「俺」と「わたし」の答え合わせ
「これ好きだったよね」
デパ地下で売ってるビン入りのプリンを手にした舞衣を、俺は自分の個室に迎え入れた。
アホ共が凸しないように、マグロとかっぱ巻きに部屋の門番を任せて(も無駄だが任せて)、舞衣にもハートランド瓶を渡す。 プリンは冷蔵庫。
小さな座卓に、ビリヤニと謎の炒め物を並べ、乾杯。
「優一が元気そうで良かった。まぁ最初から死んだとも思ってなかったけど」
「……悪かった。……迷惑を掛けた。……俺が結婚に向かない人間だと分かってなかった」
舞衣はぐっと言葉を詰まらせ、ビール瓶に口をつけ、静かに問いかけてくる。
「あのビデオが結婚から逃げ出した切っ掛けでしょ?
……話し合いもしないで逃げたのはなんで?」
真っ直ぐな問いかけだ。俺は完全に観念していたが、正直に答えるばかりが正解でもない。
「話し合いで結婚式を、中止しても、決行しても、舞衣を傷つける。だから逃げた……
中止であれば、どんな瑕疵があったのか宣言せざるを得ない。
決行では俺の心身が持たない。そんで式が台無しになって二人で晒し者だ。
俺が逃げるしかなかった。 そうすれば悪者は俺だけだ。
それが最後の愛情だと思っていた」
ややあって、舞衣の涙がポタリと落ちる。
「わたし……、結局会社に残って、結局逃げられた女で、そこは、辛かったよ……」
「だけど、被害者で居られる! 客観的に明らかな被害者だ。
俺が考え付いた中では一番マシな結末になると思った。
だけど辛かったのはそうだよな。 謝るよ。 本当に悪かった」
「……話をしてくれなかったことに答えてない!! 一番傷ついたのそこだって判るよね!!」
一息つく、ここでビールを口に含むほど空気を読めない馬鹿じゃないが、瓶を握る力は増す。
「ビデオの女が君と重なるのが怖くて、顔を会わせられなかった。それが全てだ」
舞衣はビールを口にする……女性の瓶ビール直飲みには個性が出る。
少し沈黙して、助走をつける勢いで核心に迫ってきた。
「優一は愛する女の裸も見分けられなかったってこと?」
今度はこっちが息を呑む番だ。
正直この一言が、終わりを着けることを悲しく思った。
「愛する女の裸が分からないわけないだろ?
映像の加工で左右反転してても一目で分かる。右だ左だとか関係ない!
髪は知らないくらい長かったけど、あの声も、仕草も……絶対に間違える訳ないだろ……」
舞衣は深くため息をついた。
顔も俯き、全身の力が抜けたように小さくなっていく気がした。
だが、俺のショックは伝わっているだろうか?
舞衣がこんな嘘で俺を責めてくるだなんて、「自分ではない他人と間違えたんだ」と、そんな卑怯をこの場で突き付けてくるなんて……
失望というものが、俺の心を冷やしていくのを感じる。
愛情であったものが、色褪せて無関心へと変化していく。
それが、不思議と悲しみも消してくれるような気がした。
もはや興味もないと思い始めたところに、彼女の呟くような声が聞こえてくる。
「……隠し撮りだったのよ。……元カレを締め上げても心当たりがないって。
信じられなかったけど、ラブホを検索して、そこの管理人が仕掛けてたみたい。
結局、事件化したそのホテルは倒産。
責める相手も居なくなって、わたしは泣き寝入りみたい。
顔が完全に出てた元カレの方が、ダメージは大きそうだったけど……」
ふーん。と、聞いている。
かすかな希望に掛けて、いくつか想定していた中の、最初に思い付いたパターンだ。
だが、これには看過できない引っ掛かりがある。
「20才だろ? コロナになる前だから、あんなマスクしてる奴は居なかった。
俺はその手の動画に昔から詳しい方(?)だが、行為の最中ずっとマスクしてるなんて、出演者の顔バレ防止以外にあり得ないだろ?
小銭を掴んで、人生を棒に振るなんてバカな真似をしたもんだよ」
俯いたままの舞衣が、落ち着いた静かな声で答える。
「20才じゃないよ……付き合ってたのは4年生の、22才の頃で、もうコロナの最中だよ……
あのマスクは優一も知ってるだろうけど『歯形』が付かないようにって。
どうしても夢中になると……ね。
息苦しいし、キスも出来ないから嫌だったけど、ビデオのこと考えると、不幸中の幸いだったと思ってた。
なんだか『詳しい人』にはそんな解釈があるなんて、知らなかったけど」
淀みなく答えたことと、引っ掛かりが解決したことで、冷静だった俺は一転して混乱していた。
「……すると舞衣は本当に盗撮の被害者で、……リベンジポルノでもなくて、……犯人を訴えることも出来なくて、俺に説明のチャンスもなく、一方的に幸せを逃したってことか……
俺が勘違いでやらかしちまって、……俺は助けることも考えず、本当に──」
遮るように舞衣がバタンと臥せ込み、土下座のように謝罪を告げる。
「ゴメンなさい!!
映像の左右反転とか知らなかったし、『わたしじゃない』って、自分に都合のいい嘘しか見ないで、さっき優一を騙そうとしたのは間違いじゃないよ。
けど、心当たりがあったから、元カレも問い質したり、責任とらせようと責めたけど、あっちも被害者で……
誤魔化そうとしたのは、男の人って、例え過去のことでも他の男との『行為』を仄めかしたらダメになるって聞いたから。
……ましてやビデオだし、なんとかわたしじゃないって無理にでも否定したかったの」
ハートランドは空いてしまった。舞衣のもだ。
あのラベルを剥がしたペットボトルのお茶、その正体はハートランドビール。
俺はそれをずっと引き摺って、あれからずっとこのビールを飲んでんだ。情けないだろ?
お互いの沈黙が、痛々しい時間を刻んでいた。
俺は舞衣と、あのときどうすれば良かったのだろうか?
話し合いで解決出来たのだろうか?
心中の苦悩を吐き出すように尋ねた。
「……過去は、……過去だ。
もう変えられない。だけど未来はどうだろうか?
舞衣は、俺にどうして欲しいんだ?
今日は俺に、何を望んで会いに来てくれたんだ?」
舞衣は消沈していた表情を、やっと笑顔に傾けようとして答えた。
「スクーターを届けに来たんだ。大事にしてたでしょ?
わたしはずっと持て余してたから、また乗れば良いと思って。
あと、千葉のご両親に連絡して欲しくて。
……それだけ、かな」
そう言って、舞衣は立ち上がり、あっという間に部屋を出て行った。
俺は部屋の窓から、去っていく姿を見送った。
アフリカン寿司ネタどもは、とっくに居なくなっていた。
──────────
コメント欄(↘️)はイライラ、悪態、ストーリーの破綻、絶賛、殺害予告まで各種まんべんなく受け付けております。最後以外は通報しませんので、お気軽にどうぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます