第20話 藤本要の場外戦術②

「随分と繁盛しているようだな」


 オメガが店の前にできている行列を見て言った。


「噂通りだな」


 ロイドが感心したように言う。

 噂とは、平民に混ざって騎士や貴族も一緒に食べると言う異色の光景が広がっていると言う意味だ。


「予約はしているんだろう? さっさとテーブルに座ってしまおう」


 オメガが、ヨーダに向けて言い放つ。

 しかし残念ながらと言う顔絵で肩をすくめた。


「あいにくと、ここのランチは予約なしで食えるんだよ」


「正気か?」


 こちらには二名の王族がいるんだぞ? と言う顔。

 よもやこの列に並べと言ってるのか?

 オメガの貴族らしい一面が垣間見えた瞬間だった。


「あら、相席スタイル? ジーパでは見慣れたものよ。流石に妾と同席してくださる方はおりませんでしたけど」


 口元を扇子で隠しながら紀伊がにこりと笑う。

 なお、目は一切笑ってないので怖い。


「おっちゃん、最後尾どこ?」


「おう、ちょうど俺の後ろだ。って、お貴族様が列に並ぶなんて珍しいな」


「そうなのか? やっぱり他の連中は列に並びたくないって駄々を捏ねたり?」


「そのために奥のテーブルが位置も満員なんだよ。予約はしてないにも関わらずな」


「へぇ、そっちはまだ空きそうもない感じ?」


「入ったら入りっぱなしさ。早いもん勝ちだよ。おっと列が動いたぞ。ここからは騎士や貴族様との勝負だ。絶対に列を譲ったらダメだぞ?」


 平民のおっさんはまるでここが死地であるかのような緊迫感を持った姿勢で列に並んでいた。


「面白そうじゃん」


「全然面白くないぞ? すいませんロイド様。こいつはいつもこんな調子で」


「ははは。これも経験さ。紀伊様はどうか? 疲れたのなら場所を変えるが」


「全然、立つのは苦ではありませんの」


「とのことだ」


 このメンツで文句を言ってるのはオメガだけだと理解したようだ。

 そして列の前方でざわつきが起こる。


 早速トラブルが舞い込んだらしい。


「おい! ボク様が食べにきてやったぞ! 道を開けろ、平民!」


 見るからに貴族然とした冒険者風の男が、まるで当然の権利かのように列に割り込んで早く飯を食わせろと威張り散らした。


「早速おいでなすった」


 列のおっさんが慣れた態度で注意を配る。

 すぐに騒ぎに気づいて騎士弾が駆けつけてきた。

 否、店から飛び出してきた。


「騎士団まで常連か」


「貴族が食べにくるほどですものね」


「あの方達は常連であると同時に自発的に警邏を申し出たのだ。なんでもここのシェフに恩義があるのだとか」


「へぇ」


 シェフがオンを売るってなんだ?

 ヨーダどころかオメガやロイド、紀伊までも呆れている。


 騎士団が終わってるのか、シェフが凄すぎるのか。

 判別がつかない。


「あんた、また来たのか。懲りないなぁ、お一人でよろしいですか?」


 強面の大男が店の中から出てきた。

 何人も人を頃pしてきたかのような風格を持っているが、常連は見慣れているのだろう、特に驚くような態度はとってないようだ。


「おう! 奥の座敷を所望する」


「一名様ごあんなーい」


 半ばヤケクソ気味な声。

 それぐらい毎回来るのだろう。


「奥の座席まだ開かないけど入れちゃっていいの?」


 奥からもう一人、店員がやってくる。

 ボーイッシュな姿をしているが、女だろう。

 ヨーダの観察眼は全てを見通すのだ。

 単純に、自分が男装しているから着慣れない感を見通せるだけだったりする。

 顔立ちはどう見たって女子のそれだし、男装初心者と言ったところか。

 口調こそ男性らしさを出してるが、所作は女性のそれだった。


「しょうがねーだろ。一回痛い目見せたほうがいい」


「はーい。じゃあこちらでーす」


「おい、今物騒な言葉が聞こえたが?」


「すごいタイミングできたよね、あんたも」


 同情するような顔。本当に悪いタイミングで来たみたいだった。


「いったいどこの貴族が来たってんだ!」


 しかし横入り貴族は悪びれない。


「この国の大臣と王様が貸し切ってるんだよね」


 なので店員は仕方ないなぁと答え合わせをした。


「急用を思い出した!」


 突如乱入してきた貴族は踵を返す。

 しかしその肩を恐るべき力で鷲掴み、奥の個室の扉を開けた。


「失礼します! お連れのお客様がいらっしゃいました」


 連れ? どこの誰だと言う厳しい視線が横入り貴族に降りかかった。

 なんならお付きの騎士は剣に手を置いてさえいる。


「どこの痴れ者だ。つまみ出せ!」


「ごめんなひゃああい!」


 横入り貴族は無事騎士団によって摘み出された。

 室内では再び歓談の声。

 しばらくして奥の個室は締め切られた。


「陛下……」


「ま、王様が先陣切ってご試食なさったお店だ。味は期待していいんじゃないか?」


 ヨーダはロイドの肩をポンと叩きながら、適当な言葉を並べた。

 あまりにも不敬なヨーダを、オメガは射殺さんばかりに睨みつけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る