第19話 おっさん、蘊蓄を語る⑥

 そこでは席のほとんどが埋め尽くされ、テーブルの上には見たこともない単純な料理が並べられていた。


「あ、騎士様も来たんですね。お一人ですか?」


「あ、ああ。夕方からのオープンだと聞いていたが、昼からもやっているのだな」


「ええ。昼に色々試作を作っていたらですね、自分たちで食べきれないのでみんなにも色々意見を聞きたくて開けて食べてもらってるんです。材料はタダじゃないので、少しいただいてますが」


「へぇ、どんなものがある?」


「今メニュー出しますね。コース料理みたいのはなく、単品ものとなりますが」


「それで構わない」


「お、騎士の人も来たんだ。これメニューね」


 貴族の少女、ヨルダが男装して配膳していた。

 そして配られたメニュー表の量を見てびっくりする。


 その量の多さにである。

 そして価格帯もまた嬉しい。

 にこ、三個と選んで持ち帰るのに適していた。


「今は警邏中なので仲間にも食べさせたい。これとこれを三人分、持ち帰りで」


「今ご用意しますねー」


 男が一瞬顔を出し、何かをしたと思ったらすぐに出てくる。

 ヨルダが包みに入れて、それをアトハに手渡した。


「毎度ありー」


 元気いっぱいの笑顔で見送られて、アトハは心地よい気分で詰所に帰った。そこで休憩中の仲間に差し入れを渡す。


「買ってきたんだが一緒にどうだ?」


「お、あとはからの差し入れなんて珍しいね。明日は槍でも降るのかな?」


 同僚のロイが早速一つの揚げ物に手を伸ばした。

 クロッケのような物体だ。


「あ、これ美味しい。どこで買ったの?」


「ゴールデンロードという酒場だ」


「酒場?」


 酒場なのにこんな昼間っからやっているのか?

 という顔で見られた。

 やっていおるのだから仕方ないだろう。


「団長の護衛をした御仁が働いているお店だ。料理人というのは本当らしい」


「これ、いくら?」


「銅貨3枚だな」


「やっす」


「ついつい購入してしまった。一人じゃ食べきれないから助っ人を頼む」


「そういうことなら任せてよ!」


 ロイはヒョイパク、ヒョイパクと差し入れを食べ進めた。


「こら、私の分まで食べるな!」


 そのおかげで、自分が食べたいと思っていたものまで食べられてしまっていた。


 当分は通いかな?

 食べられなかった食べ物の味が気になるというのもあったが、あのメニューを制覇するのはいつになることやら。


 鬱屈とした生活に、ほんの少しだけ楽しい出会いがあったと感じる。


 しかし翌日には売り切れていたり、踏んだり蹴ったりな日々が続いた。


「ロイのせいだ、あのクロッケのようなやつ、どんな味かすごい気になるのに!」


「あれはチキンだよ。チキンのクロッケだ」


「チキンというとコカトリスとか?」


「そういう高級食材じゃなく、多分コッコのような家畜だよ。それを片栗でまぶして、揚げたんじゃないかな? でもあれは今までのクロッケの常識を変えたと思うよ」


「お前、作るの手伝え」


「えー、僕は食べるの専門なのにー」


「どこかの誰かさんが私の分まで食べてしまったせいだろ?」


「差し入れだって渡したアトハにも責任はあると思うよ?」


「むー!」


「なんの騒だ、お前たち」


「あ、団長」


「お疲れ様です、団長。実は……」


 アトハは綺麗に敬礼し、ネタキリーはプライベートな時間までする必要はないと制した。


「今話題のゴールデンロードのお昼メニューですね。ほら、森で出会った料理人の」


「ヨウイチ殿か。確かに干し肉一つで病みつきになる味わいだった」


「一口サイズとはいえ、それを銅貨3枚で切り売りしてるのは流石にやりすぎだと思うんです」


「貴族だけではなく、騎士や平民にもチャンスをくれてやっているか。あの人らしい」


 ネタキリーは今度みんなで酒場に顔を出そうかと提案した。

 さっきまで喧嘩していた部下の表情はパッと明るくなり、午後のケイラ元どこ降りなく進んだ。


 酒場を奢るだけで機嫌が良くなってくれるなら安いものだ。

 ネタキリーはそんなことを思いながら訓練所に足を向けた。

 


 

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