7.異世界における飛行部隊、航空母艦

あの二度目の世界大戦において、大日本帝国の保有する主力艦の数は250隻と民間から徴用した大型船を含め合わせて、おおよそ580隻ほどあった。


しかし、あの大戦の最大相手であった米国の艦の数はその三倍以上の1200隻以上も配備され、日本はこの物量の差によって敗北し、多くの艦が冷たい海の底へと消えていった…


僅かに生き残った艦達もまた、敗戦と共に解体もしくは海に沈められ、その内の何隻かは遠い異国の地へと引き渡された…



戦後、日本海軍として最後に生き残った駆逐艦ヴェールヌイこと響は老朽化を受けて退役し、「革命者デカブリスト」と名付けられた晩年にて異国の姉妹艦達の訓練の為に名誉ある標的艦として砲撃され、海の底へと眠りについた…






しかし、遥か遠くの異世界にて、現世へと恨みを抱きながら目覚めようとする海の底に沈んだ亡霊と軍艦達に気付き、その者達の復活を阻止する為に再び目を覚ます事になるのは、夢にもなかった…







―――――――――――――




中央大陸に属する魔王軍の飛行部隊にて…


各大陸に向けて大人数の飛行系の魔物や魔族が冷たい風が吹く海の上を飛んでいた。


「うー寒々…春になって出撃すればいいのにな…」

「諦めな。今年の異世界からやって来た”魔王”と”魔族”達には逆らえないんだからなぁ」

「ああ…ったく、何が異世界人だ。あいつ等、異能が無ければただの下級魔族ぐらいにしかならん役立たずの癖によ…」


大部隊の中で飛び続ける二匹のガーゴイルの魔族は愚痴を溢しながら、部隊の中心に飛行している魔族用の飛行船に睨みつけていた。



生まれも育ちもこの世界である二匹からすれば、いきなり異世界から召還された元人間の新魔族達の好き放題に行動してる事に苛立ちを覚えていた。

肉体的にも魔力的にも、通常の能力が自分達よりも劣るのに、自分達の無い異能チートを持っている所為で転移組全員が幹部クラスの地位を得る事が出来た。


勿論、このようなえこひいきに不満を抱く魔族達は大勢おり、外で護衛担当しているガーゴイル二匹もその中に入っていた。


しかし、反抗して彼らを追い出したところで自分達の地位は危うくなるどころか、命すらも落とす可能性もあるために実行する事は出来なかった。


「まぁ、暢気にあんな乗り物で楽しているなら、戦闘が起きた時に動いて貰えば良い」

「そうだな。あいつ等がドンパチしてる間は俺達は隠れていれば良い。どうせ出世しようとして前に出れば無駄死にするだけだからなぁ」


そう言いながらケラケラと笑っていたガーゴイル達であった…

が、その時であった。


彼ら魔族の飛行部隊が東に航行していた時、二時方向から聞いたことの回転音と見たことの無い飛行物体が向かって来ていた。


「なんだ…?飛行船のプロペラ音よりも早い音が聞こえて来るんだが…?」

「おい…あれはなんだ?」


先程のガーゴイル達が声を出した瞬間、飛行物体が”くの字”に隊列を組みながら飛行船へと高速で向かっていき、物体の先端から火柱を上げて攻撃をしてきた。


その攻撃により、飛行船の気球部分に大穴が明けられ、中に詰め込まれたガスが引火して大爆発を起こし、冷たい海へと落下して行った…

謎の飛行物体達による攻撃により、残っていた飛行船から魔族達が飛び出し、襲来した飛行物体へ戦闘体勢を取り始めた。


しかし、飛行物体の正体を見た異世界の魔族達は驚きの声をあげ、恐怖の叫び声を上げながら外で護衛していた魔族達に逃げるように促し始めた。


「逃げろ!?あれは危険だ!!?」

「何言ってんだ?あれのどこが…」


飛行魔族型の異世界人がガーゴイルの一人に声をかけ、ガーゴイルが返事しようとした時に飛行物体から炸裂音が鳴り響き、ガーゴイルの体を蜂の巣状に穴を開けて海へと落としていった…

それを見た魔族型異世界人…元日本人だった人間はその飛行物体を見て恐怖していた…


「なんで…なんでこの世界にヘルキャットが飛んでいるんだよ…」


奇跡的に被弾を避けた彼がもう一度その飛行物体…F6F航空機、通称ヘルキャットと呼ばれる戦闘機は残っていた魔族達を次々に機銃で攻撃し、海の底へと叩き落していった。

そして、残っていた異世界人の彼もまた、先程のガーゴイルを落としたヘルキャットがもう一度此方に向かって来て、黒く輝く機体から鉄の雨を降らせる火花が放たれた。


それが、彼の最後に見た光景であった…







―――――――――――――




燃料弾薬等の物資補給が終えたヴェールヌイは、再び海原へと走っていた。

しかし、今回は戦艦榛名の出撃はせず、他の軍艦による数隻での変成を組まれていた。



巡洋艦としては軽巡北上と重巡利根…


そして、この異世界では絶対に存在しない軍艦…

艦載機搭載の航空母艦…軽空母準鷹と飛鷹と龍驤が同行していた。



「変わった艦…ですね」

「そういえば、この世界では空を飛ぶ乗り物はあまりないですからね」

「ええ。王国に近いシルメニアではワイバーンなどの飛竜系の生き物、帝国に近い国々では飛行船と呼ばれる巨大な乗り物か、気球船しか見たこと無いです。むしろ、先程のあの大型の軍艦から発射された水上飛行機と言うのも始めてみました…」


エルミアが言う様に、30分前に重巡利根のカタパルトから飛び立った水上飛行機・零式水上偵察機を飛び立つ所を目撃した時は今までの常識を覆す物であった。

飛竜みたいな大きく羽ばたく翼はなく、気球みたいな無駄に大きいガスの塊を使わず、物凄い速さで回転する風車みたいな羽…プロペラから起こす風によって飛び立つ光景には、人間が自らの力で成し遂げたという驚きを隠せなかった。

ただ、同時に…あんな飛行物体が沢山飛び立つと考えた時はゾッとするような光景に恐怖も覚えた…


実際に、その利根の隣で航行する準鷹と龍驤がそれにあたり、中に眠ってるとされる戦闘機と呼ばれる飛行機の存在に警戒をしていた。


「アーニャ。あの二つの艦には、かつて地上を炎に包むぐらいの爆弾を積んだ飛行機が沢山あるんですよね?」

「半分は正解ですね…ただ、あの二隻の艦にはそんな爆撃機は搭載はされてなく、精々250キロ級の爆弾を抱えるのが精一杯なのが殆どです。アメリカの国みたいな大国でなければ、大量の爆弾を抱えて飛ぶ飛行機なんて作れませんよ…」

「ソビエトでは出来なかった…と?」

「地上戦で維持するのがやっとだったのと、そんな大型の飛行機を作るなら小型の飛行機を作って、ナチスドイツのスツーカと戦うのが精一杯でしたからね…我が国は」

「…兵士が沢山居ても、武器を満足に持てないぐらいに物資不足なのは辛いですね」


これについてもエルミアは心底理解出来るほど納得していた。

シルメニアで例えても、騎士団や軍隊でも幾ら切れ味のいい剣や持ち物がいい弓や大砲を揃えても、切れ味を保つ為の砥石・矢や砲丸等の弾が無ければ満足に武器が使えない。


それが、巨砲を撃つ大型の軍艦や大型の爆弾を積む飛行機となれば、その軍艦を作る為の鋼材、動かす為の燃料である油がどれだけ必要にになるか。

二つの帝国と戦っていたソビエトでは、そんな莫大な資源を確保する余裕も無く、ほぼ人海戦術とも言える夜襲などのゲリラ戦で抵抗し、相手の国の物資を奪って戦うほかしかなかった。


同時に、海に囲まれた日本は当然ながら長引く戦いにより、他国から集めていた物資が止まる事で強大な軍艦を満足に動かせず、性能の良い戦闘機も飛ばす事も出来なくなった。

逆に、豊富な資源を持って復讐に燃えるアメリカという強大な国は、日本やドイツよりも遥かに性能の良い軍艦や戦闘機を恐ろしいほどの速さで生産し続け、圧倒的な物量を兵士達に与えては攻め続けて、三つの枢軸国の内強大であった二つの国を陥落させた…


無論、そんな過剰に作った軍艦や戦闘機等の兵器達もまた、世界を巻き込んだ大戦が終わった後は解体か仮想敵としての標的という最後を迎える事が多かった。



「まぁ、あれがこうであったなど、その時代に生きていない私達が言う権利はありません」

「ですね。問題は…あの艦と同じタイプが居ると言う事ですね」

「ヤー。奴等、水棲生艦にも空母型はいます。しかも、そいつ等の殆どは指揮官カルマディールとして動いてます」

「では、アレクサンドル提督とあちらの司令官の腕の見せ所になりますね…」


そんな会話を交わした時、重巡利根からの探照灯が点滅し、同時に隣に居た水兵が紅白の旗を振っていた。

それに気付いたアナスタシアは隣に居た兵に読み上げさせた。


「何と言っているのですか?」

「はっ!『我、随伴機ノ偵察成功セシ。距離23000、進路フタハチ。輪形陣デ航行セリ』…以上です」

「進路285…西北西からの進撃ですね。『報告感謝スル。艦隊司令部二報告セヨ』と送ってください」

了解パニャートナ

「さて…ミーア。今から見る光景を目に焼き付けなさい。これから、彼らが動きだします」


それを聞いたエルミアは息を飲みながら、アレクサンドルが乗っている飛鷹とオルフェウスが乗っている準鷹、二つの空母を見つめていた。

利根からの偵察を受けた空母の甲板からは、先程の偵察機とは違う両翼の飛行機が甲板に備え付けられたエレベーターから次々に上げられ、十数以上の数が並べられた。

その後、水兵とは違う長袖の服を着た兵士達が艦司令塔の前に整列し、敬礼して直立した。


司令塔の下では航空指揮の司令官が作戦詳細の説明をし、終えたと同時に兵士達は再び敬礼をし、それぞれの艦載機へと乗り込んでいった。

そして、第一陣の戦闘機が発着バーに乗り、司令塔にある旗が上がったその時、第一陣の戦闘機達が一斉にエンジンを起動させ、合図の旗が振り下ろすと同時に固定されたワイヤーが解き放たれて甲板を走行し、大空へと旅立っていった。

それに続くかのように後続の飛行機達も次々に発着バーに乗り、旗の合図と共に固定ワイヤーから放たれた飛行機達は飛び立っていった。

全機が飛び立つまで滞空し続けた第一陣達は最後に飛び立った艦爆機と合流を済ませた時、くの字に編隊を組んで遥か彼方に待ち受ける敵艦隊へと向かっていった…


その光景を、生粋の異世界人であるエルミアは唖然として眺め、そして恐怖を覚えた…




これこそが…この飛行機と言う、飛行魔法も飛行魔物を使わない、”人間”が作り出した空を飛ぶ機械によって、大砲だけの積む大型の軍艦時代の終焉を作り出した事に…







同時刻にて、”無粋な侵略者”達を一掃した亡霊の軍艦と飛行機達は水底に沈んだ”贄”を喰らいながら、同胞となるべき戦艦を追いかけながら、仇となる者達を待ち構えていた…








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