5.戦闘後の処理
海上に日が昇り、立ち込めていた霧が晴れて視界が良好になった。
目の前の視界がはっきり見えた事で、エルミアは改めて外の様子を眺めていた。
「今気付きましたけど…アーニャ以外にも女性兵士が居るのですね」
艦橋の下である甲板にて、撃ち終えた砲台の清掃や魚雷菅の整備をしている兵士の中に、屈強な体をした女性が二割から三割ほどいた。
それについて、アナスタシアは頬をポリポリと掻きながら答えた。
「ヤー…実は、艦内の亡霊化した兵以外にも志願兵として入ってきた民間人の亡霊や異世界人の亡霊がいますね…特に女性とかそんな事が言えないぐらいに、人材不足なので…」
「あっ、なんとなく分かりました…」
近年のこの世界にて、度重なる各国での戦争にて兵が人手不足になっている事が多く、シルメニアでも騎士団以外での兵不足が問題になっていた事に、エルミアは知っていた。
また、今の彼らみたい異世界からの亡霊となれば、天に帰ったりなどの浄化によって居ない事もあるため、更に深刻になっている事もあるだろう…
ただ…甲板上に居る女性の体格は、どうみてもオークみたいな熊体型な大きさの筋肉女性で、大の男がケツ叩かれながら動いてる光景を見て、エルミアと一緒に見ていたアナスタシアは空笑いするしかなかった…
一方、先程接近してきた戦艦と呼ばれた軍艦の大きさにも、エルミアが釘付けになっていた。
「改めてみると…本当に大きいですね」
「私も、初めて見た時は驚きましたよ…ソビエトの海でも、あれほど大きい軍艦は見たことありませんでした…建造計画でもありましたが、そんな予算が出ないほどの莫大な費用が掛かる上に、冬時では凍ってしまう海の出身としてはあれほどの巨大な軍艦では不利になる事が多かったので…」
「言われて見れば…でも、この鋼鉄の軍艦と同じ出身の国では、あの軍艦と同等クラスの大きさが作られていたのですね?」
「ダー。巡洋戦艦と呼ばれる金剛型よりも更に大きい超弩級戦艦クラスとなった場合、更に大きい物が作られたと聞きますね…」
アレよりも更に大きい軍艦がある…
その言葉に、エルミアは想像できない事に身震いをした。
曰く、現在乗っている駆逐艦ヴェールヌイの排水量(艦船における重量数値)は1980トンの量に対し、目の前の戦艦榛名の排水量は装備を含めての32156トンという十倍以上の差があり、艦体の全長を222メートルという二倍ほどの大きさを誇っていた。
その上、最大速力が30ノットという物量と似つかないほどのスピードが出る事も分かり、あんな巨体が木造船が殆どであるシルメニア海軍の艦体などがぶつかれば、体当たりだけで一掃出来るのではないかと考えるほどであった。
無論、それだけではなく…四基もある巨大な砲台と、その砲台を護る副砲台八基に加えて、対人用の連射銃なども大量に装備されていた。
「当時、あの世界大戦と呼ばれる戦争後…私達と敵対していたアメリカと呼ばれる国は、あの船の砲撃が小さな島に何度も打ち込まれた時にあの戦艦の破壊力に恐れられてましたね…」
「一体どんな大砲なんですかね…」
「35.6cm砲。その砲台から放たれる弾丸は大地を破壊し、文字通り更地に変えたとも言われるほどの威力だったらしい…ガダルカナル島と呼ばれる場所での戦果記録ではそう書かれていたな…」
アナスタシアに続いて、秘書官であるミハイルが答えてきた。
「まぁ、それでも…あの資本主義国の相手にはならないぐらいの損害で終った上に、負け戦が激しくなってしまったという皮肉の話でもあった…」
「ミーシャ、またその話ですか…本当、貴方は日本好きですね」
「
「それも過去形じゃないの…もぅ。まぁ、二つの国に振り回された私達にとって、既に過去の存在ですからね…」
そんなミハイルとアナスタシアのやり取りに、元々の異世界人であるエルミアは聞くだけしか出来なかった。
ただ、そんなやり取りも続けるわけにも行かないので、エルミアは質問して話題を変える事にした。
「あの、アレクサンドル提督は…?」
「アドミラールなら、あちらの榛名の方に乗って、あちらの艦長と話あってる。何でも、我々とは別行動中に新しく浮んでいた軍艦を見つけたとの事だ」
「えっ?見つかるのですか?」
「ヴェールヌイや榛名みたいに、戦後生き残った艦や沈んでしまった艦が時折こっちに流れてくるのでな…」
「中には私達に協力する亡霊たちも居るのです…して、ミーシャ。どんな艦が見つかったのですか?」
アナスタシアの問いに、ミハイルは間を置いてから答えた。
「超弩級戦艦、長門が見つかったんだ。海上で浮んでいるのを発見したらしい。現在は妙高・高雄の重巡洋艦2隻で
ミハイルのその言葉に、エルミアとアナスタシア以外の艦橋に居た乗組員が驚いてガヤガヤと声を上げ始めた。
その頃、弩級戦艦榛名の艦長室にて、アレクサンドルと榛名の艦長は重苦しい表情で話し合っていた。
「長門の件は以上だ。幸い、クロスロードの亡霊どもの怨嗟はなく、水棲生艦になる兆候は見られなかった」
「それは助かる。なんせ、あの核実験によって接収された鹵獲艦はおろか、英雄として祀り上げなければならない自国の戦勝艦すらを平然と実験対象にしたのだ。道具だったとはいえ、アレほど思いが篭った物が最後あんな結末なのは救い様がない」
「全くだ。それと、悪い知らせであるが…昔封じた
榛名の艦長が告げた時、アレクサンドルは俯きながら両手を組んで頭に当て、深い溜め息を吐きながら続けた。
「そうか…例の愛宕陣が再び動き出したのか」
「ああ。…全く、ソロモン海域の亡霊どもは怨嗟が絶えない物だ。戦後20年過ぎた頃から全然衰えない物だ」
「そちらの国の怨霊となった古き亡霊が、あの重巡洋艦・愛宕に乗り移った挙句に戦艦武蔵の砲台も盗み取るとはな…」
「それもあるが、あの怨霊の核となった人造の厄神は意図的に作られた物だ。この歪な異世界の遥か地下深くに眠る”まつろわれた神”の作為によってな」
「スラブ神話に出てくる
「ああ。…時に、ソビエトが崩壊してから5年は立つが、あの国は変わらぬみたいだな」
「そう簡単に変わると思うか?貴方達日本人みたいに米国の占領政策で徹底的に価値観を壊されて敗北を教え込まれた国ならともかく、かつての農奴達が自分達の王族を実質皆殺しをした挙句に、
「ないな。それこそ戦前の我等元大日本帝国の軍人達がそれに当たるな。もっとも、この世界に転生した一部の者達は別だがな…」
榛名の艦長は口を揃えながらマッチを擦り、アレクサンドルが詰めなおしたパイポの煙草に火を点けた。
「転生で思い出したが、同じ転生者であったかつての奥方と再び結婚をしたそうだな」
「ああ。正直驚いてる。まさか現実世界の方で普通の人間として転生したと思えば、神の悪戯なのかあの西園寺財閥の策略により学友全員で集団転移してくるとは…魔人皇の仕業も酷い物だな。だが、お蔭で再びめぐり合える事が出来たな」
「しかし、まさか北欧の亜人怪物トロールとして転生してる貴方を見て即倒しかけたそうだが?」
「言うな。あれは地味に心の傷に来てる」
「分からんでもない。たぶん、私も同じ立場なら傷ついてると思う。…しかし、良いのか?家族との貴重な時間を潰してまで、水棲生艦や愛宕陣と戦い続けることに」
アレクサンドルの気遣いに、榛名の艦長はフッと笑いながら手を振った。
「部下…いや、私の同志たる者達が必死に戦っているのだ。その中で自分がのうのうと安全な場所で家族だけ一緒に生きてどうする?」
「あなたは我々とは違ってきちんと”生きているんだ”。戦前の亡霊…いや、今までの歴史の亡霊に囚われた終わりなき戦争に身を投じる必要は無いはずだ」
「案ずるな、スラブの
「本当…歴史の死者達を再び目覚めさせ、悪しき神々は動き出させ、遥か未来の終末戦争の技術を撒き散らす…これが、最上層に住むあの男の望んだ人間の可能性の副作用か。なぁ…」
「
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