第14話 おっさん、森を出る
新しいペットの子グマ(ベア吉)を迎えて、意気揚々と森の拠点に帰る洋一たち。
しかしその場所は騎士団に占拠されていて、
「何者だ!」
手荒い歓迎を受けていた。
「何者だ、とは恐れ入るね。俺はこの場所で暮らしていたものだ。そっちこそ何者か。返答次第では戦わなくてはならない」
「むっ、つまりはあんたが先住民か。少し待て」
見張をしていた強面の騎士が、奥に入っていき、そして見知った顔が現れた。
「ようやく帰ってきたか。すまない、こんな形での再会は望んでいなかったんだが」
「あの時の干し肉の騎士。また交渉に来たのか?」
「干し肉の……ネタキリー\と名乗ったはずだったが……いや、それもあるが、詳しい話は奥で」
「まるで自分たちの拠点のように話すが、そこはもともと俺たちの拠点だぞ? 不法入居者め」
洋一はとても狭い心で対話する。
促されてかち割られた木の中に入れば、案の定畑の作物は食い荒らされ、風呂も薄汚れていた。
うっすらと据えた匂いまでしている。
とてもまともな使われ方をしていないのは一目で分かった。
「本当にすまない。自分たちの無力さをこれほど痛感したことはない。そしてティルネ殿を連れ帰ってくれたことも含めて感謝しよう」
当のティルネはとても憤慨したような顔である。
まぁ殴る蹴るされて捨てられたのだ。
だからこその出会いもあったが、それでも騎士団にされた仕打ちは忘れるつもりはないだろう。
憤怒の表情で騎士団を厳しく見据えていた。
自分のしでかしたことなど棚上げである。
「一応話は聞く。そして拠点を勝手に使った件は今は多めに見てやる。正直、拠点はここでなくてもいいからな」
「そだね。ここに改めて住むのは無理」
ヨルダが虚無顔で堪える。
「重ねて申し訳ない!」
平謝りの騎士ネタキリー。
向こうの言い分を聞いてみれば、どうも留守中に訪ねてきて、そこでジェミニウルフの群れに襲われたとのこと。
後はティルネグループ、下級騎士グループ、ネタキリー率いる中級騎士グループに分かれて応戦と撤退似たとかで。
「その後部下のロイとの連絡は取れて、街に向かっていることは確認したんだが、上級騎士との連絡は取れずで参っていたんだ」
「あいつらはワシを見限って『荷物』扱いした挙句、殴る蹴るして川に捨てたぞ?」
「まさか……」
「爵位を傘にやりたい放題だったわ」
「あいつらめ……悪い癖を出しやがって! 帰ったら特訓だ!」
「話は大体わかった。つまりあんた達はジェミニウルフとの戦いで疲弊し、ここで隠れて住むようになったんだな?」
それでこの有様というわけか、と室内を見渡した。
畑の作物は奪うだけ奪った後、放置され、手入れも何もあったものじゃない。
生乾きだった干し肉は見る影もない。
「首の皮一枚繋がった。本当になんと詫びればいいものか。だが、敵はジェミニウルフだけではない。赤い毛皮のクマ。あいつらがジェミニウルフとの間に立ち塞がってくれて、俺たちは逃げ延びたんだ。なぜかこの周囲一体には現れないことも加味して、生活させてもらった。どこかに行ってしまった、あなた達が帰ってくるのを待っていたんだ」
「そうか。命が助かってよかったな。それで? 俺を待ってた理由とは?」
「その件について、話せば長くなるが……」
とても面倒な予感がすると察しながら身構えていたら、背中で眠っていたはずのベア吉が悲しそうな鳴き声を発した。
「キュウン……」
「ちょっと待ってくれ、うちの新入りが腹を空かせてしまったみたいだ。さっきそこで仕入れた食材があるんだ。よかったらあんたらも食ってくか? 特別サービスしてやる」
「師匠って、なんだかんだおせっかい焼きだよね」
「それが人の良さなんでしょうな」
「人が良すぎるんだよ」
「仕入れた食材? ジェミニウルフは一匹残らず奴に駆逐されたはずだぞ?」
奴、というのが例の赤いクマのことなのだろうか?
弟子二人が顔を見合わせてニヤついている。
「さっきも食事したばかりだが、ヨルダ、ティルネさん。再び準備を頼む」
「しゃーねーな。師匠の料理はうまいしな」
パンッ。手のひらを合わせて『いただきます』のポーズ。
その場にしゃがみ込んで地面に手をつけた。
【土塊】【水球】【乾燥】
同時に発動する生活魔法。
地面が泡を発しながら沸騰し、浮き上がってかまどの形を作り上げる。
「おっちゃん、薪とかある?」
「おっちゃん? 私のことか?」
ネタキリーはヨルダにおっちゃん扱いを受けて衝撃的な顔をしている。
「今はなんだっていいじゃん。薪くらいあるだろ? 持ってきてよ」
「今用意させる」
ヨルダは「マジかよ」って顔。
日常的に使うなら、確保しておくもんだと思っていた。
なのに今用意させる?
本当に、奪うことしか知らない連中だと呆れている。
洋一と一緒に暮らすうちに、すっかり守りに適応してしまったことを痛感するヨルダであった。
「これでよろしいか?」
「さんきゅ。【着火】師匠、用意できたよ」
薪を乱雑に並べ、最後の一本に直接着火してから中央に放る。
日の準備の完成である。
「騎士の人数は何人だ?」
「なんと、我ら全員に食事を与えてくれるのか?」
「食い損ねた奴がいたら、それこそ後で喧嘩になるだろ?」
「12名だ。私が不甲斐ないばかりに、8名の犠牲を出してしまった。それほどの激戦だったんだ」
「12ね、あんたを入れて13、それに俺たちを含めれば17、か。これは大量に作った方が良さそうだな。あれにするか。ヨルダ、トマトと玉ねぎ、キャベツの用意」
「うん」
「ティルネさんは大釜にラードと胡椒、塩の用意をお願いします」
「任された」
「ティルネ殿まで?」
「今のワシは恩師殿の弟子でもあるからな。前までのワシとは違うということだ、ネタキリー卿」
「さぁて、温野菜と肉の饗宴だ!」
出来上がったのはポトフ。
あったかくて、いっぱい食べれるスープスタイルの食事。
肉と野菜の風味が味わえる一品だ。
ティルネがその場でスープカップを錬成しては皆に配る様は、異様に思えただろう。いばり腐って命令だけしていた貴族の学者というイメージは今回の食事風景で一色されたと思う。
それ以上に騎士達が興味を示したのは、ソーセージの旨味だったか。
「ムハッ、なんという旨味! 肉だけでもこの極上な味わい! これだけでも食べたいものだ!」
「そうなるだろうと思ってスープにその旨味を浸透させたから、スープも野菜も食ってくれ。お代わりならイッパイあるから」
「栄養不足で、このまま餓死することも考えていた。ジェミニウルフを仕留められたが、加工する技術を一切持たない我々ではどうすることもできなんだ」
「素人さんが手を出すには難しい食材だからなぁ。そのまま食っても不味かったろ?」
「やはり、そうなのだな?」
「肉はどこにある?」
「どうにも食えんので捨てたよ」
「もったいないことをする」
「我々は取り捨て選択をする事でしか生きられない人種のようだ」
「それは間違ってるぜ? なんで自分でその技術を育てようとしないんだ? やってもらえて当たり前ってその感性がおかしいんだ。それじゃこの森の中でやってけねーぜ?」
「ごもっともだ、お嬢さん。だが我々には帰るべき場所がある。中央都市だ。森の中で住まうのに向いておらずとも、そこで暮らして行く上では、その生き方も悪くないもんだ」
「帰るまでにしぬぜ? って話」
「それは痛いところを突かれた」
「さて、満腹になったところで話を聞こうか。なぜ俺を待っていた?」
「これは非常にわがままな要請なのだが、あなたの強さを我々がこの森を脱出するまで貸していただけないだろうか?」
「ふむ」
洋一はベア吉をあやしながら話を促す。
あやすのに夢中で半分以上話は聞いてないが、なんとなく理解はできた。
要は力を貸せってことだ。
街に帰らないと謝礼しかできない暴力の体現者が、である。
森を出た後に本性を表しそうだなと思いながら、ベア吉の両手を掴んで上下させた。ベア吉は楽しそうに「キュウン、キュウン」鳴いている。
洋一もすっかり楽しくなっている。
もうここまでくると完全に話を聞いちゃいなかった。
なので適当な相槌か、適当な返答のみ繰り返した。
「あいにくと街にはいい思い出を持たない弟子が多くてな」
「うんうん」
「ワシもべつに帰る理由もないな」
頷く弟子達。
しかしティルネに対してネタキリーは食い下がった。
「ティルネ殿には謝礼を用意してもらわねば困るのですが?」
「ああ、そうだった。すっかり忘れておったわ」
「戦死した騎士の補填もありますし、そこはちゃんとしていただきませんと困ります」
「と、いうことでワシは一旦帰るとしよう。すぐに戻ってきますゆえ」
「ティルネさんに出て行かれると困るな。そういうことなら一緒に行こうか」
「なんと、ワシなんかの為に恩師殿がわざわざ出向いてくれると?」
「すっかりティルネさんの調味料魔法に夢中でな。舌が惚れてしまっている」
「それは嬉しい限りです」
「オレも、おっちゃんのソースがないと満足できない体にされちまったぜ」
「ハハハ、なんと姉弟子までも? 今日は良い日だ。明日槍でも降ってくるんじゃなかろうか?」
「これで話はまとまったかな? ティルネさんを護衛する。ついでにあんた達も世話しようじゃないか」
「違う、そうじゃない。いや、それでも十分助かる話ではあるが」
どこか納得のいかないネタキリー。
しかしすぐ出立の準備とはいかず、騎士達の準備が整うまで2日を要した。
なんともルーズな騎士達である。
「街か……俺に合う場所ならいいが」
一抹の不安を抱きつつ、洋一はいよいよ長い間世話になった森を出立する。
数々のイベントフラグを無視しながら。
◆
ザザ……ザザザ……
森の奥深く、中央に座する泉の水上にて、女性型の水が浮き上がる。
美しい女性だ。悪魔を封じていたが為に汚染の限りを尽くされていた森の精霊。
今、汚染が消え去り、浄化された澄み切った水源で救世主を待ち続ける。
『人の子よ、邪悪な存在は無事消え去りました。あなた様にはなんとお礼を言ったらいいか……いや、これはちょっと臭いかな? ンッンー』
発声練習をしながら、邪悪なる存在を消し去った洋一を待ち続けていた。
しかし洋一達はとっくに森を出発しており、完全に放置されている形であった。
◆
そして中央都市では、納期の日になっても現れないティルネの責任を、中抜き貴族であるウバイ=サル子爵が受けていた。
「さて、納期までに毛生え薬が届けられない詳しい説明を聞こうか? サル卿」
「こ、これは違うんです!」
「それは説明になっていないのではないのかね? 陛下のお
「同じ頭部後退で悩む研究者である、ティルネ卿に聞いたら、任せてくださいと言ったので!」
「それで、研究資金を投資したと?」
「は……はい。ですがあいつは恩知らずにも逃げ出したのです!」
「そうか、それは残念だ。正直に話してくれれば罪は軽く済んだのに、自ら罪を上塗りするか」
「な、なんのお話です?」
理解の及ばぬ中抜き貴族ウバイ=サルに言及する堅物大臣イェス=マーン。
「我々が国庫から出された金の行方を追っていないとでも思ったのかね? 卿はこの仕事を受けた後、随分と羽振りの良い暮らしをしていたそうじゃないか」
「そ、それは、鉱山で一山当てて」
「あれはそう簡単にお金に変わるものではないのはよく知っていることだと思うが? それとも何かね? 王族に一切献上品も提出せずに宝石を独り占めしていたとでもいうのかね?」
「あ、いえ……」
もう言い逃れはできないと、ウバイ=サルは黙りこくった。
「卿が着服している事実はすでに何件もつかんでいる。恐ろしいことに、今までの功績のほとんどが卿より爵位の劣る男爵のものだと判明した時は頭痛で倒れそうだったよ。そのうちの一人がティルネ=ハーゲン男爵だった。それは間違いないかね?」
「あいつは、貴族の中でも落ちこぼれで、だから私が丈夫に使ってあげてたんです! あいつもそれで納得していた!」
顔を上げるなり、自分は貴族のルールに従っただけだ。
悪いのは自分ではない。これを罰するのなら、上位貴族全員が悪だ。
そう言い切った。
「残念だよ。君が罪を告白すればお家取り潰しはなかった」
「なん、だと?」
「そこの男をひっ捕えろ」
「ハッ!」
「待て! 離せ! 私は子爵だぞ! お前はどこの家の生まれだ! 子爵の権限で必ず処分を与えてやるからな!」
「あいにくと、今派遣している騎士は第一〜第二騎士。公爵〜伯爵の家に連なる騎士だ。君の言い分が通るのなら、君は彼らに逆らえないのではないのかね?」
「だけど【蓄積】もちだ、我々【放射】の加護持ち魔法使いとは比較にならな……」
「いつの時代の話をしているのかね?」
「なんですと?」
「【蓄積】の加護が落ちこぼれだという話をいまだに盲信しているという輩がいるというのに驚きだ。国の防衛に全く興味がないと見える。先日発表したばかりの情報をまるで耳に入れていない。子爵でありながらなんと怠慢なことか」
「【蓄積】の加護持ちに何ができるというんです!」
口角泡を飛ばすウバイ。
とても残念そうに目を伏せ、イェスは指を弾いた。
するとイェスの背後に数百の【火槍】が待機状態で展開される。
今や加護の差は戦闘スタイルの差でしかないのだ。
「ヒィッ!」
「今の【蓄積】魔導士は一つの成果を上げて王国に献上した。それがこのストック魔法だ。発動するまで待機状態で、発射は任意。魔法構築速度の速さ、広範囲という意味では有能であるが故に燃費の悪い【放射】の魔導士に取って代わるニュースタイルだ。これのいいところは室内でもこのように相手を威嚇できることにある。そして、余裕のある時にストックできる点だ。卿が遊び歩いている隙に、私はこれだけの魔法を編み込んでいられたというわけだ。申し開きがあるなら聞こう」
そのうちの一発がウバイの頭部を掠めた。
わざと外したのだ。
そこにはこんがりと焼けた頭部があり、周囲に火が燃え広がっていく。
頭全体に燃え広がる前には鎮火されたが、焦土と化した頭部には一本の草花も生えないような悲壮感が漂っていた。
「これを卿への私からの罰とする。連れて行け!」
ウバイは気絶し、獄中で毛根が燃え尽きている事実を嘲笑我ながら過ごした。
資財は没収され、お家も没落。
今まで散々いい思いをしてきた家族は村人に落とされた。
◆
「そうか、肝心の薬は出来上がらなんだか」
執務室にて、国王に大臣は件の薬が出来上がらなかったことを報告した。
帰ってきた返事は「まぁ、そうだよね」と言わんばかりのもの。
国王とて無茶振りをしていたことは分かっていた。
それでもやってくれるんなら褒賞を出すつもりでいたのだ。
「すぐに次の研究員を派遣なさいますか?」
「良い。外交の際に少しおしゃれをしようと思っておっただけだ。その時に頭部が寂しくては格好がつかんと思っての。間に合わぬのなら仕方あるまい」
「確か、来月にはジーパ国の」
「ああ、東方国家ジーパの姫君が参られる」
「符を扱う魔法体系だとか」
「ストック魔法という手土産ができた。今はそれだけでも良しとしようじゃないか。世がオシャレなどしたところで、あのおてんば姫には通用せんであろう」
「ロイド様もご苦労されますね」
「今はオメガの他に新しい護衛もついた」
「ストック魔法の発案者でございますね?」
「ああ、彼もそばにいてくれる。心配はしておらんよ」
◆
その頃タッケ領では。
「ぶえっくし」
「ヨーダ、風邪かい?」
「誰かがオレの噂でもしてんのかね?」
「君が男装するって言った時はびっくりしたけどね。思いの外似合っててびっくりだ」
「普段は猫かぶってたんだよ。一応親の前じゃさ」
「本当に公爵令嬢なのか疑ってしまうくらい、粗野な感じが出てるよね」
「だが、こっちの方が都合がいい。だろ? 王太子の取り巻きが女じゃあ、ご令嬢たちがよくない視線を向けてきかねない」
「そうだね。君はそういうことは気にしないと思ってたけど」
「オレが気にしなくったって、周りが余計な面倒を産むんだよ」
「それはごもっとも」
ヨルダに扮する要は、新しい身分と姿を手に入れていた。
それがヨーダという名前。短く髪を切りそろえた男装の麗人だ。
ドレススタイルよりもしっくりくるというスーツの着こなしで、逆に女性との視線を一身に浴びかねない甘いマスクまで持っている。
「男の僕でも妬けちゃうな」
「お前熱でもあんのか?」
「そういうのでもないよ。さて、ロイド様がお待ちだ」
「学園だっけか? 初めていくよ」
「僕もさ」
名前を偽り、年齢を偽り、そして姿まで偽って。
要は学園へと潜入する。
一年後にやってくるヒルダとの再会に向けて。
オメガと一緒に護衛任務についていた。
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