と向き合う③
「どうしたどうした、二人して」
「やめてくれ、どうしてそんな取っ組み合いの喧嘩なんて!」
ヨルダとヒルダがキャットファイトをし始めた理由は……
「全部、全部この方に聞きましたわ! 目の前のこの人が私の本当のお姉様で、あなた様が偽物なのだと!」
「! お前、話したのか?」
藤本要が、ヨルダに尋ねる。
それはお互いの立場を悪くする行為だと。
「ああ、話した。その上でお前はその立場にいるのか、と問うた。オレにとって、あんたは乗り越えるべき壁だ。けど、そいつは本当にそれをおさわる資格があるのか? だからオレが試験管として立ちはだかった。結果は明白。すぐに殴りかかってきた。魔法で勝てない相手にはすぐ暴力を振るうんだ。態度こそ改めても、なにも変わってないよ、こいつ」
「だからって喧嘩なんかしなくても」
「これは喧嘩ではありませんわ、貴族としての、最後のけじめですの」
逆に拳で殴り返されたヒルダが、ボロボロの体を起こしながらヨルダを強く睨み返す。
きっと、こんな姿、見られたくなくて結界を張ったんだろう。
「あなたこそ、ただ逃げ回るばかりでしたのに、随分と賢く立ち回る術を覚えましたのね」
「良い師匠に出会えたんでな。お前はどうだ?」
「最高の師に出会えました」
「ならこの話はお互いの胸にしまっておこうか。師匠たちが見てる。オレは師匠にこんな姿見せたくなくて結界を張ったんだがなぁ、どこかの誰かは随分と無粋なようだ」
ヨルダが藤本要をじっと見据えた。
この中のメンツで、降霊術による結界を破壊して、ましてや侵入するなんて規格外、そう多くない。
結界を見抜いて、破壊できる人物に絞れば、行き着く先はたったの一人だ。
「あれ、オレなんかやっちゃいました?」
「わざとらしいぞ、ヨッちゃん」
「てへぺろー」
お互いがお互いを見つめる。
ヒルダは自分が姉だと信じ込んでいた存在が、実は赤の他人で、本来の居場所に戻って生き生きとしている姿を見ながら苦笑した。
対してヨルダも、本来はあまり見せない完全に油断し切った態度を垣間見せる洋一を眺め、やはり自分はあの人の立場を奪っただけなんだと思い知る。
お互いが立場を交換して生まれた奇跡。
しかしそれを知りながらも、その行いを咎めることはしない。
何せ自分で打ち出した実績があるからだ。
殴り合って、格の差を見せつけた上で認め合う。
「わたくし、もっと強くなりたいですわ」
「そこは精進あるのみだよ。肉ばっか食ってないで、ちゃんと野菜も食え。今度オレの育てた野菜やるよ」
「あまり苦いのはちょっと……」
「言ったな? そのわがままがオレとお前の明確な差だ。師匠、ちょっとこの勘違い女に最高の料理を振る舞ってあげてよ」
「野菜中心のメニューか。ならあれかな?」
「なんか作るんなら、オレ手伝うよ?」
そこには、かつて相棒として世界を席巻した藤本要が名乗り出る。
下位互換のヨルダでは相当に苦労しただろうと、見せつけるように。
「それはオレの仕事なんだよねー」
だが、ヨルダがわざわざ自分の立場を悪くするような発言を見逃すはずもなく……
「ほう? 言ったな娘っこ。じゃあどっちが上手くポンちゃんをサポートできるか勝負と行くか?」
「望むところだ!」
こっちもこっちで新たなるライバルとして意識し始める。
今までは立場を奪ってきたという負目があったヨルダ。
しかし過去と向き合い、乗り越えた。
今度はその高すぎる壁に挑戦する権利を得たのだ。
「さっきからなんのお話です?」
「さぁ?」
「キュウン!(僕もよくわからないんだよね。寝てるところを叩き起こされて)」
しかし三人(内一匹)ほど話についていけてない者たちがいる。
詳しく話せば、貴族間の取り替え事件というトンデモ内容が露見するのもあり、主語は話さずに親外の解釈にとどめた故の配慮の成果でもあった。
「ひとまず運動の後には飯を食おうぜってことになった」
「今日はレストランへ向かう予定日でしたが、すっかり話し込んでしまいましたからな」
「それはオレから連絡しといたから心配しないで。おじさん達も、そういう事情ならって快諾してくれたし」
「レストラン?」
「おじさん達?」
またもや聞きなれないワードの数々。
藤本要やヒルダ、マール達はてっきり洋一達はこの街で世話になっているとばかり思っていたのだが。
蓋を開けたら住民どころか領主という事実が浮上する。
そう、代表なのだ。
他国の貴族が偉そうにできる相手ではなく、重ねて失礼をはたらいている事実を知って絶句するマールにヒルダ。
藤本要だけは出世したなーと褒めている。
「え、この街の領主様だったんですか!」
「仮のな? 金で買った地位だよ。どうもこの国は、市民に対して不当な圧力をおっかぶせていたみたいなんだ。オレはそれが見過ごせなくてな、土地を購入したんだが、当然そこでも妨害があってな」
「この国の貴族か?」
「いや、ミンドレイの貴族なんだけど、クーネル家って知ってる?」
「あ! あー。一件心当たりがあるな」
藤本要がヨーダとして動いている時に、ロイドに近づこうとしてきた対象に確かその家のご令嬢が存在した。
「本当ですの、お姉様?」
ヒルダが、卒業するまでは姉でいてくれると之みよがしに妹アピールしてくる。今この場にマールがいるので、今更違うよとも言えずに頷いてみせる。
「お前の同期にアソビィ=クーネル令嬢がいるだろう?」
藤本要の指摘に、ヒルダは首を傾げてみせた。
「この様子だと、多分同学年に自分に見合う存在はいないと切り捨てて考えてるな」
散々いじめられてきた過去を持つヨルダの的確な分析力が、ヒルダの深層心理を見透かした。
藤本要という「偉大すぎる存在が眩しすぎたせいで、それ以外の微弱な光が読み取れないだけですわ」とヒルダはこれに反論。
結局同学年にめぼしい存在を切り捨てているという根拠は揺るがない物であった。
そこで生きてくるのが、長年その社会でトラウマを抱えてきた貧乏男爵の末っ子の見解だ。
ヨルダもヒルダも、親ガチャSSRを引いたからこそ、他家に全く興味を湧かないままここにきているのだ。
「確か、クーネル家といえば100年前に王国に莫大な鉱脈を献上したとかで成り上がった家ですな。あの家の人達は特に自分より爵位が下の者に横柄に振る舞っていた記憶があります。資金繰りに頭を下げに行った時は酷い目に遭いましたよ」
嫌な記憶でも蘇ったか、ティルネは無言でロープを編み始める。
察してそれを奪い取るマール。
側から見たらコメディのようだが、それを見逃してしまったがためにd先ほど大変な目に合ったばかりだ。
「莫大な鉱脈か。確かアンドールも鉱山を保有していると聞くね。そこに関わってくるクーネル家か」
「十中八九、この国がその鉱脈でしょ。ミンドール王国はそれを知って自由にさせてるのかね?」
国なんか作らせてさ。
藤本要のそんな指摘にヒルダやマールも確かにおかしいと気がついた。
鉱脈を献上。そう聞けばここはミンドレイ国の分譲地だ。
他の国名をかざすわけがない。
しかし実際にはここはドワーフが支配下にいるという情報だけが入ってきてる。それが本当なのか定かではない。
「そういえば、使途不明金が大量にこの国に流れてるって話を小耳に挟んだんだよ」
「それってミンドレイのですか?」
「ああ、流れの傭兵も随分と集結してると聞く。近い将来この国が王国に下剋上を果たすんじゃないかって考えてもおかしくはないわな」
だってここはミンドレイの分譲地ではなく他国なんだから。
王族にドワーフを置いて、しかしそれを裏で操る存在がいる。
それがミンドレイに籍を置くクーネル家ではないか? という考察を述べた藤本要に、集まった面々は大層頭を悩ませた。
「戦争を仕掛けると言っても、この国はそれほど人口が多そうには見えませんが」
ヒルダの尤もな意見。しかしそれでも可能性があると指摘する。
「ああ、人口は少ないな。だが、金はたんまり持っている。そして腕のいい鍛治師も数百人単位で抱えてる。鉱脈があり、職人がいて、そして世界中に武器の流通をさせて成り上がったのがこのアンドールという国だ。確かできたのも100年前だって話だな」
「よくそんな情報知ってるね」
洋一の言葉に藤本要は薄い胸を張ってドヤる。
「調べたんだよ。護衛ってのは護衛対象を守るだけじゃ務まんねーんだわ。未然に起きる戦争の火種も摘み取るのも仕事なのさ」
「それをうちの護衛にも聞かせてやりたいね」
今頃レストランの従業員としてはたらいている護衛達を思い返して洋一は苦笑した。
「そういえばポンちゃん達ってなんでこの国に?」
ふとした疑問。
なんでこんな何もない場所とわかっていながらこようと思ったのか。
藤本要にとって、砂漠と洋一に何の関連性も見つけられなかった。
その理由はジーパで出会ったダンジョン管理者の話にまつわるので、無関係な王国貴族の前で話すことはできないので、この場は「内緒」とした。
表向きこそ、いろんな世界の料理を知り、自分のものにしているという名目であるが、本来はオリンを見つけて元の世界に帰るためであった。
「実はジーパでさ」
オリンの眷属と出会い。オリンの状況と、ジーパ国の成り立ちをかいつまんで話す。それがダンジョンの上に成り立った社会であること。
そしてその歴史は200年とそれなりに長いこと。
オリンらしき存在は話を聞く限り300年以上はこの世界に存在していることを、主語を抜いて藤本要にだけ伝わるように話した。
この世界には宇宙人の存在も、ダンジョンを生み出してエネルギーを集める理由もない。
だというのにダンジョンは存在し、人々に恐怖を与えている。
洋一はオリンを探してそれらをやめさせるべく、ジーパ国の管理人である玉藻からとあるアイテムを頂いた。それが依代と呼ばれる紙で、オリンの位置を指し示すというものだった。
それが向いた位置に、アンドールがあった。
それで今ここにいると説明した。
「一応冒険者ギルドで護衛兼案内人を雇って入国したよ。ほら、オレって文字の読み書きできないから。ティルネさんもミンドレイ以外の知識ないし、そりゃそこに詳しい人物雇うよねって」
「その護衛は?」
「実家のレストランで家事手伝い中」
「何じゃそら」
「どうも護衛の一人がこの国に元々いた王族の生き残りっぽくて」
「急に話がきな臭くなったな。失礼でなければその国の名前を教えてくれるか?」
「確かヌスットヨニって国だったかな? 15年前に滅びたらしいんだけど。ハーフフッドの国らしくてね。ドワーフを毛嫌いしてたんだ」
「聞かないな。それは本当に国だったのか?」
藤本要は洋一のあげた話題をバッサリ切り捨てる
国という規模なら、世界中に触れ回っていてもおかしくはない。
そもそも世界が認知してない国は国ではない。ただの集落だ。
貴族社会で生きてきた藤本要ならではの見解である。
「聞いた話では一応ね。ハーフフットという存在もこの国唯一らしいけど」
「ドワーフも聞かないんだよなぁ」
「世界は広いのですわねぇ」
「いろんな人種がいるんだなぁ」
ヨルダとヒルダは完全諦めモード。
マールやティルネも洋一と藤本要の話題についていけずにいる。
と、いうのもこの世界の人種は最初からヒューマンだけだたっという。
ある時を境に、いろんな種族が台頭してきたらしい。
それがおよそ300年前。
この世界にダンジョンが生まれた日を皮切りに、世界には多種族文明が誕生した。
「なぁ、ポンちゃん」
「ああ、ヨッちゃんも同じこと考えてる?」
「やっぱりか。この種族問題──」
──オリンの仕業じゃね?
目で訴える藤本要に、だろうなぁ、と頷く洋一。
魔法のない世界で、ダンジョンが進出してから一気に人々はスキルで魔法や異能を扱えた。
それとこの世界の移り変わりが、あまりにも酷似しすぎていたのである。
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