第3話 おっさん、弟子を取る
ヨルダを弟子にして一週間が経つ。
暮らしはそんなに向上してないが、一人増えた負担は次第に蓄積されていく。
単純に水汲みの回数が増えたというのもある。
「そろそろお前も仕事を覚える頃だろう」
「はい、師匠!」
どんな仕事でもやってみせる。
ヨルダはそんな気概を見せている。
「まずはこの暮らしの中で一番重要なものはなんだと思う?」
「食材でしょうか?」
「それもある」
洋一は腕を組みながら頷いた。
しかし現状、肉は溢れるほどに手に入った。
ジェミニウルフと呼ばれる魔獣が跋扈しているのだ。
なぜかヨルダに会って以降である。
それまで全く見かけなかったのは、洋一が倒したクマがいたからではないか? なんて指摘があったほどだ。
なんにせよ、肉はあるのであまり深く考えないことにした。
「他には?」
「水だ」
「水……そういえば、師匠は水をどこから汲んできてるんですか?」
「案内しよう」
洋一はヨルダを連れて森の中を練り歩く。
道中でやたら丸くくり抜かれた大木を見かける。
魔獣の仕業だろうかと震えるヨルダに、洋一は自分の仕業だと明かした。
「師匠って割と自然破壊に躊躇ないですよね」
「だってこの森に生えてる木って小さな傷ぐらいじゃすぐに復元しちまうんだぜ? このくらい穴を開けてようやく目印になるんだ。ほら」
洋一は手元に出した包丁で目印の木を切り付ける。
すると傷跡に樹液が満ちて、すぐに傷跡は消えてしまった。
恐るべき生命力である。
「ナマ言ってすいませんでした」
「わかればよろしい」
丸く切り抜かれた木々を目印に進んでいくと、そこには落ちたら命はないと思える高さの崖と、真上から叩きつける勢いの滝が見えた。
洋一曰く、水汲みはここで行うとのことだった。
ヨルダはこんなところで水汲みなんてしたら死ぬという顔で洋一の作業を見つめていた。
「よし、やってみろ」
一度手本を見せただけで、即座にやってみせろと言う洋一に、ヨルダは歯切れ悪そうに今さっき思い出したように自分は魔法が使えることを切り出した。
「あの、オレ! 実は水を魔法で出せます! だから水汲みは勘弁してください」
「魔法使いだったのか?」
「黙っててすいません、言えば、家庭の事情に巻き込むと思って」
ヨルダは魔法使いの一族、この王国の貴族の生まれであることを白状した。
生まれた時の魔力量と授かった加護によって格差が生まれる社会で、家を出るほどの迫害を実の家族から受けていたそうだ。
「それで家を出て騎士になったと言うのか」
「貴族で魔法使い、貴族流に言うなら【魔導士】になれないと言うのは死ぬのと同義なんです。騎士になるのは最後の手段なところもありまして、正直推奨されてるものではありません」
「それぐらいの覚悟を持って騎士になったけど、そこでも同様の迫害を受けたと?」
ヨルダは涙ぐんだ瞳で頷いた。
これ以上無理して話を促したところで事態は好転しないだろう。
「わかった、これからは魔法使いとしての仕事を割り振る。水汲みは必要最低限でいいから、だからそんな人殺しを見るような目で見るのはやめろ」
「よかった」
心底安堵したようなヨルダに。
しかし魔法使いと言ってもなぁ、と自分が魔法を使えないのでどう仕事を割り不当か迷う。
「一人だけ、魔法使いにはアテがある」
「師匠の知り合いですか?」
「一応、一緒に旅をしてた仲間だな」
「今はどこに?」
「絶賛迷子中」
俺を含めてな、と苦笑する洋一。
洋一は自身が全く知らないところから来たとヨルダに明かした。
しかしヨルダは王国以外の国をあまり知らないので首を傾げるばかりだ。
「ダンジョンですか?」
「うん、知らない?」
「魔王が地上を侵略する時に使った
「どうかなぁ」
ダンジョンそのものがこの世界に無いという。
かつて魔王が地上を支配した時のゲートがダンジョンではないかという指摘に答えを出しあぐねる洋一。
そもそも魔王が御伽話の登場人物な上、ゲートの話も眉唾だ。
話に尾鰭がつきまくっている可能性も否めない。
「まぁ、そんな場所で一緒にやってた
「彼女、ですか?」
突然ピクピクとヨルダの耳が動いた気がした。
気のせいだろうか?
「ああ、ヨッちゃんは女性だよ。普段男装してるし、性格がおじさんだから傍目で女性と見抜くのは難しいけど」
「女を隠してまで生きていかなきゃいけない環境にいたということですか?」
何か思うところがあるのか、
洋一は「ご想像に任せするよ」と話を濁した。
この話題は広げすぎても危険すぎると直感が働いたのだ。
案の定、ヨルダの食いつきっぷりはこの一週間での暮らしの中でいちばんのものだった。
「それはさておき、ヨルダが魔法を使えるのなら頼む用途は多いだろう。それを割り振るが、得意分野と苦手分野を聞こうか。流石にヨッちゃんほど万能では無いと思うからさ」
「その方はそれほどの魔法を?」
「俺の知ってる限りでは七属性を扱ってたな。流石にそれを一般的だなんて思ってないから安心してくれ」
「ぐぬぬ……流石にそれは。でも負けない」
何か勝ち負けを決める要素があっただろうか?
洋一は考えつつもすぐに切り替える。
ヨルダは
扱えるのは生活魔法の【着火】【水球】【乾燥】【土塊】
初級魔法の【火槍】【水槍】【風刃】【落穴】
扱えるのは火・水・風・土と生活する上では必要最低限と言ったところか。
まだ何か抱えてそうなヨルダだったが、無理には聞き出さないことにする。
「あと、魔力総量が少ないので扱えるのは一日10回までです」
「ふぅむ」
そういえば
ヨルダは申し訳なさそうにしていたが、それでも十分過ぎてお釣りが来る。
「なら水汲みは俺がやる。ヨルダには【着火】それと余った時間を使って生活基盤の一つであるバスユニットを作ってもらおうかな」
「バスユニット」
「お貴族様なら使ったことはあるだろ?」
「そりゃありますけど、オレの話聞いてました?」
使えるのは一日10回まで。
その上で生活する上での魔法使用しかできない。
そんな極限状態で、見たことはあるけど構造も何も知らないバスユニットを作れというのは無茶な注文だった。
「もちろんだ。だが、見る限りお前は手持ち無沙汰だ。騎士として魔獣の駆除をするわけでもない。水汲みはできない。着火の役目はあるが、七輪茸がある限り出番はない。そんな状況で、目的もなく過ごすのは窮屈だと思ってな」
「はい……」
言われて、ヨルダは自分が洋一におんぶに抱っこだったことを自覚する。
暇を持て余してると言われて言い返したいヨルダだったが、実際その通りだった。
「それで、バスユニットはいつまでに作ればいいと借りますか?」
「期日は設けない。それも含めて自分で決めるんだ」
「完成形は? どんな状態にするとか」
「お前に任せる」
「えぇ……」
全部が全部自分の責任。
生まれて今までそのような仕事をまかされたことがないヨルダは困惑する。
「これはな、ヨッちゃんも通った道なんだ。彼女はな、今のお前と同様に生活魔法から成り上がった底辺の魔法使いだった」
「えっ」
それは気付き。
そしてキッカケ作り。
「俺もさ、最初からこれほどの能力を持っちゃいなかった。努力と研鑽の果てに今があるんだよ。何をそんなに焦っているのか知らないが、お前にはお前のペースがあるんだ。他人の顔色ばかり窺ってばかりで、その中で自分を見失っちまってたんじゃないのか?」
「あ……」
ボロボロと、ヨルダの瞳から雫がこぼれ落ちる。
「あれ、オレ」
自分でも泣くなんて思っていなかったヨルダは、必死に腕で瞼を擦った。鼻を啜る。涙は思ったように止まってくれず、こうなったらもう止めるだけ無駄だとヨルダは泣きじゃくった。
「バカだな、言ったろ? 俺もお前のような暮らしをしてきたんだ。見てたらわかるさ」
「うん……ゔん!」
洋一は胸を貸しながら、ヨルダが泣き止むまで焚き火を見て過ごした。
「師匠、もういいよ」
「気は済んだか?」
「ありがとうね」
「いいってことよ。俺はお前の師匠だからな」
ニカっと笑う洋一に、ヨルダはずるいなぁと胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
その日から、ヨルダの挑戦は始まった。
最初は形が掴めないのもあり、土塊を水球で捏ねてるだけで1日が過ぎた。
「ぶへー、もう限界」
「無理するな。飯の支度は今日はいいから」
「ごめん師匠」
「こういう時の助け合いだろ、遠慮すんなって」
「うん」
三日が過ぎ、大体の形が見えてくる。
しかし、自分の体を基準に作っていたことが明らかになり、洋一が入る可能性を頭の中から除外してしまっていた。
「師匠! 師匠! ここに寝転がって!」
「なんだなんだ?」
「今オレが作ってるの、師匠が入れるサイズのバスユニットじゃないことに気がついた!」
「それは確かに困るな」
「でしょ!」
ヨルダはペタペタと洋一の体を触りながら重さの計算をする。
「うわ、師匠の腕カタッ、ごっつ」
「そうかぁ?」
自分の腕が他人から見てどうなっているのか一切興味のない洋一。
ヨルダが何をそんなに驚いてるのか分からずに首を傾げる。
「えへへ、だいぶいい感じのデータが取れた。ありがとう、師匠」
「おう、また何か困ったことがあったら聞くように」
ここ数日で、すっかり丁寧語が抜けたヨルダ。
洋一がそれをくすぐったそうにしてたのが始まりだが、ヨルダもそれが心地よいのかすぐに慣れ親しんだ。
そしてバスユニット着手から七日後。
「できた!」
「どれどれ」
「うわ、急に背後から近づかないでよ師匠」
「えー、いいじゃんか男同士なんだし」
「男同士でも!」
ヨルダは頬を真っ赤にしながら洋一から距離を取った。
今更だろうと洋一は後頭部を掻く。
「今日からお風呂入れるね」
「そうだなぁ、一緒に入るか?」
「それは……生傷がいっぱいあるから恥ずかしいな」
「気にしやしないのによ」
「いーから! 師匠が先に入ってよ。俺は後からでいいから!」
そう言って、先に湯を浴びる洋一。
ヨルダの番になって、そういえば着替えがないことに気がついた洋一は、魔獣の毛皮で作った前掛けを作って持ち込んだ。
「おーい、ヨルダ。着替えここに置いとく……」
「キャッ」
「ヨルダ……お前」
「ごめん、隠すつもりはなかったんだけど」
ヨルダは恥ずかしげに胸を隠しながら、湯の中に頭を沈め込んだ。
参ったなと頭を掻きながら、洋一はその場から立ち去った。
やたらと
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