6.亜人の提督、ヴェールヌイの記憶

数時間による海上での航行…

新たな水棲生艦との遭遇もなく、2隻の軍艦は無事に目的地へと辿り着いた。

その間の時間、エルミアはヴェールヌイの中を案内され、一通りの説明と艦内の人員への挨拶を済ませていた。


新たな同士として歓迎する人間もおれば、元貴族という身分もあってか軽くあしらう人間もいた。


イズヴィニーチェごめんなさい…元労働者の人が多いから」

「いえ、子爵令嬢の時から慣れております。領民の中にはローレライ家の馬車に向けて石を投げる者もおりましたから」


その言葉を聞いたアナスタシアは軽く頭を下げた。

現在、彼女達二人は艦内の執務室で書類整理をしながら、アレクサンドルと迎えにいったミハイルの帰りを待った。


「それにしても、艦隊運用するにしても予算が限られてますね」

「兵器はタダでは使えません。陸にいる騎士団みたいに出撃すれば物資は必ず消費され、その分のお金は使いますでしょ?」

「ですね。しかし…金額が馬鹿になりませんです」


エルミアが言うように、書類の一部の申請書に書かれてる兵器の弾丸などの金額を見て、内面驚いていた。

先程の大砲射撃で使った弾の一発が、金貨30枚(金貨1枚の価格が大体12万円)。

シルメニア小国での騎士団員の通常月給料が平民出身で金貨2枚と銀貨30枚(銀貨1枚の価格は大体3千円)、貴族出身で金貨4枚と銀貨20枚を比較しても馬鹿にならない金額であった。

先程の魚雷に到っては一発に付き金貨400枚というとんでもない金額であった。


「魚雷に関しましては、これでも安くなった方なのです。ヴェールヌイが日本軍に所属していた時の魚雷の価格は一発に付き金貨2000枚ほどの莫大な金額が掛かっておりました」

「そのお金を使うなら、騎士団以外の兵士を何百人も雇った方が安い金額です…だから、アレクサンドル提督は悩んでいたのですね」

「ダー。しかも、取引相手が鉱物資源を握っている地下ドワーフ達ですので…」

「余計に厄介ですね…」


金銭的取引に、あのがめついドワーフ族が火薬や鉄鋼等の金属を牛耳るとなれば相当な金額はふっかけられる。

自分の領地内でのドワーフ族との取引を何度か経験をした事があるエルミアにとって、その事に関しては凄く理解していた。

と、そんな風に考えながら書類を処理し終えた時、アレクサンドルとミハイルの二人が戻ってきた。


「戻ったぞ。アーニャ」

スプリエーズダムおかえりなさい。アドミラール、どうでしたか?」

「ああ。色々と収穫はあったな…本当、彼らには驚かせられるな。さて、港に着いたぞ」


アレクサンドルの言うように、隣で同航していた戦艦榛名と共に断崖絶壁に走る大きな亀裂の中へと入り、その中の大きな空間に入っていった。

そこには、シルメニアの港とは比べ物にならない金属の柱が沢山あり、洞窟内にも拘らず太陽の様に光照らす照明が大量に備え付けられていた。

無論、現在の乗っている小型のサイズである駆逐艦ヴェールヌイはおろか、あの戦艦榛名ですら入るほどのドックがあり、何隻も収容できるほどの大きさであった。


「こんな場所があったのですね」

「表沙汰では出来ぬ代物だからな。実際に分かると思うが、鋼鉄製の兵器が大砲ぐらいしかない異世界人からすれば、見える場所に格納していれば必ず軍隊を引き連れて襲撃しに来るからな」

「でしょうね。噂に聞く西の帝国からすれば、こんな技術があれば直ぐに駆けつけるでしょう」

「彼の国はまぁ…既に我ら地球人の技術を持ち込んではいるかも知れぬが、力を付けたい地方の貴族達なら欲しがるだろう。そのまえに、シルメニアなどの小規模国家ならば軍隊総出で仕掛けるだろうが」

「アドミラール、接港します」

「よし。総員、下艦後に各担当の持ち場につけ。エルミア嬢、貴方はアーニャと共に私達に来るのだ」

「了解しました」


艦内の乗組員全員が声を上げ、港のドックに艦体を接岸させて停泊し、舷梯げんてい(タラップ)を降ろしてから整備班以外の乗組員全員が荷物を持って下艦始めた。

同様に、隣のドッグに停泊した戦艦榛名もまた、乗組員が総出で下艦し、波止場の中央広場にて全体整列を行った。


しかし、乗っている乗組員の姿をエルミアの目で見る限り、あちらの乗組員全員が”通常の人間”とは違う姿形をとっていた。


「あちらの軍艦に乗っているのは…もしかして亜人ですか?」

「説明し忘れていたな、エルミア嬢。察しの通り、あちらの乗組員はこの世界の各国に散らばっていた亜人族だ。しかも、全員我々の世界からの転生者だ」

「転生者の話は良く聴きますが…全員種族バラバラの亜人族ですのね…って、あの…」

「どうした?エルミア嬢」

「最後に下りてくるトロールの亜人は…何者ですか?」


エルミアの指摘通りに、榛名から下りてくる体長が2m以上のある将校の軍服を着たトロールの男が外套を羽織りながら、ゆっくりと舷梯に足をつけて下りてきた。

通常のトロールのような醜悪な顔の外見とは違い、人間に近いものであったが…肥大した両腕と両足の大きさを見ても異常な亜人の体系にエルミアは思わず恐怖をし、意識を失い掛けそうになりながらよろめいた。


「案の定か…」

「先が思いやられますね…」


予め予測していたのか、隣に居たミハイルとアナスタシアは呟きながら、よろめいたエルミアを支えていた。


エルミアが気を取り直してる合間、全員下艦を終えた時に軍楽隊のラッパが一斉に鳴り始め、ラッパの音色と共に軍艦に付けられていた旗が降ろされて行き、その旗に向かって下艦終えた隊員達は旗が完全に降りるまで敬礼をし続け、終えたと同時に解散された。


ヴェールヌイの乗組員達も同じく、各班に分かれて解散をし、残されたアレクサンドルとミハイル、アナスタシアとエルミアの四名は先程のトロールの将校の下へと歩いていった。



「改めて、帰還ご苦労でした。”オルフェウス中将”殿」

「貴官らの哨戒任務もご苦労であった。アレクサンドル少将殿」


互いの将校同士が敬礼をし、簡易的報告を行っている合間にも、エルミアは相手トロールの姿をまじまじと見つめていた。


「あのぅ…」

「君が噂の…か」

「は、はい。エルミア・ローレライと申します。…あの、質問宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

「あの…将軍閣下は、”日本人”という異世界人の転生者でありましょうか」


エルミアは、亜人トロールであるオルフェウスの顔を見て”日本人らしい顔つき”に疑問を持っていた為、あえて聞いてきた。

それに対してオルフェウスはフッと笑みを作り、エルミアの問いに答えた。


「良く気付きましたな。察しの通りに、私の前世は日本人だ」

「やっぱり…シルメニアにも異世界転移してきた勇者という義勇兵が入り込んだ時、何度も日本人という異世界人を見てきましたので」

「彼らとは違うな。彼等の多くは”戦争を知らない”…戦後の学生だからな」


そう言いながら、オルフェウスはエルミアから一歩下がった後に海軍式の敬礼を行った。


「自己紹介が遅れたので改めて。私の名はオルフェウス。この亜人連合の独立部隊司令官の一人で階級は中将。そして、前世では元大日本帝国海軍、第六艦隊司令部所属の水中特別攻撃『回天』部隊長、岡崎おかざきまもる大尉である」

「大日本帝国…まさか」

「そう。そこにある駆逐艦ヴェールヌイ…いや、駆逐艦響や戦艦榛名がかつて所属していたあの帝国海軍の軍人。それも、特攻という自爆兵器を扱う隊長だった男だ」


オルフェウスが言い終えたその時、エルミアの脳内に鮮明な映像が流れ込んできた。






今居るとは別の…青空が広がる軍港にて、軍艦の傍にある魚雷よりも”大きな筒状の乗り物”を使った訓練の後、他の艦と共に別の港へ航行中に”響”が爆発を起こして航行不能になり、巨大な戦艦と共に行けなくなったことで仲間の艦を見送る事になった事…


そして、その仲間と国が誇っていた巨大戦艦が全滅した事による訃報を聞いて、乗組員全員が悔し叫び、涙する光景を…




その光景が一瞬だけ見えた後、エルミアは我に返ってから身体をよろめかせていた。




「す、すみません…また、あの時みたいに鮮明な…」

「何が見えたのかね?」

「ええっと…私はこの世界の人間ですので説明し辛いのですが…ここの港みたい場所で、ヴェールヌイが見守る中で魚雷と呼ばれるあの爆弾と同じ形の乗り物の訓練を終えた後、仲間と共に艦を航行させていた時に爆発して…その爆発で戦闘に参加できなくなったので仲間の艦を見送ったら、全滅したと言う報告を聞いて泣き叫ぶ乗組員の人達の光景が…見えました」



その言葉を聞いたオルフェウスは、アレクサンドルの方を見て笑った。


善神ベロボーグよ。そなたの目の狂いは無かったぞ」

「やはりか」

「ああ。この子がそなたの創生を繋ぐ者。沈んでいった艦の記憶を見る事が出来る…精霊ローレライの子だ」

「やっとか…あれに対抗出来る者が見つけたのだな…」


二人の言葉にエルミアは未だに明確に出来なかったが、どうやら亡霊となった自分が個々に連れてこられたのは何かの運命であったのだと悟った。




「娘よ。そなたの見た光景は、駆逐艦響に残る”残響”だ」

「残響…?」

「ああ。あの戦争から50年…戦勝、敗戦した国双方で死んだ者達、残された者達の記憶は計り知れない。その記憶から、恨み辛みが積もり、悪しき神として生まれ変わる事もあるのだ…先に見てきた水棲生艦と呼ばれる異形の軍艦を見たのであろう?」

「あ、はい。まるで生物の様な鋼鉄の軍艦でした…」

「あれは、戦争で死んだ者達の恨みで生まれた怨霊の軍艦だ…その一方、響にはあるのだ。あの時守れなかった祖国の代わりに、もう一度守りたいという思いが込められた記憶がな」

「思いの記憶…ですか?」

「そうだ。響を含め、あの大戦後に生き残った”モノ”は無念の気持ちもあるが、あの悲劇を繰り返してはならないという思いも持っている。あの大戦で沈んでいった恨み残す者達から守る為に蘇り、語り継ぐ者と共に海へと上がったのだ。そして、そなたはその残響を追憶する事が出来る”創生”の持ち主だ」


創生の持ち主…

その言葉に、エルミアは深く重みを感じながら、オルフェウスを見つめていた…

自分には、ヴェールヌイを含めた異世界の軍艦達の記憶と共に、何かと戦う宿命であるのだと…




そんな時に、港全体に警報音が鳴り響き、宿場へ戻っていた兵士達が一斉に出動し始めた。

そして、伝令である軍服を着た一人のゴブリンがオルフェウスとアレクサンドルの前に立ち、敬礼をして口を開いた。


「司令!曳航中の長門を率いる第二艦隊が奇襲を受けていると電報が届きました!」

「ご苦労。敵の数は?」

「軽空母3隻!護衛の軽巡4隻!駆逐6隻の中規模艦隊であります!!」


艦隊情報を聞いたオルフェウスはアレクサンドルと互いに頷き、すぐさまに出撃準備を急がせた。


「総員!戦闘配置に着け!!相手が軽空母とはいえ飛行部隊持ちだ!!防空装備をした艦と我が軍の空母も出撃せよ!!」


オルフェウスの指示通りに、港内の兵士達は一斉に職務を全うする為に急ぎ、出港準備を始めていた。

無論、アレクサンドルの部下に実質的に所属したことになるエルミアもまた、出港するために動く事になった。

そして…港の司令所から秘書官らしい人間の女性がオルフェウスの方へと歩いて合流していた。


「司令。敵は必死のようですね」

「エウリュディケ…ああ、まぁ…クロスロードの亡霊どもからすれば、長門は欲しいのだろう…」

「でしょうね…そちらの子は?…ああ、彼女がヴェールヌイの選んだ…」

「そう言う事になるな…あいさつするか?」

「今はそう言うときではない…のでありましょう?今回は私も乗り込みますので、ご指示を」

「うむ…」


二人のやり取りを辛うじて聞こえる場所で聞いていたエルミアであったが、二人に質問をする間もなく、再びヴェールヌイへと乗り込む事になった…









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る