第10話 おっさん、おっさんを拾う

 ヨルダとすっかりチリペッパーの魅力を満喫し切った洋一。

 しかし、もう一品何かでチリ風味を試そうとしたところでその食材が切れていることに気がついた。


「うーん、どうしたもんか」


「どうしたの、師匠?」


 ウルフ肉のチリペッパー炒めですっかり満足し、課題づくりに取り掛かるヨルダ。

 シャワーの原理はだいぶ理解してきたのか、水の通り道さえ完成させればすぐには運用できそうなところまで来ている。

 

 これはしばらくしたらシャワーでの生活が待っている。

 洋一はウキウキしながら、次は何を作らせようか考えた。

 その上で、今の状況を説明。


「魚切らしてたなと思って」


「今である必要ある?」


 全くだ。ヨルダのツッコミに頷く。


「さっきの肉に使ったジャムな、実は魚にもあう」


 だが、これに至っては性分とも言えた。

 あの味、あれに合うかも!

 思い立ったら吉日とばかりに試したくなる。


 そして、実際にものがない時に限って、やりたくて仕方がなくなるのだ。

 むしろ、サクッととってこようぐらいの気持ちになってきてる。


「なるほど」


 ヨルダはそう言いながら立ち上がる。

 どうやら一緒についてくるみたいだ。


「なんだ、ここで待っててくれてもいいんだぞ?」


「実は運動不足を感じてて」


 ヨルダはその場で足踏みした。

 肩を回し、首も回す。

 食後の運動と行きたいのだろう。


「まぁ、運動は必要か。よし、なら久しぶりに一緒に行くか」


「おー!」


 元気一杯のご様子。

 ならどっちがいっぱい釣れるか競争するか! ということになった。


「あ、その毛皮持ってこ」


「え?」


 そこで、ヨルダの提案。


「野生動物払い。魚放っておくとさ、泥棒が多くて」


「それ持ってくだけで変わるのか?」


「ジェミニウルフに効いてる時点で曰く付きだよ」


「まぁ、ご利益があるんなら持ってくか。畑はいいのか?」


「じゃあ、中にちぎって置いてこ」


 ということになった。

 クマの頭を木の家の中に放置。

 間違って入られても威圧感に押し負けてくれたらいいなと思いつつ。

 まぁ念のためというやつだ。


「何書いてんだ?」


 そろそろ行くぞと声をかけると、ヨルダが座って足元に何か書いていた。

 この国の言語なのだろうか?


 あいにくと洋一には読むことができなかった。

 会話は通じるのに、不思議なものだ。


「騎士団と行き違いになるのを防ぐため?」


「えー、またくるか? 今日の話だぞ?」


「一度師匠の干し肉を食べたら、次も次もとなるから」


「そうなのか?」


「師匠はもっと自分の料理の腕前を自覚したほうがいいぞ?」


「完成形は程遠いんだよ。俺からしたらまだまだ上を狙える味だな」


「どんな贅沢品なのさ」


「調味料次第だな」



 その翌日、案の定ヨルダの予想通り騎士団が来る。

 ヨルダの予知能力の高さたるや。

 

 しかし悲しい行き違いによってジェミニウルフの大群に追われ、バラバラになってしまった。


 そんなことも知らずに洋一達は釣りに興じる。


 基本的にこの2人、食が絡めば家に帰らずにこだわり続ける性分である。

 そもそも、あの場所はただの拠点のひとつに過ぎない。


 畑があるだけの拠点だった。

 そして釣り場にも畑は作れる。

 それだけのことだった。


「この拠点でも畑が作れるのは盲点だったな」


「うん。気のせいか森の畑より成長が遅い気がするけど」


 それはきっとあの土地の特徴なんだろうな。

 場所によっては違いがあるのはいいことだ。


「シャワーの設置も終わったし、お風呂もバッチし。もうここで住めるくらいだよね」


「問題があるとすれば、日光が届かないから基本的にジメジメして物が腐りやすいくらいか」


「それ、いちばんの問題な気がする」


 ジト目で見られる。


「まぁ、作ったらすぐに食えば問題ないだろ」


「それもそうだね」


「竿引いてるぞ」


「よっしゃあ! 今度こそ師匠の手を借りずに釣り上げんぜぇええ!」


 熱血である。

 ヨルダは最初こそ釣り番。

 竿が引いたら教えるだけの立ち位置にいたが、今や魔法を駆使しての釣り上げに興じていた。


 バスユニット、シャワーを作り上げた応用魔法の集大成が、自然の魚に襲いかかった。


「一丁あがり!」


「お疲れさん。今日はどうやって食べる?」


「刺身かなー」


「森で拾った酸っぱい果実ライムで〆るか」


「やったー」


 すっかり渋い食べ方を堪能している。

 最初生で食べてた洋一を、信じられないと見ていたヨルダ。


 しかし寄生虫を熟成乾燥で追い出し、安全性を確認した上で食べた刺身の味の虜になったヨルダは最終的にその美味さの虜になった。


 今や塩焼きよりも刺身派になっていた。


「と、ここで新兵器のお出ましだ」


 洋一は川の中から新しい魚を釣り上げる。

 それはでっぷりと太った、うなぎのような魚だった。

 

「それってうまいの? ぶよぶよしてて、淡白な味だと思うんだけど」


 すっかり魚博士のヨルダ。

 ここら辺の魚は堪能し尽くしたと言わんばかりである。


「それは食ってからのお楽しみってな」


 魚の解体はほとんど頭に入っている洋一だが、この魚の知識は見た目以上に難解だった。


「なるほど、これは異世界版空ウツボか。空は飛ばないのに空ウツボとは恐れ入る」


 それはただのウツボではないのか?

 そんな自問自答は無視して、過去に捌いた覚えのある魚を仕上げていく。


「綺麗な身! 透き通るほどの身は初めてみるよ!」


「こいつには醤油が最高に合うんだが……今はないのでこいつでいただこう」


 肝を魔法の水で洗って、刺身と一緒に添えた。


「え、うんま! これ本当にただの刺身? 酸っぱい果実ライムは?」


「添えてないな」


「淡白な味なんて言ってオレが間違ってたよ。これはとんでもない大物だ!」


「あんまり数がとれないので、ご馳走になっちゃうけどな」


「うー、仕方ないか。好物更新かと思ったけど」


「好物は好物でいいじゃないか。俺は魚を、ヨルダは刺身に合う果実を育てる。この擦り合わせで新しい味を生み出す。ただ食材だけ良くてもこれは生み出せない。まさに2人の趣味が組み合わさった結果だ。俺だけじゃ導き出せなかった。だが、ここがゴールじゃないだろ?」


「そうだね。まだまだここからなんだ。オレの育てる果実や山菜と組み合わせて、師匠が新しい料理を作ってくれる! まさに可能性は無限大ってやつだな!」


「そういうことだ」


 今はこれしか味が引き出せなくても、ここがゴールじゃない。

 それは洋一の料理がこんな物では無いように、ヨルダの魔法技術だって成長途中であることを意味した。





 と、そんな生活を三日程続けてた頃。

 洋一達の拠点に一人の漂流者が流れ着いた。

 


「師匠、この人」


「ヨルダの知ってる人か?」


「うん」


 話を聞く限り、どうやら騎士団の雇用主らしい。

 【ヨクハエール】を探し求めていた貴族で研究者。

 この貴族が無茶振りをしたせいで、あっちこっち行かされた上で上級騎士からのいじめがエスカレートしたとかなんとか。

 ヨルダが最終的に囮にされた原因はこの人だということらしい。

 なのでヨルダとしては……


「捨ててきちゃダメ?」


 みたいな決断に出ている。

 

「流石にこの状態で捨てたら寝覚が悪いだろ。起きるまでぐらいは面倒見ようじゃないか」


「でも、絶対貴族の権威使ってくるよ、このチョビヒゲ」


「チョビヒゲて……まぁ。その時はその時で」


 こうして洋一達は溺れて流れ着いたチョビヒゲ貴族ティルネ=ハーゲンを引き取るのだった

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