追うものと追われるもの

「ダムに身投げをするとして、あなたはどっち側に飛び込む派だろうか?」


 現地について、こんなトロッコ問題みたいな二択に出くわすとは思わなかった。


 ダム穴という恐怖画像もあるが、俺が来たココには水面を吸い込むようなダム穴は無かった。

 そして湖面の反対側も覗いてみて、人工の断崖絶壁に玉ヒュンを感じた。

 ヒューマンフォール……なんて冗談では済まない。


 嗚呼、無理です。

 もともと死ぬつもりなんて全くない男は、どっち側も選ぶことなんて出来ない。


 湖面のほうがワンチャン生き残る可能性もあるが、生き残った「とて」の話だ。

 既に考えることをやめた身なんだから、とりあえずここで落ちたことにしておこう。


DIOディオとはここでサヨナラだな」

 男の別れに涙は似合わない。振り返りもせず元来た車道脇を歩いていく。

 とはいえキー付きのままのDIOがもしパクられたら? なんか気に入らない。遺品だぞ!

 キーを外し、メットイン収納ボックスに意図的にインロックするという悪行をする前に、ふと思いついた。


 バイクの取扱説明書にある、謎のMEMOページの厚紙を2枚に破り、父親への書置きを残す。

「結婚への疑問を感じ しばらく一人で考えたい 舞衣には伝えるな 探すな」というメッセージをメットインへ残し、「イトコの兄ちゃんがメットインの開け方を知ってる」と書いた紙を折ってメインキーホールへ差し込んでおく。まぁ父親もロクデナシDQNなので、知ってるだろうけど……


 車道を数キロ戻り、意味不明な位置にある自販機でお茶を買い喉を潤す。

 脇道の適当な林道に入り数時間歩いたところで、己の愚かさにふと気が付いた。


 書置きのメッセージが完全に破綻していて、自死どころか、ただの失踪宣言であることに。

 そして、それなら何故わざわざダムから失踪をスタートさせているのか、自分でもわからない。


 そして思い出す。全てを吐きつくした空腹と、失踪どころか現在地不明の遭難となっている現状に……



 ◇



 あれから3日が経過し、わたしの方からも優一のお父さんへ連絡をしてみるが、意気消沈した声で警察から連絡は無かったことを伝えられた。

 結婚式のキャンセルは正式に確定し、招待客へのお詫び連絡も済んでいる。


 それからしばらくして、新居と家具のキャンセルによって、既に支払ったお金は意外なほど戻って来ていた。新婚旅行を予定に入れてなかったことも幸いだった。

 優一の両親は「破談の慰謝料」を払うと譲らず、すったもんだし、一応の迷惑料だと彼の預金通帳残高、それに新車の軽自動車を乗せた分くらいの現金を、わたしに押し付けるように支払い、


 残されたのは「結婚式直前でオトコに逃げられたオンナ」だけだった。


 会社の人間は最初からわたしを優しく受け入れてくれて、新入社員研修でちょっと厳しいと評判だった先輩は、本当に優しい先輩になっていた。なってくれた。


 ひとつ気に入らなかったのが、どこからか聞き付けた優一より前の元カレが連絡してきたことだ。

 腹いせにギチギチに締め上げてやったら引っ込んだ。余裕が無かったせいか、元カレではどうにも出来ない事まで詰めて、そこは反省している。


 それから何度か同期会を行い、優一の友人関係を探ったり、ツテを探る努力を重ねていた。同期の男どもは探す努力に真剣に向き合い、同期の女たちは忘れる努力をこっそり推奨してきた。


 3ヶ月経って、優一の休職は依願退職となった。彼の両親は彼の部屋を引き払った。


 引っ越しのお手伝いに伺って、久しぶりに彼の両親と会話し、なりゆきで彼のスクーターをわたしが預かる事になり、そのままマンションまで乗って帰った。

 メインキーがマイナスドライバーになっていたのには閉口した。


 そのまま半年ほど放置していたスクーターが盗難にあい、都内某所にガス欠で乗り捨てられていたことで、優一のお父さんから連絡を受けた。


 きちんとキーシリンダーを交換修理して、所有者登録を移しましょうとなったことで、ほとんど1年ぶりにメットイン収納ボックスがバイク屋の手により開けられることとなった。

「舞衣」に知られてはいけないメッセージが、「舞衣」によって見つけられる……、マヌケだけど優一の憎めないところだろう。


 スクーターは奪われたが、見つかった。

 メッセージは隠されたが、見つかった。


 優一を見つける勢いがついたような光明を感じて、涙よりも微笑みが浮かんだ。


 手にした慰謝料は、ずっと捜索を継続していた調査会社への支払いで、ほとんど溶けるように消え、今月が最後のチャンスとなっていた。

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