第30話 おっさん、商人ランクを上げる②

「随分と暖簾分け店舗も増えてきたね」


 洋一が気をよくしたように言う。


「やはり皆様はそれが売れる商品だとわかるなり、飛びつくのでしょう。恩師殿は、あえて他の店舗でも真似できるレパートリーにしましたな?」


 ティルネが「その深淵のぞいたり」と言わんばかりに目を光らせる。


「俺はサンドワーム肉を捌きたいだけだったんだけどな。奪われて来た人たちが、それで富を得る。俺一人が儲かったってヘイトを稼ぐだけだろ? だったらノウハウでもなんで売り出して、横のつながりを伸ばした方がいいだろ?」


「商人としては失格でしょうがな」


「俺は商人にはなれないよ。朝起きちぇ、寝る時までどんな料理を作るか考えてるような男だぜ? それに料理を習った師匠にもこう言われたよ」


 お前が店をやるのは諦めた方がいい、と。

 その場に居つかず、その時々で作るメニューを変える。

 そんな奴が店を持ってもうまくいかないと。


「その方は恩師殿をよく理解していらっしゃる」


 ティルネは感心するように頷く。


「それを言われた時、最初こそはナニクソと思ったものさ。でもな、色々と生きてると、店を持てるかもって思える機会が何度もあったんだ」


「それで、店を持ったんですか?」


 洋一は首を横に振った。

 出さなかった、と言うより自分が店を出すことでその他一切から客を奪うことになると言うリスク管理が欠如していたことを思い知った。


「懇意にしていた店からな、俺が店を出すんならその地域からの撤退を考えると言われたことがある」


「なんと!」


 洋一の料理にはどうあっても勝てない。

 経営者としては利益が出ない、強力なライバルが現れた時のリスクマネジデントが考えられないと、信じてついて来た従業員に申し訳がない。

 そう述べて、自身が如何に経営者に向いていないかなどの説明をする洋一。


「それだけ脅威と見られていた?」


「俺としては周囲から教わる気持ちが多くてさ。我流の料理を、そこまで褒められても自分じゃ納得いかないんだよ。そこにお店を出して切磋琢磨していけたらいいなって気持ちで出店を決意したんだ。だから俺が思ってる以上に自分が警戒されてるのを知って、落ち込んだ」


 洋一の瞳には失望というよりは自己評価を低く見積りすぎていたショックの方が大きかった様子が見て取れる。


「俺は経営者としてはあまりにも向いてなさすぎたんだな。料理を作るのだけに特化しすぎて、人の機微に疎い。そんな奴が上に立ったら従業員は可哀想だ。だからこの国を背負って立つ店舗の後押しをしてやることにしたってわけだ。俺はどうせすぐにこの土地から出ていくし、この国のことは、この国の住民に任せるさ」


「それでいいかと思われます」


 ティルネは全てを理解した、とばかりに理解を示す。


「ヨルダだったら、もったいないよぐらいに言うかな?」


「さて、あのお方も金銭に執着はもうないでしょう。何せ金銭を必要としてない代弁者ですし。多少なりとの肥料、見知らぬ植物の種などは欲しがるでしょうが」


「俺たちの趣味に付き合わせすぎてるのが懸念だな。まだ遊び盛りだろうに。あんなに仕事に打ち込んで」


「恩師殿は貴族子女を甘く見すぎていますぞ? あれは自分が好きでやってることです。恩師殿にとっての料理と同様です。趣味とでも言いますか。それを他人からとやかく言われたくはないでしょう?」


 貴族に生まれた以上、子供のような暮らしは諦めている。

 貴族社会とはそう言った過酷な環境なのだと語った。

 洋一は貴族社会については理解する必要もないと思う。

 だから開き直ってこう述べる。


「その通り。俺が貴族について詳しいと思ったら大間違いだ。でもそうか、趣味か。ヨルダがそれを面白いと思ってやってくれてるんなら俺も助かるな。子供のうちから仕事させてる保護者だと思われてないか心配だった」


「ご本人はとても楽しんでおられますよ。今朝も自慢の野菜を見せびらかしにきました。それが恩師殿の手によって化けることを誉に思っています。私めも同じでございますよ」


「ティルネさんも?」


「はい」


 自身の作った調味料をうまく扱える人物は未だかつて洋一のみ。

 以前の環境では何かにつけて爵位が邪魔をした。

 男爵風情が、男爵崩れが。

 誰も一個人としてティルネを見なかった。


 それを洋一はベタ褒めしたのだ。

 ティルネは嬉しくなって、あれこれと学者で培った技術を調味料に注ぎ込んだ。こんな奇天烈な商品、学者時代には誰にも見向きもされなかった。なんの価値もない、ゴミと同じようなもの。


 それが洋一の手によって料理を引き立てるソースに化ける。

 それはティルネにとっての至福のひとときであった。


 もっと喜んでもらいたい。

 その気持ちが発露しすぎて、ジーパ菓子にまで手をつける。

 趣味というもができて、それを褒めてもらえる環境が整う。

 それだけで暗く閉じた世界に光が差し込んだ心地だった。


 何かよくわからないけど、ティルネが嬉しいならヨシ。

 洋一は話を締め括った。


「おーい、旦那」


 そこへ明日の店の準備をするための買い出しを任されたパーティ『一刀両断』の面々が現れる。


「ただいまー」


「買い出し班ってだけなのに、えらい取次の嵐だぜ?」


 ハバカリーが、すっかり顔を覚えられたもんだぜ、と暖簾分けの署名書類を持ち込んできた店舗を仕分けした紙の束を持ってくる。


「仕分けはオレがしといた」


 最近ではすっかりハバカリーとの買い出しに同行するヨルダである。

 見た目は違うのに、中のいい友達みたいは距離感で話している。


「お疲れ様、みんな。それとベア吉も荷物持ちありがとうな?」


「キュウン(へっちゃらだよ)」


 すっかり街の中を練り歩いても何も言われなくなったベア吉。


「大将の身内ってだけで、アタイみたいなCランク冒険者にも友好的に話しかけてきて笑っちまうよ」


 キョウが笑いを堪えきれないように述べる。

 ミンドレイで暮らしてる時でさえ、金貨はそうそうお目にかかれない代物だった。

 Cランクとはその程度の仕事しか回ってこない。

 だから金貨相当の価値を持つ銀板を大量に持ち歩くのは非常に心臓に悪いと話す。


 アンドールでは大した価値を持たないとはいえ、国の外に出たらそれこそ命を狙われるレベルであるがため。


 皆が皆、銀板での取引を行う。

 それぐらい市場は懐が潤っているのだ。

 最初こそ、サンドワーム焼きは銅板での取引が主流だった。


 しかし皆の懐が潤うにつれ、銅板で買い付けるのは申し訳ないという気持ちから鉄版、銀板へと支払い額が上がっていった。


 無論、払える者のみだ。

 今まで通り銅板での支払いをする住民も多いが、それはそれでいいのだ。

 店舗をやってく上で、高値で売りたい者がいる。

 その人は商売を長く続けるための先行投資として、洋一達に多く支払っていた。


 いつしか暖簾分けにもグレードができた。

 住民が勝手につけたグレードである。


 洋一の料理や味付けに近いほど、貴族に売っても遜色のないものにだけ、高値をつけられる証がつけられると。


 ただの暖簾分け一つでさまざまなことを考えるものだと洋一達は感心する。そんな細かいことまで考えちゃあいないのに。


「なんか想定してないところで大変なことになってない? 店を出す前に仕込みが全部潰えるんだけど」


 基本、仕込みは加工品の販売の後に行われるのだが、その後の仕込みの時間にまで暖簾分けの申請が殺到したためである。

 中には街の一等地に居を構えるレストランまでが署名し始める異例の事態となっていた。


「こりゃ、暖簾分けするタイミングが早すぎたかな?」


「まさかここまで流行になるとは思いますまい」


「中には金板を支払うという方まで出てきてるよ」


「払える人ならいいんだけど、自分の稼ぎを優先してもらいたいものだな」


「師匠のご飯にはそれぐらいの価値があるからね」


「まぁ、街の住民に活気が出たんなら嬉しいよな」


「そういうところ、最高に恩師殿って感じですよね」


 ティルネが理解者が如く頷いた。





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<洋一の調理による料理バフ効果一覧>


サンドワームのポトフ

 ◯食事後、数日間作業効率アップ、疲労蓄積遅延効果付与(重複可)


サンドワームドッグ

 ◯食事後、数日間全てのステータス上昇、疲労回復速度上昇(重複可)


サンドワームの鉄板焼きそば

 ◯食事後、数日間全ての状態異常無効、思考回転率上昇(重複可)


サンドワームの手捏ねハンバーグ

 ◯食事後、数日間育毛、美肌効果付与。肉体欠損の回復(重複可)


 が、食事のおいしさ以外に付与されます。

 洋一は単独で強いだけではなく、料理バフによる恩恵があるので、味方でいる限り、周囲が超絶パワーアップするんですねー


 <成功例>

 藤本要、ヨルダ、ティルネ



 



 

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