第31話 藤本要のバカンス計画②

「おい、ヨーダ。これは一体どう言うことだ!」


 一枚の用紙を持って、オメガが室内に駆け込んでくる。

 ヨーダはそれを見ながら、心底面倒臭そうに対応する。

 ある意味でもいつもの風景だ。


「あー、ウッセーウッセー。そんな耳元で怒鳴らなくったって聞こえてるよ。ちょっと妹と旅行に出かけるための体裁を整えただけじゃないか」


 体裁。その中身は三泊四日の国外旅行。

 ミンドレイから北東に位置するアンドール国へのバカンスを決め込むと言うものだ。

 参加者はヨーダ、ヒルダ、ロイド、オメガ【固定】

 保護者にノコノサート。

 追加メンバーにマール、紀伊といつものメンツ+妹のヒルダという布陣である。


「お前の都合にロイド様を巻き込むな。それに付け加えて、ジーパ国の姫君もさそうだと? 常識でものを言え。何度言えばわかるんだ?」


 護衛としての自覚のなさに、お小言を言いたくなるオメガ。

 毎度、毎度。同じことを口をすっぱくなるほど言ってるのにヨーダときたらまるで聞きやしない。右から左だ。

 脳みそに記憶できる領域がないのではないか?

 失礼なことを考えながらオメガはストレスを溜めていく。


 それに対してヨーダは。


「いや、誘いもしないで休日明けに旅行の話を持ちかける方がダメだろ。そりゃ、それぞれの都合もあるだろうし、いけないこともある。だが、誘わないというのは愚の骨頂だぞ?」


 クラスメイトに対する気遣いの他に、王侯貴族としての礼節をわきまえただけだと述べた。

 これに関しては反論できない。

 確かに、誘いもしないでバカンスに行ったことが露呈しようもんなら、今まで通りの関係を構築することなんてできないだろう。


 それに今はクラスメイトという関係でしかないが、一度学園を卒業すればそれぞれの所属に戻ってしまう。

 ヨーダは仮初の身分を捨てて公爵家へ、紀伊も祖国のジーパへおかえりになられるだろう。


 もしも国がピンチの時、学園時代のクラスメイトだったという理由だけで手助けしてくれるか?

 自分ならそれぐらいの理由ではしないだろうなと結論づける。

 何せ学生の頃とは違い、その頃には国を背負っている身分だろうから。


 では、ここでより良い関係を深めておくのはアリなのではないか?

 以前ロイドを連れ出しての食事会も、突拍子もない事だったとはいえ今でも話題に持ち上がるイベントだった。


 守るだけが護衛の任務だと考えるオメガと違い、ヨーダは人との縁を結ぶことで未然に事件を起こさない立ち回りを心がけている。

 オメガの見えないところを見ているのがヨーダなのだ。


 その際、細かい説明を一切しないのもあり、オメガの察する能力も研ぎ澄まされていく。それでもまで追いつけない気遣いに、いったいどこまで先を見据えているのやらという気持ちになった。


 オメガは当初であったヨルダという少女のインパクトを今でも忘れられずにいる。

 あの当時の衝撃は、たまに夢に見るほどにオメガを高揚させ、現実を直視するたびに夢のままでいさせてくれという気持ちになる。


 同世代(?)の少女に、ちょっとばかし夢を見たいお年頃であった。


「そう言うことなら……いや、そもそもなぜ父上が一緒に来るのだ?」


 半分納得しかけたところで、やっぱり納得できない問題が浮上する。

 クラスメイトの関係を良好にするなら、保護者は必要ないのではないか?

 やっぱり自分の考えは間違ってない。

 このままヨーダの好きなようにやらせてはダメだ。

 自分だけでは責任が取りきれないことになる。


「そりゃ国外に出るなら保護者は必要だろ。王族の同伴者だぞ? 子供だけで許可が降りるわけないだろ」


 尤もである。


「だからって国防の要である第二魔法師団長を同行させるというのは相手国を無駄に警戒させるのではないか?」


「警戒させるんだよ。この中にやんごとないお方がいるぞ、とな」


「知ってて同行させるのか? 誘拐などのリスクは上がるぞ?」


「させねぇよ。オレとお前もいる。だが、まだ社交の場にも顔を出してない子供だ。諸外国に通じると思うか?」


「だから父上を?」


「まだ他にも理由はあるんだが。お前は二学年になってからやたら周囲を探られるような気配を感じてないか?」


「ロイド様の情報か? それならば確かに去年よりも怪しい動きを取る生徒が増えたように思う」


「ちげーよ、ばか」


 ロイドのおでこをヨーダのデコピンが襲う。


「痛いじゃないか、何をするんだ」


「お前がトンチキな回答をするからだ。俺たちはロイド様の正式な護衛だ。だが、護衛対象はロイド様だけに限らない。今やクラスメイトの全員が国を背負って立つ上での重要人物。その中には当然オレやお前も含まれている。オメガ、おまえの情報を洗ってる奴も複数人目撃されてるぞ。油断したな」


 ヨーダは数枚のデータが記された書類を取り出しオメガに手渡す。

 どれもこれも最近のオメガの様子を伺う情報のやり取りだ。

 好きな食べ物、髪を洗うときに使うシャンプーの種類。女の趣味とかである。

 

 単純に有料物件としてのマーケティングの類であるが、中には随分とプライベートに足を突っ込んだ情報を求める声があった。


「なんだこれは、薄気味悪いな」


 髪の毛や唾液の入手に関するデータ。まるで呪いにでもかけそうな、そう言った類のものだった。


「じゃあ、おまえにも?」


「そういう奴は全員締めることにしてるんだよね。ほら、オレって舐められたら終わりの世界で生きてきたから」


「君は公爵令嬢じゃないか」


 何言ってんだこいつ、という顔のオメガ。


「どっちにしろ、貴族も舐められたら終わりの家業だ。誰に手を出したか身をもって知ってもらったよ。で、オレのことはいいんだけど」


 ヨルダは自らの話を簡潔に打ち切り、今度はロイド以外の紀伊、マールについて殺害を仄めかす情報が出回っている件を持ち出した。


「これは、冗談では済まないな」


「ああ、なんなら国際問題にまで発展する。むしろ相手の狙いはそこなのかもな」


 どこかと戦争を起こすことで利益が出る商売。

 武器商人などがパッと思いつくが、ミンドレイにそのような組織はない。これはヨーダが情報網を使って調べたものなので正確だ。


「それと、今度のバカンス先に王国から結構な額の使途不明金が流れてる」


「確か目的地は……」


「砂漠と炭鉱の国、アンドール。そこで背後関係をあらわにしつつ、隙を見てバカンスと洒落込もうぜ。そしてこれはおまえにとっての朗報になるが」


「僕の?」


 ヨーダが突然こんなことを言い出す場合、大体が碌なことではない。

 オメガは自ずと身構えて。


「その国に、ギョーザの伝道師がいる。もし運良く鉢合えば、また美味い飯食えるぜ? オレの方ももう待つのはやめて、なるだけ連絡手段を取れるようにしたいと思ってんだよね」


「そう言えば君、毎朝郵便受けをチェックしてるもんね」


「うるせーやい」


 手紙を送ってくれよな。そう告げて、一年半が経とうとしている。

 未だ音信不通で、便りがないのが元気な証拠と開き直っているヨーダ。


(ポンちゃんがどこかの誰かにどうにかされるとは思えないが、普通に手紙の存在を忘れてる可能性もなきにしもあらずなんだよなぁ)


 藤本要ヨーダにとって、本宝治洋一という存在は生真面目で細かい男だ。

 だからと言って、他人に合わせられるタイプかと言ったらそうでもない。

 時間にはルーズだし、どちらかといえば他人の用事より自分のやりたいことを優先する。頑固だし、意固地だ。

 そして何よりの理解者であるからこそ、あまり心配されてない。

 心配されてない相手に手紙を書くような男ではない。


 つまり待ってても来ないのは自明の理であった。


「そもそもの話、君は当たり前のように手紙を送れというが。その相手は手紙の読み書きを得意としているのか? 便箋一つとっても貴族しか取り扱わず、メールバードの支払いも金貨を使う。それをあの短い時間で君が教えられたとは考えられないんだが」


「あ」


 確かに方法を教えてないと気がついて固まるヨーダに、それ見たことかとオメガは呆れ返った。


「君、近しい身内には案外そういうところあるよ?」


「そんなわけ」


「現に僕に対してわかってるだろうという前提で仕事を丸投げしてくるじゃない」


「あー、それは」


「僕は毎回背後関係を洗ってから調書を描き直してる。もう少し情報のすり合わせをしてほしいもんだね」


「ごめんなさい」


 いつになく素直に謝るヨーダに、いつもこれくらい素直ならいいのにと嘆息するオメガだった。



 なお、数日も経たずに参加メンバーは全員可決で週末には現地入りすることになった。


「あ、その時はオレ男装解いて公爵令嬢として参加するから。エスコートはよろしくな?」


「へ?」


 オメガの先行きは前途多難であった。

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