第19話 おっさん、蘊蓄を語る③
「その前に朝飯ですかね?」
掃除をして、仕込みをする前に朝ごはんを食べることになった。
昨日の使ったスープは売り切れたので、また一から作り直しだ。
ヨルダは庭の畑を魔法で改造して行っている。
昨日出されたサラダはヨルダの持ち込みだった。
その分の代金も請求したら喜んで支払ってくれた。
ここでは金よりも何よりも上位貴族から覚えが良くなることを優先するのだそうだ。
「肉は切れてましたので、こちらを使わせていただきますね」
洋一が用意したのはジャガイモ、干し肉、そして卵にパンだ。
「何ができるか皆目見当もつかないな」
「もしかしてコロッケ?」
「コロッケというのは、芋を揚げたあれか?」
ワイルダーもモノそのものは知ってるようだ。
しかし製法は洋一のものと異なるそうで、それには片栗粉を使うそう。
片栗を塗した芋を素揚げするみたいだ。
しかも芋は皮をつけたままでやってしまうとういう。
それはそれでうまそうだと思いつつ、お馴染みのコロッケを作った。
「芋を茹でて、皮を剥くのか。茹でるとそんなにつるんと剥けるのは知らなかった。それをほぐす? 面倒じゃないか? いや、噛む必要を極力抑えるためか。干し肉を……え、そこで芋に挟む? それを卵に浸してパンを粉にしてまぶす? 意味がわからんぞ」
ワイルダーはメモをとりながら完成形が見えないと嘆いた。
なので出来上がるまではじっと見て、出来上がったものを口に入れて理解する。
「信じられない! これが干し肉の味なのか!」
干し肉だけではない、飛び出た肉汁を芋に吸わせることで味わえるコロッケだ。
「あー、このタイプのコロッケは初めてかも」
ワイルダーは絶賛し、ヨルダは手が止まらないと次々と口にする。
今回は小さめに作ったのでいっぱい食べても大丈夫にした。
大きく作るとあげるのに時間がかかってしまうからだ。
「メンチカツではなく、干し肉をメインに使ったコロッケだ。肉の旨みを芋が吸って、芋そのものも上手くしちゃうんだ」
「これはうまいな。うちでも真似していいか?」
「どうぞどうぞ。その代わり、俺にもワイルダーさんの料理を教えてもらえますか? 俺、中央都市の料理に疎くて」
「俺なんかのでよけりゃあ、いくらでも教えてやるぜ」
そこから昼食まで料理の作り合いが始まる。
地域や風土ごとの料理の発展は目を見張るものがある。
先ほどのコロッケ、地域によってはフリットと呼ばれる揚げ物だが、この世界ではクロッケという名前で好まれているらしい。
「いや、初めて食べたが、これはワインが進むな」
「そうだろう? むしろワインと合わせるために発明されたと言われてる。こっちの地域の芋は品種改良されて小ぶりだからな。だからこそだ」
「もしろクロッケ用の品種になったか」
「おかげで、クロッケに合わない規格のは安く買い叩かれちまうんだよ」
「そういうのをコロッケに使えばいいじゃないか」
「食ってうまいとは思ったが、手間がなぁ」
確かに手間暇はかかる。
変に人気になっても人手が足りなくなる。
対してクロッケは片栗粉を塗してあげるだけ。
シンプルだからこそ、提供速度も安易だという。
「こういう揚げ物は酒場の定番になりやすい。手間は省くものだ。上客でもなければな」
「だからこそ、俺に店は合わないんだ」
「腕はいいんだがなぁ」
「料理が好きなだけで、好きなように作りたいんだよ。客のニーズにに合わせては苦手だ」
「面倒なやつだな」
ワイルダーは洋一をそう嗜めた。
だからこそ、発想が自由だとも褒める。
ある意味で自由な料理だ。
形式にはまらない料理を口にして、世界の広さを感じ取るワイルダーだった。
「本当に、今日はいい経験がつめた」
「こちらこそ。この国でどんなものが流行って、そうなった歴史を知れた。それは料理人にとって蓄積すべき知識だよ。何せすぐに用意できる。前までの俺はどこの地域だからと自分の知識の総動員でなんとかしてやろうと思ってたからな」
「オレは師匠の料理でも美味しかったよ?」
「それでもさ。幼い頃に食べた母親の味ってのは誰の心にもあるものさ。おいしくはないのに、無性に食いたくなる時がある」
「ああ、俺もあるなぁ」
ワイルダーは洋一の話に相槌を打ちながら懐かしんだ。
その当時の思い出を語りながら、夜の開店に向けて仕込みをした。
合間に魔法の練習なんかをして。
ワイルダーの日常は少しずつ変貌を遂げていく
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