第29話 おっさん、屋台を始める③

「冒険者ギルド?」


「ああ。この金額だと買い物するだけですぐに足がでちまう。今この金額でやれることといえばあれしかないな」


 あれ、というのが何か分からない。

 ハバカリーは慣れた手つきで受付に行くなりあれこれ書類を用意して欲しいと頼み込む。

 洋一は言われた通りにギルドライセンスを渡したり、手数料を支払ったりする。

 そんなこんなであっという間に洋一は屋台の経営権を勝ち取っていた。


「これで今日から屋台を引けるぜ」


「バイトとかでよかったんだけどな」


 ミンドレイではバイトをしていた。

 その説明をするにも、ハバカリーからは全く違う要因でそれは無理だと言い切った。


「この国に人を雇う余裕のある雇用主がいると思うか?」


 洋一は何も言い返せない。

 アンスタットは酷い有様だった。

 アンセルもまた同様であるとハバカリーは言い切った。

 

 なんだったら自分が知ってる頃より経営状態は酷いかもしれない。

 それがありありと思い浮かぶといいたげだ。


「でもさ、売り上げを上げたらその分税金で持っていかれるって話だろ?」


 先ほど為替で聞いた話だ。

 ハバカリーが出て行った後、王政が変わった。

 今まで以上に徴税が厳しくなったという。

 そこに来て為替があんなに出鱈目じゃあ。

 稼ぐだけ無駄になるんじゃないかと洋一は尋ねた。


「それは勘違いだぜ、旦那。税金ていうのは、街に住んでいる国民を対象にとられる。旦那は旅人だ。ずっとこの国にはいないだろ?」


 そんな抜け穴があるのか?

 いや、旅行しに来てるのにアルバイトを探すくらい貧困にさせられた為替が諸悪の根源なのだが。


「じゃあ稼ぎは全部自分のもの?」


「そこまでうまくはいかないさ」


 ハバカリーは説明を重ねる。

 ここでの商売はランク制。

 冒険者と同様にギルドに売上の何割かを納品するとランク上昇の恩恵に預かれる。

 高ランクになれば、アンドール国内でも自由に出入りできるらしい。


「じゃあ冒険者家業が賑わってないのは……」


 冒険者ギルド内は、伽藍堂。

 これがミンドレイなら今の時間帯、多くの冒険者が賑わっている頃合いである。


「みんな商隊の護衛が道中の魔獣を片付けちゃうからな。商人ランクが上がると雇える護衛のグレードも上げられるんだ。この国じゃ、冒険者よりも商人が幅を利かせてるのさ」


「俺たちは別に護衛は必要ないしなぁ」


 自前の戦力がある。

 狩猟とかの許可はどうやって取ればいいのか分からないと言いたげな洋一。


「ところがそうもいかない場合も出てくる」


「というと?」


「商人にとっての護衛とは、冒険者にとっての肩書きや武具に相当する。要は見栄えだな。腕のいい護衛を雇えるくらいに儲けてると周囲に見せつける必要がある」


「それはまた面倒くさいな。ひとまず護衛は無しで細々とやっていこうかね」


「それでいいと思うぜ。屋台をやるって言っても、先行投資で最初は何かと金がかかるもんだ。今の資金でなら、多少の買い付けも可能だからこの手段をとった。ここじゃ冒険者ってのは雇われる側の存在で、自由に出歩いていいもんじゃないからな。護衛でのみこの国に入って来れるんだ」


「なんというか、本当に商売のことしか考えてない国なんだな」


「前からそうだったぜ?」


 そこら辺は筋金入りらしい。

 炭鉱があり、そこにドワーフが住み着いて。

 ハーフフットや人間はドワーフの武器を売り捌いて生計を立てた。

 それがアンドールという国の成り立ちと聞く。


「先行きは不安だが、とりあえずの方向性は見えたな」


 今は手持ちを少しでも増やすべきだろう。ちょうど、食いきれないほどの肉が手元にあるしな。

 屋台のポップはそのまま引き継いでしまおうか。

 『名物! サンドワーム焼き』

 以前まではサンドワームを模した串に刺したドーナツを売り歩いていたが、中身がサンドワームの肉になったところで問題はあるまい。


 ちょっと工夫してサンドワームらしさを追加すれば、商売として成り立つというのは把握済みだ。


「旦那、念の為だけど商品の買い付けに入った方がいいかな?」


「何か理由があるのか?」


「挨拶回りも兼ねてな。今度店を始めるので、ご贔屓にっつうのも商売人の在り方だ」


「随分と詳しいんだな」


「うちの両親も商人でね」


「家を継がずに冒険者になったと?」


「そこを突かれると痛いな」


 ハバカリーは馬の定例愛にも商売のやり方にも詳しいらしかった。

 ご両親は本当に息子さんを可愛がっていたんだな。


「じゃあ、買い出しついでにご両親のお店を紹介してくれよ」


「え? いいよ、俺の家は」


「ダメだぞハバカリー。あたしらはパーティメンバーとして親御さんに挨拶しておかなきゃならない。鍵開けや哨戒役で何度も世話になっている。その挨拶くらいはさせてくれてもいいだろう?」


 キョウがいつになく笑顔でハバカリーの肩をもんだ。

 鬼人の膂力からは抜け出せないのか、ハバカリーは全てを諦めた顔で降参した。


 そんなこんなで市井で買い付けに回る。

 ここで買いに来るのはほとんどが商売人で、国で営業許可をとった大先輩ばかりだという。


「すいません、こちらのお野菜を20個ほど包んでもらえますか?」


「おや、あんた見ない顔だねぇ」


「旅行でこちらに赴いたのですが、為替で手持ちが厳しくなりまして。何かいいバイト先はないかと仲間に尋ねたら商売をしたらいいと案内されましてね」


「あら、ご新規さんかい。こんな時期に旅行だなんて、門番に止められなかったかい?」


 野菜売りのおばさんは、商人以外の出入りを固く禁じていると言った。

 そんな話はここに来るまで一度たりとも聞いたことがない。


「意外とすんなり通れたので、よもやこんなにレートがおかしいだなんて思いませんでしたよ」


「あんた、若いのに今からそんなんじゃ苦労するよ」


「ははは」


 若いと言われてなんとも気恥ずかしくなる。

 全然若くないのにな、と思いつつ。

 買い付けた野菜をその場で一齧り。

 鮮度はないが、それでもたっぷり栄養を吸ってみずみずしさが果実全体に広がっている。

 食べてみるまでなんの野菜かわからなかったが、これはニンジンか。

 まるで雪の下で寝かせて甘みを増したにんじんのようだった。

 グラッセにもってこいの味わいだ。


 しかし洋一の突然の行動に、おばさんはびっくりしたような声を上げた。


「あっ」


「ダメでしたか?」


「鮮度がいいのは大商人の連中が買い占めちまうからね。ここで売られてるのは少しだけ古いのさ。生で食べられるかどうかは、運が絡むねぇ」


「とても美味しいですよ?」


 多少の虫食いはある。しかし、料理次第では大したハンデにはならない。今この姿勢に並ぶ野菜は規格外か、鮮度落ちの商品がほとんどだという。


 まさに新入りの為の市場

 商人ランクが上がれば、また別の市場に行けるそうだ。


 このおいしさをどう伝えようか。

 洋一はすぐさま行動に移す。

 

「ベア吉、屋台を出してくれ」


「キュウン(うん)」


「ヨルダは水を沸かしてくれ」


「はいよ」


「ティルネさんはバターの用意を」


「何をするんだい?」


「俺はこう見えて料理人でね。この場でこの野菜のポテンシャルを引き出して見せましょう」


 洋一はその場で湯を沸かし、葉野菜、ニンジン、玉ねぎ、トマトなどを茹でて、さらにはサンドワームのソーセージを取り出し先端を3回切りつけて*の形にする。


 茹で上がるとまるでサンドワームが口を開いたように見える、ちょっとした工夫だ。

 時間にして十数分。

 市場のど真ん中で突如始まったパフォーマンスは、多くの人垣をその場に作り出す。


 周囲に見せつけながら、汁椀いっぱいによそい、それをおばさんに手渡す。


「野菜いっぱいポトフです。この先割れスプーンでお食べください」


 ティルネが作った、スープをすすれるし、先端で刺せる。画期的なスプーンらしい。

 相変わらず面白い発想をする人だなと洋一も絶賛したほどだ。


「これを売り出すのかい?」


「どうでしょう、その時の気分で色々変えます。メインはこいつですからね」


 洋一は鍋の中から先端を*の形に切りつけたソーセージを摘み上げる。


「うちはこれをサンドワームに見立てて商売をします。ぜひご贔屓に」


 おばさんは「また無茶な寄せ方したねぇ」と呆れながらもポトフに口をつけ、その味に驚いた。


「こいつはうまい。たまに買いに行くよ。いくらで売るつもりだい?」


「外から来た商人には銀版を頂きますが、お世話になった商人には同版2枚で販売を予定してます」


「そんなに安くて税金を払えるかい?」


「俺は旅行者なので、そもそも納税義務が発生しないんですよ。ずっとはここにいませんし、ここに住んでませんから」


 おばさんがそんなことが可能なのかい? と目を見張る。


「そんなわけでして、短い付き合いになりますが、どうぞご贔屓に」


「じゃあ早速。うちの従業員用に三つ、頂けるかい?」


 おばさんは銅板を6枚カウンターに置き、洋一は汁椀を3杯よそった。

 そこから先は匂いにつられた自称お得意様が殺到することになる。

 

 顔を売るのはこれぐらいでいいだろうか?

 ハバカリーに尋ねると「流石にやりすぎ」と半眼で睨まれるのだった。

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