おっさん、商人ランクを上げる④
そこはアンセルではそれなりに維持できていた酒場兼レストランだった。
しかし洋一がサンドワームの肉を実演販売して、その名をアンセル中に轟かかせた後に働くことで絶大な売り上げを誇ることになる。
「ダッハッハ、まさかうちの店でここまでの売り上げをだせるだなんて、予測不能だった!」
「俺は本当にお手伝い、下拵えしかしてませんよ?」
洋一は謙遜しながら述べる。
店主であるミズネは「ただの手伝いでもネームバリューに勝るものはない!」と言った。
正直ここはレジスタンスの中継地でしかないため、本格的な料理を出すような店構えではなかったのである。
それが今、料理を待つ人で溢れてる状況。
期せずして軍資金を得た形だ。これからアンドール国に反旗を翻すのに、足りてない軍資金の調達までできてしまうのが誤算すぎる。
棚からぼたもち、濡れ手に粟。漁夫の利にも程があった。
「いっそ、商人ランクを上げて上に掛け合えばいいんじゃないですか? それも一種の反乱ではありませんか?」
「まぁ、それも考えたんだが」
ミズネは深刻そうな顔つきでのべる。
「こうも忙しいと、反乱の意思も潰えそうだなと」
そこには連日に及ぶ重労働にてくたびれ切った中年男性がいた。
ハーフフットの見た目は人間と比べれば随分と若い。
年は二十代後半くらいと聞いた。
洋一から見れば全然若いだろうに、情けないことだと呆れている。
「だが、この忙しさは病みつきになるな」
店が客で溢れる。店を構えて以来、初めてのことだ。
反乱なんて虚しいことはやめて、ここで一生を送ってもいいとさえ思えてくる。
でも心の内ではずっと燻っているのだと語った。
こんな一晩で消えてしまう夢に身を任せてもいいのか? とも。
「まずは夢が一歩前進したと考えた方が良さそうですね。俺も最初は自分だけがSランクに上がればいいんじゃないかと思ってました」
頷くミズネ。それが当初の計画ならば、当然だろうという顔をする。
「でもね、市場の皆さんと付き合っていくうち、この人たちにも儲けさせてあげたいという気持ちが湧いてきた。あんなに美味しい野菜を作る農家さん達、そして屋台の皆さんだって研究熱心だ。昨日の味より着実に美味しさは上昇している。それがこの街では、ランクなんかが存在するせいで夢を見れずにいる。売り上げを上げられない奴は一生その場に止まっていろいろ、みたいな暴挙が許されてしまっている。全員がライバル、人を抱える余裕もなく、明日もわからない。そんな人たちを救いたいと思った。彼らが前に進むべき道はどこにあるか? その時たどり着いたのが、正攻法のランクシステムを利用しようというものだった」
洋一は語る。
自分一人が成り上がったところでこの街の住民は救われないと。
ならば後押ししてやるしかない。
まずは自分が有名になり、暖簾分けする。
素材や調味料の提供だ。
この街ならではのシステム。
他の町ではこうもいくまい。
あとは味の模倣は独自で考えろと突き放した。
そこから先は料理人としての考え方の差だ。
何から何まで教えていたら成長する機会まで奪ってしまう。
それは洋一の本意ではない。
あくまで手助け、一生面倒を見るつもりはないのだ。
ランクを上げられずにいる人の、コツを掴む時間を作ってやりたかっただけである。
その提供だけにとどめることで、お互いに切磋琢磨していくのだ。
実際にそれで他の屋台人の勢いが増した。
暖簾分けに変なプライドを持たず、誰が先に洋一の味の模倣をできるか切磋琢磨した。
お互いの店の味を分析し、買い合う。
そんなことは今までしたこともなかったのだろう。
お互いに認め合い、そして更なる成長を生み出すきっかけとなった。
扱う素材、調味料は一緒。
他に違うのはなんだ?
お金に困ってる時は、そんなことを考える余裕もなかった。
儲かってる今だからこそ、考える余裕と資金が生まれた。
推し繁く洋一の店に通い、研究をし続ける内、常連と顔見知りになった。その常連のほとんどが別の立地で屋台を開くライバルだった時は心底驚いたものだ。
「知っていますか? 今や暖簾分けした人たちは底辺だったGランクからC、Bランクへ駆け上がっていることを」
「いや」
「だから売り上げを上げているこの店もですね、そこの一員に加わっても誰も文句を言いに来ないということですよ」
「そんなわけ」
「それが実際に起こり得るんですよね。予約は常に一ヶ月待ち。貴族や住民から愛される店に変貌しつつあります。それがいまだに商人ランクGで止まっていると皆さんが知ったら?」
「まぁ、グレードだけ上の連中は面白くないわな。客も、早く上げろとせっついてくるだろう。何よりも店のグレードを気にする連中だし」
「だったら一緒にランクを上げに行きませんか? どうせ外部の人たちは肩書きでしか人や店を見ないなんてことは分かり切っているんでしょう?」
一緒に上げて、見せつけてやろう。それで堂々と土地の権利を買えばいい。
新生ヌスットヨニ王国のスタートは洋一のような他人の手に委ねず、忠臣であるミズネが執り行うべきだ。
洋一はそう述べた。
「確かにその通りだ。祖国を微塵も知らない、構成員でもないあんたに任せたら、俺は一生誰かに頼って生きていかなくちゃならないところだった。まずは軍資金を得る。全てはそこからだったな。すっかり失念していたよ。きっとどこかで無理だろうと諦めていたのかもな」
「ハバカリーくんのためにもやり遂げて見せましょう、父親は強いってことを」
「育ての親でしかないぞ。そんな恐れ多い」
「もう滅んだ、誰も知らない王国です。俺だって両親の顔すら知らずに育った身です。でも、代わりに育ててくれた人がいた。俺の中ではその人が父親だった。あなたもそうなのではないですか?」
「だったらいいんだが、喧嘩別れした仲だしな。きっとどこかで憎まれてるよ」
「彼の行動を見ている限りではそんなに嫌ってませんよ。むしろ、いつまでも小さくまとまっているミズネさんを心苦しく思っていたんでしょうね。やればできるのに、どうしてやらないんだ? ぐらいに思っているのではないですか? ここらで少しすごいことを見せつけてやりましょうよ。大丈夫です、俺もやたら急成長しすぎる弟子から似たようなことを思われてます」
おんなじですよ、立場は。
全く同じというわけではないが、それでも共通項はいくつかあった。
成長していく子供に焦りを感じている。
「わかった。まずはリーダー自らが行動して見せなければな。ついてきてくれたメンバーに示しがつかないところだった」
「その意気です。お供しますよ」
本音を言えば、洋一も溜まりつつある資金に恐れ慄いていたのである。
お金の管理はティルネに任せていたとはいえ、日々報告される金額に、「え、そんなに?」と理解がついてこれない顔になっていた。
ただ加工した肉と調味料を合わせて売っていただけなのに、である。
ヨルダからも「いつランク上げに行くの?」とせっつかれる日々。
変に期待される仲、一人で行くのも忍びない。
そうだ、知り合いを巻き込もうと今ここにきている。
要は視線の防波堤に使おうという腹づもりだった。
一人で行くより、二人で行く方が心強い。みたいなものである。
案の定、人垣に囲まれた。
奇異の目で見られる、敵意を向けられるのは慣れっこの洋一だったが、絶賛されるというのにいまだに慣れない洋一。ミズネの背中に隠れながら前を進み、いざ、ランクアップ。
「ようこそお越しくださいました。本日のご用はなんでしょうか? 資金の貸し付け、もしくは返済ですか?」
「ランクアップで」
「ライセンスをお預かりいたします」
差し出したのは洋一のみならず、ミズネも同様に。
皆がミズネはただの付き添いだと思っていた。
しかし受付嬢のタリアからの返事で全てが覆される。
「レストランルパンのオーナー様ですね。以前お料理を食べに行ったことがあります、とても美味しかったです。ランクがまだGとは存じ上げませんでした」
それが今話題沸騰中のレストランであるということに、視線は洋一から半分奪い去る形でミズネに向かう。
「そして元祖サンドワーム焼きのオーナー様。いつくるのかと待ちくたびれてしまってましたよ」
「いやぁ、ハハ。忙しすぎてランクアップするのを忘れてました」
あの店主ならありうる、という顔がそこかしこで頷きあう。
仕事に夢中になりすぎるあまり、その他全部を忘れる勢いだ。
受付にヨルダ、それ以外のサポートをティルネに任せてようやくあの量のメニューを捌き切っていると言われて妙に納得できる。
それぐらいの仕事を一人で抱えてることも意味した。
いつもお世話になっています。そんな言葉があちこちで聞こえる。
「Dへのランクアップには銀板200枚、Cへのランクアップには銀板500枚、Bへのランクアップには金板50枚、Aへのランクアップには金板100枚、Sへのランクアップには金板1000枚が必要となっております。いかがなさいますか?」
AからSへの要求額がいささか過剰に思えたが、国を自由に出入りできる権利はそれぐらいに価値が高いのだろう。
ミズネはとりあえずAへのランクアップを果たした。
メニューで自由にコース料理を選べる采配にしたので、一度アミューズで胃袋を掴んだ後は、言わずもがな全部のメニューが飛ぶようにうれ、客員を予約で制限するまでに至ったので、実質金は有り余っていた。
しかし、外に出る必要はないため、それ以外は軍資金の一部に割り当てるつもりらしい。
洋一は思い切ってSを選択。
それぐらいの余裕はあった。と言うよりあり過ぎた。
全ては優秀な弟子のおかげである。
これをそのまま受け取っていいのか頭を悩ませた後、懐に入れて今ここで使い果たすつもりだった。
「後それと、アンスタットの街を購入したいのですが、いくらぐらい経費がかかりそうですか?」
「土地の購入ですか? 少々お待ちください」
タリアは前代未聞のことが起ころうとしていると血相を変え、ギルドマスターに掛け合った。
新人がたったの一ヶ月で金板1050枚を稼ぐのも異例だし、さらに土地の買い付けまで行うなんて度が過ぎている。
一人で対応するのは無理だ、とギルドマスターに白旗を振ったのだ。
「お待たせしました。マスタールームでギルドマスターがお待ちです。土地の購入は非常に取り扱いに注意が必要なため、個室で執り行うことになっています」
「分かりました」
「それじゃ旦那、俺はこれで」
ミズネと別れ、少し心寂しくなりながら、洋一はマスタールームへ踏み込んだ。
「よくきたな。私がこの街で商人ギルドのマスターをしているデブル=クーネルだ。クーネルという家柄に聞き覚えは?」
「いえ、存じ上げません」
家名をやたら主張する、と言うことはミンドレイ貴族だろうか?
着席するように促されたので、座り、話を聞く。
「悪いことは言わない。土地購入の話は今すぐ取り消すんだ」
デブルは鎮痛な面持ちで、口火を切った。
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