第29話 おっさん、屋台を始める⑥

 ヨルダのナイスな案を実行するためにも、兎にも角にも商人として成り上がることが必要不可欠となった。


 平和的に、それでいて全員が幸せになれるプラン。

 それが『アンドール王国からの脱却』である。


 どう言うことなのかといえば、話の要点はこうだ。


「結局はお偉いさんがサンドワームを操って、国のあちこちを虫食いみたいに砂漠化。実質土地を奪っている状態でしょ?」


「ああ」


「で、もうサンドワームは師匠が倒しちゃった」


「そうなるな。しかし砂漠化した土地はそう簡単に戻らないぞ? 俺たち住民は半分人質みたいにこの国に囚われている。重い税金、そして無駄に他国からヘイトを取るような為替レート。出て行った後に飢えるような仕組みの給金制度。全てが計算づくで、俺たちを追い込んでいる。実際、奴らは上手いやり方を取ってるんだよ」


「実はその砂漠化現象、もう起きないだけじゃなく緑化もほとんど実現的なラインになっちゃってるんだよね」


「なんだって?」


 店主であるミズネは理解できないとヨルダの言葉に耳を疑う。


「どこまで話せばいいかな。あれはオレがジーパで修行中……」


 一人の先生と会った。

 その先生はジーパの農家で。縁あってお米の育て方を教えてくれた。

 最終的には懇意になり、いつでもその力を貸してくれることになった。

 その力こそが、砂漠化した土地を緑化させることに成功できると説明した。


「訳がわからんぞ」


「オレだって知らねーよ。あの規模での降霊術の使い手を師として崇めてたのは実際に目の当たりにしてから知ったんだよね。降霊術師である事実は知ってたし、その時は仙人だって名乗ってたし」


「スクナビコナ様はジーパの創造神のお一人で、すごいお方なんですよ。趣味で地上にいると言うお話は伺っておりましたが、よもや農民に紛れていただなんて」


 ジーパ出身の符術師であるヨリが補足を付け加える。

 ヨルダが師事した農家が、ジーパでは神の一柱に例えられる神話クラスの相手であると。


「なぁ」


「何?」


 ハバカリーの率直な疑問。

 ヨルダは何か問題でも? みたいな顔で聞き返す。


「お前の師匠が王族と懇意にしてるって言われた時は心底驚いたけどさ」


「うん」


「それを飛び越えて神様と親睦を深めてるお前はなんなの?」


「オレもよくわからん」


「なんだよそれー」


 ヨルダの発言に呆れるハバカリー。

 先ほどまでの自分は王族だった?

 国を再興するために我慢の連続のような生活を送らなくちゃいけないのか? みたいな緊張が一瞬でほぐれてしまう。


「ちなみに一番驚いてるのはオレだったりする。身内が王族とか、お姉ちゃんが神様だとか、全部後出しで聞かされてんだよね」


 全くもってその通りでぐうの音も出ない。


「それな。まぁ先に聞かされて納得できるかって話なんだけど」


「兄ちゃんも無理に背負う必要ないよ? オレも知ったこっちゃねーって気持ちでいるし」


「それはそれでどうなんだよ。責任感とかそう言うのはねーの?」


「ないと言ったら嘘にはなるけど、家を追い出された後に言われても、あっそ。ぐらいにしか思わなくない?」


「オレはお前が羨ましいよ」


「よく言われる」


 ここに、元王族同士の会話が帰結する。


「つまり、砂漠化はもう起きない。砂漠は緑化することが可能であると?」


「そう。みんなが高い税金に従ってる理由って、単純に土地がないからなんだよね? そしてサンドワームによる被害を恐れている。だったらおじさんたちの目標は、土地の権利をもらえれば済むことにならない? 国を興したり、奪う必要ないじゃん。もう一つ、この大陸にアンドール以外の国を作っちゃえば良くない?」


「あ!」


「オレはこの国のことは詳しく知らない旅人だけど、そんな誰かを貶めたり、力づくで奪った先に築いた平和は奪われた側からの遺恨を残すだけだと思うんだよね」


 おじさんたちがそうであったように。

 奪われた人たちは過去を知らず、奪われたと言う事実だけを飲み込む。

 次は自分たちが奪い返す番だと躍起になる。

 そんなの負の連鎖じゃないか。


 だから平和的に、一人の犠牲を出すこともなく。

 逆に「今砂漠化した土地を買い切れば、この状態から脱却できるんじゃねーの?」とヨルダは自分の考えを漏らした。


「一理あるな。相手はまだサンドワームが倒されたことを知らない。その上で砂漠化した土地を買い切るか。思っても見ないことだった。俺たちはずっと、いつ自分たちの築き上げた土地や資産があの化け物に食い潰されるかと怯えて生きてきた」


「相手の思惑を逆に利用しちゃう感じでさ。でもあからさまに、怖くないぞーって言い出すと何かあるって疑われちゃうよね」


「つまり、無欲なまま、砂漠に街を起こしたいから土地の権利書をくれと言うわけか」


「そうそう。賢慮書もなく、勝手に緑化させたら、土地を奪いにくるでしょ? その前に自分たちのものにする必要はあるよ」


「難しいな。今の国の情勢での土地の売買は白銀板10枚は降らないだろう」


 ミズネからこの国の通貨レートを聞く。


アンドール/ミンドレイ/ジーパ

 ーー  = 石貨 = ーー

 ーー  = 銅貨 = 白札

 銅板  = 鉄貨 = 黄札

 鉄板  = 銀貨 = 青札

 銀板  = 金貨 = 赤札

 金板  = 白金 = 黒札

白銀板  = ーー = ーー



 ジーパでは降霊術に使われる黒札が最高位に挙げられるように。

 ミンドレイの王族しか扱わない白金貨が位置するように。

 アンドールにも最上級とされる通貨がある。


 どの国にも存在しない、十数年に一度発掘される白銀を通貨にした白銀板。

 土地の売買をするには、それを得られるまでのグレードをあげる必要があった。


「商人ランクのどこまで目指せば、獲得できる機会がありそうですか?」


「王国お抱えのA、または国内出入り自由のSだろうな」


「目指すんならSだな」


「師匠ならすぐだよ」


 だなんてやり取りを思い返しながら、お得意さんになりにきた行列を捌いていく。


 本日のメニューはサンドワームドッグ。

 ふかふかのコッペパンに分厚いソーセージを網焼きして乗せ、ティルネが作ったマスタードとトマトケチャップを乗せた一品である。

 ソースがこぼれないように葉野菜のレタスで抑える工夫も忘れない。

 その場でも食えるが、お持ち帰り用に布に包むサービスも喜ばれた。


 洋一が肉を焼き、ティルネがソースをかけ、ヨルダがお金の計算をする。と言っても受け取るだけなので、あとは人数分の発注を聞き漏らさずに捌くだけ。

 ここはワイルダーの店でウェイターとして働いた経験がいきている。


 行列であるにもかかわらず、飛び交う発注を聞き逃さずに捌くと言うのは記憶力もそうだが、高い演算力も求められるのだ。


「やぁ、今日も来たんだね。私と従業員の分を包んでおくれ。代金は昨日と一緒でいいのかい?」


「お世話になってます、昨日買い付けたニンジンもソースに使われておりますよ」


 洋一が焼き台から顔をあげ、声かけする。

 昨日買い付けた野菜は形こそ不揃いだがどれも絶品だった。

 ソースという形で使ってやれば、驚くほどの味を生み出す。

 本当ならスープの提供も考えたが、この人混みの中で、テーブル席も用意せずにスープを出すのは暴挙だろうと、今回はホットドッグならぬサンドワームドッグと銘打って販売した。

 いつものように先端を*のように切り込みを入れるのを忘れない。


 手間ではあるが、相手を「ああ、いつものね」と納得させるための工夫がこれなのだ。

 実際にサンドワームの肉が使われているという事実は伏せられたまま、客たちは安価でその肉料理を買い求めた。

 


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