第30話 おっさん、商人ランクを上げる①

「今日の売り上げはこんな感じでした。ランクを上げるのに必要な金額を教えてください」


 とりあえず、納品という名のお布施でランクを上げる。

 金でランクを買うみたいに聞こえるが、これはライセンスを作ってから稼いだ金額しか反映されないので、実際に売り上げを出さなければランクは上がらない決まりになっていた。


 洋一が稼いだ金額は銅板2000枚に銀版180枚である。

 昨日ライセンスを作った旅行者が出せる売上ではないことは、受付嬢にも明白。案の定疑いの目をかけられてしまった。


「どこからか融資をされたなどではなく、純粋にこの金額を稼いだのですか?」


「ええ、アンドール名物であるサンドワームを用いた肉料理を扱ってます」


 皆がやっている町おこしだ。

 サンドワームを模した、何かだろう。

 受付嬢はすぐに察しがついた顔。

 だからこそ、この金額をどのように稼いだか疑わしく思う。


 皆がやっている商売だからこそ、先が知れているという意味で。


「おかげさまでご好評いただいておりまして、休む暇もなく。これをうれしい悲鳴というのでしょうね」


「いいでしょう。どうせ嘘をついてもすぐに露見します」


 とりつく島もないと言った態度。

 クールだなぁ、と思う反面。人間味のないそっけなさだなと思った。

 商売とは横のつながりも大切にしなければならない。


 ギルドとは商人と国を繋ぎ止めるお役所ではないのか?

 洋一は思いながらも懐から食べ損ねた昼食を取り出した。

 たちまちギルド内にいい匂いが立ち込めた。


「そちらは?」


 訝しむ受付嬢。時間はお昼を少し回ったところか。

 商人が生き馬の目を抜くような顔つきでギルドに通い詰めては、ライバルを蹴落とす算段を立てている。

 いつもこの時間帯はギルドが混む。

 抜け出てお昼を買いに行けるのは決まって昼過ぎ。


 レストランは仕込みに入り、屋台はあまりものばかり。

 お給金はいい仕事だけど、あまりにも時間が取れなすぎた。

 気づけば受付嬢のお腹がぐぎゅうううと鳴った。

 結構な暴れん坊を飼い慣らしているらしい。


「おっと」


「今のは聞かなかったことに」


 少し恥ずかしげな声。しかしその瞳は射殺さんばかりだ。


「もしよければおひとついかがです?」


「賄賂でしょうか?」


 喉元まで、欲しいという感情が訴えているのを飲み込み、受付嬢は自分の立場を思い出す。

 油断したら涎が垂れて姉妹そうなうまそうな匂い。

 空腹に急転直下の落雷を発生させる。

 これはすぐに第二人の腹の虫が鳴らされるぞ。


 受付嬢は息を呑む。


「そういうのではないんですが」


 洋一はいらないんだったらいいか、とその場でサンドワームドッグを頬張った。

 プリプリのソーセージは肉汁が口の中に弾け飛び、その肉汁は酸味の効いたソースと非常にマッチしている。ただ酸っぱいだけじゃなく、葉野菜がシャキシャキとした食感を奏でるたびに、つぎを求めるような食欲を増大させた。

 あっという間に完食。

 

 サンドワームドッグの利点は具がこぼれにくい仕掛けにあった。

 その上でサンドワームソーセージの単品の爆発力。

 下手な素材を組み合わせたら大惨事を起こしかねない。

 しかし柔らかなパン、シャキシャキのレタス、みじん切りの玉ねぎ、酸味のあるソースが一つの味に調和させ、もう一本欲しくなる味に消化させた。


 食べたい、食べたい、という感情が受付嬢の脳裏によぎる。

 しかし新人を前に冷静さを何とか保ち、話を進めた。

 目は完全に血走り、口はこれでもかというほどに噛み締められている。

 洋一は呪われそうだなと思いつつも、話の続きをした。


 さっきからお腹の鳴る音がする。

 それが受付嬢のものか、はたまた別のギルド職員のものかはわからない。


 改めて仕事モードに戻り、ランクアップの説明に戻る。


「改めて。Gランクからのランクアップは銀板50枚からとなっております。そこから上に行くには銀板100枚。こちらの売上でしたら、銀板150枚でEランクに上昇させることができますが、いたしますか?」


 普通ならしない。

 屋台で店を出す上で、仕入れ値の計算をしない奴はすぐに経営を破綻させる。

 しかし洋一はニコニコしながら「それでお願いします」と言った。


「本当に、よろしいので?」


「ええ、これらは仕入れ値を除き、人件費、魔道具使用料を出した上での純利益ですから。それと、銅板を銀板に両替することは可能ですか?」


「生憎と、両替ができる最低通貨が銀板からとなっています」


「では銅板や鉄板は?」


「いくら集めても意味がないものとなっておりますね。ランク制度の最低条件も銀板を集めることとなっておりますので」


 なるほどな、と思う。皆が皆、銀板を集めるわけだ。

 銅板や鉄板は仕入れで使う通貨のようだ。

 商人として成り上がるためにも何としても銀板を集めなければならないのだろう。


「わかりました。ではこちらを使ってランクアップをお願いします」


「少々お待ちください」


 どこかそっけない態度で、受付嬢は席を立つ。

 先ほどより腹の音が大合唱を鳴らしているが、きっと気のせいではない。


 奥の方で何やら話し合っている声が聞こえた。

 さっきのホットドッグがどこのものかの調査をするような掛け合いが始まり、少し興奮したような顔で受付嬢が戻ってくる。


「お待たせしました、こちらが新しいライセンスとなります」


「ありがとうございます」


 洋一は受け取り、胸ポケットへそれらをしまい込んだ。

 もうここには用はないと踵を返そうとしたところで、呼び止められる。


「あの」


「はい?」


「先ほどの商品はまだ残っていますか?」


「さっきのですか?」


「ええ、数があるなら少しもらえないかと」


「あいにくと、先ほどので最後でした。ごめんなさい。お姉さんは別に欲しくないと突っぱねたので、いらないのかなって」


「あ……」


 ほんの少しのプライドが、永遠に食べられるチャンスを無くしたのだと理解する顔。


「今日はもう店じまいですね。あまり長い時間やって、他のお店のお客さんを取るのも悪いですし。また明日の朝お店を開きますので、その時お越しになってください。でお渡ししますよ」


 特別料金。

 実際にいくらで売っているかはわからないが、高級取りで舌の肥えた商人ギルド職員たちが一瞬で腹を鳴らすもの。きっと高価に違いない。

 そんな考えで翌朝買いに行く。


 相変わらずすごい行列ができている。

 並んでいるのはほとんどが同業者。


 まだ新人ではなかったのか?

 受付嬢はそのことにひどく驚いていた。

 不意通では考えられないからである。

 アンドール国、その最初の街であるアンセルではとにかく商売敵は干される傾向にある。

 しかし蓋を開けたら、全員がその味を再現するべく、研究しようと売上を投げ出していた。

 受付嬢の直感は正しかった。

 それほどの味なのだろうと買う前からワクワクしている。


 店頭には小さな女の子が注文を受けて金銭のやり取りをしていた。

 小さいながらに手慣れているのか、一切ミスすることなく注文を裁いていた。


「師匠、10個追加、おっちゃん、ソースは多めでお願い」


「はいよー!」


「わかりました」


 見事なコンビネーション。

 注文を受けてから仕込み、しかし待たせることなく裁いていく。

 とても新人とは思えない動きで、みるみる長蛇の列が流れていった。


 あっという間に受付嬢の順番となる。


「昨日は失礼しました。こんな長蛇の列を生み出すほどの人とは思わなくて」


「あ、昨日のギルド員さん。来てくれたんですね」


「師匠、知ってる人?」


「昨日ランクアップするときに担当してくれた人だ。この人には特別料金で頼むよ」


「特別料金ね、わかった」


 洋一はすぐに焼き場に戻り、ティルネが目を離したのを見計らってヨルダは特別で料金を提示した。


「ありがとうございます、一本銀板15枚になります」


「結構するわね」


「今じゃ早い者勝ちですからね。商人や他国のお貴族様でも例外はありません。うちは数に限りがありますから、王族にだって並んでもらいます。なんと言っても鮮度が命。手渡したらその場で食べて欲しいほどです」


「なるほど、肝に銘じておくわ」


 受付嬢はギルド職員の分も合わせて15本。合計225枚の銀板を手渡す。ヨルダはそれを受け取ってにっこり見送った。


「毎度ありー! さぁさぁ! アンドール名物サンドワーム焼きも残すところあとわずかだよ!」


 ヨルダが、ガンガンと音を鳴らしながら宣伝をかけていく。

 そして瞬く間に捌け、今日の分の販売は終了と相なった。


 受付嬢は買えてよかったと喜び、ギルドに帰る。


「買って来たわよ」


「おかえり、すっかりお腹ぺこぺこだ」


「その前に、お金払ってよね。一人銀板15枚、きっちりもらうわ」


「結構するんだな」


「他国の貴族にも同じ値段とってるらしいわよ。それでも飛ぶほどに売れていたわ。あれはきっと私たちが思い至らないペースで駆け上がっていくと思うわよ」


「そんなにか」


 職員の一人が潔く銀板を支払い、一口かぶりつく。

 途端に目の色を変え、咀嚼しながら全員に食べてみろと促していた。

 噛むたびに楽しい気分になっているのが見て取れる。


「んー! んー!」


 頬張る姿は幸せそうだった。

 次々と支払いが終わり、受付嬢もしっかり味わうつもりで頬張った。

 最初に来るのはしっかりとした赤みの肉の旨み。

 齧り付いたホットドッグの断面を見て「自分が食べたのは本当にソーセージなの?」という気持ちにさせられた。


 それだけじゃない。間に挟まれた刻まれた玉ねぎ、レタスがシャキシャキとした食感と肉の脂っこさを緩和させている。食べ進めるたびに後を引くソース。それを受け止めるふわふわのコッペパン。どれをとっても完璧の一品だった。


「これが銀板15枚は安い」


「もっと買ってこい、倍出すぞ」


「あいにくと売り切れごめんなのよ。午前中だけで仕入れ量が切れるほどなのよ? あの中にいたら、変えない人に後ろから刺されるほどの混乱を生んでたわ」


「それは厄介だな。さっさとランクを上げてレストランの権利をあげるか?」


「それがいいかも。そうすれば食べにいくのも楽にんるわ。レストランなら貧乏人は食べに来れないでしょうし」


 だなんて会話がギルドの中で広げられるが、洋一達は特にランクを上げることなく、一週間はその場にとどまり続けた。

 その理由は、類似品が出回り始めたからである。


 元祖はうちだ! そう言い始めた店が少なくない。

 ずっとそうなる展開を待っていたのだ。


 洋一の次なる商売は、加工肉とソースの販売である。

 類似品を作って儲けを出そうとする店に向けての二次販売だった。


 午前中はいつも通り店を開き、午後からは暖簾分けと称して肉と調味料の販売をして店の売上の後押しをする。


 自分も儲かる、周りも儲かるでお互いにとってwin-winの展開に仕向けたかった。

 その理由は……みんなで儲かって幸せになろうぜ! という洋一からのメッセージであった。

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