舞衣をとりもどせ!!

 エントランスで鍵を開け、エレベーターの9階ボタンを連打する。と、目的階がキャンセルされる……最新型ァア!!


 アンガーマネジメントだよ。 素数、いやスーパー素数を数えるんだ。

 3、5、、11、、17、、、、31、、コレ無理!


 舞衣はDVの証拠を集めていて、仕掛けていたICレコーダーを須藤に見つかってる。

 きっと酷い報復を受けたはずだ。


 9階にエレベーターが到着し、開くと同時にロケットスタートを切る。

 焦りに震える手でドアの2ロック解錠にパニクり、やっと開いて自動照明が照らす玄関。 他に明かりは漏れておらず、静かだった。


 舞衣は不在か? どこかへ連れ去られた? 焦燥感と不安で心拍数がさらに上昇する。

 スマホのライトを点けて、録画しながら内部へと足を一歩踏み込む。慎重にだ。


 廊下の途中で、ライトに浮かび上がる「家具」による異様なバリケード組みに「ここだ!」と直感する。


 ライトスイッチを探り点灯。乱暴に家具をなぎ倒すと、そこにはさらにワイヤーロックで封じられた浴室があった。 間違いなくここに舞衣は監禁されている!

「舞衣、そこか!」の声に、かすかに応えるタップが響く。

 そこからは無我夢中で、救出する過程は細かく覚えていない。必死だった。


 消耗し切っていた舞衣も、俺も、もう嗚咽が止まらず、二人で泣きながら抱き崩れた。


 俺は戸惑う舞衣の顔を両手で支え、目を合わせ、覚悟を決めるように言葉を告げる。

「須藤はブタ箱に放り込んだ。だけど油断できない。

 間違いなく誰かが舞衣を確保しにやって来る。すぐかも知れない、だから時間がない!」


 婚約指輪からして多分アイツの実家は金持ちだ。

 それならすぐに良い弁護士がつく。

 もしかしたらパトカーの中からスマホの指示で、もうマンションまで何者かが来てるかも知れない。

 警察に通報している間に、3人でも来れば拉致を防げない。不法侵入の負い目もある。

 駄目だ、ここでヘタを打てば、舞衣はもう二度と届かない場所へ連れて行かれる。


 舞衣を連れて逃げよう。 大丈夫。 俺は失踪には詳しいんだ。


 いくつか思考を整理し、落ち着かせるようにゆっくり伝える。

「ここが正念場だ。 いいか、連中に捕まる前に行くぞ!

 逃げるんだよ、全力で! 全力失踪だ!!」


 舞衣はぐにゃりと崩れ臥せ、まるで電池切れのように意識を失ってしまった。


 俺は舞衣を背負ってマンションから連れ出し、救急病院まで全力疾走した。



 ◇



 うん。テンションが落ち着いてしまえば、恥ずかしくて仕方がない。

「全力失踪」とは何だったのか? 「急いで避難」で良かったじゃないか。

 土壇場で口にした、突発事故のような駄洒落に、悶え苦しむような羞恥を感じる。


 病院に舞衣を引き渡し、本日2度目の通報に、警察も呆れていた。

 それでも取りあえずは順番通り、俺も「暴行傷害事件の被害者」として治療を受けた。

「相手に厳罰を求めるんでしょ? それじゃこの辺の青タン全部まとめて『特盛』の診断書を作ってあげるw」と言うノリの良い医者に苦笑いを浮かべながら……。



 警察署ではネギトロが泣いていた。すごく待ったらしい。「ユーはどこ行った?」と騒いだらしい。迷子か?



 ◇



 結局、舞衣は刑事事件を起こした須藤を有責とする破談および賠償、その交渉を弁護士と淡々と進めた。


 子供については、

 犯罪者を父親として戸籍に残したくないという理由で「私生児」扱いとする旨と、

 認知しないことで請求出来ない養育費を慰謝料に上乗せするという内容で、

 公正証書(須藤親と、一括支払)に纏めた。


 あっさりと仕事を辞めた舞衣は、さいたまに来ていた。

 季節は秋となり、見て分かるレベルで、舞衣のお腹は妊婦であることを主張していた。


 今度は舞衣が、失踪者になっていた。……お金持ちの。


 俺との復縁は家族から決して認められないと、舞衣は確信していたようだ。

 それはつまり、戸籍の移動で辿られないように、正式な結婚は諦めて、俺とは事実婚になるということで、

 俺と舞衣の絆は法的に担保されず、互いの愛のみで繋がるパートナーになった。


 アフリカ人たちは、嫁と子供を同時に手に入れた俺が、凄い奴だと誉めてくれた。

 子供の父親とか、どーでもいいことらしく、子供は財産だ。と喜んでいた。


 ただ、いつものようにアドバイスを聞いてみると、

「オンナを大事にしろ。オンナだけでいい、たくさん大事にしろ。それでオンナがコドモを大事にする」

「日本人はコドモを働かせないからダメだ。オトコはコドモを相手にしない。コドモはオトナと働くことで、オトナを覚えていく」

「日本人はスバラシイ。コドモの育て方が良いからだ。コイツらの言うことは聞くな」


 どうやら教育について、ライオンと野良猫のメソッドは、参考にならないらしい。



(おしまい)

──────────

前言を撤回して、賞味期限切れする前に、おまけエピローグを投下します。

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