1年という時間の代償

 今居るさいたまの奥地から、実家のある千葉の果てまで、DIOディオで爆走しよう。

 ……と思っていたが、アフリカ人がフルスロットルのスタートをかまして、セルフ・バックドロップを喰らい、DIOは無人のままウィーリーWRYYYYで用水路に消えてったらしい。

「最初から無かった」「あの女が乗って帰った」とかいうウソはスルー。パワーちゃん血の悪魔みたいなもんで、もう慣れた。


 その場の連中に用水路に入って回収を命じると大人しく従った。道理で全員アパートから消えてたわけだ。


 まぁ仕方がない。意外と忘れない番号をプッシュし、実家に連絡をする。

 さて、1年ぶりに俺の社会性を取り戻しますか。


「あー、もしもしオレオレ、ひs──」ブツン


 ……そうか。オレオレ詐欺だろうが、本人だろうが、実家の連中が電話で「第一声」を受け付けるワケないよなw


 ため息を吐いて用水路まで歩き、覗き込んで声を掛ける。

「駅まで行きたいから、誰かチャリ貸してくんない?」


 仕事中に見たことないくらい頑張ってDIOを押し上げてたネギトロが、手を止めてコクコクコクコク頷く。Tシャツの背中は破れ、めくれ上がってる。


 犯人わかっちゃったんですけど?


 ◇


【作者注】

【以下、厳しいハラスメント描写が出てきます】


「ただいまー」

 わたしは自分の部屋じゃなく、今日は須藤さんとの新居となるマンションへと帰る。

 来月には結婚式だから色々とやることはあるけど、ほとんど彼にお任せだ。


「遅かったな。何処へ何しに行ってたんだ?」

「昔の友達に連絡がついて、スクーターを欲しがってたから渡してきたの。

 ほら、マンションにも置場所はあるけど、乗らないし、邪魔になるから」


 玄関から、彼の居るリビングまで来て、顔を合わせる。

「あの気分の悪いスクーターやっと処分してくれたか。

 キミは僕の気持ちにもう少し配慮すべきだと思うよ。

 結婚式もキミの希望で『急ぎ』の身内だけって。僕がキミに相当譲ってる分も考えて欲しい。

 本当なら会社でお世話になってる方々をしっかりお招きするのが筋なんだからさ」


 帰ってきて、すぐ言い合いしたいんじゃないんだけどな……

「それは、わたしを妊婦にしたアナタにも責任ある筈よ! お腹が目立つ前に写真も残したい──」

「あーー! 自分が正しいってそうやってなんでも人のせいにするのはやめた方がいいよ?

 謙虚に振る舞う配慮が大事って僕は教えてあげてるんだ。それと感謝も。

 僕と結婚できるなんてワケ有り女には勿体無いほど幸運な玉の輿なんだからね」


 今日はとりわけ酷いけど、こんなに責められるようになったことにウンザリする。

 さっきの発言も、アホにはブーメランが刺さらないんだろうな。

 だけど、今度こそ結婚に失敗は許されないし、赤ちゃんのこともあるから覚悟を決めるしかない。

 何年か頑張って証拠を集めて、慰謝料をふんだくってやる!


 新人研修で男性チームからの評判が悪かった理由が、ハッキリわかった気がする。

 結局モテたくて、女性に格好をつけたいだけで、本質は自分より下の人間にマウントを取りたいモラハラ気質なんだろうな。


 頭の悪い女だから引っ掛かるんだと、自己嫌悪と自業自得を同時に感じる。


 気付いたら彼は、ズボンを降ろし私の前に立っていた。

「ちょっと……何?」

「キミの都合で出来ないんだから。ちゃんと妻の役割を果たしてくれなきゃ。

 今日こそ根元までしっかり頑張って貰うからね。ほらクチ開けて」

「そんなの無理。 それにお風呂にも入ってないのに、やめてよ。嫌よ」


「僕は『風呂は寝る前』って決めてるの知ってるだろ?

 それに前回みたいに夕食後だと、ゲーゲー吐いて汚いし、勿体無いじゃないか。

 キミの愛情も努力も足りないんだよ。しっかり指導するからね」


「……分かった。 それでもお風呂場でいいかな? わたしが洗うし、多分、夕食前でも吐いちゃうから」


「許してあげるよ」と、上機嫌で浴室へ向かうモラハラ男に、慰謝料請求まで自分がつか不安になってきた。

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