第9話 おっさん、旨みを引き出す仕事をする

 騎士団は意外と話のわかる相手だった。

 洋一は手に入れたチリペッパーで何を作ろうかと拠点に戻る。


「師匠、おかえりー」


「ただいま、ヨルダ。いい子にしてたか?」


「うん、今朝植えたのも芽が出てたよ」


「え?」


 洋一は理解できないとばかりに聞き返す。

 今朝植えたのがもう芽が出てた?

 聞き間違いかな? と思い何度聞いても同じ答え。


「そ、そうか」


「うん、きっと畑が良かったのかも。師匠が言った通りに寝心地が良かったんじゃないの?」


 ベッドに見立てたのが良かったのか?

 はたまた別の要因か。

 何はともあれ、ヨルダのやる気が潰えないなら良かった。


「それよりも師匠、何か嬉しそうだね?」


「実はそこで騎士と出会して」


「えっ」


 ヨルダは心配そうな顔で洋一を見た。

 つい最近騎士に襲われたばかりである。


「安心しろ。ちょっと話を聞いただけだ。ヨルダを探してるとか、そう言った話は聞いてない」


 肩に手を置いて、大丈夫だと安心させてやる。


「そうなんだ。それでお話って?」


「なんか、ヨクハエール?という薬草を探してるって聞かれたから、知らないと答えた」


「師匠でも知らないんだ?」


「俺が知ってる知識は料理だけだからなぁ。そのついでに、俺の干し肉を羨ましそうに見てきて……」


「あげたの?」


 洋一がニッと笑う。


「誰があげるかよ。干し肉一つとっても俺の技術の集大成だ。ただの生肉ではあんな味にはならない」


「知ってる。あれは天国の味がするんだよなぁ」


「だから、物々交換だ」


 そう言ってチリペッパー、唐辛子を差し出した。

 それに納得のいかない顔。


 ヨルダにとって、チリペッパーは辛いだけで、大して美味しくない香辛料であるようだった。


「師匠、騙されたんじゃない?」


「バカだなぁ、ヨルダはこいつのポテンシャルを理解してない」


「ポテンシャル?」


「ああ、こいつはただ辛いだけじゃない。肉の味を最高峰に高めるのにも一役買うんだ。見ていろよ?」


 洋一はジェミニウルフの腹肉を角切りにしていく。

 そこに森に生えてた分厚い葉っぱの表皮を剥いてから包み込む。


「これは何をしてるの?」


「最近見つけたんだが、これは俺の知ってる昆布と同じことができるっぽい」


「コンブ? ってのが何か知らないんだけど」


「良くスープに入れてる葉っぱだが、これを入れてると入れてないじゃ明確に味に差が出てくる秘密の隠し味だな。茹でてよし、肉に挟んでよし。そのまま食べても美味しいとまさに万能食。ただし、食い過ぎると髪の伸びが早くなる。ちょっとおかしな効能がある」


「ねぇ、師匠……」


 ヨルダが神妙な顔になる。


「なんだ?」


「もしかして、これが薬草だったりしない?」


 ヨルダが指をさす。

 肉を挟んでる葉っぱ。

 摂取しすぎると、髪が伸びやすくなる。

 騎士団の探してる【ヨクハエール】の特徴と一緒ではないか、と。


「まさかぁ」


 洋一は笑う。


「まぁ、そんな簡単に見つかるわけないか。騎士団ですら見つけられないものを」


「そうそう」


 ヨルダも気のせいだったかと一緒に笑った。


「こいつで肉の余計な水分を抜き、旨みを補充。そこにこいつだ」


 調理の工程を続ける。

 休ませた肉に岩塩をこすりつけ、煮出した果実を塗りたくる。

 この果実のジャムにちりペッパーが使われている。

 ほんのりとした酸味の中にほのかな辛み。

 

 この下味が口に入れた瞬間に後を引く旨味となるのである。

 一見してジャムでべちゃべちゃになった肉だが。

 焼いていけばそれは旨味の爆弾となった。


 糖分が肉の表面を焦がし、内側に重点させた肉汁がこぼれ落ちるのを抑えるォロもとなる。


「この焼き目をしっかり目につけてからひっくり返す。こいつを全面にくまなく焼き付けて……」


「うまそー」


「見た目は今まで通りだがな。こいつは焼いてから良く寝かして、スライスしてから食う!」


「おぉ!」


「食う時に、塩をひとつまみ!」


「するとどうなるの?」


 木皿に切り分けた肉を並べ、その横に塩を盛った。

 そこから先は個人のお好みで、というやつだ。


「まずはそのままで……もぐもぐ。あ、これうんまい」


 ヨルダはこぼれ落ちそうなほっぺたを抑えるのが大変だったようだ。


「辛いは辛いが、ただ辛いだけではなく。食べれば食べるほどに……」


「ああ、これはオレが間違ってた。一度この味を知ったら、すっかりこれ以外は食べられない体にされてしまった!」


「そうだろう、そうだろう。チリペッパーは偉大なんだ」


「チリペッパー様ぁ!」


 途端に態度を変えるヨルダ。

 今にでも信仰を築きそうな勢いで拝み倒す。

 洋一も、その力の片鱗を披露できて満足気だ。




  ◆騎士団長、命を燃やす


 洋一から肉をもらって食べた翌朝。

 騎士団一行を騒がせる事態が起こった。


「ワシの髪が! こんなにフサフサに!」


 テントから飛び出てきたのは他ならぬ学者のティルネであった。


「昨日の干し肉はどこで仕入れたものかね!?」


「落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるか! ワシはもう間に合わないと思っていたんだぞ! まさか薬草を解さずともこれほどの効果があろうとは!」


 ティルネの興奮具合は今までに見たことがないものだった。

 そして干し肉を食べた全員が同じ状況になっていた。


 原因が何か、考えるまでもない。


「団長、もしかしてあの肉こそが【ヨクハエール】なのではないでしょうか?」


 ありえん。断言したっていい。

 だが、実際に生えている。

 ティルネの後退具合は生え際が危ういどころの問題ではなかった。

 もはや後頭部以外はすでに干上がっており、その部分が生えたことで年齢が若く見えるほどの変わりっぷりである。


「だが、あの肉はどう考えてもジェミニウルフのものなんだが?」


 その指摘に、ロイは考えこむ。


「うちの団で倒せるか? でしょうか」


「実際に倒せたところであの干し肉の製法がわからん。あれがただの生肉を乾燥させたものだとは思わんからな。純粋に国で購入した干し肉と旨みが段違いだ」


「ごもっともです」


「さっきからなんの話をしとるんだ?」


「あの干し肉は実は、この森に住んでいる原住民の男から譲り受けたものなのです」


「またもう一度貰い受けることは?」


「今回は調味料で手を打ちました。次もらうとしても、同様の香辛料か、あるいは」


 食材。備蓄を差し出す必要があると進言する。

 差し出す備蓄などとっくに消費積みだ。


 撤退するにも備蓄は必要であり、蜻蛉返りするだけで中央都市まで一ケ月の道のりだ。それまでにその干し肉を食べないでいる選択肢はない。


 中途半端に肉の形をしてるからこそ、厄介なのだ。

 一度口にしたら、もう一度口にしたいと思ってしまう魅力があった。


 気がついたら口に入れている可能性が高い。

 ティルネから奪い取ってでも食べる騎士は少なくないだろう。


 ただでさえ、弱者から奪ってきた者たちだ。

 問題児は物理的に淘汰されたとはいえ、まだまだ問題を起こしそうな騎士は多くいた。


「他に交渉する手段が必要と?」


「相手が交渉に応じてくれれば、となります。金はなんの役にも立たないと突っぱねられましたからな。そして権力も」


「金に靡かんとなると厄介だな」


「奪うのはやめておいた方がいいです」


 なら奪うか? そんな企みを考えそうなティルネにネタキリーが釘を刺す。


「理由を聞こう」


「相手はジェミニウルフすら一撃で倒し切る凄腕。我らなどなんの脅威にも思っていません。今回は見逃していただいた形です。ザッコスは残念でしたが」


 ロイが先走った固めに命を落としたザッコスの死体を話題にあげた。

 魔獣に倒されたのではなく、その男に倒されたのだと説明した


「騎士でも容赦なく、その上で権力や金にも靡かんか」


「ただし、彼は食材には興味を示します。我々に示された道は一つ。足繁く通い、彼の関心を惹くことではないでしょうか?」


 だから一旦帰ろうぜ?

 次来るときは計画的に騎士を派遣すればいい。

 そう促した。


 しかしティルネは強張った表情をする。

 なんの成果もえないまま、変えるわけにはいかないと言い出したのだ。


「ならばどうされます?」


「ワシが弟子入りする。その干し肉の制作法を持ち帰り、報酬としてもらう。もちろん、成果物は王に直接献上する形だ」


「我々はどういたしましょう?」


「森を切り開き、安全なルートを確保」


伝説級レジェンダリーが跋扈するの森の開拓ですか?」


 正気か? ネタキリーは耳を疑った。


「それで貴族の信頼が復活するのなら、投資は間違いなくされるだろう。なんだったら、ワシの資材を投資してもいい」


「そこまで傾倒する魅力があるとは思えませんが」


 干し肉一つに大袈裟だな、と思う。

 確かに肉としてはうまいが、所詮は非常食だ。


 中央都市に帰ればそれ以上の食事が待っているだろうに。

 呆れた顔の騎士団員を前に、それでもティルネは続ける。


「ワシの一生を賭けてもいい」


 と、いうことで弟子入りしに拝み倒しに行くのだったが……


「【しばらく出かけます】と書いてありますね」


「そんな、ワシの髪がぁああ!」


 目的地に向かうと、すでに出立した後だった。

 昨日の今日で、もう? と思わなくもなかったが、騎士達の狙いに気がついたのかもしれない。


「どちらにせよ、ここはもう安全圏ではなくなった。ジェミニウルフが来るぞ、全員警戒!」


 ネタキリーの警告通り、ジェミニウルフが茂みから三匹現れる。


「昨日見かけた赤い毛皮がありません!」


「やはりあれは上位種の毛皮だったか! 守りを固めろ! 上級騎士はティルネ殿を守護せよ。下級騎士はロイの背後へ。中級騎士は私に続け!」


 随分と数の減った騎士団だが、伝説級レジェンダリー相手でも臆することなく森の中を進む。


「見えた! 境界線!」


 その先は切り立った崖がある。

 洋一達が水場として扱ってた滝壺へ真っ逆さまの行き止まりだ。

 落ちたらただでは済まないだろう。

 

「上級騎士は魔法の行使を! 防御結界よーい」


 上級騎士が魔法を構築しながら岩に包まれ、崖をどんぶらこと降っていく。

 それを見届けてからネタキリーは残った騎士を連れて山間を駆け降りた。


 護衛対象がいない方が動きを制限されなくてすむためだ。

 それでも、ジェミニウルフのしつこさには頭が下がる思いだ。


「バッカス! スタン!」


 足を滑らせた下級騎士から犠牲になっていく。

 この森の中は弱肉強食。

 洋一の居た周辺だけやたら魔獣が少なかったのは圧倒的強者の存在があったからだ。


「殿は私が務める! ロイは下級騎士を連れて森を抜けろ! 生きていたらまた会おう!」


 単独で、仲間の逃げる時間を稼ぐネタキリー。


「ご武運を!」


 ロイはネタキリーの思いを汲み、下級騎士を連れて森の電口に向かった。

 追撃するジェミニウルフ達。


「さぁ来い! 獣ども! 人間の恐ろしさを見せてやる。ブーストオン!」


 ガリッ

 懐に忍ばせていた薬品を噛み砕き、ネタキリーは文字通り命を燃やしてジェミニウルフに突撃した。

 少しでも犠牲者を減らすために、決死の覚悟で挑むのだった。

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