第31話 藤本要のバカンス計画④
食事がもらえると聞いて、やっと落ち着ける場所に案内されると思っていた一行。しかし洋一やヨルダ、ティルネはその場で準備をするだけで、一向に場所を変えるようなことはしなかった。
「準備をすると言ってるけど、まだかな?」
オメガが痺れを切らしたようにぼやく。
「警戒は解くなよ?」
「わかってるよ。この中にも紛れてるかもしれないってことでしょ?」
誰が? とは言わない。
想定しておけば対処がしやすいので注意はしてろという意味だ。
「皆さん、真剣にお仕事をされてますのね」
ヨーダが周辺で真剣に仕事に打ち込む姿を見て感激している。
「それだけこの国では仕事を尊ばれてるのだろうね。良い仕事は、賃金に通ずる。ミンドレイも見習いたいものだ」
ヨーダの言葉を受けて、遠い将来を見据えるロイド。
「ここでは田んぼもありますのね。お米がいただけるのかしら?」
「やはりジーパ人はお米が恋しいのです?」
マールがすっかり親しむような笑みで問いかける。
クラスで唯一の女子同士。バカな男子を前に気苦労を分け合った仲だ。
生まれの違いはあれど、学園内では対等の関係を構築していた。
「あれば上々、というだけです。ジーパの心を持たぬ人に作っていただいても、感動はしません」
ツン、と顔を背ける。
この鬼人の少女、色の選り好みが非常に激しいのだ。
「ですがあの餃子は格別でした。遠い故郷を思い出す滋味。食文化の違いはあれど、あれと同等のものが出てくるのなれば、期待はしてあげます」
どこまでも上から目線で、自分の舌は肥えてるぞアピールをやめない紀伊。
『鬼人の童はいつの間にそんなに偉くなったのかのう?』
そこへ、
「誰です?」
紀伊の鋭い指摘。しかし童女は動じず、ニタニタしながら紀伊を一瞥する。
「え、誰かいる?」
しかし何もない方向へ扇子を示す紀伊を不審がるマール。
「いるでしょう、そこに」
見えないのか? こんなにはっきりと存在力が感じられるのに。
もしかして本当に見えてない?
見えない存在が語りかけてきたのかといよいよ持って身構える。
「え、いませんよ」
「お姉ちゃん、あんまり揶揄わないであげてよ」
『何だか、不遜な感情が流れ込んできおっての。とても不愉快な気分じゃ』
「ごめんなー、うちのお姉ちゃん。立場の違いにうるさくて」
ヨルダが作業の手を止めて紀伊に謝った。
マールはやっぱり誰かそこにいるのか? 止目を皿のようにして周囲を伺うが、やっぱりそこには誰もいなかった。
「そこのあなた、アレは一体何なの? 我々鬼人を童と呼びつける、不遜な存在」
「うん、お姉ちゃんはジーパの神様だよ。スクナビコナって知ってる?」
「スクナビコナ神!? ジーパを作り上げた一柱と呼ばれるお方じゃないの! どうしてそのようなお方がこのような異邦の地へ!?」
「うん、話せば長くなるんだけどね。オレたちが師匠と一緒のジーパに行った時、お米づくりに興味を示したのがきっかけなんだー。それから一緒にお米を作ってたら、姉妹の契りを結ぼうぞ、とか言ってきて」
「あなた、女性なの?」
「あ、うん。この格好は何というか、趣味みたいなもんかな? 動きやすくて気に入ってんだ」
ヨルダはヘラヘラしながら紀伊に説明する。
その上で、神に見初められた存在であると証明した。
『妹はこの通り仕事熱心でな。生まれを誇ることはせず、新しい仕事にどんどん興味を持つ。豊穣の神の一面を持つ妾が気にいるのも無理はないことじゃて』
「その、ごめんなさい。他国でジーパの威光をかざすなんて、野暮だったわね」
『わかれば良い。妹よ、先ほど洋一殿が呼んでおったぞ?』
「え、それ早く言ってよ。ごめん、少しここ離れるね、お姉ちゃんもあんまり揶揄わないであげてねー」
『ワハハ、それはそこの鬼っ子次第じゃのう」
ヨルダは自由奔放なスクナビコナに呆れつつも、慕っているような感情を向けていた。それを受け取るスクナビコナも同様に、特に嫌がってる感じを受けない。
本当に契約をしているのだろう。
紀伊は理解が追いつかないという顔をした。
「お待たせしてすみませんね、もう少しで朝の大仕事が片付きます。それまでの間、私の手製であるジーパ菓子をご堪能していただくとしましょうか」
「ジーパ菓子。おじ様、ジーパに向かわれたことがあるのですか?」
「ええ、マール。外の世界を見聞することは良いことです。ミンドレイは大国であるとはいえ、中にいるだけでは見えてこない情勢もあります。私は恩師殿やヨルダ殿と一緒にジーパにわたり、多くの知見を得てきました」
「ヨルダ?」
オメガがその名前を不審がる。
「珍しい名前ですものね、だから同姓同名の方がいるのも不思議な縁を感じています」
しかしそれを当の本人から即座に否定されて、口籠った。
珍しい偶然。確かに偶然といえば偶然だ。
そうめくじらを立てることではないか、とすぐに反省をするオメガ。
「お姉様の名前を似せるなんて、飛んだ不届きものですわ」
それを聞いてヒルダが頬を膨らませる。
別に名前を真似た訳じゃないですよ、と偶然の一致を解けばすぐに機嫌は治った。
単に構って欲しかっただけなのかもしれない。
可愛いところがあるのか、ただのかまってちゃんなのかは知らないが、随分と懐かれてしまったなという感覚がヨーダに湧き上がる。
「今、休憩場をお作りしますね。何、素材はそこら辺にあるので、急拵えですがお時間はとりませんよ」
ティルネは木の棒を拾い、地面に文字を書くように魔法陣を描いていく。紋章術と呼ばれるそれらの技法は、魔法を符に当てはめるジーパの戦術と同じ理である。
面白い術式の組み方だな、と紀伊は大いに興味を示した。
マールも同様に、知らない術を扱う叔父がいっそう格好よく見えていた。
「さて皆さんに見られる中で披露するのは照れますが。このティルネ=ハーゲン。一世一代の大魔術をご披露いたします。瞬きされませぬよう、注目してください」
シルクハットを脱ぎ、ミンドレイ式の一例をした後。
どこからか取り出したステッキをその紋章術の陣に叩きつけた。
カツンッ
音が広がる。
そして紋章術が輝き出す。
地面から石が生み出され、即座にあるべき形に変わっていく。
そこに梅井出されたのはガゼボ。
木漏れ日の中で簡素的な茶会を執り行うような場所だった。
円形に整形された椅子、中央には円形のテーブルが敷かれている。
そこへ懐から取り出したテーブルクロスを敷いて。石造りの椅子の上にソファを並べる。
「どうぞ、おかけくださいませ」
簡易的なもので恐縮ですが、とティルネは王太子を前に紳士的な態度をとった。
「驚いた。こんなに一瞬で建築物を生み出せるものなのか?」
ロイドが面食らったように食いつく。
ガゼボといえど、それは立派な建築物。
それを一瞬で整形する術式構築術もさることながら、いつでもどこでもそれらのものを用意する心構えに特に気をよくしたのだ。
「恐ろしい技術です。父上はアレの真似をできますか?」
オメガも当然、見入ってしまう。
同じ魔法使いとして、攻撃力こそないものの、それはそれで違う場所で役に立つだろうと理解する。
「する意味がない、というのが本音だな。だが、一人くらいは部隊に欲しいものだ。戦場では安全地帯を確保するのが何よりも神経を注ぐ。安全な場所での食事など、夢のまた夢。だからこそ、真似はできずとも手元に欲しい人材だ」
「そこまで言われますか」
「逸材だよ」
ノコノサートに絶賛されるティルネだったが、少しばかり心苦しいような顔で口を開く。
「嬉しいお誘いにてございます。ですが私はハーゲン家から見限られた身でございますれば」
「爵位を捨てたか。だが平民としての起用も十分に」
「いいえ、いいえ。貴族として生きることも、ミンドレイ国民として生きることも捨てた身です。私めのことはどうか見なかったことにしていただきたい。可愛い姪っ子の前ですから、年甲斐もなくはしゃいでしまいました。特に私の加護は【蓄積】であるが故、己の限界はとうに自覚しております。皆様方と肩を並べるなど、恐縮の極みでございましょう。今はただ、趣味に生きる老人として接していただきたい」
ティルネは再三にわたって勧誘するノコノサートを払いのけ、趣味に準じた最高傑作を披露した。
「我が師、大天狗ロクから免許皆伝をいただいたジーパ菓子の数々。ご堪能遊ばされますよう」
この暑い熱砂を乗り越えて旅をしていた人々に、披露されたのは色鮮やかな水羊羹だった。
中にはやわらかめに調整された求肥や、甘く煮た小豆、栗などがまぶされて、見て食べて涼しい逸品に仕上がっていた。
「付け合わせにお抹茶をたてました。少し苦いですが、茶菓子と一緒にお楽しみください」
提供後、一歩下がって様子を見守るティルネ。
先ほどのヨルダと違って弁えてるな、と紀伊は高いう人もいるのかと安堵する。
「ん!」
まずはお手並み拝見と茶器を回して正式な手順でお抹茶をいただく。口の中でほろ苦さが花開く。
しかしただ苦いだけではない、ほんのりとした甘みも残されて、口の中を引き締めた。
続いて水羊羹だ。
甘いものが得意な紀伊は、恐れず果敢に攻め込む。
気を簡素に削った菓子切りで切り、口に放り込む。
ああ、これだ。
ずっと食べたかったジーパの心。
異邦の地で、食べられるだなんて感動だ。
紀伊は涙を湛えて、全て完食仕切ると自らティルネの元まで足を運んでその両手を取った。
「とても美味しゅうございました。名を、お聞かせ願えますか?」
「先ほども申し上げましたとおり。名はティルネ。字はハーゲン。ケチな男爵家の四男坊にございますれば」
「生まれはどうだっていいわ! とてもいい仕事でした。今日はこの地にバカンスにきてよかった。マールさん、あなたのおじ様はとても素敵な人ね!」
感極まった様子の紀伊に、しかしマールは。
「あげませんよ?」
嫉妬心をむき出しにした。
自慢のおじを褒められるのは嬉しい。
しかし紀伊の気に入り方は、まるで捕食者が獲物に狙いを定めたような目つきだったので、警戒度数を引き上げた形である。
「あら、お友達でしょう?」
「それとこれとは話が別ですー」
紀伊の食べたかを見よう見まねでロイドたちも堪能する。
「なかなか難しいですわね」
テーブルの上で、ヒルダが水羊羹と格闘していた。
菓子切りの扱いに慣れてないというのもあるが、プルンプルンでツルツルな水羊羹。事前に切り分けられていたらいいのに、と文句を浮かべる有様であった。
「あらヒルダ。難航しているようね」
「お姉様ほど器用にはいきませんわ」
「これはですね、魔法を使っています。体でどうにかできないものを魔法を使って乗り越えてきた。それがミンドレイ貴族というものでしてよ」
「確かにそうですわね!」
感銘を受けるヒルダだが、そんなどうでもいいものにまで魔法を使うという発想を普通の貴族は持ち得ていない。
ノコノサートやオメガ、ロイドはそんな姉妹のやり取りを呆れながらも見守っている。
「うまくいきましたわ」
「次はこの水羊羹を滑らずに固定化することを覚えましょうか。そうすればこのように」
「わ、すごい速さでわたくしのお皿から水羊羹がお姉様のお口の中に!」
人の皿から奪うことも可能でしてよ、と誇るように言った。
それはそれで嬉しいといえてしまうあたり、この妹はすっかりヨーダに毒されているのかもしれない。
「ヨルダ様、そんなにお気に入りなようでしたら僕のもあげますよ」
「私も甘いものは苦手でね。ヒルダ嬢に提供しよう」
姉妹の決闘にオメガとノコノサートから助け舟が入る。
「では、お二人からの大事な物資、どちらがより多く取り分けることができるのかの勝負と致しましょう」
「望むところですわ!」
この姉にして、この妹あり。
せっかく二人が差し出したのだから、仲良く半分こすればいいだろうに。
しかしこの姉妹にとっては、そんなやり取りでさえも楽しそうだ。
保護者のノコノサートは娘を持つ父親はこのような景色を特等席で見れるのか、と悦に浸っていた。
すっかり後方腕組みおじさんのような出立ちである。
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