第20話 藤本要の場外戦術①
「そういえば聞いた?」
「突然なんの話だ?」
読書中、ルームメイトのヨーダからの呼びかけにオメガはムッとしたように聞き返す。
男女でありながら同室というのにも納得がいってないのに、なんら恥ずかしがらない相手。
本当に公爵令嬢なのか? という疑いは日に日に強まる一方だ。
「いやぁ、Fクラスの女子からこんな話を聞いてさ」
会話に応じるつもりはないという毅然な態度のオメガに、ヨーダはそんなこと知ったことかと会話を始める。
いつだって主導権は自分にあると主張する女である。
今は男の姿であるが。
それは貴族街の裏通り、ゴールデンロードという名前の店舗の話。
そこでは貴族に限らず、駐屯騎士や貴族街に働きにきている商人や平民を魅了するランチが提供されているらしい。
「Fクラスといえば外部生か。毎回毎回どこからそんな情報を仕入れてくるんだ?」
「コミュニケーション円滑のおかげかな? ここの貴族は平民だからってまるで道具みたいな扱いじゃん? その干渉役をオレが買って出てるわけ。ただの貴族だったらなんの後ろ盾もないわけだが、ロイド様の護衛役で、Sクラス、そして魔法訓練の噂の影響でモテモテなのよ」
「君は女子だろう?」
「男に言い寄られるより、100倍マシ。いやぁ、女の子の初々しさは見ていて気持ちいいね。かつては自分もこうだったのかと思い出して泣けてくる」
「前から思っていたが、君は精神的な部分が常人を逸しているな」
「お褒めに預かりありがとうよ」
「褒めてない」
舌戦では一歩及ばぬオメガだった。
しかし話の内容から察するに、特にこれといった女いうほい腕はなかった。
どんな相手にも低姿勢で売り込む商売人がいるというだけ。
「それで、その店がどうしたんだ?」
「今度
「唐突だな。先方の予約を無視しておいでだ」
「そこは約束なりなんなりしてさ。オレ、なんか貴族の飯が体質的に合わなくて」
「君は貴族令嬢なのだろう?」
「だが【蓄積】もちだ。お前は貴族社会で今まで【蓄積】持ちがどんな待遇を受けてきたか知らないからそんなことが言えるんだぞ? 一日一食あたりまえ。かびたパンに虫の入ったスープなんてザラだ。そんなご飯でも体に取り込まねば生きていけない環境を考えたことはあるか?」
今まで飄々としていたヨーダの目に力が込められる。
オメガは「いや……」と返すので精一杯であった。
「むしろそんな待遇を受けてきて、よく生きてこれたな」
「コツがあるんだよ。おかげでこんな反骨精神旺盛な性格になっちゃった」
両手をパッと広げてぶりっこのポーズをして見せる。
「可愛く言っても可愛くはならないぞ?」
「なんだよー構えよー」
自分が女であることを唯一知ってるオメガだからこそ、そういうチャチャを入れてしまう。
かつての洋一もオメガみたいな朴念仁だったことを思い出す。
後日、教室にてそんな誘いをしてみた。
「ふぅん、ミンドレイの下町の食事ね。ここの国の食事が妾の口に合うかしら? 屋敷でも振る舞っていただきましたが、口に合わずに苦労していましたのよ。贅を尽くすのは構わないけど、脂や糖があまりにも主張しすぎて、このままではぶくぶくと太り果ててしまうわ」
紀伊は今の待遇を煩わしいと漏らした。
「わかる。貴族飯って、贅沢品をふんだんに使うのをありがたがれって料理人の心の声が透けて見えるよな?」
「初めてあなた様のことが理解できた気がするわ、ヨーダ様」
「お褒めに預かり光栄に思います。紀伊様」
「そうなのか? オメガ」
「こいつは特殊な生まれですからね」
「父上から聞いている。だが、それでも派閥を作ってみせた。そんな彼の掴んできた情報か。興味はあるな」
ロイドの興味も引いて、ヨーダ達はまんまと噂のゴールデンロードへ引き寄せられるのだった。
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