第30話 おっさん、商人ランクを上げる⑤

「買わない方がいいとは、どういうことですか?」


「ここだけの話、実はこの国は、呪われているのです」


「呪い、ですか?」


 デブルは鎮痛そうな面持ちのまま、話を続けた。

 それは土地を買った商人が次々と不幸な目に遭うという話だった。

 最初はただの噂話だろうと思っていたが、実際に買った土地にだけ不幸が起きた。

 

 地図にあったその街は、不幸のあった翌日から地図上から消えたという。十中八九、サンドワームの仕業であろう。


「しかしおかしいですね、買った土地人だけ不幸があるというのも。元々持っていた土地は一切不幸がなかったように聞こえます。もしかして、不幸を振り払う術をあなた方は知っていて、黙っているんじゃないですか?」


 例えばサンドワームの命令権とか。


「こればかりは私どもにも分かりかねます。なので、土地を買いたいというものが出た時、私どもは引き留めるようにしているのです」


「それはまたどうして?」


「せっかく我がギルドの最上位ランクをなぜみすみす手放せるというのですか?」


 要は金のなる木を手放したくない。その上で呪いと称して土地も売る気はないと言いのだろう。

 欲望に忠実な男だな、と思う。

 ふくよかな体型は、実に苦労とは無縁そうなものだった。


「分かりました」


「わかっていただけましたか!」


 デブルは自分の説得の効果があったか! と席から立ち上がる。


「でもやっぱりせっかくお金を貯めたので買わせてもらいます」


「私の話を聞いていたのですか!?」


「聞いた上で買うと言っています。大丈夫ですよ、サンドワームくらい返り討ちにしてやります。うちの商売道具を知ってますか? サンドワーム肉ですよ。元祖サンドワーム焼き! 俺からすればサンドワームは食材なんですよ」


 だから土地の権利書を出せ。洋一はデブルを脅すように言った。


 それはモノの例えで、本物ではないでしょう!?

 デブルは抗議の声をあげる。

 是が非でも土地を手放したくないらしい。

 その上でサンドワームを動かすのも手間なので、この場でなんとか諦めさせたいようだった。


 これ以上続けていても水掛け論か。

 洋一は加工の魔眼でデブルの足の腱と膝、喉に隠し包丁を入れる。

 何かを喚こうとするも、声が出ず、そして膝と足に力が入らず起き上がることができないでいる。


 しばらくすれば動く事はできるだろうが、今はまだしゃべられたら面倒だなと思う。

 本人がこの様じゃあ、土地の購入はできないまま。

 ならばと手を叩いて、受付嬢をマスタールームへと呼びつけた。


「土地は無事購入できることになりました。ギルドマスターさんは呪いが降りかかる、と震えながら引き留めてくれたんですが……そんな眉唾話に震えてばかりでは商売はできませんから。買うことに決めました。デブルさんはすっかり意気消沈してしまったので、手続きの方を進めてもらって大丈夫ですか?」


「え、ええ。マスターは随分と青い顔をしてらっしゃるようですが、そのまま置いていて平気なのでしょうか?」


「呪いに怯えておいでなのでしょう。でも不幸な目に遭うのは、購入者だけ。俺の安否を心配してらっしゃっているので、あまり心配なさらないでください。俺、こう見えても結構戦えるんですよ?」


 腕をまくって力瘤を作ってみせる洋一。

 細マッチョなので、脱げばそれなりに筋肉が見えている。

 受付嬢タリアは意外な筋肉に、表情を赤くしながら事務室に移った。


「ではギルドマスター、また後ほど」


 何も言い返せないデブルを置き去りに、受付でどこからどこまで購入するかを決める。

 

「では国境の入り口からアンスタット近辺までいただきましょう」


「そこら辺は砂漠ですが?」


 タリアは訝しげに眉を顰める。

 地図を広げ、黄色く塗りつぶされた場所は砂地だ。

 月に一度、報告を聞いてマップを更新しているので、その情報は的確である。

 ただでさえ不毛の大地。確かに安く買えるが、買ったところで使い道がまるでない場所である。


「実は砂漠を大胆に使った新しい調理法を思いついたので、それの実験場として使いたくてですね」


「聞いたこともありませんよ?」


「あれほどの暑さならば、砂の中に下拵えした肉を入れたら低温調理ができると思いまして。そこで加工して、アンセルで売り出す。いい考えじゃありませんか?」


 洋一はナイスアイディア! とばかりに構想を語る。

 料理知識の朝イタリアは、それで本当に美味しい料理ができるのか、信じきれずにいた。


「そのためだけにわざわざ砂漠を買わずとも」


「意外と欲しがる人は少なくありませんよ。俺が成功者になったら、それこそ飛ぶように売れます。むしろ砂漠地帯は買い手が少なくて困っているのではないですか?」


「お察しの通り、この国はほとんどが砂地に覆われた土地柄。捌けるものなら捌きたいというのが現状です」


「ではすぐさま朗報を持ち帰りますよ。次に会うときは新メニューのお披露目の時ぐらいでしょうか?」


「期待しない程度に待ってます」


「では、俺はこれで。次来るときは顔パスでも大丈夫ですよね?」


「ええ、商人ギルド一同でお迎えします」


 タリアは笑顔で洋一を見送った。

 あんな砂漠で囲まれただけの不良債権、白銀板10枚で売れて大満足。

 これはボーナスも期待できそうだと鼻歌を口ずさむほどだった。


 しばらくして、血相を変えたデブルがマスタールームから飛び出てきた。血走ったまなこをぎょろぎょろさせ、洋一の姿を探すが、もうどこにも見当たらない。


「タリア君!」


「はい、どうされましたか?」


「さっきの奴はどれを買ったぁああ!?」


「え?」


「どこを買ったと聞いている! 正確な情報を言え! 今すぐにだ!」


 普段温厚で、怒ることもないデブルがこれほどまでに慌てふためいている事実を理解できずに、タリアは自分の非を探した。

 いくら探しても思い当たる事はなく、直近では土地の販売をしたくらい。


「ギルドマスター、落ち着いてください。彼女も突然のことに驚いているじゃないですか。土地が売れて我々としてはむしろ万々歳じゃないですか?」


「そういう問題ではないのだ! これは我々クーネル家の沽券に関わる非常事態なのだ。急ぎ、兄上にご一報入れなくてはならん! それで、どこからどこまでを買って行った!?」


 タリアは冷静さを取り戻し、洋一の買い付けた土地のおおよその地図を指差した。

 国境からアンスタット近辺という話だ。


「なんでも新たな低温調理法を思いついたとかで。それに何か問題でも?」


「それだけか? アンドール近辺の鉱山は買ってないな?」


「あそこはそもそも売り物ではないではないですか」


 タリアの話に納得しながら、デブルは普段通りの落ち着きを取り戻した。もしその土地まで買われていたら大変だった。

 よもや自分の行動を不能にしてくるとは思いもしなかった。

 本当に油断のならない相手だ。


「わかりました。急にびっくりさせるような物言いをしてすいません。私も気が動転していたんです」


「お気持ちお察しいたします。しばらく休んでいられたらいかがですか?」


 顔が真っ青ですよ、とタリア。


「いいえ、私にはまだやることがあるのです。しばらくギルドを開けます」


「どちらへお出かけになられるのですか?」


「少しアンドールで野暮用ができました。数日中には帰ります」


「わかりました。それまでの業務は我々で引き受けます」


「では行ってきますね」


 デブルは急ぎ馬車を手配し、アンドールへ向かう。

 その頃洋一達は、新しい領主として税金は一切し貼らなくていい代わりに、自給自足をしてもらうという政策を立てた。


「本当に、税金払わなくてもいいんですか?」


「俺たちは別に金に困ってない。ただし、これからはみんなにもお金がなくても困らないような生活をしていただく」


「食事は出ますか?」


「食事はだそう。俺は料理人だからな、アンセルで売り出す新商品の試食を毎日2回行う。その時に来てくれれば自由に食べて行っていいぞ。その代わり、皆には畑を担ってもらう。農業が未経験でもどんとこい。うちには農業のプロフェッショナルがいるからな。そしてすでに手に職を持ってる屋台持ちのみんなは、俺と共に新しいメニュー作りに参加してもらう。今日からで悪いが、あなたたちは俺の構えるレストランの従業員になってもらう。もちろん給金は出そう。出来高制で悪いがな」


「そんなに上手い話があるのか? 今まで散々貪り取ってきたくせに!」


 一つ、不満の声が上がった。

 今までの納税は一体何だったのか、と。


「それは申し訳ないことをした。正直、俺はずっとこの国にいるわけではない。一時的な領主なんだ。金で買った地位だからな。だからいうほどこの国や街のことに詳しくない」


「え?」


「この国の住民じゃないの?」


「そんな遊び感覚で俺たちの街を購入したのかよ!」


 反韓が一斉に強まる。


「まぁ落ち着いて。皆さんの不満もわかる。だから、こうしようと思う。みんな、聞いてくれ。この街を欲しいと思った事はないか? 自らの手で運営したいと思った事はないか? 誰かの言いなりになるなんて真っ平だと思うことは?」


 ないと言えば嘘になる。

 欲しいに決まっている。

 でも自分たちは稼ぎがないから、それを叶える立場にない。

 そんな声があちこちから漏れ出る。


「今回の俺の提案はみんなに平等なチャンスを与えるものだ。もし俺が気に入り、一番の働き手だと思ったら、権利書はそっくりそのままその人に与えようと思う」


「え?」


「そんな簡単に手放していいのか?」


「大金を支払ったんじゃないのか?」


「大金は支払った! だが、あいにくと俺は放浪の身。ここだけにとどまるわけにはいかないんだ。でも、せっかく買った土地だ。可能であるなら、気に入った相手に譲りたい。そこでみんなにお願いだ。俺の提案を聞いてくれ。聞いてくれたら、この街の運営権と、アンセルに構えるレストランの権利書もそっくりそのまま融通しよう」


 最初こそは疑ってかかる住民ばかりだった。

 しかし、洋一の提供する食事のグレードの高さに目を剥き、次第に心を開いていく住民たち。

 やがて反感は次第に弱まり、慣れない農業に身をやつす人たちも。

 あの料理に使われるんなら、この頑張りも無駄じゃないなと思うようになっていった。






 その頃、デブルはアンドールの領主館にて、兄フトル=クーネルと面会し、事の経緯を伝えていた。


「何、我々に刃向かう存在が現れたと?」


「ええ、どういたします?」


「サンドワームをけしかけるしかないだろう」


「やっていただけますか?」


「しかしここ最近出動させたばかりだ。連続で動かすとなるとエネルギーが不足してな」


 フトルは如何ともし難いという顔。

 何かいい案はないだろうか?

 サンドワームは何かにつけてエネルギ消費が激しい。

 あと数年は休ませるつもりだったのだが、貴族とは舐められたらおしまいだ。


「わかった、エネルギーの方は俺が何とかしておく。お前はまた何人か贄を見繕っておけ」


「サンドワームのエネルギーの補填にするのですね? わかりました」


「こういう時、ギルドマスターという役職についている弟がいてくれてたすかるよ。そろそろ娘の手土産に何か買ってやりたいものだ」


「確かアソビィが学園に通われたばかりだとか」


「自慢の娘だよ。だからこそ、他者に舐められっぱなしでは面子が成り立たんのだ」


「おっしゃるとおりです」


 デブルは相槌を数回打ったあと、領主館を発った。

 フトルは人の気配が消えた館から地下に向かい、ダンジョンコア牡丹と邂逅する。


『どうされたか、契約者どの』


「少し綺麗にして欲しい土地がある、頼めるか?」


『エネルギーが足らぬな。ダンジョンに人をもっと入れろ。最近ドワーフばかりじゃないか。我のダンジョンは鉱山ではないぞ?』


 牡丹は小さな少女の姿をしている。

 いや、少女というよりは少し面妖だ。

 上半身が人間の幼女。しかし下半身は蛇という魔獣ナーガのそれである。らんらんと光る黄金の瞳に、牡丹色の髪。

 それが牡丹を構成する特色だった。


「街を一つ食うだけで良いのだ。それすらも叶わぬのか?」


『だから言っておろう、それを生み出すエネルギはもうないと』


「生み出す必要はない、ダンジョンボスのサンドワームに任せれば!」


 フトルはいつになく融通の利かない牡丹に食い下がる。

 しかし牡丹はわからぬ奴だのうと取り合わなかった。


『サンドワームなどとっくに消滅しておる! さっきからそう言っておるだろう! その代わりになる存在を生み出すにも、エネルギーがとにかく足らん。だからあれほどダンジョンに人を入れろと言ったじゃろうが!』


「は? サンドワームが消滅した? なんで?」


『倒されたからに決まっておろうが』


「はぁああああああああああああ????????」


 フトルは過去一みっともない顔を牡丹の前に曝け出した。

 今まで30年生きてきて、一番理解できない情報だった。

 無理もないだろう、街を十数の見込み、大規模なサイズまで育ったサンドワームが死んだと聞けば、フトルのように脳がパニックを覚えても仕方のない事であった。




 

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