第11話 おっさん、おっさんに道を示す

 ティルネは目を覚ますなり、なぜ自分がこんな目にあったのかと愚痴を並べ立てた。


 それは、とあるキッカケにより始まる。

 騎士たちの突然の裏切り。

 統率者であるネタキリーがいなくなったことによって、表面化した問題があった。


 それが爵位における優位性。

 立場的には平民と同じようなものだが、だからこそ生まれが幅を利かせ始める。


 ネタキリーは平民生まれといえど騎士爵だ。

 貴族の生まれであるが、爵位を持てなかった者たちからは従うべき上司ではあった。


 しかしティルネは同じ貴族の生まれではあるが立場は同じ。

 爵位を持てなかった貴族という立ち位置。

 その上で生まれた貴族はどっちが上かで争いあった。


 最初は命令があった。

 しかし誰かが不満をこぼした。


 きっかけはその不満から。

 やがて不満が増大し、騎士たちのやる気のなさ。

 そこに付け加えてティルネの金払いの悪さ。

 金は払わない癖に雇用主であることで押し通そうという貴族の悪いところが前面に出てしまい、それがいよいよ持って騎士たちの我慢強さを上回った形だ。


 いや、それくらいならば今までは自分より立場の弱いものをいじめることで維持できていた。

 維持できなくなった理由は?

 自分より弱い立場との物理的な別れ。


 ティルネと一緒に行動したのは上級騎士。

 侯爵、伯爵からなる家柄の落ちこぼれ。

 それがなぜ、雇用主だからと男爵の四男坊に従われなければならないのか?


 きっかけ、不満、経緯。

 全てが悪い方に転がって、途中で戦死なされた。

 勇敢な姿であった、と報告することで一致団結して殴る蹴るの暴行を加えた後に川に捨てられたのだという。


 悔し涙に濡れるティルネを、洋一はそれは酷い目に遭いましたね、とスープの提供を。

 ヨルダに至っては完全に自業自得だろって目で見つめた。


「ワシはただ、薬草を探せと、それだけだったのに。調薬をしろとまでは言っておらん! なぜ、奴らはそれすらもわからんのだ!」


 ええい、忌々しいとばかりにティルネの愚痴が止まるところを知らない。


「単純に、あんたは世間知らずなんだよ」


「何を?」


 とうとう言ってしまった。

 聞きに徹していれば良かったのに、なんだかんだと世話焼きなのだ。

 洋一は同じ貴族だからと見捨てられなかったヨルダを見守った。


 ティルネは図星をつかれたとばかりに、怒りの矛先を騎士からヨルダへと向けた。

 小娘に何がわかる、という顔つきだ。


「あんた、薬草を探すにしても、どんなものか全てを確認した上で行わせたか? 土地は、気候は? もちろん全て確認させた上で実行したんだよな? まさか最初はそれを自分で行うつもりでいたが、意外と体力を使うからと騎士に手伝わせたりなんかしてないよな? ただの護衛でしかない騎士を雇用主だからと顎で使ってないと言い切れるか!? 騎士は雇用主の飼い犬じゃないぞ!?」


「ぐっ」


 思い当たる節はあったのか、言い返そうとする言葉を何度も飲み込んだ。

 この少女、騎士についてどうしてそこまで詳しいんだ?

 しかし平民に言われっぱなしでは気が収まらんと身を乗り出す。


「ええい、平民風情が貴族であるワシに楯突きおって!」


 生まれが貴族だから。

 それだけがこの国ではステータスになる。


「そのお偉い貴族様は助けてくれた相手であろうと生まれを理由に顎で使うっていうんだな?」


「当たり前だ!」


「ならオレが、同じ貴族であった場合はどうだ?」


「貴族がこんな場所にいるわけがない!」


 おまえはどうなんだよという顔で見つめるヨルダ。

 貴族の優位性を誇示したすぎて支離滅裂になってるのを自ら気付けなくなってるのだ。

 可哀想な人を見る目で、話を続ける。


 もし自分があの家にいたままだったら、自分もこうなっていたのかと思いながら哀れみの瞳を送る。


「もし貴族であるというんなら、家名を言えるはずだ」


 そしてやってきた、お馴染みの質問。

 貴族であるならば、家名を何よりも大事にする。

 貴族名鑑で新興貴族にマウントを取るのも忘れないためだ。


「そうだなぁ、戻るつもりはないがヒュージモーデン家。この家名を聞いたことはるか?」


「ヒュージモーデン? そんな家名聞いた覚えは……いや、まさかそんなはずは!」


「おかしいな、父上は王宮魔導士の一員なのに、名前を知らないなんて。さてはおまえモグリだな?」


「ヒィ」


 あからさまに狼狽えるティルネに、ヨルダはいやらしい笑みを浮かべる。

 こういうところは貴族なのかもしれない。

 


「あんまり虐めてやるなよ。ほら、肉焼けたぞ」


「師匠、こんな奴に食事を与えてやる必要ないよ」


「腹を空かせてるやつを見捨てるわけにもいかんだろ。元気いっぱいになったら出ていってもらうから、そんな顔するなよ」


「まさか! ヒュージモーデン家といえば公爵家だぞ! 魔導王国で王族の次に偉い家柄だ! なぜこんな場所で暮らしているんだ! まるで説明がつかない!」


「ウッセーな。こっちにも事情があんだよ。いいから食え、師匠からのお恵みを無碍にしたらオレでも許さないぞ。こんな劣悪な環境で温かい食事を摂れるなんて絶望的なんだからさ」


「むっ確かにそれもそうだな。騎士たちの世話になっていたからわかるが、あいつらはワシを少しも労わらんかった。だったらまだ街で暮らしていたほうがマシだったわ」


「本当におまえ、街から出たら何もできないやつだな」


「おま、あなた様こそ。何もできずにいるからそんな見窄らしい男に……ヒィッ」


「次師匠を侮辱したらボコボコにして川に流すから!」


 ヨルダの表情は怒りに満ちていた。

 家名によるマウント合戦で圧勝した後、洋一の凄さを認めさせてからはすっかりマウント合戦は収束する。


 食事を終えたら、ティルネは自分の生い立ちを語った。

 貧しい貧乏貴族の四男坊であったこと。


 街に出たら貴族の生まれというのが何よりも優遇された。

 そこから少しづつ認知が歪んでいったのだという。


 今では自分のやりたいことが少しでも歪むだけでイライラが募り、何かに当たりたくなるのだとか。

 本来はそんな性格ではなかったと、涙ながらに語った。


「つまりあなたは、社会の波にうまく乗り切れなかったわけだ。上位者からの納期、出資金。それを活かせないから貴族としての生まれを語って少しでも自分の優位性を高めたかった。いつしかそれが日常に浸透し、本来の自分のポテンシャルが果たせずにいたと?」


「そうなります」


 項垂れるように、吐露するティルネ。


「ならばこういうのはどうでしょう?」


 洋一の提案。

 それは、どうせ世間的に死んだことになったのなら、ここらで社会とはおさらばして、自分がやりたいことだけやってみてはどうか? というもの。

 そんなことが許されるのか?


 最初こそはそう思った。

 しかし、ただ世話になってるだけではすぐに手持ち無沙汰になってしまった。

 何せティルネ以外は忙しなく動いているからだ。


「ヨルダ様は何をされているんですか?」


「畑。あと敬称入らないぞ。オレは家を捨てたからな」


「ワシも、家から出ています」


「ならなんで家名を名乗ってんだよ」


 【水球:シャワー】で自分の畑に水を撒くヨルダからの質問。

 ティルネはすぐに答えに窮した。

 単純に自分には誇るものが生まれしかなかったから。

 それがなければ自分は平民の中でもさらに落ちこぼれ。

 それを認めたくなかっただけなのだ。


「それは……」


「わかるぜ。それしか誇れる、自慢できるものがなかったんだな? オレもさ。でもよ、家を出たらそれでも生きていかなきゃいけない。オレは師匠に出会ってそれを手に入れた。あんたはどうする? ここでも貴族の特権を振り翳して我儘放題してくか? 伝説級の猛獣が跋扈するこの森を一人で歩くか?」


「できない、です」


「なら自分の特技を使って自分の暮らしを、オレや師匠に役に立てることを示しな。時間は無制限だ。それに、だ。師匠はオレに一番最初に何を作れと言ったと思う?」


「さぁ?」


「【蓄積】の加護をもつオレに、バスユニット作れって言ったんだぜ?」


 それは無理だろう。加護というのはそれだけ貴族の中での今後の歩みにも影響する。

 貴族ならばそれが即座にわかる指標。

 ただ、それを自慢話のように語るヨルダに、ティルネは恐る恐る尋ねた。

 成し遂げられたのか? と。


「ああ。最初は無理だろうと心のどこかで思ってたよ」


 当時の思い出を吐露する。

 貴族の中での落ちこぼれである【蓄積】の加護持ち。

 【放出】の加護と違い、【蓄積】の加護持ちは生まれつき魔法構築の不出来さが目に余る。

 構築こそはできるが、魔法が肉体の一部にとどまり、放出されない。

 それは魔法系貴族にとってあまりにも目に当てられない状況だ。


「ですが、作り上げたと?」


「師匠曰く、魔法とはイメージなのだと。オレはどこかでこの【蓄積】の加護を落ちこぼれだと、そう決めつけていた。けどそれは思い込みで、実際はこの通りだ」


 ヨルダは手元に造り上げるだけではなく、足元や、なんなら影の延長線上にまで魔法を出現させてみせた。


「そんなところまで!?」


「言ったろう? 魔法の可能性は無限大だ。確かに【放出】の加護持ちからしたら大したことはないかもしれない。だが、手元から離れないと言い聞かされ、思い込んでいたオレたちからすればとんでもない進化だ。そもそも【放出】と張り合うのすらお門違い。あんたもそれを噛み締めながら何かを作り上げるといい」


「どうして、ワシが【蓄積】の加護持ちだと?」


「見りゃわかるよ」


 一目で見抜いて見せた。そして貴族の家で【蓄積】の加護持ちがどのような扱いを受けるのか知っているのなら、自然と目で追ってしまうのだ。

 自分と同じ境遇を生きた存在の後ろ姿を。


 それは『自分ではこうならないぞ』の戒めだったり『自分もいつかはあれくらいになってみせる』などの希望だ。

 その上でティルネにとってのヨルダは、希望だった。



 ティルネはその日から自分が活動するのに必要な器具作りを始めた。

 【土塊】【水球】【着火】で器を作り上げた。

 それを、洋一は称賛する。


「上手いもんだなぁ。こういうのはできるか?」


 洋一が地面を削ってイメージをティルネに伝える。


「みたことない形状ですな」


 洋一は石の板以外の調理器具を欲していた。

 要はフライパンだ。

 フライパンぐらいはこの世界にもある。

 だが料理に精通していないティルネにとっては見慣れないものだった。

 知っていたとしても、作れと言われて作れるものではない。

 普通なら無理だと言ってすぐに自分の得意分野に取り掛かるだろう。


 だが、自分の作った器を褒めてくれたこの人の喜ぶ顔が見てみたい。

 そんな気持ちが勝った。

 誰かのために何かをしてやろうだなんて気持ちは、いまの今まで宿らなかった物だ。


「ですが、いいでしょう。やってみます。それがあなた様の望むものであれば」


「ぜひ頼むよ」


 ヨルダにバスユニットが課されたように、ティルネには調理器具が課された。


 流石に一朝一夕ではできなかったが、一週間が経過する頃には『これだ!』と思う造形に行き着いていた。


 それはティルネにとって初めての達成感だった。

 自らの技術のみで作り上げたそれは、宝物のように思える。

 芸術品と言っていい。

 そして……


「すごいな! 本当に思っていた通りの形だ!」


 洋一からの絶賛。

 これがたまらなく嬉しい。

 人から頭ごなしに褒められたのなんていつぶりだろうか?


 加護が判明する前、一度だけ父親に褒められた記憶が湧き上がる。

 あれは確か兄たちより勉強ができた時だっただろうか?

 一生懸命に読書に向かう姿勢を褒められた。


 でも、加護が判明してからの失望の目は今でも忘れられない。

 その時以来だ、自分の才能を自分で認められなくなったのは。


 萎みゆくやる気。

 萎んで萎んで搾りカスになって。

 そして自分の価値を見失った。


「なんにせよ、これで作りたい料理が作れるよ。ありがとうティルネさん。今日の飯は期待してていいぞ」


 そんなに眩しい笑顔を返されたのは初めてのことだった。

 芸術品を芸術品のように扱わず、それはきちんとした目的があると言わんばかりに扱う。


 そして出来上がった料理は、街で食べたどの料理よりも美味しいものだった。


「うまっ! 過去一の記憶を抜いた! でも刺身も捨てがたい」


「こんなに美味しいものが、こんな森の中で食べれるなんて」


 それは賞賛のつもりだった。

 ティルネにとっての最高峰の褒め言葉だ。

 しかし洋一は別の解釈をする。


「オレから言わせてもらえれば、食材っていうのは仕入れた直後からどんどん味が落ちていくものだ。レストランというのはその都合上、味を落とす覚悟で他の香りで誤魔化す場合がある」


「そんなこと、考えたこともなかった」


「それは本当の食材の味を知らないからですね。食材の持つ本来のポテンシャルを知っていれば、見えてくると思いますよ」


「ほれ、おっさん。オレの渾身の野菜を食わしてやるよ」


 ティルネはヨルダから手渡されたトマトのような果実を手に取り、齧り付く。

 そして目を見開いた。


「美味しい。それになんて瑞々しい。この野菜は本当はこんな味だったのか!」


「ですが、レストランに行った時には、こうなっている」


 洋一は野菜を切り分け、他の野菜と一緒に添えて提供した。

 そこではメインではなく、端役と成り果てた野菜があった。

 シンプルな味付けながら、ドレッシングによる一体感が素晴らしい。

 街であればそう絶賛していただろう。


「ああ、この味だ。ドレッシングで本来の味を台無しにされてしまうのだ」


「まるで社会のような。この味でなければならないという強制力を感じて息苦しくなる。あなたは今までサラダの端役として存在していました。しかし、野菜本来の味を知った。どうしたいかはあなた次第ですよティルネさん」


「ワシは……」


 ティルネはドレッシングで統制されたサラダではなく、齧りかけのトマトに似た野菜を選択する。


 街に戻らずここで、自然に揉まれて一つの道を進むというものであった。


 ティルネの調薬技術は洋一の料理に新しい変化を加えた。

 それが調味料の加工技術。


 ベリーの酸味を希釈し、他の抽出液と撹拌、液状に保持。

 ドレッシングの完成である。


 ウルフの肉からラードを抽出し、揚げ物なんかもレパートリーに加わった。

 洋一からの絶賛の声が、ティルネの本来のスペックを底上げしていく。


 ヨルダも負けられないと言った顔で、何かにつけては勝負を申し込んだ。

 穏やかな日常が流れていく中で、弟子の切磋琢磨を見つめながら洋一は新たなレパートリーを増やしていく。

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