第2話 おっさん、騎士を拾う

 「嘘だろう、あいつら! オレを捨てて逃げて行きやがった!」


 魔獣を前に、普段威張り散らしてる先輩騎士は騎士見習いの平民上がりのヨルダを置いて逃げ去った。

 勇気ある行動に敬意を送る、じゃあないんだよ!


 なんでだ。そうしてそんな非道ができるんだ。

 騎士なんだろう?

 強気をくじき、弱気を助けるんじゃないのか!


 信じられないという気持ちと同時に、だろうなという気持ちが去来した。


「くそ、オレは剣技は得意じゃないっていうのに」


 こうなったらやるしかない。

 何がなんでも生き延びて、あいつらに吠えずらかかせてやる!




 そんなふうに思っていた時期が確かにあった。

 それが叶わないと思ったのは数瞬後。


「おま、冗談だろ!」


 とても頼り甲斐のあった鋼鉄の盾が飴細工のようにバラバラになった。

 ヨルダは当然盾を捨てて逃げ出した。

 思いだけでなんの役にも立たない盾を背負う方がリスクがあると判断したためだ。


「この手だけは使いたくなかったけど……【風刃】」


 ヨルダは槍を杖に見立て、槍先に風の刃を纏わせた。


「くらえ! 風刃撃」


 ガリリリリッ

 残念、直線的な動きは見てから回避余裕でしたとばかりに魔獣に回避される。

 むしろ発動後の隙だらけなヨルダに猛獣が飛びかかり、致命傷を負ってしまった。


「あぐっ」


 ただの引っ掻き攻撃がなんという威力か。

 鎧などなんの意味もなさないとばかりに引き裂かれ、ヨルダの背中に鮮血が舞う。


「加護が【蓄積】でさえなけりゃ……」


 背中に魔力を漲らせ、すぐさまに止血した。

 魔法。それは貴族の証。


 しかしヨルダは魔導士の中でも落ちこぼれの烙印を押された【加護】を授かった。

 それが【蓄積】の加護。

 サポート魔法の適正値だけが高く、攻撃魔法の適正値が低い。


 貴族社会において攻撃魔法のレパートリーの低さは致命的。

 魔法で成り上がった魔導王国の貴族にとって【蓄積】は出来損ない。

 【放射】こそがステータスであると決められている、


 加護が【蓄積】であるとわかった瞬間からヨルダは父親から興味を失われ、外で作ってきた妹に自分の立場を奪われた。

 異母姉妹の方が優れているからと、ヨルダは家族から冷遇されて育った。


 それでも耐え忍んできたのは、いつか自分を必要としてくれる相手が現れると信じていたからだ。

 でも、どれだけ待っても現れず、自分でなんとかするために家を出た。


「私は……オレは! ここで死ねないんだ」


 槍先に炎が纏う。

 獣は火を嫌うとどこかで聞いたことがある。


「くそ、くそ! そんなのありかよぉ!」


 ヨルダの決意を、生き延びようという信念を嘲笑うように。

 魔獣のブレスが槍先の炎を消し去った。


「わぁあああああ!」


 投げつけるも、簡単に跳ね除けられ、そして魔獣の牙がヨルダの肩先に食い込んだ。


「助けて! だれか!」


 いやだ、死にたくない。

 こんな、ところで。

 誰か……誰か……


 ヨルダに群がる魔獣達。

 その様子を見下ろすように一人の男が木の上から覗き込んでいた。 



 ◆



 一週間。

 いまだ探し人の行方は知れず、そもそも人と出会わない生活を続ける洋一。


「お、今日はついてるぞ。このキノコは生でもうまいんだ。あとは七輪茸や枯れ木があれば万々歳だが」


 一週間の間に出会った不思議植物たちに思いを馳せ、今日の献立を考える洋一。

 不思議植物の中でも一際不思議な七輪茸。

 あれの発見で洋一の生活水準は上がったと言っても差し支えない。


「それにしても、今日は随分と森がざわついてるなぁ」


 あのクマがもう一体現れたのか?

 だったらチャンス。

 実は倒した後に【腸】を奪っておけばよかったと後悔していたのだ。

 洋一の持つ能力のうちに【腸詰め】という文字通りの能力がある。

 石でも骨でも鎧や霊体、何でもかんでもミンチ肉に置き換える【ミンサー】と合わせて使うことでお手軽ウインナーが簡単に作れてしまうのだ。


 前のクマは乾物にしてしまったので煮出してスープにしかできなかったのが洋一の中でもったいないお化けを生み出してしまった。


 次こそは生で手に入れて、腸を。

 なんだったら生肉をもらいたい洋一である。


「ん、戦闘音? ここのモンスターは噛み付いたり爪で抉ったりするのでそういう音がするのは珍しいなぁ……ああ、そういうこと」


 そこで戦闘音の主の姿が見えてくる。

 一人は騎士のような重鎧を見に纏う少年だろうか?

 まだ幼さの残る顔立ちは、鎧を着ているというより鎧に斬られている不恰好さを見せる。

 盾を構えてモンスターの攻撃を防いでいるが、一発受けるたびによろけているようだった。


 ぱっと見で決め手にかける。

 だというのにモンスターは数を増やして、完全に捕食モード。

 ここで見て見ぬ振りをするのは少し夢見が悪いと思う洋一。


「見捨てるのも後味が悪いか。クマ以外の肉も食べたいと思っていた。これはちょうどいいタイミングだ」


 見慣れないモンスターだというのもある。

 虹色に輝く毛皮を持つオオカミ。

 しかし探索者の暗黙のルール、横殴り厳禁を思い出して、一応声掛けをしていく。


「そこの人、手助けはいるか?」


「こんな場所に人!? 現地人か! なんでもいいから助けてください! 仲間から裏切られて、ここに置き去りにされて! 剣もさっきの攻撃でどこかにやられてしまって」


 少女のような高い声色。

 まだ声変わりしていない年齢なのだろうか。

 しかしピンチで助けを求められたのなら、洋一とて見捨てる真似はできなかった。


「そっか、じゃあ倒しちゃうな! 【腸抜き】からの【ミンサー】」


 虹色の毛皮を持つウルフはその場で姿をかき消した。

 洋一のミンサーは直接手で触れずとも、視界の中で捉えれば発動する。


 これが洋一の持つ能力でも最上位の力【加工の魔眼】である。

 本来手で行う作業を目視で行うものだ。

 しかしこの能力、使いすぎると眼精疲労が途轍もなく大きな負担となり、こういったピンチ以外であまり使うのは得策とは言えなかった。


「これでいいかな?」


「え、あ、はい。もしかしてあなた様は名のある魔法使い様なのでしょうか?」


「えっ」


「詠唱も魔法陣も見かけませんでしたが、目の前からあの精強な魔獣が撃滅させられる姿は驚きで腰が抜けるほどでした」


「うーん」


 洋一はなんと言って説明しようか考え込み。


「だいたいそんな感じ」


 と言って話を締め括った。

 説明をするのが面倒くさくなったのだ。

 そこで、ぐー……きゅるるっと小気味のいい腹の虫の音が聞こえる。洋一のものではない。


「お腹空いてるんだ?」


「朝から食事を取らずの強行軍だったので」


「何か作るよ。そこで話を聞こうか」


「何から何まですいません。助けてもらっただけでなく、ご飯まで用意してもらうなんて」


「いいよいいよ。どうせ食うなら一人より二人の方がいいし。どうせだったら料理の感想を聞かせて欲しいな」


 洋一はずっとこの森で一人だったのもあり、自分からこの森での生活をしておきながら、すっかり人恋しくなっていたのだ。

 生活をする上での苦労は全く持ってなかったが、人と会話をしないだけで喋り方を忘れてしまうような孤独が襲いかかっていた。


「ふわぁああああ」


 料理をしながら、出来上がっていくハンバーグに騎士の少年の瞳が輝いていく。

 鼻腔をくすぐる肉の焼ける匂い。

 煙の中に顔をついつい突っ込みたくなってしまうのは屋外での調理の醍醐味だろう。


「この森のスタイルで悪いが」


 洋一は焼き上がったハンバーグを、そこら辺の木の葉っぱで包んでから少年に手渡した。


「ああ、いえ。温かい料理を食べるのも久しぶりで。あちち」


「ゆっくり食べなよ。スープも沸かしちゃうからさ」


 七輪茸の上の石の板をどかし、石をくり抜いた石鍋に川で汲んできた水を沸かしたものを流し入れる。そこに熟成乾燥させた熊肉の削り節、そして先ほど仕入れたウルフの、ミンチ肉をつくねにして沸騰する鍋に落とした。

 スープの出汁はクマ節の削りのほかに山菜やキノコ類。

 しっかり隠し包丁を入れたので、さっくりと切れる仕掛けだ。


「いい匂い」


「お、もう食い終わったか。味はどうだった?」


「食べ終わったのに涎が止まらなくて……」


「はっはっは。育ち盛りだろう、たくさん食べなさい」


「あの、あなたはどうしてこんな森の中で一人で?」


「んー?」


 質問になんて答えようか迷いつつ。

 言葉を濁しながらスープをよそった。

 木をくり抜いた汁椀だ。

 

「ふー。疲れた体に染み渡ります」


「お口に合ったのならよかった」


「こんな美味しい料理、騎士になってから初めてですよ」


 お腹がいっぱいになったら、少年はここにくるまでの経緯を話した。

 

「へぇ、故郷を出て独り立ちしようと騎士に?」


「それでこんなところで死にかけて、自分の不甲斐なさを痛感してました。結局、自分の人生なんてこんなものなのかと」


「うーん」


 根の深そうな話だ。

 ちょっとだけ聞いたことを後悔している洋一。

 ただ、面倒臭いというよりは、とても身に覚えのあるもので、少年騎士を助けてしまいたくなっていた。


 未だ自分は迷子で、絶賛行方不明中の仲間の詳細も判明してない。こんな場所で他人にかかりきりになっている場合ではないとわかっていながらも、過去の自分と重ねてしまって親身になってしまっている。


「まぁ、なんだ。命が助かってよかったな」


「はい!」


 少年騎士はニコニコと。

 洋一はその場から立ち上がって去ろうと踵を返す。


「じゃあ、これで」


 これ以上、関わったら自分の中での優先順位を変えてしまいそうになる。

 だからここでは心を鬼にして、別れることを選んだのだが……


「あの、助けてもらって、ご飯までお世話になって、さらにこんなお願いをするのもなんですけど!」


「うん?」


「オレを、あなたの弟子にしてもらえませんか?」


 必死な祈りだった。

 騎士としての失敗。

 帰る場所は無いという覚悟。


 理由は聞かなくてもわかった。

 ピンチになったら囮にされるような立ち位置。

 戻ったとて、下手なことを言われたら困る者達がいる。

 そんな輩に目をつけられている。


 最悪、モンスターの仕業に見せかけて殺されるかもしれない。

 そんな考えが少年騎士の中にあるのだろう。

 この世界でも、そんな胸糞の悪い出来事が渦巻いている。


「あーーー」


 洋一はぐしゃぐしゃと後頭部を掻きながら唸った。

 柄じゃない。

 そしてそれをしたところで偽善でしかない。


 洋一は、誰かを助ける余裕もない。

 なんだったら助けて欲しいのは洋一の方である。

 この森が、世界のどこにあるかもわかってない。


 だというのに……この男は受け入れてしまう。

 自分のことなど二の次であるかのように。


「わかったよ、ただし弟子と言ってもおれは料理人だ。飯の作り方しか知らんぞ?」


「またまたーご謙遜を。あれほどの魔法、相当の腕前とお見受けします」


 少年騎士は洋一のヨイショを忘れない。

 ここで捨てられたら、自分の運命は今度こそ終わるという確信があるからだ。


「とりあえず、俺は本宝治洋一だ。いつまでもあなたじゃ呼びにくかろう」


「オレはヨルダって言います。今日からよろしくお願いしますね、師匠?」


「ああ、よろしく」


 そこから洋一はこの森が自分の全く知らない土地、というより異なる世界にあることを知った。


 その中で人類圏の禁忌とされる魔の森。

 かつて魔王と称される存在の拠点があり、魔獣と呼ばれる存在が封印されているのだという。


 ヨルダ達はとある依頼から、この森に【ヨクハエール】という増毛剤の素材を摘みに来たそうだ。

 もちろん洋一はそれがどんなものか見当もつかない。


 そして、それが先ほどのスープの一部に煮溶かされた山菜であったことなど知る由もなかった。


 なんか昆布みたいな味がするから、いっぱい採取したことなどとうの昔に忘れていたのであった。


 そして……


「師匠、ずっと前から気になっていたんですが」


「うん?」


「師匠の拠点にしてる魔獣の毛皮なんですけど」


「これ?」


「それって神話級ミソロジーの魔獣、デーモングリズリーのものじゃないですか?」


 ヨルダはこの森に封印されてる魔獣はそれじゃないかと指摘した。


「ないない。ただの大きなクマだよ。確かにこの個体以外見かけたことがないけど、きっと絶滅危惧種だったのかもな。もったいないことをしちまったよ」


「いや、そもそもこの森に跋扈してる魔獣は伝説級レジェンダリーのジェミニウルフなんですけどね」


「見間違いじゃないのか?」


「やたら強い上に野生動物とは思えないくらいの賢さ。これは伝説上の魔獣に違いないと、そう思ってたんですけど……」


 目の前で串に打たれて焼かれている肉を見下ろしながらヨルダは涎を垂らしながら与太話を語る。


「え、そんなことないだろ。そんなおとぎ話に出てくる魔獣? だったらもっと苦労するはずだ。俺に倒される時点で雑魚だよ雑魚。そんなこと気にしてないでさっさと食べちまえよ」


「それもそうなんですけどね」


 ヨルダは焼き上がった串肉に頬張りながら自分の考えを打ち消した。気のせい、気のせい。

 最近やたら髪の伸びが早いのもきっと気のせいだと思うことにした。

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