おっさん料理人の異世界グルメライフ
双葉鳴
禁忌の森編
第1話 おっさん、迷子になる
本宝治洋一は社会不適合者である。
誰かの顔色を伺いながら生活して、気がつけば30年が過ぎていた。
そんな彼にも得意分野がある。
それが料理だった。
何かに夢中になれる。その高い集中力を買われてとあるレストランで下働きをしていた洋一。
社会不適合者なりに充実した生活を送っていた。
いや、送っていたと思い込んでいた。
そう思わないとやっていけないというのもある。
自分は恵まれてるんだ。
じゃないと、何も成し遂げてない無能であることを思い出してしまいそうだったから。
そんな洋一にも転機が訪れる。
それがレストランのオーナー変更による強制退出だ。
生まれながらの能力の高さを誇る人間による能力差別。
洋一はレストランにふさわしくないという一方的な理由で仕事を失った。
そんな矢先に腐れ縁で飲み友達でもある『
洋一が料理を行い、要がそれを食べて品評する。
それを撮影してネットで配信する配信者という生活。
洋一にとっては寝耳に水。
食材はダンジョンモンスター。
洋一だってレストランの下拵えで培った技術がある。
しかし一品の料理として仕上げたことは一度としてない。
あくまで下拵えの雇われアルバイターでしかないのに。
ぜひ洋一がいい。むしろ洋一じゃなきゃ嫌だという要の熱い要望で洋一は配信チャンネル『ポンちゃんとヨッちゃんのダンジョン美食倶楽部』の料理人ポンちゃんとして徐々に人気を得た。
そんな楽しい日々はあっという間に過ぎ去って、5年。
気がつけば洋一は見知らぬ場所で目を覚ました。
──うー、漏れる漏れる……
強めの尿意で洋一は目を覚ます。
頭は朦朧としており、完全に二日酔いだ。
太陽が眩しい。
お天道様もすっかり真上に佇んでいる。
どうやら随分と寝過ごしてしまったようだ。
洋一はモゾモゾと起き出しながら、そこでようやくここが見知らぬ場所であることに気がついた。
「あれ、どこだここ?」
宴会を開いて寝転んだ場所は薄暗いダンジョンの中。
決して太陽の差し込む鬱蒼とした森の中ではない。
ダンジョンが活性して場所が変化してしまったのだろうか?
「ヨッちゃーん、何か知ってるー? おーい」
しかし求めてる声は返ってこない。
いつもなら飲み仲間のヨッちゃんの軽口が飛んでくる頃合いだが、あいにくと姿が見えない。
洋一と同じくそこらの茂みで用を足しているのかもしれない。
「まぁいいや」
膀胱を圧迫する水分を放出してしまおう。
そこら辺の木を的にしながら一気に放出。
ブルブルと背筋を伸ばして脳が冴え渡っていくのを感じた。
「あー、太陽が黄色いや。それと気のせいかな? 月が4つに分裂してらぁ」
ふらつく体に喝を入れるように両頬をピシャリく。
目の奥がパチパチと弾けて頭が随分と冴えた気がした。
「うー、昨日は少し飲み過ぎたかな?」
ここ数日は連戦だったからなぁ。
たまの休日だって朝方まで飲み過ぎたかもしれない。
ヨッちゃんが特別なボトルを開けるって聞かなかったからなぁ。
洋一は昨晩のことを思い出して苦笑した。
「さてと、オリンはどこだ?」
洋一はもう一人の相棒である、スライムの姿を探す。
オリンとはダンジョンの中枢で出会った。
特別なスライムで、荷物のほとんどをオリンに預けているのである。
洋一が料理をするには屋台から調味料、調理器具を用いる必要があった。
ヨッちゃんが居ればそこら辺の岩盤を魔法で加工して簡易調理器具でもなんでも作ってもらえるが、あいにくと先ほどから姿を見かけない。
一体どこまで行ったんだろうかと少し心配になる。
そしてそこら辺を探しながら、目的の人物とスライムが見つからないまま30分。
ようやく洋一は自分の置かれた状況を理解した。
そう、洋一は絶賛迷子なのである。
知り合いもおらず、こんなダンジョンは初め見る。
本当ならダンジョンセンターに掛け合うのだが、Dフォンはあいにくとオリンの次元バッグの中。
今の洋一は探索者用のスーツ以外の装備は持ち合わせていないようだった。
「え、これまじか? ヨッちゃんやオリンすらいない。こんなところで一人きりなんて……」
洋一は途方に暮れる。
「まぁ、ヨッちゃんやオリンなら単独でもなんとかするか。問題があるとすれば俺の方だもんな。包丁は……ヨシ。今の所能力は使えるな。これなら食うのに困らないだろう。あとは食材だが、ここはおあつらえ向きに森の中だ。ついてる」
とりあえず、まずは食べられるものを探すのが先か。
「水の音……こっちに川があるのか? ヨシ、事態は最悪ながらツイてるぞ。水源は最初に確保しておかないと大変だもんな。ヨッちゃんさえいればその懸念も消えてなくなるんだけど」
【火】【水】【風】【土】【光】【闇】【時間】【重力】まで操る凄腕で、彼女がいるだけで洋一はダンジョン内でも料理を作ることができたのだ。
それもオリンが来るまでの話か。
流石に無限に入るポケットの存在は大きく、ヨッちゃんでさえその能力は再現不可能。
おかげで二人とも随分と楽を覚えてしまった。
屋台や調理器具、調味料の全て、食材の全て、アルコール類の全てがオリンのポケットの中。
いつでも一緒、そういう契約を結んでいた洋一。
その代わり美味しい料理を食べさせる条件をつけられていたのである。
そのオリンがいない。
いつも頼っていたヨッちゃんもいない。
料理の腕だけ磨いていた洋一は、ここに来て水を確保するための桶がないことに気がついた。
完全に詰んでいる状態だ。
「やべ、水源を確保しても桶がないんじゃ……いや、俺の能力なら」
包丁を取り出す。
対象はそこら辺に生えてる木。
そこめがけて隠し包丁を入れる。
実際に手を動かさずとも洋一の能力は発動する。それこそが【加工の魔眼】の真骨頂。
目視した対象を思い描いた通りに寸断する、超絶チートである。
「と、普通にスライスするだけじゃバラバラになるな。いっそ丸太から削り出して」
四苦八苦しながら数時間。
ようやく無骨ながらも木桶のようなものが出来上がった。
水源といっても崖下だ。
洋一はその場で服を折りたたんでからダイビング。
水面に向かって飛び降りた。
水の中にはやはり見たことのない魚たち。
それを【加工の魔眼】で始末しながら足場になりそうな沖に上がる。
結局上がれそうな沖がないので、包丁で無理やり崖を切り裂いて沖とした。
この男、繊細なようでいてゴリ押しである。
「水はこれで確保。ついでに魚もゲット」
流石に生で食うのは気が引ける。
「焼くにしたって火がなぁ」
こんな森にライターやチャッカマン、着火の魔道具など存在しちゃいない。
あいにくと火をつける能力は持ち合わせていない洋一である。
ただ、探索者として働く上で知っておけば後で役立つ専門知識として着火の知識は授かっていた。
あいにくと使う機会がないまま今日まで過ごしてきているが。
しかしいよいよ機会が回ってくる。
「確か……木の枝に蔓を巻いて擦り上げる! ふぅん!」
これで理論上火はつく筈だ。
しかし煙は出ても、火がつく様子はない。
全く理解が及ばない。
原因が不明なまま、無駄に時間だけが過ぎていく。
「くそぅ、もう夕陽が差し掛かってきてるじゃないか、戻ろう」
洋一は火おこしは諦めて服を畳んだ崖上に戻ることにした。
そこで、服が見当たらないことに気がつく。
野生動物の仕業だろうか?
仕方なくそこら辺の木の皮や葉っぱをつなぎ合わせて服の代わりとした。
この森に来てから踏んだり蹴ったりである。
服を調達してる際に、色鮮やかな木の実を見つける。
口に入れると痺れるような酸味が広がった。
一瞬毒を疑ったが、体調に不調はない。
それどころか、視界がやけにクリアになった気がした。
今までやたら思考に靄がかかっていたのが、晴れた。
清々しい気分となる。
そこで、毒々しいキノコに混じって真っ赤な斑点模様のキノコを見つける。
「お、この森にこんなキノコなんてあったか? どれどれ。あれ、引っこ抜けない。なら隠し包丁で……よし、抜けた」
それは一見してただのキノコ。しかし表面は鉄のように固く、煮ても焼いても食えなさそうだ。
しかし洋一はそういった特殊食材にこそ本気で挑む料理人である。
食えないのを食えるようにするための工夫に何時間でも費やすことができる男だ。
その結果、キノコが燃え上がった。
本当に意味がわからない。
洋一としても全くの道の存在との遭遇であった。
「あ、これ」
しかし、それは洋一にとっても運命的な出会いとなった。
一般人女性の胴回りほどある柄。
そして笠は鋼のように硬い。
そしてどういう原理かわからないが燃える。
その姿を連想して、洋一はそのキノコを【七輪茸】と名付けた。
独学で火をつけるのに失敗した先での驚きのアイテムとの遭遇である。
久しぶりの食事に満足する洋一。
そしてそのキノコを見つけ次第確保していた洋一だったが。
まるでそのキノコを取り過ぎたのが原因なのか見たこともないクマが洋一に前に立ち塞がるのだった。
『ゴルルルル!』
赤い毛皮で胸のシルエットからツキノワグマを彷彿とさせたが、サイズがその比ではない。
体高は五メートルはあるだろうか?
見上げるような巨体。
ひと撫でで洋一なんか細切れにしてしまいそうな巨木のような両腕。
人の身では決して抗えなさそうなモンスターとの遭遇に、洋一といえば。
「そういえば熊は食べたことないな」
向き直って包丁を構えた。
『ゴルルルルァ!』
「鍋にするとうまいって聞いたことがある。さて、お前はどんな味がするんだろうな?」
振り下ろされる前足。
それを付け根から切断しては捕獲。
メニューに想いを馳せる。
この男にサイズは関係ない。
むしろデカければデカいほど、ただの的だ。
『グルルル!?』
たじろぎ、後退る熊に洋一は容赦のない一撃をお見舞いする。
「熟成乾燥【強】!」
『グルァ!?』
包丁ではなく、広げた右手で飛び込んで胴体に強打。
そのまま巨大熊は絶命した。
「大物ゲット。と、咄嗟に【熟成乾燥】を使っちゃったけど【腸】を奪っておけばよかったな【ミンサー】と合わせて簡単ウインナーにできたのに、もったいないことしちまったぜ」
洋一のモンスターへの対応能力は凄まじく高い。
なにせ食材と断定したなら全ての能力が通用するからである。
そんなこんなで肉を手に入れた洋一は一人焼肉パーティと洒落込むのであった。
二人の捜索のことなんて、すっかり忘れている洋一であった。
◆
その日、とある王国の中心では。
重鎮が集められ、長いテーブルに腰掛け国王の鎮痛な悩みを聞いていた。
──最近抜け毛が激しい。至急これを解決したものに金一封を授ける。
そんな御触れが出回った。
貴族にとって、毛髪。髪色とは特に大事だ。
平民との格差の象徴として、取り上げられてきた。
そして国の代表であるコークの頭部が後退しているという由々しき事態はすぐさまに王国内の訳述研究所に広まった。
そんな中、白羽の矢が立った人物がいる。
男の名はティルネ=ハーゲン。
男爵家の四男坊で、魔法使いとしての【加護】にこそ恵まれなかったが、研究者としての技術は高く評価されていた男である。
特に若くして毛根に悩みを抱えるティルネである。
同じ悩みを抱えるもの同士、ぜひ国王のお悩み解決に助力してくれと頼まれた。
否、資金の中抜きをされて丸投げされた形だ。
その企画は、成功させることが大前提。
その上で納期は今年いっぱい。資金は大貴族が中抜きしていてティルネが扱える資金は雀の涙だった。
普通なら断る。
だが、王命というフレーズに心揺さぶられたというのも事実だ。
「もし成功させたのなら、王からの名前の覚えもようくなるだろう。そうしたら研究資金も弾んでもらえるぞ? どうだ、やってみないか?」
「私の命にかけましても」
「では出来上がったら持ってきてくれ」
「あの、王命であるのなら活動資金も提示されているのですよね?」
話を持ってきた上位貴族は「目敏い奴め」という顔で、使い果たした皮袋を投げ捨てた。
その中には残りわずかとなった活動資金しかない。
その残りすら懐に入れる気満々だったのだろう、ティルネに聞こえるように舌打ちをしてみせる。
「これっぽっちで?」
目を疑う。
研究とは何かにつけても金がかかるものなのだ。
これでは護衛を雇う金も捻出できない。
「流石にこれでは。せめて護衛への声かけをしてくれませんでしょうか?」
「仕方ないやつだな。ほれ、紹介状だ」
その場でサラサラと書き上げ、上位貴族はティルネの研究所から立ち去った。
「これでなんとか首の皮一枚は繋がった……ってなんだこれは?」
紹介状の中身を確認したティルネは再び目を見開く。
そこにあったのは王国に掛け合って騎士を仲介してもらうためのものではなく、冒険者ギルドに掛け合って冒険者を雇う指示書だった。
そんな指示、わざわざ紹介などされなくたってティルネにもできることだ。
「くそ、貧乏くじをつかまされたか!」
ティルネは地団駄を踏む。
正直、男爵家の四男に騎士を動かすほどの権力はない。
「こうなったらあの男を頼るしかないか」
気が進まない。ああ、気が進まないが背に腹は変えられない。
男は平民上がりの騎士爵を授かった男、ネタキリーの詰め所に顔を出すのだった。
◆
「本当にここに、禁忌の森にその薬草はあるんですか?」
雇われ騎士団長ネタキリー=イモウトールはティルネに疑いの目を向けていた。
そんな話は聞いたことないと言いたげだ。
ティルネの研究では魔力の高い場所でのみ花を咲かすと検証結果が出ていた。
国中のあちこちを回った結果、残りはもうここしかないのである。
資金はすでに底を尽き、納期は差し迫っている。
ティルネは度重なる心的疲労でただでさえ少ない毛根とも何本もおさらばしていた。
「ここに生えてなければワシは破滅だ! なんとしても探しだせ! ワシの首が飛ぶか、貴殿の命が飛ぶかの瀬戸際なのだ!」
ガクガクと肩を掴んでは揺らすティルネ。
これは話が通じそうもないと理解するネタキリー。
森に辿り着く前もどこか焦っていた様子だが、日に日に憔悴しているのが見てとれた。
それはそれ、とネタキリーは再び依頼内容を読み上げる。
依頼以上の仕事をするつもりはないと言う気持ちの表れだ。
「依頼日程を大きく逸脱しております。備蓄は底を尽き、多少補充はできたものの、残る数ヶ月も持たないときている。騎士は休みを申請し、士気はダダ下がりです。それをまだ続行と、正気ですか? 我々はあなたの飼い犬ではない!」
「それでもやらねばならぬのだ! 王命であるのだぞ! 国の騎士であるならば、それでもやらんか!」
「無謀と勇気を履き違えるつもりはありませぬと言っているのです!」
ネタキリーは話が違うと抗議する。
ティルネは王家の署名が記された依頼証を持ち出した。
水掛け論は数十分にも及び、ティルネとネタキリーは顔を突き合わせて睨み合っていた。
お互い一歩も引かない姿勢である。
そんな時、搬送中の騎士が血相を変えて報告しにきた。
ちょうどいいタイミングだとネタキリーは内心褒めながら話を促す。
ティルミはまだいい足りないとばかりに怒り肩である。
「隊長! 搬送中に魔獣に襲われて、荷物が!」
奪われた。どうすればいいかの指示を仰いできたのだろう。
「荷物は後で回収すればいい。そんなことより怪我はしてないか? お前達に今倒れられたら任務に差し支える」
ネタキリーはこんなクソみたいな依頼はとっとと終わらせて国に戻るつもりだった。
しかし帰ってきた返事はそれを裏切る形で被害者の報告であった。
「それが、一人残ると我々を逃した下級騎士が……」
「そ、そうだぜ俺たちは一緒に逃げようと促したんだがあいつが、ここは先に行けって俺たちを逃がしてくれたんだ!」
どこかよそよそしく、お互いの顔をなん度も見合わせている。
おかしい。何か冷静さを欠いている。
何かを隠しているか?
それともまた別の理由かとネタキリーは騎士への疑問を頭に並べ、すぐに払拭した。
また問題ごとか?
ただでさえ雇用主とのトラブル続きで勘弁してほしいものだ。
「とりあえずその話はわかった。全員を呼べ、号令のあとそれぞれの報告を伺う。荷物の回収は後にする。それでよろしいか、ティルネ殿」
「今は下級騎士や荷物の心配より薬草を優先したまえ! こっちは雇用主だぞ!」
その薬草探しをするためにも人手が必要であるとこの雇用主は理解が足りてないのだろうかとネタキリーは眉間の皺を揉み込むのだった。
この任務が終わったら休暇申請を出そうと誓いながら。
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