第15話 おっさん、街に向かう
「森を出たけど、言うほど脅威らしい脅威はなかったな」
「うん」
周囲を見回しながら発言する洋一に続くヨルダ。
しかし「いやいやいや」とネタキリー率いる騎士団は首を振った。
全員が洋一を『おかしい』と断言したのである。
「恩師殿はもう少し自分の能力を自覚した方がいいですぞ?」
ティルネの指摘にネタキリー率いる騎士が頷いた。
「え?」
「ついさっき仕留めたワイバーンとかもですが、ああいうのは討伐部隊が組まれてる可能性が高い。そうポンポン捕まえていいもんじゃないんですよ」
「そんなこと言われてもさ。もうミンチ肉だぞ?」
洋一はカバンを叩く。
そこには何も入ってないが『食料』と言う意味合いを強調した。
ついさっきのことだ。
空を飛んでいた馬鹿でかい魔獣を見かけたので【腸抜き】した後【ミンサー】で仕留めていた。
これで道中の食料にする気でいたのだが、まさかそれを咎められるなんて思いもしてないと言う顔である。
森の中だったら誰も咎めてこなかったので、その調子で狩りをしたらこれだ。
しかしアレをワイバーンと呼ぶか。
それは洋一が知るワイバーンよりサイズがだいぶおかしく、山が空を飛んでるくらいの脅威だった。
普通なら恐れ慄くものだが、洋一にとったら『食い出』があるぞーくらいのものでしかない。
「そこは今更仕方ないでしょうが、討伐対象を取られたと騒ぎ出す魔道師団、または冒険者が出てくるやもしれません」
「なら、今度からは飯にしていいか倒す前に聞くとしよう」
「そうしてください。それで大丈夫だろうか?」
ティルネがネタキリーへ尋ねる。
「ええ、多少の口裏合わせくらいはします。それにしても、本当にヨウイチ殿は王国の常識を知らないんですね?」
眉間の皺を揉み込んで、洋一の常識知らずっぷりをこれでもかと嘆いた。
頼んでおいてなんだが、正直面倒を見るのを今から投げ出したいくらいである。
会話していて、話は通じるのだが、やることなすことあまりにも想定外すぎて、頭痛が激しくなっていくのはネタキリーに限った話ではないだろう。
「言葉はわかるが、字は読めないお墨付きだ」
ネタキリーは連れてって本当に平気だろうか? と言う顔をする。
あまりにも思考が蛮族のそれだ。
しかし生み出す食事が抜群にうまいので、後はなるようになれと言う心地でいる。
「まぁ、ある程度はオレたちでカバーすればいいんじゃないかな?」
「然り」
「私からしたら、あなた方も大概どうかしてるとしか思えないんだが」
「おっちゃんは面白いこと言うなー」
「私は21歳だ。おっちゃんなどと呼ばれる年齢ではない」
ネタキリーは心外だと言わんばかりに反論。
「オレから見たらおっちゃんだよ。オレ13だもん」
洋一は初めてヨルダの年齢を知る。
なんと年の差22歳。ヨルダとネタキリーを足しても洋一の年齢に届かないのだ。
まじか。
今年一番のショックを受ける。
ティルネに至ってはもうとっくに自分が若くないことを理解し、懐かしむように頷く。自分より年下のティルネがである。
洋一は深く深呼吸し、なぜかまだ若いつもりでいる自分を恥じた。
「13でもう外に出てる少女だと? 親は何を考えてるんだ? しかもその髪色、貴族だろう?」
「貴族でも【蓄積】持ちだからなー」
「廃嫡されたか」
「そこはあんまり言いたくないかなー」
貴族あるあるとヨルダとティルネが笑い話かのように言う。
本人的には、もう笑い話。
それは過去の弱かった自分で見切りをつけたから。
もう今は、その時の自分ではないと。
「確かに、今の実力であるならば【蓄積】持ちであろうと関係ないか。しかし特権階級は何よりもステータスを重視する。平民としてずば抜けていても、貴族社会にとっては意味はないものになるか」
「そう言うこと。逃した魚が大きいことを今更知っても遅いってやつだな」
「言うではないか」
「だって、オレや師匠におっちゃんもまだ実力の1割も見せてないぜ?」
「そうか」
淡々とした会話の中で、ネタキリーだけがその事実を受け止め、目を剥いていた。
信じられないと言う驚愕と。そういえばここまで休憩せずに来ているが、よく魔力が持つものだという不理解。
なぜ? どうして? よりも便利だから苦言を呈するまでもないという方が勝る。
「さて、このまま歩いていけば村に着く。そこで軽く休息を入れて街を目指す。よろしいか?」
「街といっても中央都市までの小さな街だよ。村に比べて人口が多い程度の」
「然り。商品の流通量は比べるまでもありません」
「何いってんだ? 森より不便な場所はないだろう。俺が心配してるのは食い出のある魔獣が減るのではないか? と言うものだ」
洋一の回答に全員が「そっちかー」と言う顔をした。
「まぁ、好きこのんで魔獣を狩る連中は相当数減るよね。その代わり、ご飯どころは増えてくる。そこで必要になるのがお金だ。生憎とオレたちは持ってないので騎士様にたかるしかないんだよね」
「うむ。研究所に戻るまでご苦労かけるが構わぬか?」
「乗りかかった船だ。そこまでは面倒見るさ。そこでいくつか討伐依頼を受注する」
「つまり?」
「仲介は引き受けるが、そこから先は貴殿らの実力をあてにさせてもらう。騎士団は慈善事業ではないのでな」
「助かるよ」
「それに、このメンツだと食事に金をかけるのは馬鹿げているように感じるからな」
「わかる」
ネタキリーの指摘に、ヨルダが頷いた。
洋一の作る料理はなんだか元気が湧いてくるものだ。街で出される料理にそんな効果は一度たりとも感じたことはないと言うのに。
「だが、その見た目で中央都市に入るのは十中八九騎士団が動く」
「あー、やっぱりダメかこれ?」
洋一が手作りの一張羅を摘み上げて問うた。
今まで誰も何も言わないので気にしていなかったが、確かに浮いてる感じはあった。
だが、ベア吉がこの匂いを好んでいる。
新しく服を買うにしたって、何か違う形で身につけておきたい気持ちがあった。
「どこからどう見ても蛮族だ。連れ帰った私が変な目で見られてしまう」
「恩人でも?」
「恩人でも」
「世知辛いな」
「全くだ。居心地が悪いったらない」
平民上がりの騎士であるネタキリー。
爵位古そあるが出席したパーティーでは壁の花に徹しているという。でしゃばればどんな言いがかりをかけられるかわかったもんじゃないらしい。
貴族も大変そうだ、と言う印象を受けた。
「ここが村ですか。麦畑が見事だ」
村についた第一感想がそれである。
見窄らしいとか、牧歌的とかは浮かばない。
森と比べたら人が住める環境ってだけでありがたいものだ。
そして目についたのが黄金の稲穂が垂れる麦畑だった。
「師匠、見て見て、見慣れない野菜がある」
「あれはとうもろこしだ。実を乾燥させて炒ると口溶けの軽い食べ物ができる」
「へぇ、興味ある!」
この世界の正式名称は知らないが、それは洋一の知るとうもろこしそのものであった。機会があったら試そうか。
「ああ、居た。彼がこの村の村長だ」
村人や村長がネタキリーの顔を見て気を引き締めた後に、洋一の姿を見てギョッとした。
そこで挨拶を交わす。
「紹介しよう、この村の長であるロード殿だ」
「ロードです。して、そちらのお方は? 見慣れぬ姿をしておりますな」
「ヨウイチ殿だ。彼とは禁忌の森で出会った」
「ヨウイチです。森で遭難してました。絶賛迷子です、よろしくお願いいたします」
洋一はそんな言葉で村長と握手を交わした。
村長はなんて答えればいいかわからず、気が動転しているようだった。
「は、はぁ」
「確かに珍しい存在ではあるが、その衣装を見ての通り、単独で
「は、はぁ」
村長の相槌は一回めと打って変わって2回目は表情が青ざめている。
「別に俺の特技はそれではない。そうだ、少し披露しよう。みんな、飯の準備だ。禁忌の森? だったか。それ流で構わなければご用意するがどうか?」
「ワシらの備蓄が目当てではないと?」
「珍しい食材が多いし、提供していただければありがたいが。流石にタダでいただくつもりはないよ。そこで食事会だ。俺たちの食材と、そちらの食材の物々交換でどうだろうか? お互いの自慢の野菜を食べた上で交換する。こっちは受け取る側だ。そちらの言い分で取引と行きましょう」
「は、はぁ」
「ロード殿、このようにヨウイチ殿は随分と変わっている。金を出すから準備しろとは言わない方だ」
「それは随分と気前のいい話ですね。どこぞの騎士様にも見習って欲しいほどです」
「ぐっ」
返す刃で致命傷を受けるネタキリー。だったらそんな話を振らなきゃいいのに。
そうして食事会が始まった。
全員が洋一の料理に目を剥く。まずはたいして下味をつけていない肉の旨みに興味を示した。なんで干し肉なのにこんなにジューシーで、旨みがあるのか。
初めての経験に小躍りしそうなほどだった。
結果、こちらが儲ける形になった。
「この干し肉は素晴らしい。ただ肉を干しただけではこうはならないでしょう。そしてこのスープ! なんと極上ないっぱいだ。野菜の旨みをこれでもかと濃縮して、その上で一切の雑味を感じさせない! 素晴らしい! あなたのような料理人になら、私たちの子供も喜んでくれることでしょう」
この村では、ほとんどが老人ばかり。
そのせいか作った野菜を子供と呼ぶ村人が多かった。
それぐらいの気持ちで育てたのだ、と痛いほどに伝わった。
「是非とも、あなた方の自慢の野菜で一品つくらせてください」
だからこそ、洋一もそれに答えたかった。
自前の技術で、それを昇華させた逸品をお披露目したかった。
料理人として、農家に一番に届けたい。
そんな気持ちが、農家に届く。
「信じられない。食べ慣れた味だと思っていた。これが、私たちの野菜のポテンシャルだとでも言うのですか!?」
「少し手を加えさせていただきましたが、もう少し調味料があればもっと化けますよ」
「信じられない。私たちは今までもったいない食べ方で食していたなんて!」
「工程を教えましょう。何、そこまで難しいものじゃないです。まず初めに……」
「ありがとうございます。あなたとの出会に感謝を!」
「こちらこそ。素晴らしい食材の生みの親とこうして顔をあわせる機会に敬意を。こちらの野菜は余すことなく使わせていただきます。そうだ、野菜くずを使った調味料をお教えしますよ」
洋一はソースを伝授した。
ついでとばかりに生産している黒パンを粉にして、コロッケの製法も伝授。
油はたまにくる行商人と取引してるそうで、潤沢に蓄えていたので割愛。
コロッケはこの村の主食になった。
「いやぁ、充実した日々でした」
「二週間も足止めされた時は、武器を突きつけるか本気で迷うところだったぞ?」
「失敬失敬。弟子たちも本物の畑に触れ、新しい知識を得たようですし、悪いことばかりでもないでしょう。な、ベア吉?」
「キュゥン」
すっかり荷物持ちとなったベア吉。
ここ二週間ですっかり大きくなった。
一抱えできるほどから、軽自動車ほどのサイズまでだ。
なぜかこめかみから立派なツノがうねって生えている。
それをよろしくないと判断して洋一が切除したらベア吉は元の大きさまで縮んだ。
どうやらその角で成長を調整できるらしい。
そういえば真っ赤な毛皮のクマは随分とうねっていたなと思い出す。
あれは途中で切断してくれる人がいなかったから、あそこまで大きくなってしまったのかもしれないと思い返す。
「どうかしたか?」
「いや。ベア吉は可愛いなと」
「普通はそのサイズのクマに出会ったら騎士団が動員されるのだがな?」
「キュウン?」
「お前は瞳に優しさが溢れてるからな。騎士は武器を向けないと思うから安心していい」
「キュウン!」
「よかったな、ベア吉」
撫でる洋一に嬉しそうに身を揺らすベア吉。
その姿からは、神話級魔獣である事実は一切感じ取れない。
人間に慣れすぎているのも相まって、無害そうに見える。
「街に行ったら冒険者登録をしたらどうか? ベア吉をテイムモンスターとして登録しておけば、中央都市でも目立たぬだろう」
「面倒ですね」
「文句を言われなくする為の手段が多岐にわたるからな。言わんとすることはわかるが」
「あそこは貴族の街だからなー。平民ってだけで割を食うところだよ」
ヨルダが町の実情を明かす。
「恩師殿に魔力が少しでもあれば面倒は起きずに済むのですが」
「魔力って、よくわからないんだよな」
「ちょうどよかったな、冒険者に登録すれば魔力測定を受けられる。無論、諸々のステータスも抜かれるがな」
「良いことばっかじゃないんだな」
「我々としては是非とも明るみにしていただきたいところだ。説明の手間も省けるし、心労が減るからな」
そっちが本音か、と一同。
確かに洋一も自分がこの世界でどの程度なのか知っておきたいと言うところもあった。
そして。
「エラー、でございますわね」
「エラー」
洋一は何度ステータス測定の水晶に手を当てても、エラーを弾き出した。
一方で弟子たちは。
「素晴らしい! 魔力S! 知力S! 我がギルド内で最高峰の戦力が期待できます。それで、ご職業は?」
「農家」
「もう一度」
「農家だよ」
「農家……?」
ヨルダが魔法使いとしての生活を完全に投げ捨て、村で教わった農法で野菜を育ててからすっかり農家としての生活に身を費やした結果である。
もはや魔法は作物を促進させる為の手段であり、冒険に使うものではないと思い込んでいる節まである。
なので受付としてはヨルダの目を覚まさせるための誘いをあれこれ試していた。
ヨルダは全く耳に入れてない。
そんなやり取りが十数分続いている。
「なぁ、測定はエラーって出たんだが」
「そうか。分かってはいたが、我が国の測定器では測れない大きさなのかもしれんな。そんなことよりも冒険者登録はできたか?」
「Gランクの魔獣使いとして登録されたっぽい」
「外には出れんが、町の掃除や皿洗いなら受けられるぞ」
「しばらくはベア吉と別行動か」
「小さくしておいておけないか?」
「この子に人間の中で暮らすマナーは教えてないんだよな。それに、この街は──」
ベア吉には狭すぎる。
ここで無理して暮らさなくてもいいかなとは思う。
あくまでも街に侵入する上での最低限のマナーの一つだ。
つくづく街での暮らしに合わない性質だ。
「まぁ、小銭さえ稼げればそれ以上言わないさ」
「ありがたい限りだ」
街についてからは中央都市の入場料稼ぎ。
身だしなみを整えつつ、中央都市を目指す。
「いやー、服を見繕ってもらって悪いな」
洋一は今までの蛮族スタイルから、ちょっとした冒険者スタイルとなる。
ジェミニウルフの毛皮を売って、代金を得たはいいが、洋一にはファッションセンスが皆無であった。
そこでネタキリーに助けを乞い、ここでのファッションを学んだ形である。
ジェミニウルフの他にも、デーモングリズリーの毛皮を肩掛けバッグにした。
それは角を切ったベア吉がすっぽり収まるサイズである。
「半分以上、貴殿の稼ぎだ。解体場は今頃大騒ぎだぞ?」
「あの魔獣ってそんなに価値があったのか?」
「自覚がないと言うのは恐ろしいものだな。おかげであまりこの街に長居できなくなった」
ネタキリーが声を顰め、周囲を窺う。
「そこまでなのか?」
「命を狙ってまではこないが、稼いだ金を狙う賊は出るだろう。それに貴殿はGランク。冒険者というのはランクがものを言う世界だからな」
「貴族より厄介じゃないか」
なまじ実力社会なので功績を積んだもの勝ち。
さっき冒険者になったばかりの洋一が、すぐにチヤホヤされたりはしないのである。
「平民でもなれる貴族制度が冒険者だからな」
「そっか。つくづく俺とは合わない制度だ」
「だろうな。貴殿にこの国は狭かろう」
「だが、身分は必要だ。俺は記憶がないことになってるからな。前の場所でも世捨て人だ。それが嫌でダンジョンに篭ってたし」
「深くは聞かないが、苦労したのだな。騎士はここまで来れば自由行動でいいだろう。我々は単独で中央都市に向かうとしよう」
「そうか。これ以上面倒ごとが増えねばいいが」
「そう言う時に限って降って湧くものだ」
「世知辛いな」
「本当にな」
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