失踪者は新天地へと至り、追っ手はついにたどり着く
俺はいまアフリカ人たちに、大鍋のビリヤニを振る舞っている。笑顔で。
あのダムの林道遭難から1年。思えば遠くへ来たものだ。
◇
意識朦朧としたまま林道をさ迷っているうちに、こんな場所ではあり得ない「甘い匂い」に誘われて沢へと降りてみると、メスティンでケーキを焼いてるオッサンに奇跡のように出会った。
オッサンは趣味の渓流釣りとお菓子作りを同時に堪能するために、人里離れた秘密のポイントとして、あの林道奥深くの場所を見つけていたようである。
ヤジロベーと初対面した悟空のように、釣りたての焼き魚を火傷も構わずむさぼり食い、デザートにケーキまで頂いて、俺は泣いていた。
令和の山奥にワケアリの放浪者が大泣きしていることで、オッサンは情に厚い男だったらしく、家業の内装屋を手伝うことを提案してくれた。
犯罪者ではないが、失踪人となっているのは間違いないので、日陰者の俺は住居を確保することが出来ず、現場作業系の外国人労働者たちとの共同生活に紛れ込む事となった。一応の個室だけは確保した。
外国人たちは主に現場の外仕事で作業をしていて、内装の仕事をしている俺とは仕事場が違っていたが、共同生活の場では「日本」のルールを叩き込み、なだめすかして教え込むことに苦労していた。
ウソと言い訳で構成されている自己弁護しか出来ない連中に、共同生活のルールをペナルティで制御することは難しく、頑張った分を評価して特別扱いをすることで、なんとか必死にカタチをつけていた。
徒党を組んでの反乱も経験したが、特別扱いを多用し、内部分裂という計略で始末をつけ、暴力事件の発覚までには至らなかったことは幸いであった。
それまで歩んでいた人生から想像もつかないような、唐突に変化した激流の毎日は今までの自分を洗い流し、まるで生まれ変わったような気分までしていた。
それでもふと、元の生活を思い出し、自分というものを深く考えるようになった。
手前勝手な話だが、何となく今の自分を認めないと、自分が間違っていて深く不幸に落ちていくような気がして、それが怖いだけのような気がして、それでも毎日メシが美味くて、温かい布団で寝られている事を感謝し、これでいいのだと納得するようにしていた。
それからいくつかの外国人グループを巡るようになり「調教師」やら「羊飼い」などと差別的で笑えない評判を頂くようになったが、俺は「付き合ってみれば良い連中で、なにも変わらない同じ人間だ」と強く擁護する立場を崩さなかった。
そんな折、魔窟と言われるアフリカ人グループに入り、日本人には発音どころか聞き取りすら難しい連中の名前を、回転寿司で連中が気に入ったネタをあだ名に命名することで、すぐに仲良くなることが出来た。
ツワナ語なんて、ネットの力を利用しても翻訳なんて全く覚束無かったのだが、ネギトロとカッパは日本語をそこそこ掴んでいたし、カッパの彼女のキウリは政府系の仕事も得て日本語はとても上手であった。ポテトとラーメンはずっとニカニカしているだけであったが、まぁいい。
彼らの感性への共感はともかく、コミュニケーションはいままでになく上手くいっていた。
思えばコイツらとの飲み会が、あの失踪に関する初めての「赤裸々」な相談になった気がする。
「ポルノスターをモノにしたなんて、ユーは凄いセックスマシーンなんだな。逃げることが分からない」
「オンナがちゃんとしてないとオトコは働かない。ちゃんとしててもオトコは働かない。だからオンナは好きなオトコしか側に置かない。ユーは好かれてたのにモッタイナイ(ラップ調)」
「基本的にオスは選ばない。メスが居るなら愛して守れ。居ないなら口説け。居ても口説け。メスがいないオスに価値はない」
アフリカだからという訳でもないだろうが、コイツらのライオンみたいな恋愛観を聞いてると、俺の頭がおかしくなりそうになる。
よく考えたらライオンじゃなくて、野良猫でも同じ価値観だなと気付いて「お前らの恋愛は野良猫と一緒だ」と笑ってやったら、「その通りだ」と一緒になって笑っていた。
度量の大きさってものを初めて見つけた気がして(やっぱ度量って我慢じゃないよな)、笑い涙も出てきた。笑いで泣いちまってもいいな。
その後何度か異文化交流の宴会を楽しみ、とある日曜日にインドの屋台料理の動画(YouTubeで見つけた)を参考に、大鍋のビリヤニを振る舞ったら、アフリカ人たちは大喜びしていた。
大鍋をガンガン叩き、歌い踊り、出所不明鉄板による食材不明炒め、を自分たちでも作り始めていた。
アフリカのビールだと渡された牛乳パックみたいなものが、すっぱい麦のどぶろくみたいな味がしていたので速攻返品し、自分のハートランドビールを飲んでいたところでふと声を掛けられた。
「調査会社も褒めていたよ? 普通の現代人が失踪して、ここまで手掛かりを残さないなんて難しいってね」
美女。それも1年くらいでは忘れられないその姿。
舞衣が目の前に立っていた。
ハートランドの瓶ビールが「ポンッ」と口から離れた。
ビールの苦味とバツの悪さが溢れた気がした。
──────────
当作品は外国人労働者をその帰属で差別し、見下す意図は全くございません。
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