第31話 藤本要のバカンス計画③
「本日はご招待いただき、誠にありがとうございます。わたくし、ヒルダの姉のヨルダと申します。以後お見知り置きを」
丁寧な挨拶、そして年季の入ったミンドレイ式カーテシーでもって挨拶を華麗にこなすヨーダ。
それに倣ってヒルダも続く。
「本日はお招きありがとうございます。学園ではお兄様とご懇意にしていただき、ありがとうございますわ」
「まぁ、ヨーダ様のお姉さん?」
マールが、ヨーダ本人だとは気づかずに、小さく拍手した。
「私はロイドだ。公爵家のご令嬢なら、説明せずともわかってくれるだろうが、一応な」
「存じ上げております。いつも弟がご迷惑をかけていると」
その弟はおまえ本人だろうが。内心でぼやくオメガに、ヨーダはニコリと笑って牽制した。
「バラすなよ? 絶対にバラすなよ?」という威圧である。
正体が暴かれるリスクによる二次被害は国を巻き込むものとなる。そしてなぜ男装などしたのか? 責任の追求は免れないだろう。公爵令嬢でありながらも追放されるリスクもあるなど、あまり表沙汰にしていいネタではないからだ。
バラしたい一面もあれば、今はこのままでもいいかという不安を抱えて国外旅行はスタートした。
「あなた、あの男の姉なんですってね。一体どういう教育をしたら、あんな厚顔不遜な性格になるか興味あるわ」
「弟とは双子の間柄ですが、家では随分とおとなしいので、そんな風に違う一面を聞かされると、わたくしも興味が出てきますね。もしよろしければ、どんなことをしているのか教えていただけます? 家以外での弟の様子、妹経由でしかなかなか耳にできないもので」
いけしゃあしゃあと述べるヨーダ。
紀伊も「あの男にそんな可愛い一面が?」みたいに驚いた。
おまえは誰だ? とオメガが疑心暗鬼になるくらいの変貌ぶりである。
いや、男装時と同じ対応されたら困るのはオメガなので、これで正しいのだけど。
しかし、それが一番正しいやり方か、とも思う。
客観的に自分の評価を得られる機会というのはそうそうないものである。
姉であるという情報と、ヒルダが慕っているという情報。
そして公爵家令嬢でありながら、その名前が社交の場に伏せられていた理由は謎すぎる。
クラスメイトたちは、ぽっと出のヨルダという少女に釘付けになっていった。
本来なら国外への旅行は危険がいっぱいなのだけど、道中は家でのヨーダはどんな人物か? に話題が掻っ攫われていく。
もしかしてこれを狙っていたのか?
ここにきて理解するオメガ。
みんなの不安を自身が率先して引き受ける為の男装解除だとしたら、オメガはヨーダに正当な評価を示さなければならない。
「ようやく気づいたか? 彼女の気遣いの極地を。あれは周囲に気を配れる女性だ。おまえの前では素直になれないだけさ」
ノコノサートがようやく真意に気づいたオメガを御者台の上で嗜めた。
護衛という名目で御者台に随行するオメガは王国魔法師団長のノコノサートと一緒に周囲を警戒している。
それが本来あるべき姿であるからだ。
対する内側の安全は一見無害そうな男装解除モードのヨーダが一任している。それは何故か?
完全に第三者としてノーマークの方が護衛しやすいからだ。
もしも国内で件の一件で新編を嗅ぎ回っていた連中の狙いを突き崩すことができるのだとしたら、それは彼女しかいないだろうという理解が、ここにきて露見する。
学園内で名前を打った男が、今は全く違う姿で周囲を警戒している。これ以上頼れる相手もいない。
それに実力は折り紙つきだ。
その時になるまで、ただの気まぐれだと思い込んでいたオメガは、自分の浅はかさを嘆いていた。
「僕は、未だ彼女の底が見えていなかったようです」
「私だって見えやしないんだ。おまえ程度に見切られる底ではないのだろうね。しかしあれだな、おまえの前では随分と本音を出しているように思う。もっと私にも砕けて接してきてくれてもいいと思うんだが?」
ノコノサートの発言に、オメガは言い淀む。
流石にそれはまずいだろう。
偉大で、尊敬できる父親に、そんな接し方をされたらたまったものじゃない。
自分がそうであるように、ヨーダにもそう言いふくめているのは他ならぬオメガ自身だった。
「まさか父上がそれを望まれているとは」
「思いもしなかったと? 私が忙しすぎて第二子に恵まれなかったのは知っているだろう? 一時的に預かっているとはいえ、娘ができたのだ。父親としてはもっと甘えて欲しいものだがな。おまえに言ってもわからんだろう、男親の気持ちは」
ただの親バカじゃないか。喉元まで出かかった言葉を即座に飲み込むオメガ。
そこで周囲にこちらを囲い込むような気配を察知する。
「父上」
「私はずっと前から気付いていたぞ? ヨーダもな。それでも何も手を打たない。それがどういうことかわかるか?」
事前に手が出せない場合は連絡をよこす。そういう手筈で今回の旅行に打ち込んでいる。
「つまり、もう対処済みであると?」
「おまえはまだ、彼女の実力をを理解してないのだよ。知っているかい? 彼女は魔法陣を透明化できるんだ。一つの詠唱も解さずにね」
「あ」
「当然、指で弾く必要もない。あれはただのパフォーマンスだ」
「では?」
驚愕するオメガに、ノコノサートは御愁傷様と言わんばかりに襲撃者予備軍に追悼の念を送る。
「ただ動けなくされただけか、物理的に動けなくなったか。はたまたものも言えなくなったかのどちらかだろう」
拘束か、無力化。あるいは死亡。そのどちらかだとあっけらかんと答えるノコノサート。間接的とは言え、殺人すら厭わない精神性に脳が痺れる思いである。
「何者なんですか、あいつは」
「私にもわからんよ。神が遣わせた天使か、はたまた悪魔か。今はまだ我々に御されてくれているが、あまり敵に回さない立ち回りを心がけた方がいい。今後身が危うくなった時に見捨てられないためにもな。私が見るに、今それを一番警戒しなくてはならないのはおまえだ、オメガ」
「僕ですか?」
「一番心を開いているのが、他ならぬおまえなのだから、考えるまでもないだろう?」
私では無理だろうと諦めの気持ちのノコノサート。
結構失礼な物言いをしてる自覚があったオメガは、言葉を詰まらせた。
「そういえば妹さんのヒルダ嬢からこんな逸話を聞いたことがある」
「どんなのでしょう?」
──お姉様は、室内にいながら、館全員の魔法を制御ができる逸材だと。
自身がわがまま全開だった時、実際に魔法が使えなくなった。特に魔法を行使した形跡は残さずに、その日を境に魔道具の故障が数件検知された。
それは二週間以上にもわたるという。
「それは!」
「私も驚いたよ。一体どんな魔力量なのかと。今学年から学園にレベル制度を導入したと聞いた時は肝を冷やしたよ。あれが一学年早く実装されていたら、彼女のレベルはいくつだったのだろうかと」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「君、ヒルダ嬢のレベルを知っているかい?」
「確か900でしたよね?」
「そうだな。ちなみに私ですら1100だ」
「流石父上です」
オメガは褒め称えるが、ノコノサートの言い回しが気になった。
父に追いつく存在の入学を、普通なら褒め称えるところだが、どうにも引っかかる。
「まさかヨーダは?」
「さてね、これは私の推測だが測定不能となってもおかしくないと思ってるよ。上限があるとしたら……」
四桁。9999。
そんな莫大な魔力量を誇っていてもおかしくはない。
「君も新入生に示すためにレベルを測定する日が来るかもしれない。どうかその時は……」
凹んでくれるな。
父からの助言はオメガにとっては聞き流せないものだった。
ノコノサートに劣るくらいならまだいい。
実力が数字で示される世界は、オメガが思うよりもずっと、残酷なのだろうという予感。爵位が通用しなくなる時代が来るのかもしれないという不安。
「さて、本当に何の襲撃もなく国境に来てしまったな。手続きをしてくる。馬車一つ守り切ってみせろよ?」
「僕が何かしなくたって、彼女なら」
「できるだろうが、おまえが気にかけなくていい理由にはならない。勘違いするなよ、オメガ。今のおまえが私に次いで護衛ナンバーツーであることを。皆がおまえが守ってくれているという信頼の上に成り立っている旅であるということを。何よりも義娘が頼っているのだ。我々が恥を晒すような真似をしていいわけがあるものか」
「あ」
オメガはここ事に至り、ようやく自分の立場を思い出す。
今回の旅の目的「護衛する必要なくね?」と思われる令嬢の件。
全てがフェイクに満ちている。
けど立場は護衛。泣き言を言ってられる場合ではないのだ。
「おまえの役目はそこにぼうっと突っ立っているだけではないはずだ。全てを守ってみせろ、オメガ。それが次期第二魔道師団長に求められるスキルだ」
「はい!」
より一層気を引き締めたオメガは、周囲を無駄に警戒することをほどほどに、不安を拭うのに全力を尽くした。
手続きは万事抜かりなく、アンドール国への入国許可が降りた。
そして山間から降っていくこと数時間。
そこには乾き切った大地が姿を現した。
バカンスと聞いて浮き足立っていた面々は「話と違うじゃないか」と憤っていた。
「砂漠、見るのは初めてですわ。ですがこうも暑苦しいのは好みではありません」
ヨーダは華麗に手元で小さく手を叩く。
すると馬車内に涼しい空気が流れ出す。
外の気だるいような暑さは嘘みたいに消し飛んだ。
「お姉様、その魔法は初めて見るものです。もしよければご教授願えますか?」
「ええ、良くてよ。と、皆様もよろしかったらいかがです?」
学園は剣術浜落ち論魔法にも精通している生徒が多い。
学園に通わずとも良い実力の持ち主からの師事は何よりもありがたい。
まだ出会って数時間の関係でしかないが、馬車内の空気を冷却してみせたヨーダの実力は本物、疑う余地はないと皆真剣な目つきで魔法の手解きを受けていた。
水が尽きれば水を出し、馬が疲れればその肉体疲労の蓄積を緩和させる。
こんな人物が社交の場にもし出ていたのなら、それこそ数人がノイローゼにかかってもおかしくないほどの実力の開きがあった。
「最初、なぜワルイオスは彼女の存在を秘匿していたのかと疑っていたが、こうまで出鱈目だと、その判断は正しいものとなるな」
「お褒めに預かりありがとうございます。父も私をどう扱うか苦心していらしたのですわ。ロイド様のお立場を危うくしてしまう、ましてや嫉妬に狂わせてしまうのではないかと」
「そうならない保証はない、か」
「だから出来の悪い弟を学園に行かせて面目を保った?」
ロイドは頷き、紀伊が考察する。
ヨーダをして出来が悪いとするのはあまりにも暴論が過ぎる。
それに劣る自分達は何なのかと自問自答してしまうほどに。
「弟は社交性がありますから。私なんかは引っ込み思案で、うまくコミュニケーションが取れませんもの。今は妹がいてくれるので、テンパらずにいられますが、一人でしたらそれもままなりませんのよ?」
「お姉様はこう見えて結構おっちょこちょいですの」
ボロが出ないように精一杯気を遣っている、と妹から告げ口されてショックを受けて見せる。そんな姉妹のやりとりに皆はうまいこと騙された。
「つきましたぞ」
国境を超えて数時間。
一つ目の街、アンスタットが見えてくる。
どんな外敵を想定してるのかわからない立派な外壁をくぐり、視界いっぱいに広がる農園を見て、感嘆し。
木造と石造が混ざった家屋が姿をあらわした。
街の長老だろうか、初老にさしかかった老紳士があいさつにやってくる。
「本日はアンスタットの街にお越しくださりありがとうございます。この街の代表の代理を務めさせていただいてるティルネと申します」
「おじ様!?」
そんな挨拶を台無しにしたのが他ならぬマールであった。
「あれ、マール。どうしてこんな場所に?」
「それはこちらのセリフですわ! どうしておじ様がこんなところに!?」
ティルネは姪っ子と感動の再会を遂げる。
「まぁまぁ、積もる話はたくさんあるでしょう。話は中で聞きますよ。ティルネさん、そこのお嬢さんのエスコートをお願いします」
ティルネをあやすように、出てきた貴族の特徴を持つ少年。
かつてのゴールデンロードでウェイターをしていた少年、ヨルダである。
「まぁ、あなたは?」
「あれ、お姉さんオレを知ってる人?」
『オレだよ、家出娘』
『あ、オレの偽物』
アイコンタクトで、通じ合う。
ここにもまた一つの邂逅があり。
「あ、以前のバイト先の常連さん」
「ここにいましたか、見つけましたよ」
洋一とノコノサートが邂逅する。
「誰?」
洋一の姿を直接確認してこなかったものたちはちんぷんかんぷんで、二度目の邂逅は緩やかに果たされるのだった。
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