第29話 おっさん、屋台を始める④
市場での買い付けを終えた後、流れでハバカリーの実家へと雪崩れ込む。
「いらっしゃい。けどあいにくと開店前でね。時間を開けてきてくれないかい」
「少し小さくなったか? 親父」
「うん? どちらさんだろう」
そこは少し寂れたレストランだった。
いや、酒場なのかもしれない。バーカウンターの他に、テーブル席も備えている。しかしそこは若干の年季が伺えた。
今やカウンターでしか客を取ってないように思う。
「俺だよ、俺。あんたの一人息子の」
「ああ、どこのバカに顔が似てるかと思ったら。お前かハバカリー。なんだ? 今更家を継ぎたいとか言ってももう遅いぞ? この店は俺と母さん二人の思い出の店だからな。出て行った時、もうお前は息子とは思わない、そう言い渡したはずだ。俺たちに息子はいなかった。話はそれだけだ。帰ってくれ」
自分の息子とわかるなり、態度を一変。
先ほどまでの申し訳なさそうな顔から、憤怒の表情でおいはらう店主。
「ああ、すいません。実は俺から嫌がる彼にお願いしたんです」
「あんたは?」
訝しむ店主に、洋一は自己紹介を行う。
自身が料理人であること。
各国の風土にあった料理を楽しむ趣味を持っていること。
アンドールにはその旅行に来たこと。
ハバカリーは雇った護衛の一員だったこと。
「なるほどねぇ、そこのバカは役に立ってますか?」
「うちの弟子がすっかり懐いてますよ。良い教育をされたようで」
馬の扱い、そして商売のノウハウ。
色々教わったと説明する洋一。
「そいつは物覚えだけは良かったんですよ。けどねぇ、私たちの思いまでは引き継いでくれなかった」
「心中お察しいたします。ですが、子供はそれ以外を求めるものです。今やってることに疑問を覚え、自信過剰になる。親というのはそれを見守り、応援するものですよ」
「あんた、若そうなのに随分と成熟してるねぇ」
「若く見えるだけで、俺は30半ばですよ。皆によく驚かれるんですが」
主人は目を見開いて驚く。
ハーフフットだって見た目年齢だけなら随分と若いだろうに。
自分のことは棚上げだろうか?
「いやぁ。これは失礼した。若造に何がわかると意固地になってしまってねぇ」
「ここは長いんですか?」
勝手にカウンターの椅子を引き、座る。
店主も開店準備を始めながらそれに受け答えした。
二人だけの空間。
気づけばそれ以外の人員は店の外に出ていた。
ハバカリーが近くにいると、素直になれないのを察したのだろう。
どうしてあそこまで家に戻りたくなかったのか。
それを語りから察する。
「なるほど、選民意識が?」
「ああ、今代の王政から特にそれが強いように思いますね」
「実際に息子さんを外に逃したのはあなたですよね?」
「どうしてそう思うんだい?」
「みてればわかりますよ」
洋一は、親子の関係を見て、本当に嫌ってるならあんなふうに脅して距離を置くことはないと語る。
劣化の如く怒り出すのは、まだその人物に思いがあるからだ。
逆に怒りすぎてる場合は無関心になる。
でもそうじゃなかった。
息子を大切に思ってるからこその忠告。
「どうも、息子さんをこの国に残すことの方が問題だったように思って終えて」
「見抜かれてしまいましたか。あの子は実は……」
「ほぅ」
ちょっとした雑談の中で随分と重い話がぶち込まれた。
なんとハバカリーはこの国の王族の一員だったという。
ただし旧王国。
今のアンドールを率いている一族により滅ぼされて、生まれたばかりのハバカリーを民間人として育てたのが、今のご両親だったという。
「私、こう見えて旧王国の親衛隊なんかしてましてね」
「馬の世話とかの技術はその時に培ったものだと?」
「ええ。あの子には世界を見てもらいたかった。過去を知らずに、今の世界を見て。でも、まだそれを知るには若すぎる」
今から15年前。
彼が生まれて間も無く、旧王国は襲撃にあった。
首謀者はドワーフを唆したミンドール王国の冒険者だと言われている。
何やらダンジョンで力を手に入れたとかで、その力を使ってかつての王国の基盤をひっくり返したとか。
「その力が……」
「ええ、サンドワームと呼ばれる
合点がいった。
この国の遺物な文明が。
そしてドワーフがハーフフッドに威張り散らしている理由が。
この国はミンドレイ王国の介入を受けて、変貌してしまったのだ。
亡国の王子であるハバカリーを隠すように育て、外の世界に逃した。
それが真実だと伝えられた。
「サンドワームによって、旧王国は滅ぼされ、影響の強い街だけが残された?」
「その通り。しかも元王国はダンジョンの支配域。逆らうものがいればたちまちにサンドワームの餌食となります」
「なるほど」
「あなた方も早くこの国を立ち去りなされ。あの子の元気な姿を見られて良かった。あんたは良い人だ。こんな国のために、時間を無駄にしてはいけないよ」
それは心からの心配。
だからこそ、潮目が変わったことを伝えるべく、洋一は動き出す。
「ところで話は変わりますが」
「ああ」
今の話聞いてなかった? みたいな顔をされる。
「実は俺、料理人をしてまして」
「さっき聞いたねぇ」
「息子さんに為替で稼ぎを二束三文にされて、何かいいバイト先がないかと聞いたらギルドに案内してもらい、新しく商売を始めることになりまして」
「だからすぐに出てはいけない?」
「まぁそういうことです。それでですね、新しい商売が通じるかどうかの評価をして欲しくて」
洋一はニコニコしながら育ての親に一品振る舞う。
先ほど市場で提供したポトフではない。
少しこだわった手ごねハンバーグ。
それを仕上げて出した。
「お口に合うかはわかりませんが。サンドワームの肉汁たっぷりハンバーグです」
「そう言えば、商売になると学んだか?」
アンスタットの屋台の多くがその商法で売り出している。
まずは味見でもするかと主人がナイフで切り分けて驚く。
びっくりするくらいに肉質が柔らかく、力を入れずともカツンと皿にフォークが当たってしまった。
だからと言ってフォークで刺してすぐにこぼれ落ちるということはない。
口に中で噛み締めれば、しっかりとした歯応え。
そして口内に溢れる肉汁が、野趣を思わせる独特の香りが咀嚼するたびに新しい味の提供をしてくれる。
「ミンドレイで仕入れたワインもあります」
「その国にいい思い入れはないが。酒にまで罪はないものな、頂こう」
「ツンとくる酸味の中に、ほのかな香味。これが抜群にハンバーグと合う」
「でしょう? いくつか味見をした中で、これが抜群に合うと思ったんです。流石に安売りはできませんが」
「でしょうなぁ。それでこのお肉は一体どんな家畜のもので?」
「サンドワームです」
「ははは、冗談を言っちゃいけないよ。あれは旧王国を滅ぼしたダンジョンモンスターだ。そこらの魔獣と比べちゃあいけない」
「冗談でもなんでもなく、こいつ食い出がありそうだなぁと思って、道中で遭遇して討伐しました」
ガチャン。
それはカトラリーを取りこぼす音だった。
二人しかいない密室に静寂が訪れる。
主人が表情を失った顔で洋一を見据える。
「本当に倒したのか?」
「証拠ならありますが、息子さんを室内にお入れしても大丈夫ですか?」
「理由を聞こう」
「討伐風景を見ていますから。護衛に参加した人たちも目撃しておりますね」
「わかった。ことは国を揺るがす大事件だ。あまり表沙汰にはできないな」
「とはいえ、あの図体ですから。肉は余るわけですよ」
「まさかあんた、この国を破壊し尽くしたサンドワームの肉を!」
「安価で切り売りしようかなって」
「安価と言ってもいくらだ?」
「銅板2枚。実質タダでもいいんですが、調味料や野菜の仕入れ分くらいは稼ぎたいなと」
「ダッハッハ。あんた、最高だな!」
店主は見せたことのない顔をしながら過去一笑って見せた。
旧王国の滅亡以来、なくことも笑うことも許されなかった彼は、本来そういう笑い方をするのだなと、驚く洋一だった。
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