おっさん、屋台を始める②

 いやぁ、それにしても。

 洋一はさっきの状況を振り返る。


「あんなに大勢で移動するとは思わなかったなぁ」


 砂漠を緑化したという情報はあっという間に住民に広まった。

 あれよあれよと街全体に広まるなり、衛兵の何人かも職務放棄して街の外に出る始末だ。

 洋一も人のことは言えないが「計画性がないなぁ」ぐらいに思っている。

 今日の今日、出張ったとしてその場所で暮らせるのはせいぜい10人までだろう。

 それくらいの人数の休憩所を想定してヨルダやティルネに作らせたのもあった。

 そこに30人も押しかけたら、そりゃパンクする。


 だが、生活できる土地があるという感情論が優先してそこまで考えが至らないのかもしれない。


「師匠は悪くないよ」


 ヨルダは、先ほどの発言に不備はなかったと言ってくれる。


「そうは言ってもな。そこまで追い詰められてるなんて知らなかったし」


 まさかそんなにあっさり街を、生活基盤の一つであった屋台までもを手放すレベルだったとは。

 ぼったくりの極地と聞いた時は、何か事情があるんだろうなくらいには思ってた。

 

 その理由は、街の活気から察せられる。

 あまりにも儲けてやろうというより、申し訳なさが目立っていたからだ。

 つまりは商品に自信があるからの料金ではなく、生活するのも厳しいが故の値上げに苦心していたということだった。


 今やアンスタットの街は人口が減少傾向になりつつある。

 賑やかさは落ち込んでいる状況。

 正直、ライバルが減って安心と言ったところだろう。

 それでも出ていくのを優先したのは、本当に生活に困っていたからだろう。


 生活が安定しているならば、街を出ていく必要はないのだから。

 ただし人数が減れば、納税の皺寄せがくる。

 徴税している領主は面白くないだろうなと思いつつ、洋一達は予定通りアンセルの街へと向かう。


「思いの外、時間潰しちゃったな」


「悪いな。首を突っ込みたがりなもんで」


 馬を走らせるハバカリーに、洋一は申し訳なさそうに頭を下げた。

 ハバカリーも、自分も想像力が足りてなかったとこれを受け入れた。


「こっちは道が綺麗だな。ヨルダ、ベア基地を走らせてみたらどうだ?」


「いいの?」


「門が見えてくるまでならいいぞ」


「やった」


 満面の笑み。

 ヨルダはベア吉を担いで外へ。

 影から簡易荷車を引き出して、ベア吉に引かせていた。


「よーし、俺も乗るぞぉ」


「いいよー」


「アタイたちの護衛対象が自由すぎる件」


「はっはっは。まぁここから先危険はないみたいなもんでしょうし、いいではないですか」


「サンドワームの脅威に比べたらそうなんだろうけどさ」


 サンドワーム戦で、全く活躍できなかったことをいまだに引きずっている『一刀両断』メンバーたち。

 リーダー、キョウの心的負担は相当なものになっている。

 言うなれば「これ、アタイら居る意味ある?」ぐらいなものである。


 正直な話。道中の警護で全く役に立っていない自覚があった。

 その上で護衛対象が単独で三度ワームに立ち向かっていけるほどの強さを持ち、野営も現役冒険者なんかより全然慣れっこで。なんだったら飯の準備まで任せっきり。

 本当に案内役のハバカリー以外が文字通りのお荷物となっていた。


 所詮はCランク。しかし、それでもCランクなりの仕事はさせてもらいたいと目で抗議しているが、あいにくとそういう察する力は持ち合わせていないみたいだった。


「イケイケベア吉。兄ちゃんたちに負けるなー」


「キュウン!」


 馬車の前をベア吉が頭一つ前に出る。

 兵装がいつの間にか競争になっていた。


「おい、あまりスピードを出すな。動物は急に停止できないと教えただろう?」


 突如勝負を求めてくるヨルダに、最初こそ動物の扱い方を説くハバカリー。馬は急に止まれない。クマなら尚更だ。

 危険は動物だけではなく、自身にも降りかかるぞ。

 そんな釘差しである。


「なんだよ、兄ちゃん。負けるのが怖いのか?」


「言ったな?」


 しかし、ハバカリー。売られたケンカは買う性分のようで。

 いつしか速度で勝負するようになった。

 馬車の後部から流れていく速度が早まる。

 それにキョウたちが焦り始めた。


「おい、ハバカリー。スピード出しすぎじゃないか? おい!」


 すごい勢いで景色が流れていく。

 暴走馬車と、暴走クマ車が、道を爆走して、あっという間にアンセルの街に到着した。


「そこの車、止まれ!」


 門番に武器を向けられる形での停止。


 何やら魔獣の襲撃と勘違いされた形らしい。

 未確認の熊型魔獣に馬車が追い込まれているように見えたらしい。

 いや、人が乗ってるのが見えたはずなんだがな。


「すいません、うちのメンバーが」


「子供たちが白熱してしまったようで」


「今後二度とこのようなことが起らないようにしてくれ」


 門番に再三注意されながら、一行はアンセルの街にたどり着く。

 まずは為替で残りの通貨を切り替える。


「え、これっぽっち?」


 しかしこれに意を唱えたのはハバカリー。

 明らかにレートが操作されていると感じたらしい。


「あんた、この国の人? だったら前王時代の人なんだね。あの頃はまだマシだった。今のアンドールは酷いもんだよ。今じゃどこもこのレートでやってるよ」


 むしろ自分達は良心的だとさえ言っている。

 国とズブズブの関係の場所なら


「だってこんなの、ミンドレイじゃこいつとこいつが等価だぜ?」


 ハバカリーが取り出したのは鉄を叩いた四角い板と、鉄貨。


 しかしここではさらにそれより下の石貨と等価だということらしい。

 つまりは金貨を持ってきても、この国においては銀貨の価値しかないと言われたのだ。


 アンスタットがぼったくりになるわけである。

 この国は何よりも国内通貨が高く、外貨のグレードを一つ落として為替を成立させていた。


 完全輸出に頼ってる国なのに随分と強気だ。

 それだけ武器の出来栄えに自信があるらしい。


「そうは言ってもね。うちだってお上に文句の一つも言いたいよ。けどこの国はこうなってるから。文句を言った同僚が、もう何日も帰ってこない。わかるだろ?」


 この国では、苦言の一つも呈することもできない圧政によって成り立っているのだそうだ。


「前王はどこへ?」


「ご病気で亡くなられたようだよ。どこまで本当かわからないが、今代の王は色々ときな臭い噂が絶えないからねぇ」


「悪いな、今のアンドールの情勢も知らずに突っかかって」


「いいさ。うちらもどうにかしたいと思っとる。贔屓にしてる商人もな、もうここと取引するのはやめようかって顔になるんだよ」


 ハバカリーは何も言い返せず、為替を後にした。

 稼いだはずの金貨は二束三文になった。


 そしてこの金を外に持って行っても、アンドールと同様には扱えない。


「本格的に人を外に出させない仕組みですな」


 ミンドレイ人のティルネが何かに気がついたように述べる。


「この国もミンドレイと一緒か」


 ジーパ人のキョウ、ヨリが頷いた。

 どこも住民をオモチャか換えの利く駒だと思っている節があると断言する。


「ジーパも大概だったけどな」


「え、そう?」


 アストルのぼやきに、洋一達は本当に理解できないという顔をした。

 誰もが苦労をした覚えがないという顔でアストルをじっと見つめている。


「いや、あんな力自慢の民族。一緒にいて疲れませんか?」


「気のいい連中でしたよ?」


「恩師殿は勝負する前に胃袋を掴みましたからな」


 原因それじゃん。アストルは諦めたような心地で理解する。

 自分にはないもので勝負されても勝負にならないからだ。


 そこから先は水掛け論。

 それぞれがそれぞれの主張のもと、国の問題点を挙げる。

 これに至っては実際にその国に住んだ人々の主観が入るので、


「それよりも、この金額で何日生活できるかだよな」


 ハバカリーに換金してもらった金額は二束三文。

 ミンドレイではそれなりの稼ぎに思えたが、換金したら子供のお小遣いになれば誰だって困るだろう。


「ごめん、ここじゃ俺の金銭感覚もあんまり役に立たないみたいだ。先に謝っとく」


 先にハバカリーが頭を下げる。

 アンドールの案内人として、失格だと己を恥じたようだ。


「頭を上げてください。別に私たちは豪遊したいわけではありません。それよりも、これで何ができるかの案内を頼めますか? 私らにはそれすらもわからない。あなたが頼りなんです、ハバカリーさん」


「そういうことだったら……」


 ハバカリーが案内してくれたのは冒険者ギルドだった。

 要は本当に食うのに困った時に頼る場所であり、ある意味ではストレートにわかりやすい場所でもあった。

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