ライオンと野良猫のメソッド
無傷とはいかない事は分かっていた。さんざん父親にブン殴られ、坊主にまで刈られて「男の度量」とは、やはり我慢なのだと諦めかけていた。
きちんと親族にも詫び、なんとかスマホを復活させて、通知が4桁に達していた関係各位に更にお詫びを重ねていく。言い訳無用の全面謝罪しか出来ない。
舞衣の親族へのお詫びは、もう一度舞衣に会ってから方針を擦り合わせることにする。
逆に利害関係のない友人知人には「異世界に召喚されていた」で推し通す。
内装業で鍛え上げた肉体と青タンだらけの顔面を見て、何人か信じそうになったのには参った。俺の友人はアホばっかりだ。類友。
そのうちに、改めて同期入社を集めた
絶対来てるだろうと思ってた舞衣はなぜか欠席で、残念ながら2度目の再会は叶わなかった。
乾杯! とグラスを合わせた直後、同期会の男気リーダーから殴られた。これはまぁいい、想定内だ。
……殴られるよりも衝撃が走ったのは、舞衣の結婚のことだった。
知らされなかったし、言われなかった。これが今の俺と舞衣の現実なんだと、その資格も無いくせに凹んだ。
男気リーダーはエンジンが暖まって来たらしく、舞衣の批判まで口にする。
「見る目が無いのはオマエを選んだことで分かってたけど、あの須藤はねーよ。
落ち込んでる女が弱ってて出来た隙だし、入り込めたの奇跡だとは思うけどよ。
……それもこれも、全部オマエが招いたことだからな!
その坊主頭じゃ足りねぇ。スキンヘッドにしろ! 滝に打たれてこい!」
まだショックから抜け出していないが、ここまで言われたら仕方ない。
「舞衣のことまで、そうやり込めなくてもいいじゃねーの。
さいたまに来てくれた時は元気そうだったし、あの先輩も厳しいのは男だけっぽかったから、
お嫁さんは大事にするんじゃねーの?」
大学院卒の姉御肌が、楽観的な俺の意見を諌めるように、眉間のシワを深めて話す。
「舞衣はね、結婚したら専業主婦になるの。旦那の指示で寿退社って。
今回の集まりも『絶対に参加を認めない』って、私から頼んでも聞く耳持って無かった。
家庭内で
アンタの経験を生かして、今すぐ舞衣を逃がしてあげて欲しいけど。
本当にアンタを許せない。だけどもう時間もないんだ!」
んーーーーーーーーーーーーー。
「まぁ本人がどう考えてるのか、それが全てだよ。
結婚って、一緒に居たくもない奴とするもんじゃねぇし、好きになっちゃった本人が決めることだから外野が騒いだって仕方ない。『両性の合意のみ』ってハナシだよ。
今日は舞衣が居ないんだから、確認しようもねぇし、もっと俺だけを責めてくれw」
顔面に冷えたドリンクの十字砲火が見舞われ、腫れた傷口がキーンと冷やされ気持ちいい。
リーダーが胸ぐらを掴んできて、殴られ床を引きずられ、唾を受けながら恫喝を受ける。
「俺たちの危機感が全然伝わってねぇな!! オマエすぐ会いに行け!
会って必ず本心を確認しろ! テメエの不始末に巻き込んだ責任とってこい!!」
ここで会は早々とお開きになり、職質、電車、職質のサンドイッチを経て、俺はさいたまに戻った。
仕事中も、寝るときも、いっぱい考え込んでいた俺を、アフリカ人ですら心配してくれた。
「この前のポルノスターのことだろ?」
「オンナは目の前にあることしか考えられないから、目の前に行け」
「オンナの目を見ろ。目が合ったらムリだ。目をそらしたらイケる」
なんだそれ? ライオンと野良猫のメソッドは意味不明だ。だが方針は定まった。
◇
ブロックと着拒のガードを無効化すべく、連絡をつけてくれた姉御肌の才女とハイタッチで交代した俺は、再び舞衣の前に座った。
憮然とした舞衣は、たった何日か過ぎただけなのに、年単位で老け込んでしまったような、
細かく言えば肌や髪の毛の色艶。さらに姿勢や身に纏う空気感までを曇らせていた。
あぁ、これは俺だからハッキリと分かる。
俺との結婚式前に、花咲く大輪のダリアのように輝きを増した舞衣が、
今度の結婚式では、萎れた3日目の朝顔のように、まるで逆へと変化している。
薬指にドヤ顔で輝く婚約指輪も、デザインの「全部」が舞衣の趣味じゃない。
許された時間も少ないらしく、俺は単刀直入に舞衣に宣言する。
「このスキンヘッドと傷だらけの顔が、舞衣の結婚に反対する連中の総意だ。
俺は舞衣を牢獄と変わらない結婚から救い出さないと、毎日楽しく暮らせない。
本心を聞かせてくれないか?」
正面の舞衣は目を合わせ、ハッキリした口調で語り出す。
「優一の楽しい毎日とわたしの結婚は、もう無関係だよ。
わたしのお腹には須藤さんの赤ちゃんが居るし、わたしは彼に頼るしかないの。
子供が出来れば、彼も変わってくれると思うし、ダメなら慰謝料とって別れるわ。
わたしの事は忘れて、今度こそ本当に消えて」
コ ド モ だ ふぉ !
あまりにも強烈なパンチだが、肝腎なのは「本心」で、その取っ掛かりは掴んだ。
「赤ちゃんか……、それより本心では須藤がダメだと分かっているんだな?
変わってくれるなんて『希望的観測』と、
簡単に逃げられると思う『DV洗脳』への甘い捉え方も分かった。
よし。
俺が須藤を潰す! もう須藤の言うことを聞くな! 任せろ!」
座った目に、煮えたぎるような目力を蓄え、噛みつくように叫ばれる。
「頼んでない!! 須藤さん潰されたら、わたしの赤ちゃんも
どうせあのビデオを持ち出すんでしょ? そんなことされたら
今度こそ親にもビデオのことが伝わるわ。親戚一同からも蔑まれるでしょうね。
別れるなら、彼が有責になる証拠を掴まないと。 それまで耐える。頑張れる!」
まだ駄目か。でも諦められない。あのとき「逃げた」後悔の気持ちが溢れる。
……ふと、懇願するように、舞衣へと語りかけていた。
「終わりなワケないだろ? 全部捨てて逃げても大丈夫だってこと、
なんとかなるってこと、俺は経験してるんだ。
舞衣と赤ちゃんなんて、あのアフリカ人たちと比べたら屁でもねぇよ。
……俺が何とかする。
舞衣が幸せか、それとも我慢の牢獄か、
そっちの方が親戚連中の評判より、よっぽど大事なこともわかんねぇのか?」
いや違うな。もっと、もっと、シンプルに。 一番大事なことを聞いてみる。
「……ただ正直に本心で答えてくれ、一緒に居たいのは須藤か? 俺か?
舞衣の心はなんて言ってんだ?」
舞衣は何も答えなかった。だが目はそらしていた。
(よしイケるな)
ライオンと野良猫のメソッドに背中を押され、俺は謎の自信に溢れながら、無言で舞衣の前から離れた。
戦闘開始と行こうじゃないか……
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