第31話 藤本要のバカンス計画①
アソビィ=クーネルは実家が太いのが取り柄なだけの15歳の女の子。
しかし彼女には秘密がある。それが前世での記憶を引き継いでることだ。
疲れ切ったOLだった彼女には密かな趣味があった。
それはソシャゲで疲れた精神をイケメンに癒してもらう。
そんなささやかな趣味であるソシャゲにそっくりな世界に生まれ変わり、実家ガチャでSSRを引いた。
人生楽勝! これは勝ち確ですわと浮かれていたアソビィは、入学当時に世の中には上には上が居ることを思い知らされた。
「見て、ヒルダ様よ!」
「ヒュージモーデン家の後継者のあのヒルダ様?」
「何でもレベル判定の儀で900を超えたそうよ」
「最高で999を900オーバー? 一年生なのに上には上がいるものね」
記憶的に知っている。主人公のライバルであった、悪役令嬢。
ヒルダ=ヒュージモーデン。
歴代最高峰のレベルを引っ提げて学園入りを果たし、その上で公爵令嬢という実家ガチャURの女。
攻略相手次第ではやがて全力で仕留めなくてはいけない女。
でも、今の段階ではても足も出ない女であった。
何せ公爵令嬢という時点で王族の親戚筋。
最難関攻略対象のロイド王子と顔見知りなだけではなく、茶飲み仲間だ。勝てるわけがない。
「あんなに華奢で、小柄な方なのに、力もすごくて頭も回るらしいわ」
「最近タッケ家のヨーダ様とご一緒の姿が目撃されてるそうよ」
「まぁ、新設されたばかりの第四魔導士団長のヨーダ様と?」
誰それ?
アソビィは全く知らないモブの情報が出てきたことに理解が追いつかなかった。
しかし、ライバルが自ら転げ落ちてくれてるなら、それほどの好機、見逃す手はないと話に介入する。
「ねぇ、今の話は本当? ヒルダ様とヨーダ様がお付き合いされているというのは?」
「あ、アソビィ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
うっかり貴族の嗜みを忘れて疑問系から入ってしまった。
それだけこの話は聞き逃せなかったのだ。
クーネル家は伯爵家。ヒュージモーデン家とは天と地の差があるため、迂闊のお話がけはできないが、子爵家であるタッケ家には介入できる。
それもこれも実家が太いからだ。
勇敢な冒険者の血筋である先代が大きな手土産を持って王国に帰還。
その一部を陛下に献上した。
以降、外貨集めに貢献して伯爵の地位を得た。
アソビィはそのおかげもあって、伯爵令嬢でありながら贅沢三昧ができていたのである。
「いえ、まだお付き合いされているとまでは」
「二人ともフリーなので、ご一緒される機会が多いだけだと思いますわ」
「まぁ、この年で婚約者がおられないのですか?」
アソビィもいないが、自分の場合は自分に釣り合う存在がいないので決めかねているという状況だった。嫁の貰い手はいくらでもいるが、今は保留状態。心に余裕があるのだ。
当人たちもそうだという事実も知らず、アソビィは自分を棚上げして心の中で毒を吐く。
「仕方がありませんわ、お二人とも才能が溢れていらっしゃいますから。Sクラスに配属されてる方ですもの。私たちどもとは頭の作りが違うのですわ?」
「え」
アソビィは実家のコネでBクラスにしか配属されてないというのに、当の二人は実力でSに抜擢されたという。
公爵令嬢ヒルダならばわかる。レベル900オーバーで実家が公爵であるからだ。
だがもう一方のモブの方は全然知らない。
誰だそれは。原作を汚すな。アソビィはモブがしゃしゃってゲームシナリオを台無しにしてないか心配だった。
「それにお二人は生徒会のメンバーですわ。自ずと相談事が募り、ご一緒される機会が多くなったんですわよ」
どこか夢に浮かれるような口調でモブ令嬢が宣った。
そうなってればいいなぁ、ぐらいのものである。
「その、ヨーダ様という方もSクラスですの?」
「あら、アソビィ様はご存知ありません? タッケ家の新たなリーダーとしてご活躍されているヨーダ様を!」
令嬢の瞳に蔑みの色が宿る。
爵位が上だからと、情報を全て把握しているわけではないのね。
そんな意味合いの瞳だった。
「もちろん存じておりますわ。オメガ様と双璧をなすお方ですわよね?」
口から出まかせを吐いてこの場を乗り切ろうとするアソビィ。
しかしそれが正解だったのだろう、情報出だし抜けると思っていた子爵令嬢はすぐに態度を改めた。
地方の金だけは持っている伯爵から金を引っ張ろうとする目論見が早くも露見してしまったかの顔で、落ち込んでみせる。
「あら、ご存知でしたの」
「もちろんですわ。ですがヒルダ様とお付き合いされている情報までは把握しておりませんでした。その情報に関しては謝礼を出しましょう」
制服の胸ポケットから、金貨が取り出される。
一人一枚、受け取り。
これはいい小遣いになると値踏みする。
この程度の情報で、金貨が手に入るのなら安いものだ。
アソビィはそんな振る舞いを続けるだけで派閥を作ってしまう。
金で結ばれた派閥だ。
金の切れ目は縁の切れ目。
しかしクーネル家は無尽蔵の鉱脈を持つ家柄。
他国の土地を接収し、売上の80%を保有しているため、どんな事件が起きても干上がらない、そんな磐石の家でもあった。
洋一がサンドワームを倒したがために実家が大変な目に遭ってるなんてことも知らずに、自分にとって有利なシナリオを選ぶ選択に入っていた。
「君、見ない顔だね。新入生かな?」
一人、ぶつぶつと唸っていると、キザな男が現れた。
前髪をかきあげながら、獲物をロックオンしたような態度である。
「はい、新入生のアソビィ=クーネルと申しますわ。ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう。クーネル嬢」
ニコニコと微笑みかけ合いながらの対話。
しかしアソビィの前に立ちはだかる男は一歩も引かずにそこを退かない。爵位を言ってわからせる必要があるか?
いや、その場合相手が格上だった場合に困る。
「あの、その先に用があるのですが」
「悪いね、ここから先はSクラスの教室があるんだ。ロイド様の護衛筆頭としては何人たりともお通しすることはできないんだよ」
アソビィは内心舌打ちをする。
今は授業中だぞ? どうしてこの時間に出歩いているんだ?
「あの、道に迷ってしまって。自分のクラスに帰りたいのです。そこに近道があると聞いて」
「誰がそんな情報を? 残念だけどそれはデマだよ。お嬢さんは騙されたんだ」
「あなたが嘘をついてない証拠にはなりません」
「まぁね。でも、今は本来なら授業中だ。大人しく自分のクラスに帰るんだ、1年Bクラスの出席番号23番アソビィ=クーネル伯爵令嬢。貴殿はここから先に入る資格を持たない」
表情が、視線が、獲物を捕捉する猛禽類のそれに置き換わる。
「ヒッ」
「あまりわがままを言うなよ、子猫ちゃん。こちとらロイド様の護衛としてある程度の荒事も認可されてるんだ。女の子なら殴られないと思ったか?」
甘いよ。
その言葉と同時に腹部に衝撃音。
痛みはない、しかし意識の方が先に飛んだ。
「全く、とんだ勘違い令嬢もいたもんだ。今月何人めだ? ゲームの記憶持ちの転生者は」
男、ヨーダは前髪をかきあげながら、鬱陶しそうに吐き捨てた。
ソシャゲ、乙女ゲーム、そして戦略シミュレーション。
媒体は数々あれど、そのどれもがこの学園と酷似する場所から始まるようだ。
「授業中に失礼します。迷子のご令嬢を保護しました。無事送り届けましたので、これより帰還します」
「いつもありがとう、ヨーダさん」
「いえ、学園の安全を守るのも我々の勤めですので」
では、と女生徒のクラスから優雅に立ち去り、そして元のクラスに戻った。
「突然、教室から出て行ったから何事かと思いました」
クラスメイトのマールが心配そうな顔で問いかける。
「不届きものが今学期は特に多くてね。妹関連でも厄介ごとが多いと言うのに、いやぁモテる男は辛いね」
お前は女の子だろう? と言う厳しい視線を送りつけるオメガ。
またか、と呆れてものも言えなくなっている紀伊姫。
あはは、ヨーダはいつ見ても面白いなぁとロイド。
今日もSクラスはヨーダを中心に笑顔が絶えない。
「そんなことより今度の長期休暇だよ。ロイド様たちはご実家に戻られるとして……」
「なんで僕を見るんだ? まさかお前、自分が休める前提で予定を組んでいるとかじゃないよな?」
オメガによる鋭い指摘。
その通り、護衛任務中に公的な休みなど取れようはずもない。
「え、少しくらいは融通してくれてもいいだろ? 妹と約束しちゃったんだよ。久しぶりに二人で買い物に行きたいって」
「妹とロイド様、どっちが大切かって話だよ」
「え、どっちもじゃダメか?」
「ダメに決まっているだろう!」
「あだぁ!」
重い拳骨の音がヨーダの頭頂部に落ちる。
普段女子にはこう言うことは絶対にしないオメガだが、ヨーダはあまりにもオメガの我慢の限界を超えてくるのでもうこう言う関係は慣れっこになってしまった。
クールの僕のイメージがお前のせいで台無しになったんだぞ! と憤慨までしている。
オメガは泣いていい。
クラスは今日も話題に事欠かない。
明日はどんなに楽しいイベントが待ち受けているのだろう。
そう願わずにはいられないSクラスの面々だった。
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